序章ー受継がれし意志ー
前々から考えていた冒頭を投稿させていただきました。
焦燥、恐怖、怒りに埋め尽くされた思考。
眼前に広がる紅蓮の鉄臭い平原。
両腕、両足に刺さった様々な武器は体内に潜り込み、ありとあらゆる生命活動に必要なものを殺していく。
とうに限界を迎えているはずの体はいっこうに倒れることはなく、むしろ意思に逆らって前に進もうとする。
ここで倒れてもいい、楽になろう。早くあの人たちのところへ。とめどなく聞こえてくる言葉はいとも容易く精神を蝕み、汚染していくが、それでも前へ、前へと体は進むことをやめない。
もういいじゃないか、怒りに囚われることなんてない。恐怖を受け入れてこんな苦しみからは逃げよう。
意思は諦めているのに、諦めているはずなのになぜ体はこうも……。
そんな中、記憶からある女性の言葉が蘇り、再生される。
『坊主。諦めるのは誰にだってできるし、簡単だ。けどな、その先に待っているのは決して楽園なんかじゃない。待っているのは後悔っつうもっと苦しい地獄だ』
ああ、そうだ。その通りだ。けど、もう諦めたって。
『大丈夫、坊主には私らが付いてるだろ? 怖がることなんてない、むしろ胸を張れ! 私ら全員の意志はとっくに引き継いでんだ、絶対に負けることなんて無いさ! なんたってーーーー は私らの最高の弟子で…… 息子なんだからよ!』
……!!
涙が溢れてくる。しょっぱい。
俺は歯を食いしばった。諦めかけていた、恐怖や焦燥、怒りに駆られていた思考が消え失せ、あの人の髪の如く、紅蓮の闘志が燃えたぎる。
そうか、この体は俺に諦めるなと伝えるために前に進んでいたのか。
ならば、あの人たちの弟子として、息子として、進まねばなるまい。たとえ朽ちていく身であってもここで終わるわけにはいかないのだ。そうでなければ死後、後悔するし、あの人たちにも顔向けできない。
進め、進め。
体の至るところに刺さった武器を筋繊維の切れる音を聞きながらも引き抜き、歩く。痛覚はすでに麻痺している。なんのことはない。今はただ目の前にいる敵を屠ることだけに集中しろ。恐れるな、俺は負けない、負けることなど俺が許さない。
唱える、ある男の生涯かけて編み出した技を。
「ーーーー!!」
全身を包むこむように顕現する光の粒子。その一粒一粒が鉄壁の守りであり、また最強の矛でもある。故に固定された形を持たず、無形の武具なのだ。
轟音。
敵の腕から地響きののような音が鳴り、こちらへ一直線で向かってくる高速の巨大な弾丸。
粒子を一点に集約し、守りを固める。瞬間、激突し、周囲の地は抉れ、風圧が亡骸たちを吹き飛ばし、生臭い鉄の臭いまでもが消える。
残ったのは俺と敵のみ。
三日月のような弧を描いて嘲笑ってくる敵に対し、半ば狂気じみた足取りで突貫していく。
そこでおれはさらに唱える。あの紅蓮のような髪を持つ女性の力を。
「ーーーー ッ!! うおおおぉぉぉぉ!!」
獣の如く雄叫びを上げて、巨槍に練り上げた光の粒子を突き出し、紅蓮の覇気を纏いながら目前に迫った敵を貫かんとす。
「ーーーー ぉっっっrrrr!!??」
余裕の表情を浮かべていた敵は一変し、強大な力の奔流を無理やり抑え込もうと必死にどす黒い覇気を出して応戦する。
獣の雄叫びと狂気の焦燥は不況和音を奏で、戦場を飲み込む。
「終ぉぉぉわぁぁりぃぃぃっっっだぁぁぁぁ!!」
俺は敵の体を通り過ぎ、数瞬の後血飛沫が背後に撒き散らかされた。
擦り切れた精神、気力、そしてとうに限界を超えていた体は崩れ落ちて仰向けになって力尽きる。
薄れゆく意識の中で見たのは貫いたはずの黒い影の上部に描かれた真っ赤な三日月であった。