いろいろとゴタゴタがあったそうです
「こっちで良いのよね?」
光莉は性格が変わったように先頭をズコズコと進んで行く。
「そ、そうやけど……」
流石にローナもビックリしている。
「凄いなー、性格激変したよー」
こっちは驚いているのか全くわからないが、たぶん驚いているのだろう。
「こっちの方が僕は良く知ってるけどな」
こっちに来るまでは小さい頃のことを除いてずっとこんな感じだった。
僕のことは無視し、妹のためなら何でもする。それが光莉だった。
「早くして、遅い!」
はあ、どっちの性格が良いのか……。
「はいはい」
どっちでも良いが、性格がここまで激変してくれるとこっちの対応が追いつかない……。
「良かったわぁ」
ん?何かローナが言ったような……。
「何か言ったか?」
僕はローナに聞いた。
「い、いや、何も言ってない」
ローナは何かを隠すように言った。しかし、僕は何を隠そうとしたのかわからなかった。
「今度はどっち?」
先に歩いていた光莉は分かれ道に着いたようだ。
しっかりと二股に別れている。真ん中に看板……は、ない。
アニメや漫画、小説ならあってもおかしくないが……。現実は違うみたいだ。
「そこは右やな」
「そこは左だよー」
何で意見が割れるんだよ!心の中で盛大なツッコミが炸裂した。
「どっちなんだよ!」
三大妖精同士しっかりと息を合わせて欲しいものだ……。
「絶対右のが早いわ!」
ローナが言う。
「いやー、左のが安全だしー」
カリナはどうやら安全を重視して左と言ったらしい。
「私は早い方がいいわ」
妹LOVEスイッチが明らかにオンになっている。全てを差し置いても妹を助けるため、スピード重視らしい。
「僕は安全を取った方が良いと思うけど……」
完全に意見が割れてしまった。
スピード重視のローナと光莉、安全重視のカリナと僕。
どうする……。
「絶対こっちのがええって!」
「そうよ。早くユウナさんに会わなきゃ」
光莉もローナに続いて言う。
「いやいや、死んじゃったら元も子もないよー」
「そうだよ、安全を取るべきだ」
僕はカリナに続いて言う。
その後僕たち四人は二人のグループに別れて睨み合いを続けていた。
「絶対こっちやから!」
ローナは降りる気はないらしい。
「違うよー、こっちにしよー」
カリナも降りない。
「こっちよ」
光莉も全く降りない。
「はあ、もうどっちでも良いよ……」
僕は降りた。このままずっと続けていても埒が明かないと思ったからだ。
「これで二対一や」
「多数決ならこっちよね?」
スピード派はグイグイカリナに食い寄る。
「だってー」
カリナも引きたくないらしい。
「カリナ、もうあっちにしよう」
僕はこのくだらない争いに終止符を打つように言った。
「それにこっちのがいっぱい敵が出るで?」
ピクッとカリナの耳が動く。
『敵』と言う言葉に反応したらしい。
「いっぱい楽しめるで?」
さらにローナは押して来る。カリナの性格を上手く使って誘導して行く。
「闘い……、する……」
ついにカリナが折れた。
ってことは、またあの残酷残虐の光景を見ることになるのか……。
面倒事を嫌ったために起きてしまう事か……。仕方ない……か。
「そうそう、それやで」
ローナは完全にカリナの心を掴んでいた。
「うん、わかったー。従うよー」
カリナ、完全に敗北。こいつ、戦闘力はあるが言語力はないらしい。
「これで決まったわね?さあ、行きましょう」
光莉は急かすように全員に言った。
「そうやな。止まっとっても意味ないしな」
それはそうだ。時間があるなら一歩でも進んだ方が良いだろう。
こうして分かれ道の些細な闘いは幕を降ろした。
「暑ぃ。どうにかならないのか、この暑さ?」
結局スピード重視にしてしまったので敵が多い方になってしまった。
しかし、今は単純に暑い。気温は四十度を超えているのではないかと思ってしまう。
「本当だよねー。誰かがこっちにしようなんて言うからー」
本当にそんな事思っているのかわからないくらいのびのびとした口調でカリナは言った。
顔の表情も柔らかいので怒るということがなさそうだ。
ただし、交戦中は違うが……。
「しゃーないやろ。まさかこんな暑いなんて思ってなかったんやから」
ローナも暑くてグダグダしている。言葉もハキハキしていない。
「もう、さっさと歩いて三大妖精の残りの人を探すんでしょ?」
こんな暑さなのに一人だけ元気だ。
いや、元気ではない。妹LOVEスイッチが入っているだけか……。
「少しくらい、休もうぜ……」
僕は暑さとここまで歩いてきた疲労とで疲れ切っていた。
「お兄ちゃん、情けない」
スパッと言われてしまった。久しぶりだ。気持ち良いほどスパッと言ってくれる。
怒りがこみ上げて来る事はない。どんなに言われたって本気で怒ろうとは思えないのだ。もしかしたら僕はMなのかもしれない。
「僕も疲れたよー」
頭と肩を前方に少し倒しながら歩いていたカリナも弱音を吐いた。
「休憩しようや。そんなに頑張ってもしんどいだけやで」
とうとうローナも休憩に賛成して、光莉の味方はいなくなってしまった。
「少しくらい、良いだろ?」
僕が最後にもう一回促してようやく光莉は休憩に賛成してくれた。
「でもさー、何でこんなにも暑いのかなー?」
汗一つかいていないお前が言うか!
