第11話 ベッキーの告発
ニット帽の男が、抗議の声をあげている。
その傍らにいるのは、腕に刺青を刻んだ巨漢。
サングラスをしており、偉そうに腕を組んでいる。
モヒカンやスキンヘッドのマッチョマンが中指を立てた。
児童虐待者をなぐり隊。
一見すると、ならず者集団にも見えてしまう。れっきとした児童保護団体なんだ。ミンチン事件に介入してくるのは当然か。
大声で喚きたてる。
「おらぁ、マリア・ミンチン!」
「てめぇはストレスで入院中らしいが、セーラちゃんの方が苦しんだことを理解しろ。窃盗犯と決めつけて馬小屋に放りこんだ。高熱なのに働かせたっ!」
「教育者でありながら児童虐待をするとは許せん!」
ノーマンが青筋を立てて叫んでいる。
警備員だけでなく、警察官まで駆けてきた。
他の入院患者に迷惑をかけるなと叱っている。
アメリアさんは、どういった気持ちでいるのだろう?
マリア・ミンチンは気力を失って、心を壊しかけている。
ピーターは嬉しそうに、この状況を撮っている。
それだけでなく、なぐり隊へ積極的に絡んでいく。
こいつはU-チューバーであるのだ。ネタを発見すれば、どこまでも飛びついていくのだろう。なぐり隊の面々は嫌がっているようだ。
「ヘイッ、ノーマン」
「お前はピーター・ポールか。あっち行け。ミンチンにしたことは評価してやる。それでも、俺はお前を嫌っていることに変わりない。失せな」
「ミンチンが首を吊ったら、その遺体にインタビューをすれば?」
「面倒臭いやつが入ってきたよ。勘弁してくれ」
「ところで、あそこにいるのベッキーちゃんじゃね?」
警備員が溜息を零すのも無理はない。
いくつかの視線が私を差してくる。
ここは逃げておかないと。
野次馬も集まってきて、どったんばったんの大騒ぎ。
ペンギンちゃんねるを確認するに、私も知られている。メイド服は目立つかもしれない。インスターで自ら拡散させてしまうとは。
まさか、ここまで大きくなるとは予想もできなかった。
SPRINGMANのアドバイスに従った。
インスターのコメント欄で知りあった協力者。
その人に教えられて、小型カメラを安く入手できた。
メイドであることを利用して、学園各所に仕掛けていった。
スマホでの編集方法も教えてもらった。
なぜ、ここまでしてくれたのだろう?
センセーショナルな告発動画を作ってはいけたが、私は胸をえぐられるように辛かった。セーラお嬢様の苦しみを再び目にするのだから。
ミンチンは彼女の心を傷つけていく。
ラビニアもサディスティックに虐める。
怒りと悲しみで、胸を焼かれてしまいそうだ。
セーラお嬢様が倒れた。
額に触れてみれば、痛々しいほど熱かったのに。
あの女は仮病だと決めつけて、無理矢理に働かせた。
ふらつく彼女の手を引っ張って、起きあがらせる。
止めようとした私は、思いっきり頬を叩かれた。
さすがに、アメリアさんも青くなって助けてくれたが。
成長期なのに飯抜きをさせようとするし。
どうして、そこまでするのだろう?
お嬢様の何が気に入らないのだ?
ラビニアはセーラお嬢様だけでなく、ロッティちゃんすらも隠れて虐める。
まだ幼い子供なのに、足を引っかけてこかした。
エミリーすらも奪おうとした。
父から貰ったという大切なプレゼントを。
かつてのライバルを執拗に叩いては、自尊心を保っているようだ。
専属メイドにして、こき使おうとしたほどだから。
さすがに、ミンチンも困惑していたのを覚えている。
こいつらのせいで、セーラお嬢様は激しくストレスを溜めていった。
トラウマとして、心に刻まれていくことだろう。
アーメンガードやロッティちゃんが励ましてくれるも、傷は癒えきれない。デュファルジュ先生も追いだされてしまい、頼れる大人もいない。
マリア・ミンチンは教育者として名声を高めており、虐待行為も上手く隠しているようだ。外面は優しそうな淑女なのだから。
こいつが子供の人権を謳っている姿は、こっけいだ。
セーラお嬢様は強いから、どんな境遇にも挫けない。
強い眼差しを保っている。
私が告発動画を流さなくとも、ハッピーエンドを迎えたかもしれない。
トム・クリスフォードさんが隣に引っ越してきた。
インドでスマホ企業を成功させたという大富豪。
ラルフ・クルーの大親友。
ラムダスという執事が仕えている。
彼らとの出会いによって、セーラお嬢様の運命は大きく舵をきった。
ある日、屋根裏部屋は一変していた。
まるで魔法にかかったようなミラクル。
テーブルは豪華なものであり、美味しそうな料理が並べられていた。誰が用意してくれたのだろう。そんな疑問をよそにして、2人で楽しんだ。
それもミンチンに見つかってしまった。
窃盗行為をしたと決めつけられた。
セーラお嬢様は罰として馬小屋へ放りこまれてしまう。
そこで起こった火事についても、お嬢様が犯人扱いを受けた。
「嘘つきの傲慢娘! とっとと出ておいき!」
ミンチンは感情を一時的に昂ぶらせて、セーラお嬢様を追いだす。
セーラお嬢様はトム・クリスフォードさんに保護された。彼の養子となった。莫大な資産を継いで、プリンセスとなった。
そのタイミングで、私は告発動画を動画を世界中へと流してやった。
SPRINGMAN:あなたに感謝をします。ペンギンコインの件については気にしないでください。余った分はご自由にお使いください。
「ミンチン先生。あの動画について説明をしてくれませんか?」
生徒の両親達が訪れてきた。
怒りに染まった表情で、マリア・ミンチンへ迫る。
ペンギンちゃんねるも使って、虐待動画を拡散しまくった。
セーラお嬢様が馬小屋へ放りこまれ、放火犯扱いで床に叩きつけられる。
温厚で知られる人権教育家が、ヒステリックな声をあげての暴力行為。
ショッキングすぎて、騒ぎは大きくなるばかり。
ラビニアの行った虐めも収めてある。
彼女は父に殴られてしまい、女学院から去っていった。
あの絶望顔を忘れられない。
抗議と称する手紙も、津波のごとく押し寄せた。
ニュースやワイドショーで特集を組まれたものだから、多くの人が知ることになる。アメリカのドナルド・スランプ大統領も批判をしたぐらいだ。
「お姉様がセーラーさんに、もっと優しくしていれば!」
アメリアは姉に怒鳴っていたけど、もう遅すぎますよ。
ミンチン女学院からは、生徒も親に連れ去られた。
モーリーとジェームス夫妻も逃げていった。
名声を教育界で築いてきたが、マリアちゃんは奈落へ急降下。
落書きや投石のおかげで、お化け屋敷みたいな校舎となった。
復讐は果たせた。
あの女は心身を壊しきって入院している。それでも、ネット民は自殺まで追いこもうと頑張っている。止まる様子はない。
私が動かなくとも、憎悪の雨は降りつづける。
望んだ結果なのに、胸が締めつけられて圧迫されるようだ。
どうしてだろうか?
スマホが小刻みに震えだす。
メールが来ているようだ。
送り主は、セーラお嬢様?
【セーラ】
こんにちわ。ベッキー。しばらく、メールできなくてごめんなさい。ラムダスさんを説得して、ようやくスマホを手に入れました。貴方に会いたいです。話をしたいです。