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一転

 柊君。

 アマゾンがわたしを呼んでいる。

 あとは頼む。




一転


 社長に失踪癖があるということは今までのつきあいで重々承知している。

 だから、ある朝出勤したとき会社のドアにそのような張り紙が張ってあるのをみても柊誠は驚かなかった。

 社長一名社員一名というこじんまりとした所帯であるということと、元来、楽天的な性格なのである。

 また、そうでもなければあの社長と何年もつき合えるはずもない。

「よぉしっ!

 茶々屋のモーニングを食いにいこう!」

 張り紙を見つけたときの柊の感想は、そんなもんだったりする。

「堂々とぉ、サボれるぞぉ、っと」

 セロテープでドアに張りつけてあった張り紙を乱雑な動作でひっぺがすと、ジャケットのポケットに突っ込む。

 意気揚々とエレベーターの下降ボタンを押し、

「あっさめし朝めし」

 と呟きながら中に乗り込もうとすると、小柄な中年男と衝突しそうになった。

「柊さん!」

 三十秒ほど考えて、その男が会社と会社の寮、つまり現在の柊の住居を世話している不動産屋であることを思い出す。

「社長さん、おられます?」

「おられませーん」

 柊は脳天気にいい放ち、ポケットの中から取り出した社長のメモを不動産屋の前でひらひらーとしめした。

「出張でぇーっす」

「え?」

 途端に、不動産屋のおやじは狼狽えた。

「ど、どこまで?

 お帰りになるのはいつです?」

「さぁー。

 なにせ、あの社長のことですからねえ」

 責任感、とか、真剣さといった成分が、コンマ一パーセントも含まれていない口調で答えた。

「明日になるか、一週間後になるか、それとも一ヶ月後になるか」

「そいつは困る」

 不動産屋の声が大きくなる。

「今日、事務所と寮の更新料を払って頂く予定だったんですよ」

「そいつは大変」

 例によって深刻さをまるで感じさせない様子でふむふむと頷きかけ、

「なぁにぃっ!

 寮もですか?」

 突然、大声を張りあげた。

 寮とはいっっても現在利用しているのは柊ひとり。

 つまり、事務所と同じフロアにある柊の住居にあたる。

「なんとか社長さんに連絡つきませんか?」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 柊も慌てふためき、取り出した携帯で社長の携帯を呼び出す。

 事務所だけならともかく、寮まで追い出されるとなると他人事ではない。

「あかん。

 圏外です。

 繋がりません」

「困りましたねえ」

 不動産屋も芝居がかった動作でため息をついた。

「せめて、いつ帰ってくるのかくらい分かってれば、こちらにも対処のしようがあるのですが」

「ま、待ってくださいね」

 柊も、今度ばかりは真剣である。

 あの社長のことだから、なにげに忘れているだけだとは思うのだが。

「事務所の方に、なにか用意しているのかも知れない」

 事務所には金庫もある。

 事務所の鍵を開け、不動産屋と連れだって事務所の中に入る。

 柊が慌てて金庫のダイヤルを回していると、

「うわぁっ!」

 不動産屋の絶叫が響いた。

 柊が振り返ると、首を「商品」に巻き付かれている不動産屋の姿があった。

「あちゃぁー……」

 柊の顔から血の気が一気に失せる。

「こんなときに限って、檻に鍵をかけ忘れるんだよなあ」


 そのとき、柊の胸ポケットに突っ込んであった携帯がクワイ河のマーチを奏でた。


「あら柊くん。

 うちのニョロ子ちゃんが元気ないんだけど、ちょっと見に来てもらえる?」


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