カリナは長袖長ズボンなのに顔に汗一つかいていないのだ。
「んなん、知るか!」
ツッコんだローナも汗をかいているようには見えない。
「お前らが知らなかったらダメだろ……」
こっちの世界の事はこっちの住人が知っておいてくれなければ困る……。例のジャングルみたいな事は二度とゴメンだ。
「知らんもんは知らん!」
何を怒っているのか。ローナはそっぽを向いてしまった。
「本当にどうしちゃったんだろー?」
「異常気象とかじゃない?」
光莉が会話に登場してきた。
「「異常気象?」」
妖精の二人は顔を見合わせている。
「知らないのか?」
僕は問う。異常気象を知らないなんて思わなかった。僕の知らない事はいろいろ起こっているのに、知らない事があったとは……。
「んー、さっぱりー」
答えてくれたのはカリナだった。
「異常気象ってのはな、異常な気象なんだよ」
僕は説明してあげた。
「お兄ちゃん?」
光莉はニコニコしながら僕を見ている。その目は鋭い刃物のようだ。
「わかったわかった。いつもは暑くない時期なのにその年のその時期は暑かったり、雨が一ヶ月続いたり、まあそんな事を異常気象って言うんだよ」
果たしてこれであっていたのだろうか?一ヶ月雨が降り続いたら流石に……。
「理解できた?」
何で上から目線で話すんだよ。光莉はいきなり口調が変わるから怖い。
「うーん、なんとなくー?」
「うちもなんとなくやな」
二人ともなんとなくはわかってくれたらしい。こんな説明でよくわかってくれるものだ。
「簡単に言えば今の気象だよ」
これで少しは納得出来るだろう。
「「なるほど」」
どうやら二人は理解したらしい。だがこんな説明でわっかてくれていいのだろうか……。
この先が思いやられるよ……。
「マジで暑ぃ……」
あれから歩き始めたが、やっぱり暑い。水たまりなく、砂漠を歩いにいるような気分になる。
「早く歩いて」
後ろから光莉が僕の背中を押す。
「おおー、それ楽そうだなー。ローナ、やってよー」
カリナはローナに光莉と同じ事をさせようとしているみたいだ。
「あんなん嫌や」
そりゃあ、そうだ。誰だって嫌に決まっている。ただ、光莉は僕に早く歩けと行動で示しているだけなのだから。
「良い加減しっかり歩いてよ」
さっきからずっと僕の背中を押している光莉から文句が飛んで来た。
「あー、わかってる」
しかし身体が思ったより重く、歩くのもしんどくなっていた。
「ねぇ僕もー」
あっちではローナとカリナがまだ言い合いをしていた。
これのどこを見て良いと感じたか僕にはわからない……。
「水、水くれ」
喉がカラカラで呼吸するのが辛い。すぐに水分を取らないと、カピカピになって死んでしまう。
「もうないわ。さっきの休憩で使い切ったのよ」
な、なんてこった……。水分補給が出来ないなんて……。死ねと言っていると同じじゃないか。
「ローナとカリナは水ある?」
辛いのを我慢して僕は二人に聞いた。これで二人ともなかったら僕はどうなってしまうのだろう……。
「うちはもうないで」
「僕は持ってすらいないよー」
…………。二人とも持っていないらしい……。ちょっとピンチだ……。
「水、水、水はいかがっすかー?」
そこに商人らしき人がたまたま通りかかった。それに水を売っているじゃないか!
