どうやらジャングルは迷宮らしいです
「えー、あの、ええ加減にしてくれん?」
気まずそうに妖精は言った。
「あ、ごめん」
ついつい嬉しくてずっと抱きしめていた。
光莉は何だかいつものツンツンぶりがなく、デレデレしている。
「先に行くんと違うんか?」
そうだ。僕たちは愛莉を連れ戻しに来たのであって、兄妹の絆を確かめに来たのではない。
「そ、そそ、そうね。愛莉を探さないと」
いつもの冷静さはどこに行ってしまったのだろうか?とても焦っているようだ。
「魔王の城とやらに行かないといけないんだったよな?」
それが最優先事項だ。目的地もわからずに歩いていてはダメだ。しかし、ジャングルの中だけあって、木以外何も見えない。
「そうや、魔王の城に多分妹はおるやろう」
「その方向はどっちなんだ?」
すると腕組みをして深く考え始めた。
「んー、えーっと、んー」
ずっと目を閉じて唸っている。どうしたのだろうか?
「どうしたの?」
光莉が冷静に戻って聞いた。口調は小さい頃の優しい口調に変わっていた。
「んー、わからん」
は?
「何をおっしゃっているかわからないんだが……」
もしかしてどっちに行けば良いかわからない何て言わないよな?
「迷子った」
…………。
それはね、初めて来るもんね。わかるよ、うん、凄いわかる。この世界に住んでいても、全く来ない土地だったらわからなくもなるよね。僕にも凄いわかるよ。
って、今はそれどころじゃないんだよ!何やってんだよ!頼りにしてるんだから、マジで頼むよ……。
「マジ……?」
本当だったらヤバイ。
「ねぇ、質問何だけど、今まで何を頼りに進んでたの?」
そう、それだよ。どうしてお前は僕たちの先頭を堂々と歩いていたんだよ。おかしいだろ。
「え?そ、そそ、それは、か、勘……、とか……?」
はぁぁぁ。なんてこった。何でよりによって僕らの世界に来たのがこいつだったんだよ……。つくづくそう思う。
「バカなのか?そうなんだよな?知らない土地を勘で進んで行くなんて……」
はぁ、ため息しか出ない。何と言って良いのやら……。とにかく、こいつはバカだってことが今更ながらわかった。もう少し、いや、もっと早くにわかるべきだった。そうすればもう少しはマシだったかもしれない。
「こ、これは……、その、な、なんや。あ、あれや、そう、あれなんや」
言葉もまとまりがなく、おどおどしているのが目を閉じていてもわかる。
「これは、困ったわね」
少し考えこむ、光莉。
「どうすんだよ!」
僕はこの何とも言えないことを怒りでしか表現出来なかった。
「お兄ちゃん!」
光莉は僕に怒鳴った。
「ご、ごめん」
続きの言葉がなくても、わかる。兄妹だし……、いや、この場合は誰でもわかるだろう。
「はぁ、こうなったのはしょうがない。状況の整理でもしよう」
悔やんでも仕方ないし、進むわけではない。それならいっそ、歩を進めた方がましだ。
しかし、それは危険だと僕は判断し、一から戻って状況整理をしようと思ったのだ。
「すまん……」
いつになく、元気がない。怒った僕も悪かったが、それ以上に自分でも反省しているようだった。
「気にすんな。誰でもミスはあるよ。それに聞きたいことが結構残ってるから、それでチャラにしよう」
今までに聞きたいことは山ほどあった。
丁度良い機会なので、聞いてみようと僕は思った。
「愛莉を早く助けたいのは山々だけど、しょうがないわね」
光莉もわかっているようだ。
「おし、冷静になったか?」
僕は妖精に聞いた。
さっきはとても動揺していてまともな会話ができそうになかった。
「おう、もう大丈夫や。心配させたな」
笑顔を見せているが、作っているのはすぐにわかる。言葉にも力がなかった。
しかし、そんなことを気にしていても仕方ない。僕は僕のやるべきことを少しでもやるだけだ。
