97.どうしましょうか?
麻由の賭けに近い提案のタイムリミットまでついにあと数日になった。そしてそれは同時に――バレンタインデーも近づいているということ……。
「ねぇー!あたし、もうどうすればいいかわかんないよー!誰か助けてー!」
「あー!うるさいわね!第一自分から言い出したくせになに今更になって騒いでんのよ!?」
「だってーだってー……」
麻由は最近になって落ち着きを失い、ずっとテンパっている様子。
「でもなにこのタイミングのよさ?タイムリミットがバレンタインなんて狙ってんの?」
「狙ってないよー!ただそれが14日だっただけだもーん!」
「まぁ、年明けほぼすぐだからね……。で、返事聞く前に渡すの?」
「へっ?なにを?」
「とぼけたって無駄!チョコよチョコ!バレンタインでしょ!?渡したりしないの?」
「え、うん、渡さないよ?」
『えっ!?』
麻由の答えにわたしも紗弥も驚いた。だって、えっ?なんで渡さないの?バレンタインだよ?好きな人いるなら渡すべきじゃない?もちろんわたしも桐崎くんに渡すつもりだし……。
「だってその前に返事聞いてこの曖昧な関係を終わらせるつもりだし」
「なにもったいないこと言ってんの!?一応今付き合ってるんでしょ?渡さなきゃ損だよ!?」
「それに加賀美くんってかなり競争率高いじゃん!加賀美くんにチョコ渡したい人がどれくらいいると思ってるの!?彼女なのに渡さないなんて加賀美くんファンの人に知られてみ?いろいろ恨まれるよ?」
「知られたら確かに怖いけどさー……返事次第であたしもはっきりさせなきゃいけないんだもん。こればかりは……」
「別に好きなら好きでよくない?そんな細かいこと気にしてどうするの?」
紗弥の言う通りかもしれない。好きなら好きで渡せばいい。渡したいのなら渡せばいい。返事なんて渡してから聞けばいい。でも、好きだからこそ諦めをつけるために渡さないつもりでいるのかな?
「そうなんだけどさ……。渡したあとに答えがノーだったらチョコ渡されたことが迷惑じゃん……」
「迷惑かどうかなんて本人が決めること!それに答えがノーかどうかなんてまだわからない。逆のことだってあるんだから!」
「ない!絶対ない!」
「言い切れる理由なんてないでしょ!」
「うぅ……。で、でも……」
「乃愛を見習いなさい!この子なんて無理だと思っていたのにちゃんと言ったんだから!」
「わぁー!わぁー!そんなことさらっと暴露しないでー!」
「なによ、別に減るもんじゃないからいいでしょ?」
「よくない!」
改めて言われると恥ずかしい。でも振り返ると確かにそうだ。当時桐崎くんには彼女がいたからわたしの想いを受け取ってもらえるのは無理だと思っていたのについ言ってしまった。それで今付き合っているからいいかもしれないが、振られていたらなんで振られるとわかっていて告白したのだろう、といろいろ悩んだに違いない。今思えばわたしも意外とすごいことをしていたのね。約1ヶ月前のわたしはかなり頑張っていたんだね……。
「だからそんなわけでさ!無理だから渡さないって簡単に言わないで。無理かどうかはやってみなきゃわかんないでしょ?」
「麻由は渡さなかったらきっと後悔すると思う。こう言っちゃ期待させるかもしれないけど、麻由と1ヶ月だけでも付き合うことを了承してくれたのなら好意を抱いてそうじゃない?それに特別な存在って言ってたんでしょ?たとえ恋愛対象の特別な存在じゃなくても他の人よりは特別視されてるじゃない。特別な存在ってことは他の人より絶対好かれてる。だから自信持っていいんじゃない?ね?」
「……あたしは一度振られてる。今更自信なんて持てないよ……」
「そのネガティブ発言がダメなの!」
それはまさにわたしが言おうとした言葉。紗弥に先を越されてしまった。
「振られたからなに?特別視されてる今となってはそんなこと関係ないでしょ!?乃愛なんて彼女がいるから振られるってわかってても言ったんだからね!」
「わぁー!わぁー!2回も言わなくていいでしょ!?恥ずかしいからもう言わないでよー!」
「減るもんじゃないからいいでしょ?」
「よくないってば!」
なにこのくだり。さっきと全く一緒。恥ずかしいったらありゃしない……。
「これは乃愛が言うべきだと思うけど、渡さないで後悔するなら渡して後悔しちゃえば?」
うぬ……。わたしの言いたかった言葉……。わたしのモットーをアレンジした言葉……。
「仮に正式に付き合えないとしても、最後にチョコ渡すことで自分の中でケリをつけられそうじゃない?最後なら渡してもいいじゃない。逆にこれが最初になるかもしれないんだから」