「あの、水くれませんか?」
もう喉の渇きに耐えられない。今すぐ欲しい。
「このボトルで五百円です」
そう言って差し出されたのは五百ミリリットルくらいのボトルだった。
「え?これでそんなに高いんですか?」
あっちの世界の三倍以上の値段だ。ぼったくりだろ……。
「ここは水がとても貴重なのでとても高いんですよ。すみませんねー、お客さん」
確かに水はとても貴重らしい。地面を見ても地割れが起こっており、雨が降っていないのがわかる。
「仕方ない、それください」
何だか負けた気分だが、ここは仕方ないだろう。自分の命とは変えられない。
「じゃあ私も」
「うちもお願いするで」
「僕もー」
僕に続いて光莉、ローナ、カリナと順に水を買っていった。
「毎度あり!」
そう言って水を渡すと商人らしき人物はすぐに立ち去って行った。
「おっしゃ、これで助かる」
少々大げさだが、そのくらい喉が乾いているのだ。
ぐぐぐ、カチッ
ボトルの口は力を少し入れるとすぐに空いた。
そのまま僕は水をゴクゴクゴクと飲んだ。
「ぷはー、生き返るー」
僕は水を飲み、喉を潤す事で生き返った気分だった。
「そうね、流石に喉がカラカラだったもんね」
どうやら他の三人も水を飲んだらしい。光莉は自分も喉乾いていたのよアピールをした。
「そうやな、生き返るわ」
ローナは一気に全ての水を飲み切り言った。
「んー、おいしいねー」
ゆるゆるの感じがさらに緩くなったカリナ。もう声を聞くだけで、その時は時間が止まっているのではないかと思えるくらいのんびりとしていた。
ドクッドクッドクッ
ん?心臓の鼓動が速くなっているような……。まあ、気のせいか。
ドクッドクッドクッドクッ
いや、気のせいじゃない!だんだん速くなっている。
ドクドクドクドクドク
ヤバイ!もう心臓が破裂しそうなほど速い。
「何か私……」
光莉声がしたので振り返ってみると……。
ドサッ
光莉は地面に倒れてしまった。
「うちも何か変……」
今度はローナが……。
バタッ
「僕も、ヤバイかも……」
カリナまでもが……。
ドサッ
…………。皆どうしたんだ?急に倒れて……。
っ、僕もヤバイ……。意識が飛ぶ、鼓動が早過ぎてもう……。
バタッ
か、身体が動かない……。どうなってるんだ?
「へっへっへ、よくも騙されてくれたぜ」
そう言って僕たちの目の前に現れたのはさっきの商人だった。
「あの水は毒入りだったんだよ。お前らを殺すためのな」
まさかまんまと引っかかるとは……。情けない……。
だが、身体の自由が奪われているため抵抗する事が出来ない。
こんな奴にやられるなんて……。
「四人とも引っかかってくれて良かったぜ。一人でも残ったら俺様は勝てなかったからな。戦闘スキルないし」
くそっ!そんな奴に僕はやられるのかよ……。話す力も出ない。
「まず三大妖精を殺すか。のちのち厄介になるといけないからな」
くっ、わかっているのに身体が動かない。僕以外の三人は意識がないようで、全く動いていない。
「こいつからだ」
そう言って商人はローナの髪を引っ張り上げ、喉にナイフを当てた。
やめろ!やめるんだ!
しかし、声が出ない。ただ心の中での叫びだ。
「死ね!」
くそっ!
ギチンッ
⁈
何だ?
「く、何で喉に刺さらない?くそっ、くそっ、くそっ!」
商人は何度も何度もローナの喉にナイフを刺そうとするが、刺さらない。まるで何かが邪魔をしているようだ。
「何でだ!こいつにそんな力はないはずだ!なのに何故!」
商人はローナの力を知っているらしい。ローナ本人の力ではないって事か。でも、どうなってるんだ?
「大丈夫か?これ、魔法の薬だ。飲んで」
少し離れたところにカリナを抱き起こしている何者かがいた。
「誰だ、お前!」
商人はそいつに向かって言った。
「私?」
そいつは商人の言ったことに反応して振り返った。
「そう、お前だよ。そこで何してる」
商人は指を指して言った。
「何だよ、そんなことか。カリナを助けてたんだよ。私、守ることしか出来ないから」
まさか⁈あれが僕たちの探していた……。
「お、お前……。まさか……」
商人の顔色は一気に真っ青になった。この世の終わりでも見ているかのような。
「んー?あれー?どうしてユウナがいるのー?」
カリナはムクっと立ち上がり言った。
あれが三大妖精の最後の一人、防御専門のフェアリープロテクト、ユウナか⁈
「まさか三大妖精が揃うとはな……。しかし、もう俺が勝ったのも当然だ!」
商人は大声を出し、ナイフをユウナの方に向けた。
「カリナ、もう動けるわよね?」
ユウナはカリナの方を向き、肩を叩いて言った。
「うんー、動けるー」
さっきまでカリナはピクリともしなかったのに……。いきなり何故?