「じゃあ、まず一番の疑問な。どうして僕は生き返ったんだ?」
正確には死んではいなかったが瀕死だったのは確実だ。それが一瞬のうちに治ったのだ。
「それはな、さっきも言ったが、うちが助けたんや」
ミスった。こいつにこの聞き方はまずかったか。
「一つ一つ聞いて行こう。まず三大妖精って何だ?」
三大妖精ってくらいだから、あと二人いるんだろうけど……。よくわからない。
「それか……。自慢みたいであんま言いたくないねんけどな」
いやいやいや、さっきはめっちゃ堂々と言ってたし。自慢ですよ的な感じ言ってたし。
「うちは名前はローナ。妖魔世界でフェアリーリカバリーと呼ばれているんや」
妖精回復のローナ。僕の怪我はこのローナが治してくれたってことか。
「ロ、ローナ意外には誰がいるんだ?」
名前を言うのは恥ずかしいな。一応女の子だし、変に緊張してしまう。
ドンッ
「グホッ」
僕は光莉に腹を殴られた。
「な、何すんだよ……」
光莉は何も言わずにむすっとしているだけだった。
それが僕には新鮮に見えて、可愛くも見えた。
「うちは回復専門。他の二人は攻撃、防御専門の奴がおる。攻撃専門、フェアリーアタックのカリナ、防御専門のフェアリープロテクト、ユウナがおる」
何だか凄いことになってきたな。攻撃専門のカリナ、防御専門のユウナか。そして回復専門のローナ。これが三大妖精ってわけか。
「何と無くわかってきた」
この三人が妖精の中で強いってことだろう。しかし他の二人はどうしたのだろう。
「他の二人に手伝ってもらいましょう」
聞いて即判断。この判断力と次に移す行動力が妹が天才と言われる所以だろう。
全てが正しいわけではないが、修正も早いため皆は気づかないのだ。よって、あいつはやることが早く何でも出来るので天才だと思い込んでしまうのだ。
「おお!その手があったか!お前天才やな」
妖精は光莉に褒め言葉を言うが、全く聞いていないようなふりをする。
当然と言えば当然だ。僕は兄なので妹のことは親より知っていると思う。一緒にいる時間は誰よりも長い自信がある。そして、どんな言葉を言われてきたかよく知っている。
『光莉は天才』。そんな言葉がよく言われるが、本人はあまり好いていないようだ。
「簡単なことよ……」
この言葉を聞くと元気がなくなる。たぶん、皆と一緒のステージに立ったことがないから、隔たりを感じているのだろう。
「さ、決まったならすぐ行動、だろ?」
僕は光莉に向かって言った。
「うん」
小さく答えて、僕らは残りの三大妖精の二人を探すことにしたのだ。
「で、僕らはどこに向かってるの?」
三大妖精を探すは良いが、またローナが先頭を歩いているのだ。
「まずはカリナを探すんや」
それは良いが、また勘で進んでるとか言わないよな……。
「適当に進んでるわけではないよな……?」
頼む……⁉
「もちろんやで!」
よっし!
「本当でしょうね?」
再度光莉の確認が入る。
「カリナがどこにいるかはだいたいわかるねん」
「何でわかるんだ?」
人、いや、妖精がどこにいるかはわかるくせに、肝心の魔王の城はわからないとかどう言うことだよ……。
「ふっふっふっ、…………、それは……」
それは?
「感……」
「勘かい!」
「じるんや!感じるんやで。ここにいますって」
勘ではなく感だったてことか?紛らわしいところで区切るなよ……。
「三大妖精は何と無く他の人がどこにいるかわかってしまう力があるのかもしれないわね」
そんなもんかぁ?
「ずいぶんたいそうなことだな……」
それが出来るんだったら、始めからやってくれれば良かったのに。頭が使えない妖精さんだこと……。
「何や、そーゆーことやったんか!自分にこんな力があったなんてビックリや」
何だよ!自分でも知らなかったのかよ!
