5.出鼻はくじかれるもの
3日間の外出禁止を言いつけられました。あぁ、なんてタイムロス!
しかたがないので今後の計画を立てます。
お姉さまが一行に加わるのは16歳のはず。つまり6年後です。 逆に言うと6年後まで勇者さまは勇者さまの使命に目覚めることはありません。
というか勇者さまは14歳だったはずなので、今はまだ8歳の少年です。何も知らず、村のわんぱく大将として元気に暮らしているでしょう。
そんな状態の勇者さまを今の時点で過酷な運命に引っ張り出すのは可哀想です。
最後に加入するレイチェルは10歳なので、今は4歳児。
彼女は魔王により狂暴化した魔獣に両親を殺されて盗賊に拾われた経歴の持ち主(予定)でした。
ちなみに彼女、ヒト族ではなくハーピー族の女の子です。
この世界は魔族と魔獣が完全に別物として扱われており、意思疎通が出来るものをまとめて『サピエンス』と総称しています。
サピエンスには人狼や吸血鬼など様々な種族がいますが、それぞれ互いを理解尊重しながら共存しています。
一説には、すべてのサピエンスの始祖は一柱の神に集約されるのだとか。サピエンス皆兄弟、というわけです。
中には人面犬族と猫又族のように仲のよろしくないところもありますが……。《現代》のイギリスvsフランスのようなものです。諍いが無くならないのは仕方ないでしょう。
そんな世界ですから、レイチェルも最初は優しい両親と村で暮らしていました。しかし魔獣によって全てを奪われたところで、飛行能力に目を付けた盗賊一家に拾われたのです。
彼女の悲劇も変えてあげたいですが、今が悲劇前なのか既に手遅れなのかもわかりませんし、そもそも出身地を知りません。
彼女と出会った街を重点に調べるのが最良でしょうが、その街はここからかなり離れた場所にあります。
病弱かつ箱入りお嬢さまのわたくしがどの程度動けるものでしょうか……。
それからチャラ男冒険者のシラノ。彼もまた非ヒト族……人狼族の青年です。
人狼族は家の絆が強く、通常は自分の国から離れません。
しかし彼は家長に縛られる暮らしを厭い、家を飛び出して冒険者になりました。そしてあちこちフラフラしている途中で勇者さまと出会うわけです。
チャラ男というのは呼び名の通り、女性に目が無い性格からゲームファンにつけられたあだ名です。彼の迷台詞は、
「俺は強い! 俺はイケメン! だから世界の女は俺のモノ!」
はい、その通り。残念なイケメン枠です。
ゲーム中でも、寡黙にストイックに敵を倒す勇者さまへ対抗してウザ絡みする姿がよく描かれていました。
しかし人間味溢れるダメ男具合にファン人気も高く、愛されキャラでしたね。
さて、そんな彼はゲーム年齢19歳。6年前の今でも13歳のはずです。
彼が「ガミガミうるせえ親父とオフクロから解放されて、女の子をナンパしまくるんだー!」と家を飛び出したのが12歳のはずなので、今はもう冒険者になっているはずです。
つまり接触を図るなら、こいつだ!
「ねぇ、冒険者と渡りを付けるにはどうすればいいのでしょう。知っていますか?」
「冒険者、ですか?」
冒険者と知り合うには依頼者として出会うのが一番でしょうが、わたくしはシステムを知りません。なにせ箱入り娘ですもの。
そこで使用人に教えてもらうことにしました。
声を掛けたのはメイドのアースラ。わたくし付きメイドの一人です。
え、ポピンズじゃないのかって?
彼女は今、お母さまに呼び出されて席を外しています。メイドの中でも高い役職にあるポピンズは常にわたくしの傍にいることができません。その間、わたくし付きとなるのがアースラなのです。
彼女は最近勤め始めたメイドです。銀髪に少しツリ目がちの黒目をしており、一見取っ付きにくい印象を与えますが、働きぶりは非常に真面目です。
身分は平民で、そこそこ大きな商人の娘だと聞いています。将来、貴族と取引をする上で必要な礼儀作法を身に付けにきた、いわゆる行儀見習いですね。
そして特筆すべきは彼女の種族――なんと彼女はヒト族ではなく、アラクネ族なのです。
見た目は普通のヒト族と同じなのですが、指先から糸を出せるのが特徴。本来の蜘蛛は8本脚なので、指2本分増えてお得ですね。
それはともかく冒険者です。平民の彼女なら知っているはずと質問したのですが、なぜか彼女は困った顔をしました。
「申し訳ありません。冒険者、とはなんでしょうか?」
「えっ、知らないのですか?