「――2人がそこまで言うなら……少し考えてみる……」
『ホント!?』
麻由の言葉にわたしも紗弥も身体を前に出す。
「うん、ホント。少なくともバレンタインの3日前までには決める」
「そっか、わかった。麻由にとっていい決断ができることを祈ってるよ」
わたしがそういうと麻由はニコッと微笑んだ。
***
「……お前さ、いろいろ聞いちゃいけないこと聞いたよな?」
隣にいるキリはやや遠慮気味に言った。俺達はドアのすぐそばにいる。と言っても廊下の方であって教室内ではない。
「あぁ、聞いたかもな」
ほんの数分前、教室に入ろうとドアに手をかけた時に聞こえた池波さん達の声。それは数日後に迫った期限のことについて話している声だった。
「まぁ、答えは決まってるだろうからあえてなにも言わない。変わってないだろ?」
「もちろん。変わってたら真っ先にお前に言うだろ」
「で、いつ入ればいいと思う?ぶっちゃけ今入ったら怪しまれると思うけど……」
それもそうだな。あの3人の話が終わってすぐ入るのは聞き耳立ててました、と告白しているようなものだからな。
「もうちょい廊下にいようぜ」
「あぁ、そうだな」
キリは壁にもたれかかるようにしてしゃがみこんだ。俺もその隣にしゃがみこむ。
「――お前も話は聞こえただろ?」
「あぁ、聞こえてなかったら危うく教室に入っているさ」
「にしても、林原さんはいろいろ余計なことをペラッと話すよな。乃愛さんの苦悩を改めて聞いたよ」
「……頼む、そこから先はなにも言わないでくれ。自分が嫌になる。過去の自分を恨む」
「過去と言ってもつい数ケ月前の話だろ?」
「はいそうです、つい最近の話です」
キリは弱々しい声でそういうと頭を抱え込んで下を向いた。こいつ、どんだけ後悔してんだよ……。
「お前さ……やっぱいいや。そんなへこむくらい後悔してんだったら泣かせんなよ?」
「あぁ、わかってる。付き合うことになった日からそう思ってる」
そう言うキリの横顔は2人が付き合う前とは全然違うものだった。本当に乃愛さんを大事にしている証拠なんだな。そこで俺はそんなキリをちょっとからかってみようと思った。
「あ、もし泣かせたらいつでも奪いに行くぞ?」
「はっ!?な、なに言ってんだお前っ……!」
キリは俺の言葉を聞いた瞬間急に慌てだした。そうそうこれこれ。この反応が見たかったんだよ。俺はつい吹き出して笑ってしまった。
「な、なに笑ってんだよお前!」
「悪い悪い。お前の反応が面白かったからつい」
「つい、じゃねぇよ!お前がいきなりそんなこと言うからだろ!?」
「あぁ大丈夫。冗談だから」
さらっと言うとキリはポカンとした顔で俺を見た。その顔があまりにもマヌケ面だったので更に笑いが止まらない。
「だから笑うなよ!」
「あはは、悪い悪い。だってお前の顔があまりにもマヌケ面だったからつい。あ、それにさっきの言葉は冗談だから気にすんなよ?」
「俺は冗談じゃなきゃ困るよ……」
珍しく弱気なキリ。そんなに俺が乃愛さんのこと好きだと困るのか。まぁかなり本気で惚れてるからな。誰よりも大事にしたいと思ってるからこそ、だな。
「大丈夫だって。俺は乃愛さんに恋愛感情を抱いてないから。まぁ、俺じゃない誰かは恋愛感情を抱いてるかもしれないけど」
「人が結構気にしてることをさらっと言いやがってお前って奴は……。そうなった場合は乃愛さんに近づけさせないようにするし」
キリにしては珍しい発言だ。まさかキリがそんなことを言うとは思わなかったから一瞬どう反応すればいいかわからなかった。
「おいおい、どんだけ嫉妬深いんだよ……」
「そんなんじゃねぇよ。乃愛さんって男子苦手だろ?だからあまり親しくない奴は近づけさせないようにするだけだ」
「とか言って本当はただ単に男を近づけさせたくないだけだろ?」
「あえてノーコメント」
「そこは言えよ!」
こいつは本当に乃愛さんが好きだなぁって改めて思った。でも大丈夫だキリ。キリが心配することはなにもない。乃愛さんもキリのこと本当に好きだし、心変わりなんてしないと俺は思う。乃愛さんは自分の気持ちよりキリの気持ちを考えて行動する人だから。そんな人に愛されているなんて、お前はうらやましい奴だな、キリ。
俺もこの2人のようにお互いのことを想い合っているような恋人関係になりたいと思った。そして多分、この感情は初めてのもの……。
またも遅れました!
すいません!
それと、「これがラブですか?」はそろそろ完結に向かっています。
本編が終わったら番外編を描くつもりです。