何でも屋と新入生
学園の中をメイドに案内されている。
レープとの待ち合わせは教師にしか利用できない少し離れた中庭だ。
やはり今回の四人と俺が会うところは他の生徒には見られたくないのであろう。
十五、六歳であろうメイドは無言で俺の先を歩く。
無駄な音はたてない、たとえ足音だとしても。
それがメイドのたしなみ。
メイドは受付嬢と並ぶ平民の女性の憧れの職業だ。
十五歳になり先輩メイドの推薦や商会の推薦、貴族の屋敷に仕えるメイドの推薦により学園のメイドとして雇われる。所詮コネの世界だ。
しかし、一言でコネといっても大変だ。
推薦された者の評価が悪いと推薦した者の評価も下がる。
その結果、推薦した者は二度と推薦できなくなるか、最悪推薦した者自体が職を辞さなければならない。
次に続くもののためにもコネを維持するため皆がんばる。
メイドも大変な世界だ。
あとかわいい。
容姿もある程度重要だ。
「どうぞこちらになります」
扉を開けて頭を下げたままひかえる。
俺が中庭にはいると、メイドは中庭に入って来ず扉を閉めた。
「おいおい、待っていたぞグラウダ。来ないんじゃないかと冷や冷やしたぞ」
「いや、一応予定より少し早く来たつもりなんだがな」
レープは中庭にあるテーブルに座ってこちらに手を振ってくる。
俺も軽く手をあげながらテーブルに近づく。
「まあ、掛けてくれ。あいつらももうすぐ来るだろうからな。なんかお前も飲むか?」
「いや大丈夫だ。それより学園も変わらないな」
俺は勧められた椅子に座り答える。
レープが優雅にカップを傾ける。
その優雅な所作はむさ苦しい彼もやはり貴族である事を再認識する数少ない瞬間だ。
「そうそう変わるもんじゃないさ。なにせこの学園は伝統が売りだからな。それにお前は去年も来ただろ。同じ依頼で」
「まあそうなんだが。あのとッ…」
「ん、きたか」
扉の開く音でレープの顔を気のいいおっさんから学園の教師へと表情を変える。
俺も音のした扉に顔を向けると、開け放たれた扉の前にいたのは十二歳の見目麗しい男女四人だった。
そのうちいかにも生意気そうな美少年が一人、代表して口を開く。
「なにやら楽しそうに歓談しているところ失礼します。そろそろ時間かと思いましてお邪魔させていただきました」
「そうか。全員こちらに来て並ぶように」
椅子から立ち上がるレープに合わせて俺も立ち上がる。
レープは完全に教師の顔で彼らの前に立つ。
俺も一応真面目な顔をして隣に立っておく。
「今日これよりお前たちに任務を与える。反論は許さない。黙して聞くように」
『はいっ!』
若々しい四つの声が唱和する。
どうやら教師に対しての礼儀はあるようだ。
一人の少女が俺をちらりと見たが他の三人の目線はレープを見つめたままだ。
レープに聞いていたよりかは良さそうだ。
少し評価を上方修正しておく。
何食わぬ顔で目の前の四人を評価する俺の横でレープの話は続く。
「今回の任務は、湖の街ラトゥールに行き領主ミズネ・ラトゥール殿から印をもらいこの学園に帰ってくることだ。六日の行程でこれを行うこと。装備は各々の用意したものか、任務の書類を見せ装備課で才能に合う物を貸与してもらうこと。以上!発言を許す。なにか質問はあるか」
金髪の美少年が隣の少年に軽く目配せをする。
それを受けて隣の少年が手をあげた。
「レープ教官に質問があります」
「許す」
レープが鷹揚に頷く。
ちゃんと学園の教師をしている姿は新鮮だ。
いつもエジル亭に来るときは愚痴ばっかのめんどくさい状態ばっかだからなぁ。
たまにちゃんとした教師の姿をみるのは見直すいい機会だ。
「その隣の方はどなたでしょうか。見たところどこぞの家の者ではないようですが?」
少年が疑わしそうにこちらを見る。
隣の方。もちろん俺の事だ。
貴族である証のマントを着けていない。
というか俺は貴族でないのでつけられないんだけども。
ちなみに学園では教師以外帯剣を許されていないので、今帯剣をしているのはレープだけである。
俺でなくレープが答えた。
「彼の名はグラウダ。冒険者のグラウダ殿だ。経験と腕は俺が保証する。君たちの人数では不安なので俺が手配した。安全のためなら俺ら教師が付いた方が良いがそれでは任務にはならないからな。グラウダ殿にお願いした」
美少年は不愉快そうに眉根を寄せるがレープが俺を敬っているだけに態度には出さない。
逆に青みがかった黒い髪の少女は不安そうにしている。
平民で冒険者、それは貴族にとって乱暴者の代名詞だからだ。
そしてもう一人の黒髪少女は俺を睨んでいる。
滅茶苦茶にらんでいる。
レープはその黒髪の少女の態度を嗜めもせず見てないふりをして続けた。
「では全員自己紹介をするように。ではオルブライト。端にいる君からだ」
「オルブライト・ガシュヤルド十二歳。剣のクラス深度2です」
オルブライト・ガシュヤルド。広大な領地を持つガシュヤルド家の長男。
幼少時から訓練を施され、十二歳にして剣の才能のクラス深度2に到達している俊才。生意気だが、その実力は本物。ついでにすごく美形。
ちなみにこの説明はレープがエジル亭にて説明してくれたものの受け売りだ。
生意気というか気位が高いのだろう。
なにせ三侯爵の筆頭ガシュヤルド家だ。
気位も高くなろう。
「セルバルチ・チャルード。十二歳。盾のクラス深度1です」
セルバルチ・チャルード。三代に渡りガシュヤルド家を盟主として支えるチャルード家の子弟。母方の才能を強く受けたために盾の才能を持つオルブライトの幼馴染みにして従者。オルブライトの雑事をこなす。なかなか優秀な少年。
「ササリア・オウバージ。十二歳です。弓のクラス深度2になります」
少し俺に怯えていて視線が泳ぐ彼女は、ササリア・オウバージ。
三侯爵が一人、香木で有名なオウバージ家の令嬢。
オルブライトと同じ弓のクラス深度2になるが本人は試験以外弓を射らない貴族としては変わり者。動物が好き。ウェーブのかかる青みがかった黒髪の美少女。
この時点でアレンハイムの柱、三侯爵のうち二人もいるめんどくさいパーティーだが、俺にとってはもっとめんどくさいのが最後になった俺を睨む彼女。
「リファネラ・ターティカ。十二歳。槍のクラス深度2」
いやいや感丸出しの黒髪の少女、リファネラ・ターティカ。
レープが彼女の態度を注意しないのは貴族として同情する事があるからだ。
そう、俺に対して。
彼女はターティカ地方を治める領主の娘。家柄は貴族の中では平均『だった』。今回このパーティーに入っているのは彼女も同期で一番の槍のクラス深度2なこととその出自から他の学友のパーティーに入れてもらえなかったせいだろう。
その理由は俺にとっても因縁深い。
というかほぼ俺のせいだろう。
ターティカ地方は俺の故郷ワシカ村も含む。
彼女は俺を王都に連れてきた領主、レイルズ・ターティカの娘だ。
それがレープが同情し彼女が俺を憎む理由だ。
やっと会話が少し。