何でも屋と依頼人
王都の下町育ちは大通りでは買い物をせず、もっぱら大通りから一本入った路地で買い物をするのが一般的だ。
同じものを買うとしても大通りと路地裏ではまったく値段が違う。
下町育ちにとって大通りから一本入った路地こそが生活基盤、メインストリートになる。
そんなこともあり昼時なので路地に出ている人は多い。
そんな人混みを抜けて一路エジル亭を目指す。
さきほど、どぶさらいのあとに一度着替えるため帰ったときは、まだジルベルトは昼飯を食べておらず黙々と棚の整理をしていた。
今急いで帰れば昼食にありつけるだろう。
ジルベルトは愛想はないが、料理の腕はある。
あとで家賃に上乗せされるが他の食堂で食べるよりは全然安価でおいしい。
食べられるのなら帰って食べたほうがお得だ。
「ただいま」
空気の入れ換えで開いたままの扉をくぐる。
この時間帯はメリッサは出ていることが多く、ジルベルトしかいないので返事はない。
接客業としてそれはどうかとも思うが、エジル亭は宿屋であって食堂はあるが食事処ではない。
エジル亭の一階が食堂ではあるが、これは宿泊客の朝、夕食用の食堂で昼間は食事は提供していないのでこんなものなんだろう。
無口なジルベルトしかいないエジル亭は静かなものだ。
そのままいつもの特等席に座る。
カウンターの一番端なのは掃除の邪魔にならないためだ。
なにせ一日中この席で依頼人を待って過ごすことが多い。
依頼人を待つ。それも俺の仕事だ。
「……」
座ってしばらく経つとジルベルトがカウンターの向こうの厨房で料理をはじめる。
どうやら間に合ったようだ。
調理の音が男二人しかいない食堂に響く。
いい香りがしてくると、無言でカウンター越しに野菜炒めが置かれた。
俺も無言で受けとる。
ジルベルトの手元はカウンターで見えないが腕が動いてなにかを書いた。
多分俺が食べる昼食代のツケのサインだろう。
ジルベルトも炒めていた鍋を洗い終わると自分の分を持って厨房出口に近い俺とは逆側の席に座る。
今度は、男二人が野菜炒めを食べる音が響く。
味は相変わらずうまい。
肉は高価なので入ってはいないが野菜はしゃきしゃき感を残していて心地よい歯応えがある。
それでいて少し強めの塩味が仕事終わりの俺に丁度良い。
いい塩梅だ。
あっという間に完食した。
ご馳走さま、そう呟いて空いた皿をカウンターにのせる。
少し経つとジルベルトも食べ終わり厨房から皿を取って洗い出す。
当然無言だ。会話などない。
洗い終わるとまた棚の整理をしだす。
ジルベルトが棚を整理する音を背景音楽としながら腹がふくれた俺は特等席で依頼人を待つ。
もう一度言う。それが俺の仕事だ。
「おっ、やっぱりここにいたかグラウダ」
日も陰り始めた頃、俺が少し前に閉じておいたエジル亭の扉を勢いよく開いて現れた男はマントを着け帯剣していた。
見慣れたその男は俺の得意様の一人、ローベルト・レープ。
マントを身に着け、町中でも帯剣を王国に認められている人間。
間違いなく貴族階級の一員だ。
ジルベルトはレープがエジル亭の扉をあけて現れたのをちらりと見ると静かに棚の整理を止め食堂を出ていく。
レープは何度も依頼でエジル亭に訪れたことがあるから席を外すことを求められるであろうことは言われなくても察してくれる。
ジルベルト、気が利く男だ。
こういうときは無口なのが逆に渋く感じる。
レープはジルベルトの気配がなくなってから俺のとなりに座わった。
「今年も依頼、頼んでいいか?」
「ん、もうそんな時期か」
貴族に対する言葉遣いではないが、他に人がいないところではレープと俺はこんなものだ。
ただ普通の平民が貴族階級の者にこんな口の聞き方をするのはおすすめしない。
一振りに切られてそれで終わりだ。
「ああ、今年もなかなか粒揃いだが、いかんせん貴族は我が強い者が多くてな」
いやいや、お前も貴族だろ。とは口には出さず、苦笑する。
俺より年上のこの男は三十五才、昔学園で机を並べて学んだ同期だ。
代々どこだかの土地を領地とする由緒正しき貴族の出で現在領地は親が経営し、レープ自身は学園の教師をしている。
初めてあったときは俺と色々あったがなんだかんだでレープに気に入られ、もう二十数年の付き合いになる王都に来てからできた友人の中でも最古参の一人だ。
