急がば回れ
この世界は、五つの次元によって構成されている。
まずは『天国』。創世主たる神が住まう聖者の国。
次に『地獄』。必要悪たる悪魔と鬼、そして罪深き魂の谷。
続き『煉獄』。悔い改めた魂が祈り続ける清めの山。
そして『現世』。様々な種族が繁栄する、発展途上の世界。
最後に『ゲットー』。上記四つの世界に居る事ができない存在達の街。
五つは絶妙な力関係の上で成り立っている。魂というものの物量と質量、それらがまこと繊細な均衡を保ちながら担われたそれぞれの役割を果たし続けていた。
天国ならば管理、地獄ならば懲罰、煉獄ならば贖罪、現世ならば発展、そしてゲットーは掃除であった。
地獄から逃げ出す罪深き魂は、現世へと這い出て生者に害を与える悪霊と化す。
ゲットーは魂の正しい運行を阻害する悪霊を除去する事を役目付けられた世界。
これが、ゲットーの役割が『掃除』と言われる所以である。そして、この『掃除』を行うのがゲットーに住まう『掃除人』である。
「ジ~~~~~~~~~~~~ン~~~~~~~~~~」
「ちょっと待ってくれよ。今いい所なんだから」
椅子に深く背を預け、長い足を組んで携帯ゲームに興じる青年・ジンは目下ゲームが最優先で徹に対しては生返事であった。
「というかあんなザコいの倒して報酬が少ないだのなんだの騒いでたらこの先やっていけないって。ミクリに感謝した方がいいよ~? どのみち一人でやってく訳だしさぁ」
言っている事は正論であったが、適当気楽が座右の銘であるジンが言うから妙に釈然としない。
「俺百万稼ぎたいんだよ。手っ取り早い方法とかないのか?」
「君達人間の言葉に『千里の道も一歩から』『急がば回れ』ってあるだろ。それに、百万稼ぎたいって言ったのは君。割と途方もないんだから。オプションさっ引いて目標下げる?」
「んな訳ないだろ!」
二人が先程から何の話をしているかと言うと、転生にまつわる大切な話である。
悪霊に殺された徹は、神の温情により、自分の望む来世を手にする権利を与えられた。
しかしこれはただのものではない。自分の望む来世によって、相応の働きを要求される。その働きが悪霊狩りの事であり、転生の為に悪霊狩りに従事する者を『掃除人』と呼んだ。
「まぁ確かに今は48とか行っても160とかだけどさ、今に2000とかパァーっと稼げるようになるから。転生ポイントってそうして稼いでいくの」
掃除人の働きは『転生ポイント』として数値化され、掃除人自身が求める来世に対して神が要求した労働の総量までを表示する。
強い悪霊を倒すほどに獲得できる転生ポイントは多く、逆に弱い悪霊を倒せば僅かな転生ポイントしか入ってこない。そして一体の悪霊を複数人で倒した場合は山分けとなる。
「君もいつか三万点くらいの悪霊を五人がかりで倒して山分けとかの腕魔になれたらいいね~。百万点だもんね~」
「ぐぐ……」
ゲームをしながら言ったジンの言葉に、徹は何も言い返せなかった。
稼がねばならない転生ポイントは、当然ながら掃除人によって異なる。その中で、『人として完璧な来世』を目指す徹に請求されたポイントは百万点であった。
「悪霊に殺されない順風満帆で完璧超人な人間の一生を送りたいんだろう。なら今苦労した方がいいと思うけどなぁ」
「そうだけど……俺、悪霊に殺されたってのにあんまりじゃねえ?」
望む来世のために掃除人となり、ゲットーに住み始めて半月。みっちりと叩き込まれた基礎知識に戦闘訓練と、死んだ事を忘れさせるかのような過酷な日々を送った末に得た報酬が、百万分の四十八なのだ。
徹としては、まだ少々納得はいかなかった。
「転生ポイントはあっても同情ポイントはないよ。それに、こうして初陣で無事にいれただけ幸運だよ」
ジンは徹に掃除人の話を持ちかけたあの時の青年その人である。元は天国にいた天使らしいが、故合って存在の掃き溜めであるゲットーでこうして掃除人達の世話や悪霊退治の斡旋を行っているらしい。
「ま、精々頑張ってくれよ。君の場合、道は長いんだからさぁ。カッカせずにマイペースに行こうじゃないか。悪霊に食われない限りは消えないんだから。ここで焦って無理をしたらそれこそあんまりだよ」
言う通りであった。妙に上手く言いくるめられた気もしたが、これ以上は不毛だと感じた徹は反論を控えた。
「そう言えば珪が探してたよ。いつもの所に居るってさ。ほら、行った行った」
「わかったよ。なんかいい仕事の話があったらすぐ行ってくれよな!」
「はいはい」
飛び出してゆく徹の背中を見送る事もせず、ジンはそのまま再びゲームに没頭する。
なんて事のない、どこにでもありそうなアクションゲーム。
「さ、面白くなるのはこれからだ」
銀の星屑を固めた美貌、月光を織り込んだ長髪、宇宙を写す瞳。それらが連動して、人知れず微笑を作り出した。
勢い一発書きなので早速詰んでます。ウケる。