96.理由が知りたい!
麻由が加賀美くんと1ヶ月限定で付き合うことを始めて数日が経った頃には、すでにいろいろなところで噂が流れていた。わたしと桐崎くんのことはもちろん、麻由と加賀美くんのことも……。
「えっ?加賀美くんと付き合ってるのって誰?」
「ほら、あのポニーテールの子の隣にいる少し背の低い子!」
「嘘ーっ!?あの子なのー!?」
「で、あのポニーテールの子が桐崎くんの彼女!」
「えぇー!?てか、桐崎くんに彼女いたんだねー!」
さっきから教室の前でそういう話をしているのは主にバスケ部の女子。その声は明らかに教室内にいるわたし達に丸聞こえ。こんなに騒がれちゃクラス内での恋愛事情を知らない人はいないだろう。
「……ねぇ、あの人達マジなんなの?毎時間毎時間うちのクラスの前で同じような話して……。いい加減うるさいんだけど」
紗弥が若干キレ気味にバスケ部の女子を睨みつけながら言った。紗弥の視線に気づいてそそくさと帰っていく人もいれば、それでも構わず会話を続ける人もいる。――今教室に桐崎くんと加賀美くんがいなくてよかったと思う。あの2人は大体いつも他クラスにいたりしていたけど、最近はどこに行っても視線が気になるらしく、チャイムが鳴るギリギリまでベランダに出て隠れている。……こんな寒い時期にお疲れ様です……。
「まぁ……加賀美くんはモテるからね。騒がれるのは当然だと思うけど……」
「――もし1ヶ月後に別れてたら別の意味で騒がれると思うよ?」
わたしの言葉に対して麻由は自虐的に言った。
「でもさー、なんでそんな条件叩きつけたの?てかどういう経緯でそうなったの?」
紗弥はすでに周りを気にせず、こちらだけで話を始めた。わたしも気になっていたことだから周りの人そっちのけで話に集中してた。
「ヒロくんにごまかしてた理由とかいろいろ聞いたの。そしたらヒロくんは『池波さんが俺にとって大切な存在だから傷つけたくなかったんだ。でも、大切な存在というのが友達としてなのか、1人の女子としてなのかはわからない。それがわかるまではいろいろと黙ってるつもりだった。変に期待させてあとで傷つけたくなかった。――こんなこと言ってももう遅いよな。思わせぶりな行動をとって池波さんを傷つけたのは本当に反省してるんだ。ごめん』って言ったの」
友達としてか、1人の女子としてか。大切な存在というのが必ずしも恋愛が絡んでいるわけではないからね。それに、わたしも似たような経験をした。だから加賀美くんの考えていること、なんとなくだけど理解できる。でも、反省して謝るくらいならさっさとはっきりしてしまえって思ってしまった。
「なるほどねー……。てか、謝るくらいならはっきりさせろっつうの!」
……紗弥も同じこと思っていたけど!
「あたしもそうは思ったけど、人を好きになるのってそう簡単なことじゃないじゃん?やっぱりそういうことはちゃんと考えなくちゃいけないから催促したりはしなかった。それで、はっきりさせるなら一緒にいた方が分かるんじゃないかなと思って断られるの覚悟で提案してみたの。『だったら、1ヶ月だけあたしと付き合ってください』って」
つまり、1ヶ月付き合うと称して一緒にいたら『大切な存在』のはっきりとした意味が分かるんじゃないかという加賀美くんへの麻由の気遣いからそういうふうになったってこと?麻由は一度振られて傷ついたというのに、それでも加賀美くんは好きで、加賀美くんのことを思ってそんなことを提案したんだ。――もし仮に、1ヶ月付き合っても別れてしまったら傷つくのは自分だとわかっていても加賀美くんのことを思って……。
「それで?加賀美くんはなんて?」
「『仮に付き合ったとして、1ヶ月後、やっぱり池波さんとは付き合えない、池波さんは俺にとっては大切な存在でもその意味は友達としての大切ってことだったんだ、って言われてもいいのか?』って聞かれたから『傷つく覚悟で今ヒロくんと話してるもん。1ヶ月後、どんな結果になってもあたしは後悔しない。ヒロくんの正直な気持ちが聞ければそれで満足だもん』って言ったの。そしたら少し考え込んだね」
『それでそれで?』
わたしも紗弥も興味津々な顔で麻由に話の続きを求めた。
「そんなに焦らなくてちゃんと話すから。しばらく考え込んだヒロくんは『わかった。こちらこそ1ヶ月よろしくね。もしかしたら池波さんの期待には応えられないかもしれないけど』って言ってくれたの。あたしは『それでもいいよ。ヒロくんの答えが分かるなら』って返した。とまぁ、そんな感じで1ヶ月だけ付き合うことになったの。本当は周りの人には騒がれると困るから言わないつもりだったけどたった数日でここまでバレちゃった!」
『バレちゃった、じゃないでしょ!なにしてんの!?』
わたしと紗弥は同時に麻由の頭を叩いた。バシッという音が教室内に響いた。
「いったぁ!2人して叩くことないでしょ!?」
「だったらバレないような行動しなさいよ!まだたった数日なのに!」
「一緒に帰ったりしてたらバレちゃうの!」
「じゃあ一緒に帰るな!」
「ひっどー!一応今付き合ってるんですけど!?いいじゃん1ヶ月くらい!」
「一緒に帰ってるの見られたらバレるってわかっててなぜそんなことした!?」
「だから期限が1ヶ月しかないんだもん!」
「まぁまぁ……。2人とも落ち着こうよ……」
紗弥と麻由の言い合いはヒートアップしたら誰も止められない。適当なところで終わらせないとあとが大変だ。そう思ってわたしは2人を止めにかかった。それにあまり続けると周りの人がいろいろこちらの事情に気づいてしまうかもしれない。――麻由と加賀美くんが正式に付き合っていないということに。
「だって乃愛!紗弥が……!」
「だって乃愛!麻由が……!」
「あーもうわかったから!あんまり騒ぐと怪しまれるよ?」
わたしは2人に近づき、耳元で言った。「正式に付き合ってないことが」と。すると2人は顔を見合わせて黙り込んだ。
「それもそっか……」
「てか乃愛にそれを指摘されたのがちょっとあれだけど」
「あれってなに?あれって!?」
「ホントそうだねー。まさか乃愛に指摘されるなんて思わなかったよ」
「わたしが指摘しちゃそんなにおかしいか!?」
『おかしい』
「ちょっとー!」
いつの間にか標的はわたしへと変わり、わたしと紗弥達2人の言い合いになっていた。
***
「なぁキリ。最近いろんなところから視線感じるだろ?」
ベランダで加賀美と2人話していると加賀美は言った。
「あれさ、俺が原因なのは知ってるよな?」
「あぁ。なんとなくはな」
でも正直、ここまで周りから視線を集めることをした記憶は俺にはないし、加賀美が人気だとしてもここまでひどくはなかった。俺達2人が前より視線を集めることになったのはここ最近だ。――最も、今まで視線を集めていたのは加賀美だけど。
「俺さ、池波さんと1ヶ月だけ付き合うことになったんだ」
「へぇー……って、はっ!?」
突然すぎて危なく聞き逃すところだった。付き合う!?1ヶ月だけ?なんでそんなまどろっこしいことしてんだ?