「じゃあ、あれお願いね」
ユウナはそう言うと僕の方に向かって来た。
「じゃあー、闘い始めようかー」
カリナが黒いオーラを身にまとい始めた。
「くっそー!」
商人は両手でナイフを持ち、突進して行く。
「君、大丈夫?少し待ってて。魔法の薬はもう一つしかないの。だからローナに使うわ。そしてローナの回復魔法で君を助けるからね」
ユウナは僕の耳元で言ったあと、軽く頭を撫でてローナの方に向かった。
いきなり撫でられて僕はびっくりしたが、助かるのだと安心することも出来た。
「ふふっ、心臓いただくよー」
あっちでは戦闘が始まろうとしていた。
「くらえぇ!」
商人とカリナがぶつかり合う……。
ズシャッ
そんな暇なくカリナの右手が、商人の胸を突き抜けて背中の方から見える。そして、その手には心臓がドクドクとまだ動いていた。
「ガホッ」
商人は口から血を吐き、カリナはもろにその血を浴びた。
「これで終わりー」
グシュッ
カリナは手に持っていた心臓を握り潰した。
残酷な光景だった。僕がしっかりと気を失っていなければ見ることもなかったのに……。見てるこっちが生きた心地がしない……。
「ほら、ローナ。これ飲んで」
ローナに薬を飲ませているユウナ。すると途端にローナが目を覚まし、立ち上がった。
「おっ?ユウナやん。どうしたんや、こんなところで」
ローナは突然のことでわからないのだろう。僕のように見ていなければ……。
「いいからそこの少年と少女を直してあげて」
ユウナはローナの尻を叩いて僕の方に送り出した。
「あ、ああ。わかった。こいつらを治せばええんやな」
そう言ってローナは僕の胸を手を当て、何かをし始めた。
「ユウナ、倒しちゃったけどー」
カリナはユウナに結果報告をした。圧勝、話にならないほどだった。
「お疲れ様。どこか調子悪いところない?」
ユウナは結果報告より、カリナの身体を心配していた。
「んー、大丈夫ー」
カリナは腕を見たり、胴を見たり、足を見たり、最後は手をにぎにぎしてアピールしていた。
「そう、なら良かったわ」
ローナは僕の治癒を終えたらしい。
「動けるか?」
ローナに聞かれたので僕は上半身を起こし言った。
「ああ、もう大丈夫だ」
流石に回復のスペシャリスト。調子悪いところがどこにもない。
「ありがとう」
僕はお礼を言った。するとニコッと笑い、光莉の方へ走って行った。
光莉にも僕と同様に胸を手を当てる。
「君、大丈夫だったかい?」
ユウナが尋ねて来た。
「ああ、カリナの残酷な闘いを見た以外はな」
本当にあれは恐ろしい。それ以外の言葉が見つからないくらいなのだった。
「そう、なら大丈夫そうだね」
カリナの闘い方は気にしないのだろうか?まあ、それをどうこう言っても仕方ないのだが……。
「ん?私、どうしたの?」
どうやら光莉も起きたらしい。
「まんまと敵の罠にハマったらしいわ」
ローナが光莉に言った。
「そうよ、あと少しでローナは死んでいたわ」
割り込んで入るのはユウナだ。確かに僕が見る限り一番死に近かったのはローナだ。
「マシで⁈うち死ぬところだったん?」
気を失っていたのか、あの時はピクリとも動かなかったからな……。
「確かに死ぬ寸前までいったよ」
その状況を見ていた僕は言った。
「そーなんだー」
カリナの黒いオーラは消えていて、戦闘モードは切れていた。
「もう少し慎重に進んで欲しいものだわ」
ユウナがはぁとため息交じりに言った。
「あの、どちら様ですか?」
光莉はユウナの方を向いて聞いた。
確かにいきなり人数が増えて、三大妖精の二人は顔見知りだが、光莉にはわからなかっただろう。
「私は三大妖精の一人、防御専門、フェアリープロテクトのユウナよ」
これでついに三大妖精が全員揃った。攻撃、防御、回復。この三人がいれば魔王なんで余裕だろう。そして妹の愛莉を助けて元の世界に戻る。それがようやく現実味を帯びて来た。