「もう良い加減にしてくれ……」
こいつと一緒にいると普段の倍の体力を使ってるように思える。ホント勘弁して欲しい……。
「これで迷子、なんてことがなくなったから良かったわ。さ、先を急ぎましょ」
光莉は歩くペースを速め、ズコズコと進んで行った。
「おっしゃ、行くでぇ!」
ローナも声をあげて走り出した。
コツ、ドンッ
走ったは良いが、木の根にまた引っかかったらしい。
「痛っ!」
少し膝を擦りむいていた。
「大丈夫か?」
三大妖精とあろう者が崖から落ちて大泣きしていたのを思い出していた。
「えっぐ、えっぐ、グスン、グスン」
え⁈えぇぇぇ⁈
またですか⁈何でこんなかすり傷で泣くんだよ。
「おい、泣くなって」
敵が来ても怖くて泣くなんてことはないのに、こいつはホント何でこんな些細なことで泣くんだよ……。
「大丈夫?傷口見してご覧?」
光莉は優しい声でローナに言った。
「うぅ、グスッ、グスッ」
泣きながらもローナは怪我をした足を光莉の方に見した。
「痛かったのね。でも大丈夫。これでもう痛くないわ」
膝についた砂や落ち葉を払い落とし、絆創膏を貼ってあげていた。
「おいおい、そんなの必要ないだろ?」
何でそんなことするのだろう。
「何やこれ。凄いで。もう痛みがない」
…………。あのぅ、それは…………。
「それは魔法の絆創膏なのよ。どんな傷も一瞬で治っちゃうのよ」
いや、違うだろ!この世界は妖精の怪我を治すとか自分で言ってたし。絶対それだろ。
「お兄ちゃん」
光莉が僕を呼ぶ。
「何だ?」
「小さいことは気にしない。ローナさんが泣き止んだからいいでしょ?」
はぁ、まあ良いが、騙されてるのは気づかないのかなぁ?
三大妖精の一人がこんなのだと先が思いやられる……。
「はっはっはっ、これでうちはもう最強や!誰でもどっからでもかかって来いや!」
ローナはすっかり元気になり、と言うか、怪我をする前より元気になり、うるさくなった。
本当にこれで大丈夫なのかぁ?と心配になる僕であった。
「いつまで歩くんだよー」
あれから三時間くらい、休憩も挟まずずっと歩いていた。
「私も疲れたわ。少し休憩したいのだけど……」
光莉が弱音とは珍しい。それほどなのだろう。
「何や、もう疲れたんか。しゃーないのぉ」
こいつの体力は無限かよ……。
ローナは近くにあった石に腰掛けた。
僕も木に寄り掛かって座り込んだ。
「ふぅ、いつになったら着くんだよ」
三時間も歩いていて全く景色が変わらない。いや、正確には変わっているのだが、当たり一面木、木、木なので進んでいる気がしない。
「んー、本当だったらもう着いても良い頃なんやけど、全然距離が縮まった感じがしないんや」
例の感覚とやらか。縮まってないとはどういうことだろう。
「距離が近くなるとどうなるの?」
光莉がローナに聞く。
「近づくにつれてだんだん細かい場所がわかるようになるし、力も強くなって来るはずなんやけど……」
どうやらその感覚がない……、ってことか。
「始めからずっと変わらないのか?」
僕たちはただ無駄に疲れていただけかもしれない。
「まあ、あんま変わっとらんと思うで」
まさか⁈
「もしかして、僕らは初めから場所を移動してないんじゃないか?」
距離が変わらないとなれば相手が同じ方向へ同じスピードで移動しているってこともあるが、それはまず無いと言ってもいい。
しかし距離が変わっていないのなら、同じ場所に留められてると言っても良くないか?
「私たちは同じところをぐるぐる歩かされてる。つまり、ループしてるってことね」
的確だ。さすが光莉とだけ言えば良いだろう。上手くまとめれない僕と違って必要なことを簡単にまとめてくる。
「そう、そう言うことだ」
だったら何故もっと早くに気付かなかったんだ?場所がジャングルだからか?
「思い出したで、このジャングルは絶対抜けることが出来ない迷宮のシャングルだったわ」
「って、おい!何でそんな所に連れて来てんたよ!」
僕らはここが安全だと思ったから連れて来られたんじゃないのか?
今は逆に大ピンチに陥っているけど良いのか?
「どうするの?」
問題はそれだ……。
ここからどうやって抜けるか……。
どうする自分よ。
「うちとしたことが迂闊だった……。罠だったとわな……」
いや、罠ではないだろ。普通にお前がバカだったからここに連れて来られたんだよ。
それに何少しうまい風にダジャレ言ってんだよ……。
「結局はどうなの?」
どうすれば良いのやら……。
解決策が見つからない。
「上から見てみたらどうや?」
は?何をアホなことを言っているんだ?
「上から見るってどうやって?」
空でも飛べと言うのか?
