3.うわっ…わたくしの夢、厨二病すぎ…?
そのためにはまず情報収集です。
今の段階では、単なる夢やわたくしの思い込みの可能性があります。
むやみに知っていることを話して痛い子扱いは避けたいので、この世界が本当にゲームと同じストーリーをなぞるのか調べます。
そのターゲットとして最初に選んだのは……
「お体の具合はいかがかのぅ、スカーレット様?」
にこにこと優しげに笑いかけるのはお医者のラチェッドさま。生まれる前からお世話になっているお方です。今回は寝込んでしまったわたくしの診察にきてくださいました。
国内でも指折りのお医者さまで、非常時には国王陛下からも頼りにされるのだとか。
そんなラチェッドさまなら、きっと情報通のはずです!
「わたくし、寝込む前のことをよく覚えていないのですけれど、いったい何があったのでしょう?」
ゲームのストーリーが正しければ、わたくしが倒れたのは魔王の瘴気による病のはずです。
そして同じように倒れた人が出ているはず。
そんな大きな事態があればラチェッドさまが知らないはずがありません。
わたくしは一言も聞き漏らさぬようラチェッドさまの目をじっと見つめました。
「ふうむ、痛いところはおありですかな? 気分が悪かったり、全身がだるいといった症状は?」
しかしラチェッドさまは、わたくしの質問に答えることなく医療的なお話しを始めました。
あ、あら?
「痛いところはないのですが、全身のだるさが抜けません。あと疲れやすくなっている気がします……。
あの、わたくしはいったいどれくらい寝込んでいたのでしょうか」
「3日間ですぞ。高熱を出して寝込まれておりました。目が覚めて本当に喜ばしい。
スカーレット様が寝込んでいる間は屋敷中が暗く沈んでおりましたからな。
この診察が終わりましたら早く皆さまに元気な姿を見せてやってくだされ」
3日間!
昨日のメイドの反応からして長く寝込んでいたのだろうと思ってはいましたが、やはりそうでしたか。
それにしてもラチェッドさま、やはり話を逸らしておられませんか? 早々に切り上げようとする気配を感じます。
ここは少しあざとくいってみましょう。
「3日間も……。それに高熱だなんて! わたくし、なにか重い病気なのでしょうか?」
秘技・幼女の涙目上目使い!
いたいけな少女が不安に怯えるこの姿を見て隠し事を出来る者などいるでしょうか。いや、いるまい(反語)
まぁ、この技は前世という第三者視点を得たことで思いついた方法なので、実行するのはこれが初めてなのですけれど。
効果はあるかしら?
「いえいえ、心配なさいますな。ただの風邪でございますよ」
ラチェッドさまは慌てることなく好々爺の笑みで心配を否定されました。
こ、これは……ごまかされたのでしょうか?
「今年の風邪は悪質でしてな、長引いて体力がなかなか戻りません。屋敷内で静かに過ごされませ」
そうアドバイスすると、ラチェッドさまは手際よく帰り支度を始められました。
このままだと何の成果も得られず終わってしまいます!
わたくしは慌てて言葉を連ねました。
「この風邪は流行っているのですか? 特効薬などは無いのでしょうか?」
これだけ具体的に質問すれば知りたいことを聞けるはず!
そう意気込んだわたくしですが、ラチェッドさまは頭に手をポンと置かれてこう応えました。
「ご安心を。病気を直すのが我々の仕事です。すぐに元気になりましょうぞ」
勇気づけなくて結構ですから、真実を教えてくださいませー!
もどかしさに震えるわたくしを余所に、ラチェッドさまはそのまま退出されてしまいました。
ああ、こども扱いがこんなにじれったいものだなんて!
ラチェッドさまは明らかに話を逸らされました。
うう、でもこの対応は仕方のないことだと思います。
何も知らないこども相手に
「実は君の病気は魔王が人間を支配するために起こしたもので、今の我々にどうすることもできないんだ。魔王が退治されれば治るかもしれないが、魔王はとても強大で普通の人間では太刀打ちできていない」
なんて話してしまったら、その子はどうなるでしょう。
絶望して生きる気力を失うか、自暴自棄になるか……良い方向には進みません。
だからこそラチェッドさまは普通の風邪だと伝えたのでしょう。
…………いえ、そうでしょうか。
ここで、わたくしの心に疑惑の念が浮かびました。
魔王がどうこう瘴気がどうこうって、やっぱり荒唐無稽すぎではありませんか!?
ラチェッドさまも普通の風邪としかおっしゃいませんでしたし、これはもしや本当に何も起こっていないのでは?
だって魔王だなんて、非現実的すぎます。
確かにこの世界には魔物も魔法もありますが、それは『現代』の野生動物や科学と同じこと。
ゲームのストーリーを『現代』に置き換えると、
「謎の超能力者が世界征服を目論んで新種のウイルスをばらまいた上に世界中の野生動物を操って人間を襲い始めました。わたくしの風邪はその新種のウイルスによるものなのです!」
こうなります。
えっ、恥ずかしい……。わたくしやっぱり痛い子になってしまっているのでは?
こんなことを自分のこどもが3日間高熱でうなされた後に言い始めたら「脳に異常をきたしたのかしら?」と心配すること間違いなしです。
ラチェッドさまに直接疑念をぶつけなくて本当に良かった……。
あれはただの夢、きっとそうだったのでしょう。