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死後

 十七歳の誕生日に加古川徹(かこがわとおる)は死んだ。

 死因は頚動脈を剃刀で切られた事による出血多量。徹の首に引かれた深い一直線は、強盗の存在にすら気付く事無く、眠ったまますっと死んだ――との事だ。

「いやあ、無念だったね。ちょうど十七年目かぁ、もうちょっと生きても良かったんじゃない? 死ぬの早くない? もうちょっと頑張って生きよう?」

 目の前の青年が手に持っていた紙から目を離す。青年が紙の内容を読み上げた事によって自身の死に際を知った徹は、釈然としないまま青年に言った。

 疑問は多々ある。

 自分は死んだのに何故存在しているのか。

 ここはどこなのか。

 目の前の青年は一体何なのか。

「あの、意味がわからねえんだけど。というかあんた誰」

「そりゃそうだ。だって僕、なんにも説明してないし。むしろ君が全部知ってたら怖いくらいだから安心していいよ」

 むしろ不安になってきた。

 この青年、星屑を寄せ集めて作られたかのような神秘的な美貌を持っておいて、どこまでも適当である。ひどく漠然とした不安が、「本当に大丈夫か」と問い詰めてきた。

「細かい説明は抜きにしてさ、本題に移ろうじゃないか」

「いや、俺が知りたいのは細かい事なんだけど」

「細かい事をいちいち説明していたら手間なんだよ。合意するかもわからないのに」

「合意?」

「そう。転生の合意」

 転生。

 突き出された言葉の意味を、徹は瞬間で理解しかねた。まだ自身の死すら自覚していない身、一足飛びな単語は徹の中を漂い続ける。

「君は非業の死を遂げた。可哀想に。誕生日に首を掻き切られて死ぬなんて、僕だってそう見ない死に方だ」

 青年は悲壮感など一切見せずに微笑んだ。その異様さ、楽天さが、徹の疑問と混ざり合って奇妙な迫力を生み出す。

「だから、至高天の神様は君にチャンスを用意した。可哀想な君が、来世で可哀想にならない為の救済策さ」

 言葉を理解できた訳ではない。徹には未だ全てが謎の渦中。だが、これだけは本能で察知した。

「しかもただの転生じゃない。神様が直々にやってくださる特別な転生さ。君がこれを選べば、君は君自身が望んだ来世を謳歌する事ができる。非業の死を遂げることのない、それはそれは楽しい来世だよ」

 この青年の言っている事は全て真実である。

 そして自分は生と死の境界線の上に佇んでいるのだ。

 青年の話は実に魅力的であった。望む来世。それは、徹がいつか憧れた存在になる事も容易なのだろう。

「ただし、ただで特別をあげる訳にはいかないんだ」

「……何が要るんだよ」

 不本意の内に疼き始めた期待を抑え、青年に問う。青年は微笑んだまま、簡潔に答えた。

「簡単さ。神様が要求するのは、君が望む来世ぶんの働き」

「それだけか?」

 労働の内容が何かはわからない。そもそも徹はアルバイトの経験は無かったからだ。だが、額面通りに言葉を受け取ると、そこまで重みのある事は想像できなかった。

「それだけ。でも勘違いしないでおくれよ。身を粉にするなんて言い方は生ぬるい。存在を懸けてやるお仕事さ」

 ここから先は今教えられないけど、と青年は打ち止める。

「で、どうする? 乗るも反るも君の自由だ。ここで合意しなければ、君は前世とここでの記憶を消されて転生する。何になるかはわからないけどね」

 紙で顔を扇ぐ青年。言動は適当で軽率であったが、徹を見る目だけは鋭く、何かを見定めているようであった。

「なら、俺の意思は決まっている」

「じゃあ聞かせて貰おうか。君は、気味の来世をどうしたい」

 相変わらず青年は微笑んだままである。だがその微笑は先のものと違う。徹に何かを求めている期待が、そこにはあった。

「簡単だ」

 徹は、自らの考えを青年に告げる。

 それを聞いた青年は、驚いたかのように目を大きく見開いた後、また微笑みに戻す。そして、自身にしか聞こえない声で呟いた。

「面白い。こんな人間は初めてだ」


 加古川徹は十七歳の誕生日に死んだ。

 短い。あまりにも短い生涯である。

 やりたかった事、やり残した事……それら全てを心中に抱えたままの彼に生まれたのは、彼自身が望む来世。

 非業の死など遂げる事のない、全てが順風満帆な来世。

 容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備、家柄良好……どのような言葉を並び立てても足りない、人ならば誰もが夢見る最高の一生。

 生まれた頃から全てが順調で、長生きして死ぬ。

 十七歳の誕生日に死んだ加古川徹が望んだのは、たったそれだけであった。

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