なにかと俺を気にかけてくれ仕事も融通してくれる兄貴分だ。
「毎年我が強いやつが多いからグループを組むのも一苦労でな。それにやっぱり子弟とはいえ親の派閥とかもあるからな。そこら辺も考えてやりゃあならん。こんな愚痴も学園ではどこに耳があるかわからないから言えん。おまえにもわかるだろう」
「まあ、経験者だし。こうなんか毎年色々あるよな」
そうだろうそうだろう、わかってくれるかと、ズズッと寄って肩に手をかけてくる。やけに近い。
教師として毎年入学する貴族の甘やかされた子弟を相手にするのはストレスがたまるのだろう。
中には自分より高位の爵位の子弟もいる。
学園では身分は関係ないのが建前とはいえ子弟たちもいずれその家を継げばレープ以上の上位の身分を持つ者もいるし、レープも貴族の一員だ。
レープの実家もどこかの派閥に属しているだろう。
そうそう強めに教育することはできない。
貴族同士ではできない愚痴を俺にこぼして興奮しているのか、はっきり言って顔が近い。
おっさん同士で吐いた息を吸い合う趣味はないので軽く席に押しかえす。
「わかった。わかった。それで依頼は去年と同じ湖の街ラトゥールまでの往復の護衛でいいのか?」
「ああ、俺らの頃とかわらんよ。てか入学したてのヒヨッコだからそうそう無理なことはさせられん。怪我程度なら問題ないが死なれても困るしな。特に今年お前に任せる予定のやつらは親の爵位も高い分才能のクラスも学年では一番高い。なにも問題はない」
「お前それ、本気で言ってんのか?」
冗談じゃない。
親の爵位が高くクラスも高い、ならばそのプライドもまた高いのが道理だ。
プライドの高い貴族が学園の課題の任務のためとはいえ平民の何でも屋(一応熟練の冒険者と紹介されるが)風情の言うことを素直に聞くとは経験上まったく思えない。
問題は大有りだ。
「冗談だ。それに問題有りだからこそお前に任せてるんじゃないか」
ガッハッハッとレープがイイ笑顔で肩をバンバン叩く。
その笑顔、ぶん殴りたい。
俺は震える右手をなんとか我慢しながら、
「お前なぁ、結構毎年大変なんだぞこっちも」
「知ってるさ。俺も教師生活十年になるんだぞ。で受けてくれるのか」
「先に聞かせてくれ。今年は何人のグループなんだ?」
「今回は四人だ。ほら、前回よりましだろ」
いやいや。
去年の方がまだましだ。
学園に入学して三ヶ月程度の生徒の場合、初歩のスキルスラッシュさえやっと習得しているかどうかだ。
確実にスキルを発動して戦えるかどうかはわからない。
その為、不意に複数のモンスターと戦闘になった時のために近距離二人、中距離二人、遠距離二人の計六人が湖の街ラトゥールの往復任務をこなす安全な条件だ。
ちなみに前回は三人と俺で計四人。
親の爵位も低く才能のクラスもまだまだ低かったためにどのグループにも入れて貰えなかった余りの三人だったので、人数不足と実力不足の恐怖からかしっかり俺の指示に従ってくれた。
そのお陰か去年は新入生歓迎の湖の街ラトゥール間を往復する課題の任務はモンスターにも襲われずに達成することができた。
爵位の高い親を持つ子弟は平民の指示なんかと聞かないことが多い。
現に六年前とかは大変だった。
あれは急にモンスターが……
「まてまてまて。もしかして受けてくれないのか?」
どうやら考え込んだのを拒否するためだと思ったらしい。
慌てて立ち上がりこちらに詰めよって来る。
「ちがう。ちょっと待て。いいから顔が近い」
軽く押し返して椅子に座らせる。
レープには借りがいっぱいある。
まあ、メリッサとは違いレープには貸しも一杯あるが…
ちなみにメリッサには借りばかりだ。うん。
ツケとか。うん。
「わかった。受けるよ。じゃあ、詳細を話し合おう」
「よかったよ。ありがとう。恩にきるぞ」
レープが心底安心したと俺の手を取って上下に振る。
やけに喜んでるな。
手を離した後、安堵し椅子にどっと深く腰かけたレープを見ても、俺は教師も大変だな。ぐらいにしか思ってなかった。
だが、俺はこのとき気付くべきだったのだ。
毎年同じ湖の街ラトゥール往復の護衛の依頼を受けたときの前回までのレープのリアクションと今回の依頼を受けたときのレープのリアクションの違いを。