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君と、桜の下で。  作者: つづれ しういち
第二章 弥生
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2 報告




 心配そうにこちらを見送った隆と洋介を一階に残して、内藤は佐竹だけを連れて、自分の勉強部屋に戻った。

 いつも二人で勉強するときに使っていた折り畳み式の小ぶりなテーブルの上に、内藤のものであるノートパソコンが置いてある。

 内藤は佐竹の袖を掴んだまま、ぎこちない仕草でそちらへ佐竹を引っ張っていった。


「あの……わかんなくて。俺、その――」


 もう唇にも血の気がないのではないかというほど真っ青な顔のまま、また内藤が同じことを繰り返した。

 彼の言わんとすることを察して、佐竹は一度、確認した。


「見てもいいのか? ……俺が」

「うん。……お願い。頼むよ」


 内藤の声は震えている。

 彼はそのまま、閉じた扉に背中をつけて、パソコンの方へは近づこうとしなかった。


「見てるんだけど、なんか……わかんなくて。ほんとじゃなかったら、どうしようって――」

「…………」


 佐竹は内藤を少し見つめ、その肩を一度ぐっと握りこんで頷いてやってから、彼のパソコンの前に座った。


 そこにはすでに、合否発表の画面が映し出されている。

 佐竹はその文面を一読し、再度しっかり読み直して確認した。

 それから、静かに目を上げた。


 震えながらこちらを凝視している内藤と目が合う。

 その目には、不安がいっぱいだった。


「…………」



 何故だろう。

 わからない。


 しかしそれは、

 自分の合否を知ったその時よりも、

 はるかに大きな衝撃だった。


 胸内むなうちに湧き上がってくるこの感情に、

 とても名などはつけられなかった。



 佐竹は、いまだ顔色をなくして扉の前に立ち尽くしている内藤を少しのあいだ見つめていたが、やがてすっと立ち上がった。

 そしてそのまま、必殺の剣戟を繰り出すときもかくやという足さばきで彼に近づき、その体を両腕で力いっぱいに抱きしめた。


「さ、……たけ……?」


 内藤の声と体が、腕の中で小刻みに震えている。

 佐竹は一度呼吸を整え、出来るだけ落ち着いた声音で言った。


「おめでとう。……合格だ」

「…………」


 内藤の震えがぴたりと止まった。

 おずおずとこちらを見返してくる目が、次第しだいに光を取り戻してくる。


「ほ……んと? ほんとに……?」

「ああ」

「俺の、見間違いじゃない……?」

「見間違いじゃない。受かっているぞ。すぐに隆氏にお知らせしてこい」

「…………」


 それでも内藤は、しばらく固まったようになって動かなかった。

 それからやっと、パソコンと佐竹の顔とを見比べるようにして、再びかたかたと震えだした。

 佐竹は彼の体を抱く腕に力を入れ、その後頭部をぽすぽす叩いた。


「よくやった。……頑張ったな」


 内藤の目が真ん丸く見開かれて、じっと佐竹の瞳を見つめ返した。

 次の瞬間、そこにあっという間に熱いものが盛り上がって、彼の顔がくしゃっと歪んだ。


「うあ……、ああ――」


 内藤の体ががくがくっと大きく震えて、次の瞬間、佐竹は彼の腕で思い切り抱きしめられていた。

 あとはもう、内藤はただわんわん泣くばかりで、その合否の結果については、佐竹が隆と、弟の洋介に知らせなくてはならなかった。


 隆は勿論、大喜びだった。彼も少し涙ぐんで、目元を指先で拭うようにしていた。そして、内藤にしがみつかれたままあまり身動きの取れない佐竹の手を両手に握って、「ありがとう、ありがとう」と繰り返していた。

 洋介は明るく、ただにこにこと喜んで、「ばんざーい、ばんざーい」などと言いながら、元気にそこらを跳びはねて回っていた。

 その間じゅうずっと、内藤はただただ泣きっぱなしで、佐竹にかじりついたまま、もう子供のようにわあわあいっているだけだった。





 その夜。

 内藤は、突然高熱を出した。


「これまで緊張して張り詰めていたものが、一気にゆるんでしまったんだろう。ゆっくり休ませてやろうと思うよ」


 電話をしてきた隆はそう言って、佐竹に「見舞いなどはいいからね」と、やんわり断りを入れてきた。

 週末のことでもあるし、佐竹も心配ではありながら、その方がよかろうと判断し、特に否やは言わなかった。



「おめでとう、あきちゃん。これで二人して、心置きなく大学生になれるのね。宗之さんにも、報告しなくちゃ」


 国際電話を掛けて一連の報告をしたとき、母、馨子はうれしげながらも珍しく、ほんの少ししんみりした声でそう言った。


「あきちゃんのことは、正直、そんなに心配してなかったけれど。祐哉きゅんのことは、ちょっぴり心配だったのよ。でも、さすがはあきちゃん、あたしと宗之さんの息子ね。よく最後までサポートしたわ。立派よ、本当に」

「…………」


 いきなりそんな、()()()()母親らしい台詞を電話口で聞かされて、佐竹はなにやら困惑し、ただ沈黙するほかはなかった。

 こちらの顔が見えるわけでもないのに、馨子はすべてを見て取ったかのようにして言葉を継いだ。


「あきちゃん。忘れてるかもしれないけれど、っていうかあたしでさえ時々忘れてるけど、あなただってまだ未成年なんですからね? 今、その年のときにしか出来ないことだって沢山あるのよ」


 馨子の声はいつになく静かだった。

 それはなんとなく、今は亡き、あの恬淡てんたんとした父の声を代弁しているかのようにも思えた。


「無理して背伸びをしないで、あなたは今、生きているこの時間をしっかり謳歌することも大事。大学生になるんだから、男としてそういう『幅』を身につけるのが、これからのあなたの課題かしらね?」

「……はい」


 佐竹も珍しく、ただ素直にそう答えた。

 が、せっかくそうして真面目に「いい話」を終了させようとしたというのに、やっぱり馨子は、馨子だった。

 突然、からからと笑い出したかと思うと、彼女は次にはこう言い放った。


「なんてったって、これから男の子の恋人としてやっていこうって言うんですからね。そんじょそこらの包容力じゃ、先々やってられないわよ? 日本じゃまだまだ、認知もされてない関係なんだし。ちゃ〜んといい男でいなくっちゃ、そのうち祐哉きゅんに飽きられて捨てられちゃうわよ〜?」

「……大きなお世話だ」


 なにか、何もかもが台無しだった。

 佐竹は相変わらずな母の様子に溜め息をつくと、盛大に半眼になった顔のまま、その電話をあっさり切った。

 


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