「……今お前、なんでそんなまどろっこしいことしてんだとか思っただろ?」
加賀美の問いに答えられなかった。相変わらず、加賀美にはなんでもお見通しか。
「まぁそれは別にどうでもいいか。俺はそうすることしかできなかったからそうしたんだ」
そうすることしかできなかった?それって一体どういう意味だ?
「キリ、今から言う話誰にも言うなよ?もちろん、乃愛さんにも」
乃愛さんにも言ってはいけない話。相当重要な話なんだな。
「あぁ、わかった。絶対言わない」
「そっか。よかった。あのなキリ、俺、池波さんのこと気になるんだ……」
「……あぁ」
「でもまだ気になるだけだからその後どうなるかわからない。恋愛対象に発展するかしないか、それさえわからない。だから池波さんにはなにも言わないつもりだったんだけど、池波さんがどうしても聞きたかったみたいでそのことについて言ったんだ。傷つくかもしれないけどいいのかって確認したのに、池波さんは自分のことより俺のことを考えてくれてさ。驚いたんだ、あんなに強い意志を持ってて。……でも俺は、本当のことを言うのが怖くてまたごまかした。嘘をついた」
「あぁ」
「1ヶ月後の答えはもう決まってる。でもそれを言う勇気がなくて1ヶ月の猶予をもらうことにした。もちろん池波さんはそのことに気づいてない。俺はひどい奴だな。結局は逃げてる。池波さんは逃げずに俺の話を聞いてくれたのに……」
「俺の意見、言っていいか?」
相槌を打ちながら話を聞いていた俺はいろいろ思ったことがあった。そう思って加賀美に聞いてみた。
「あぁ、もちろん」
「俺もずっと逃げてた。好きだけど告って振られたら今までの関係が壊れるって思って、もしかしたら相思相愛なのかもしれないと思ってもその考えをすぐに頭から離して。あの時の俺は結果がどうなるかわからないから逃げてた。でも今のお前は違うだろ?結果がわかってる。なにを逃げる必要がある?」
逃げているのは俺も同じだった。関係が壊れることを恐れて曖昧な行動をし、乃愛さんを傷つけた。全ては、結果がどうなるかわからないからとった行動だ。もし結果がわかっていたら曖昧な行動をして乃愛さんを傷つけたりはしなかったはずだ。仮に傷つけたとしてもあんなにひどくはなかったはずだ。
「お前は結果が分かってる。なにも恐れる必要はないし逃げる必要はないんだ。違うか?」
「……違わねぇ。でも……!」
「でもじゃねぇよバカ。結果を一番気にしてる池波さんが逃げてねぇんだからお前だって逃げんなよ」
「――キリだって逃げてたんだろ?」
「あぁそうだよ。だからもう逃げないって決めた。乃愛さんを傷つけたくないから絶対逃げねぇよ俺は」
今更だと思うかもしれない。付き合う前に散々傷つけてしまったんだ。付き合うからには、彼女でいてくれるからには、悲しい思いは絶対させない。傷つけない。逃げたりしない。
「……お前は本当に乃愛さんが好きだな」
「なっ!?いきなりなんだよ!?」
「相手のことを大事に思ってるなら逃げちゃいけねぇよなってキリの話聞いて思っただけ。そうだよな、一番結果を気にしてるはずの池波さんが逃げてねぇなら俺だって逃げちゃダメだよな。決めた。俺、もう逃げねぇ!」
加賀美の目は本気だった。自分のすべきことがなにか分かったみたいだな。
「お前、吹っ切れたような顔してるな」
「あぁ、いろいろ吹っ切れた」
加賀美は笑いながら言った。その顔を見て俺はほっとした。加賀美が答えを見つけた、というのもあるが、正直言うと加賀美が乃愛さんのことを恋愛対象として見ていないことがわかったからというのが大きな理由かな。――なんか、俺って小さい奴だな……。
…はい、遅刻しました。すいません。
そして、自分勝手なんですが、更新ペース遅らせます。
4日おきを一時5日おきにしようと思います。
そんなわけで、勝手な変更ですが今後も「これがラブですか?」をよろしくお願いします。