「浮けばいいやん。出来るやろ?」
出来るのかよ!
「出来るなら何でお前は今までずっと歩いてたんだよ……」
浮けるのなら足を地につけて歩く必要はない。
「妖精は浮けるの?」
光莉がローナに質問する。
「当たり前やん。普通やで、こんなの誰でも出来るわ」
…………、そうなのか。
「僕は出来ないけど……」
人間が中に浮いていたら、どんな世の中になっているだろう。
……………………。怖い。
「何や、出来んのか?」
出来ないって言ってるだろ。出来たらとっくにやってるわ!
「上から見て来てくれ。お前しか出来ないから」
屈辱的な気分だ。こんな泣き虫の妖精に劣ってるところがあるなんて……。
「出来る?」
光莉も付け足すように言った。
「お安い御用や。ちょっと待っとり」
そう言ってふわっと身体を浮かせた。そこから徐々に上昇して行き、だいぶ上にまで行った。
「どうだ、何か見えるか?」
大きな声で僕は聞いた。
何も見えなくなるとますます状況が悪くなるので、見えるようにと心の中で願っていた。
「あっちや、あっちの方向にカリナがおるでー」
僕たちの左前の方向を指して言った。
「じゃあ、その方向に行ってみよう。お前はそのまま上空から見ていてくれ。何か変化があるかもしれないからなー」
このジャングルが迷宮だった何かが起こるはずだ。ループしてしまうようなことが。
そう思って歩き始めた。
「おい、どっちの方向に向かっとんねん」
上から声がした。
僕は指示通りにまっすぐ進んでいたのに。
「90度曲がっとるで!」
何⁈そんなにずれていたのか?まっすぐ進んでいるはずだが……。
「それは本当か?」
上空にいるローナに聞いてみる。
「もちろんや。こっちはしっかりと見えとるからな」
どうやら本当らしい。
「お兄ちゃん。これが迷宮ってことなんじゃない?」
僕は頷く。
何も言わなくてもわかる。自分では真っ直ぐ進んでいるように思えても、実際はぐるぐる回っていたのだ。
それで目的の場所に近づかないわけだ。
「お前等もこっちに来いよー」
上空でローナは手を振って呼んでいる。
そんなことが出来たら苦労はしない。
「ねぇ、ローナさん。どうやって浮いてるの?」
光莉は上に行こうとしているらしい。しかし、僕らは人間だ。人間が空を飛べるわけない。
「足に意識を集中して、浮くイメージを持つんや。そうしたら勝手に浮いてくれるでー」
そんなに簡単に出来たら苦労はしない。
「足に意識を集中……。集中……」
光莉は集中モードに入った。
すると光莉の身体がふわっと浮いた。
「おい、マジかよ……。本当に浮きやがった……」
なんてセンスだ……。自分の妹とは思えない……。
「あ、思ってたより簡単。お兄ちゃんも出来るよ」
光莉はそう言うが……。まあ、やって見る価値はあるか。
ふっ、と目を閉じ、意識を足に、浮くイメージを持つ。
はあぁぁぁぁ!
…………。
「おーい、まだかぁ?」
「お兄ちゃん早くしてー」
上からは二人の声がする。しかし、いくらやってもだめなんだが……。
いやいや、もう一回。
集中、集中、集中!
はあぁぁぁぁ!
…………。
何も起こらない。
「ちっ、しゃあないなー。うちが腕持ってやるわぁ」
舌打ち混じりでローナは言った。
「もう、何でお兄ちゃんは出来ないの?」
すみません……、って出来る方がおかしいわ!
と心の中でノリツッコミをしていた。悲しい……。
妹が出来るのに、兄は出来ない。どっちが凄いか丸わかりだ。
「こんくらいは出来てもらわな困るんやけどな」
上からスーっと降りて来たローナに言われた。
「悪い……」
それしか言えない。
「もう、お兄ちゃんしっかりしてよね」
光莉も降りて来た。
そして二人は僕の腕をそれぞれ持ち、浮き上がった。
当然腕を持ってもらっているので、僕の身体も浮く。
「わっ、おっと」
身体が浮くなんて初体験なのでバランスを崩しそうになってしまった。
「じっとしとってや!」
「動かないでね。こっちも難しいから」
二人に同じことを言われてしまった……。
すみません……。じっとしておきます……。