ココアシガレットの憂悶
ズゴゴ、某コーヒーショップのプラスチックカップを両手に持ち、そのストローから低い音を立てる少女を見れば、詰まらなさそうに足を揺らしていた。
中身が空っぽになったカップを見下ろしている少女を尻目に、上着のポケットに入れていた煙草を取り出せば、あからさまに顔を顰められる。
大きく波打っている黒髪に、大きな黒目。
顰められた顔を見ながら取り出した煙草は、予想外に軽く、ボックスタイプの蓋を開けば、中身は存在しなかった。
あ、と言う呟きは隣の少女にも聞こえており、直ぐに無表情に変わる。
身を乗り出した少女が、俺の手から煙草の空き箱を奪い取り、その小さな手の平で握り潰す。
「お兄さん、吸い過ぎ」
握り潰されたゴミは、プラスチックカップと一緒になって、少女の持っていたビニール袋に入れられる。
それを見ながら、咎めるような声音に肩を竦める俺は、所謂ヘビースモーカーだ。
決して自慢出来ることではないが、年齢の割に煙草を吸う頻度が多い。
「いやぁ、立派なニコチン中毒だな。口寂しくなるから、どうしてもな」
「肺の中真っ黒だね」
ビニール袋を脇に置いた少女は、折り目正しいプリーツスカートのポケットに手を差し込む。
煙草を吸い始めてからの期間は短い方だと自負しているが、同時にその短い期間の中で吸う量が多いのも自負している。
そのため否定も出来ずに苦笑いを浮かべた。
「はい。あーん」
ポケットから手を出した少女が、俺の方を見ながらそう言うので、目を丸めてしまう。
しかも、あーんと言いながら、俺が口を開くよりも先に、何かを唇に押し付けて捻じ込んでくる。
「……はにこれ」
捻じ込まれたものを咥えた状態で問い掛ければ、間抜けな言葉となって口から落ちていく。
なにこれ、と言う俺の問い掛けに対して、少女はゆるりと首を傾げながら、ポケットから取り出したのであろう物を見せ付ける。
濃紺のパッケージに白いゴシック体の駄菓子。
懐かしいとすら思うそれだが、俺は眉を寄せる。
「ココア味です」と抑揚のない声で告げられるが、俺が眉を寄せたのは味に関してではない。
そんな駄菓子をいつも持ち歩いているのだろうか。
まだ中身があるようで、少女が左右に箱を振れば、カラコロと音がする。
「口寂しいならあげるよ」
はいどうぞ、と握らされた濃紺のパッケージ。
俺も幼少期には食べた記憶があるが、こんなに小さなパッケージだっただろうか。
仕方なく受け取ったそれを、煙草の代わりにポケットに入れ、口に入れられた駄菓子を齧る。
成長段階で味覚が変わり、甘いものをそんなに食べなくなったせいか、その駄菓子が酷く甘ったるく感じた。
「ところでさ」
「はい?」
「コーヒーは苦目なのに、駄菓子とか食べるんだね」
丸い頭の形を確認するように手を置けば、真っ黒な双眼が俺を映す。
ブラックコーヒーというわけでもなかったが、甘さは控えめだったコーヒーの味を思い出しながらの問い掛けに、あぁと緩く頷く少女。
飲む?と差し出されたストローを咥えることにも、そのまま飲み込むことにも抵抗はなかった。
差し出した少女本人も、変わらず真顔だったことを思い出しながら、瞬きをする少女から出される答えを待つ。
再度プリーツスカートのポケットに手を入れる少女。
「飴ちゃんもある」
手を掴まれて手の平の上に転がされた飴を見て、そういうことを聞きたかったんじゃないと思う。
いちごミルクの飴を二つ受け取り、それも煙草の入っていたポケットに入れておく。
「ココアシガレットでも飴ちゃんでもあげるから、煙草辞め方が良いですよ」
自分が食べる飴を取り出した少女は、指先で丁寧に包装を開いている。
丸っこい三角型で色は薄いピンクの飴を口に放り込む少女の横顔は、ここではないどこか遠くを見ているようだった。
「早死しちゃう」呟くような、独り言にも良く似たそれを拾った俺自身の耳を褒めたい。
ゆるりと伏せられた瞳と、合わせて伏せられる睫毛は、少女の丸く柔らかな白い頬に僅かな影を落とす。
「まぁ、あんまり長生きする予定もないなぁ。早く死にたいわけでもないけど」
パキリ、音を立てて崩れたココアシガレットが落ちるのを見て、俺は少女の丸い頭を撫でてやった。