依頼を受けて魔獣退治や素材回収を請け負う戦闘系の方々のことです。もしくは世界各地のダンジョンに潜る場合もございますが、この世界ではダンジョンの噂を聞きませんので、おそらくそちらは存在しないのでしょうね。
依頼はギルドで取りまとめられていると思うのですが、酒場で取引されているかもしれません」
「……いろいろな職業が混ざっているようですね。
魔獣退治は狩人が行います。素材回収は行商人でしょうか。実際に各地で回収するのは狩人や農民で、それを買い取って必要とする顧客のもとへ運びます。
ダンジョンやギルド、という言葉は初めて聞きましたのでよくわかりません。
さまざまな依頼を受けるのは何でも屋のことでしょうか。酒場に入りびたり、日々の細かな仕事を請け負っては小金を稼ぐ者をそう呼びます」
「そ、そんな……!
わたくし、本で読んだのです。強い力を持った獣人の青年が各地の住民を困らせる魔獣を退治する冒険活劇を! ならば彼はどうやって生計を立てているのですか!?」
衝撃の事実にわたくしは思わずアースラに詰め寄りました。だってシラノはゲームではっきり《冒険者》と明記されていましたし、本人も作中でそう名乗っていました。それが存在しないはずがありません。
そんな混乱しきりのわたくしの言葉に、彼女は少し苦笑して言いました。
「お嬢さま、それは作り話なのです。本当にあった話ではありませんし、登場人物も現実に生きている方ではないのです」
おとぎ話を信じた幼子のように扱われてしまいました。
でも、わたくしは信じません!
だって魔王の侵略は本当に始まっていますもの。ならばこの世界のどこかに家出して冒険者として生きているシラノ少年がいるはずです!
そんな言葉は信じないぞ、と目で訴えるわたくしの気持ちが伝わったのでしょう。聞き分けのない子を言い含めるようにアースラは重ねて続けました。
「そもそも住民を困らせる魔獣といっても畑を荒らす害獣程度しかおりませんし、それを退治したところで謝礼などもらえませんよ」
「………………あっ」
ここでわたくしはようやく自分の思い違いに気付きました。
この世界に冒険者がいない、というのは半分正解で半分間違いです。正確には、
この世界には ま だ 冒険者がいないのです。
冒険者とは人を襲う魔獣を倒す職業です。つまり、魔獣が狂暴化する前には存在するはずのない職業ということ。
だから魔王復活直後の今は無くて当たり前。シラノ少年の冒険者デビューはまだ先のお話なのです。
ならば、現在のシラノ少年は何をしているのでしょう?
「ではアースラ、腕っぷしだけが取り柄で先の事を考えず目の前のことだけ行き当たりばったりに何とかしようとする女好きの少年が家出したら、何をしてどこで生きるでしょう?」
「もしやそれは先ほど言っていたお話の登場人物ですか。なんて教育に悪そうな本でしょう……。この屋敷の本を検める必要がありそうですね。
ええ、そのようなダメ男予備軍でしたら何でも屋でしょう。安定性に欠けますが、その日暮らしに困らない程度は仕事が常にあるようです。
また女好きなら、常により大きな街へ流れ続けていくと思われます。そういう男は絶対に女関係で何かやらかして、一つの街に長居できないでしょうから」
「アースラ、過去になにかありましたの……?」
予想外の熱弁に狼狽しつつ、得た情報を吟味します。
つまりシラノと接触を図るには、何でも屋を当たるのが最適のようです。
家出から1年ほどしか経っていませんから、彼の出身地がすぐ近くでない限り、まだこの街へ流れ着いていないでしょう。
まずは地図を確かめる必要がありそうですね。