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君と、桜の下で。  作者: つづれ しういち
第二章 弥生
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5 墓前




 卒業式は、恙無つつがなく終わった。

 その後、教師にお礼を言いに行き、翔平をはじめとする友達連中とあれこれ今後のことなどの話をしているうちに、いつの間にか佐竹の姿が見えなくなってしまっていた。

 内藤は卒業アルバムの入った制鞄と卒業証書の長筒を手に、彼の姿をあちこち探した。校内のそこここで、仲の良かった生徒同士のグループが出来上がって、皆しきりにスマホでの記念撮影に勤しんでいる。


 佐竹の姿をやっと見つけたとき、彼は案の定と言うべきか、数名の女子に囲まれてしまっていた。

 内藤は思わず物陰に隠れてしまって、そっと壁際からそちらの方をうかがった。


「すまん。俺のはもう、全部売約済みなんだ」


 佐竹が落ち着き払った様子でそんなことを彼女たちに伝えている声が聞こえた。

 その内容に、少し内藤はどきりとする。


(え? ()()……?)


 少し耳をそばだてて聞いていると、どうやら彼女たちは佐竹のネクタイのみならず、ジャケットについているボタンのほうも無心をしていたらしい。

 佐竹はそれを、特に気分を害する風でもなくさらりとかわして、涼しい顔をしているばかりだった。


「えーっ。そうなの? ざんねーん……」

「こんなにあるんだから、ひとつぐらいと思ってたけど、遅かったかあ……」

「で、でも佐竹さん、彼女さんとか……いませんよね?」


(……!)


 内藤の心臓が、今度こそどきっと大きくはねた。

 あの言葉遣いからして、どうやら下級生の子のようだ。随分と可愛い声だった。

 ちらっと見ただけだったけれど、みんな可愛い子のようだった。

 

(佐竹、いつも……あんな子たちに告白こくられてんのか――)


 どきん、どきんと、胸がどんどん変な風に乱れ打ち始める。

 それとともに、ずきんずきんと明らかな痛みも覚えた。


(彼女は、いない……か)


 そうだ。それは正しい。

 確かに佐竹に()()はいない。


(だけど――)


 ……胸が、痛い。

 そうだ、佐竹に彼女はいない。


(いない、けど……!)


 そうだ、こんなときだ。

 別に、こうして五体満足で生んでくれた母のことを思ったら、性別のことで親を恨むようなことはしたくない。

 しかし、もしも自分が女の子だったらと、こんなときはどうしてもそれを恨めしく思ってしまう。そうだったら少なくとも、ここでみんなに顔を見られないようにして、四肢を縮めるようにしていなくてもいいのだろうに。

 いや、もちろん、たとえ女であったとしても、だからといってこんな場面で、あそこへ飛び出していく勇気なんかはないだろうけれども。

 ましてや「彼と付き合っているのは自分だ」などと、堂々と宣言するなんて出来るはずもないけれど。


(でも……。でもさ――)


 そう思って奥歯を噛みしめ、手にした卒業証書の筒をぎゅっと握ったときだった。再び、佐竹の声がした。


「いや。……いる」


(……!)


 内藤ははっとして、またそっとそちらに目をやった。

 そうして、ぎょっとした。

 佐竹の目が明らかに、こちらを真っ直ぐに見つめていたからだ。


 「ええっ」とか「まさかっ!」とかいう、悲鳴ともつかない女子たちの声がその場に湧き起こった。


「ほ、ほんとう……なんですか?」

「だ、誰なんですか……?」

「ほかの学校の子? それとも――」


 みんなに口々にそう問われ、佐竹はこちらから目線を外すと、静かに彼女らを見下ろした。

 決して威圧的な様子ではなかったけれども、変わらず毅然とした態度だった。


「そいつに示しがつかないんでな。……どうか、勘弁してもらいたい」


 最後にそれだけ言って、佐竹は彼女らにやや深めに頭を下げ、次の瞬間にはもうその長い足で、囲みをあっという間に抜けてきた。

 そう思ったらもう、目の前にその長身が立っていた。


「……内藤。帰るぞ」

「え? あ、う……」


 身の置き所のない気がして、内藤はかあっと耳が熱くなる。

 そうだ、当然だ。相手は、あの佐竹なのだ。

 自分が物陰から見ていることなど、最初からとうにお見通しだったのに違いない。


「待たせた上に、つまらんものを見せてしまって済まなかった。うまく撒こうと思ったんだが、どうやら不首尾に終わってな」


 佐竹は完全に、げんなりしたような顔だった。なんとなく、少し不機嫌にもなっているようだ。


「ずっとあの調子だ。我慢ならん」


 やや吐き捨てるような調子でそう言うと、佐竹は内藤の首根っこをネコの子でもつまむようにして持ち上げ、有無を言わさずそのままどんどん、校門の方へと引っぱっていった。





 山肌のくすんだ緑や薄茶色の中に、あちらこちらに桃色の綿菓子がぽわぽわと浮かんでいる。

 あれはきっと、早咲きの桜だろうと思われた。

 一年半ほど前に来た時には、まさに紅葉の真っ盛りで、山じゅうが黄金色こがねいろやら紅色に染まっていたものだったが、今はそろそろ、山の花たちが春の開花を始めている時期なのだった。


 内藤は、自分の家の墓の前まで来ると、周辺の掃除をし、花を手向けて線香に火をつけた。卒業証書と卒業アルバムをそっと墓前に置き、その前にしゃがんで、数珠を手に掛ける。

 佐竹は内藤の背後で、やはり数珠を手にして立っている。


(……母さん。俺、受かったよ)


 お彼岸までにはまだ数日あるというタイミングだったけれども、二人はここに、とりあえずは二人だけで、先に受験の合格と卒業の報告のため、久しぶりにやってきたのだ。


(全部、佐竹のお陰だよ。……今日は、卒業式だったんだ)


 磨いたばかりの墓石が、陽光を跳ね返してきらきらと光っている。

 それが此岸こちらの勝手な思い込みだとは分かっていても、内藤はなんとなく、そこに母がにこにこ微笑んでくれている、あの優しい顔が見えたような気がした。


 内藤が立ち上がると、佐竹が前のときと同様に手桶と柄杓を持って、寺務所の方へと歩き始めた。



 墓地をぬけると、坂道に作られたやや急な長い階段が続いている。

 そこを下りていくうちに、途中の踊り場になったあたりから、見事な早咲きの桜があるのが遠目に見えた。さほど、遠い場所ではないようだった。


「……行ってみるか」


 こちらの内心を見透かしたかのように、佐竹がそっとそう訊いてきた。

 内藤は隣にいる彼を見上げて、うん、と嬉しげに頷き返した。



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