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91.どっちなの?

 ヒロくんが音楽室を出て行って1人残されたあたしはどうすればいいかわからなかった。ヒロくんの言葉の意味が理解しきれていない。


「そのままの意味」


 その言葉だけが耳に残っていた。その言葉、前にも聞いた。もう何回か聞いた。いつどこで聞いたのかはっきりと思い出せない……。あともうちょっとなのに出てこない……。確かこの言葉はヒロくんがなにかをごまかそうとしている時に言った言葉。あたしはそれを間違いなく聞いた。つい最近じゃなく結構前に……。

「あっ……!」

 思い出した、思い出したよはっきりと。その言葉を聞いたのは1年の冬休み、音楽室でヒロくんと一緒にいた時。それでいてあたしがピアノを弾いた時のことだね。褒めているのか、けなしているのか、ヒロくんははっきりしないで適当にごまかしていた。そして結局どっちの意味か教えてくれなかった。この前もそう。あたしがヒロくんの言葉を聞いて諦められなくなる、変に期待してしまう、誤解しちゃう、と言ったのに対してそれでもいいよと言った。どういう意味か聞いてもそのままの意味と言って詳しいことは聞けなかった。

 どうしてごまかすのだろう。あたしははっきり本音を言ってほしいのに、適当に保留するなんてひどいよね?バカなあたしはその言葉を良い方向に考えちゃうよ?だってヒロくんは否定も肯定もしないんだもん。せめてそのどちらかくらいは教えてほしかった。

 あたし、今ならどんなに傷つきそうな言葉を言われても耐え切れる自信があるよ。だからヒロくんの言葉の意味をこうやってうじうじしながら考えるくらいならはっきりとした答えを求める。あたしはどんな現実からも逃げない。だからヒロくんも逃げないで教えてよ。あたしが傷つくと思ってはっきり言わないの?――違うよ。はっきり言われないでごまかされる方が傷つく。というわけで、本当のことを教えてくれるまで逃がさないからね、ヒロくん。

 決意したあたしは音楽室を出て教室へ向かった。


 ***


 朝、教室に入って真っ先に気付いたこと。それは麻由がもう来ていたということ。とは言っても机のわきにバッグがかかっているだけで麻由の姿は見当たらなかった。トイレにでも行ったのかな……?

「おはよう乃愛」

 教室に入ってきた紗弥がわたしに声をかけた。

「おはよう」

「今日は珍しく集まりが悪いね」

 紗弥は教室を見回して言った。いつもならこれくらいの時間には少なくともクラスの半分の人は来ている。でも今日はクラスの3分の1も来ていない。

「月曜日だからじゃない?週の始まりってそんなもんじゃない?」

「それもそうか。ってあれ?珍しく麻由が来てる……。いつも遅刻かギリギリのくせに」

 やっぱり紗弥も気付いたか。そりゃそっか。席は隣だし何気に友達が来てるかどうか確かめるために席を見ちゃうしね。

「ね、びっくりだよね?でも麻由本人は見当たらないんだよねー。どこ行ったんだろう?」

「トイレじゃない?」

 紗弥もわたしと同じ考えなのね。いや、フツーはそうなのかな?すると紗弥は周りを確認してから真剣な表情でわたしを見た。

「……ねぇ、わたし、てっきり麻由は休むと思ってたんだよね」

 紗弥はわたしにしか聞こえないくらい小さな声で言った。

「だってほら、いろいろ気まずいじゃん?加賀美くんともだけどその……乃愛ともさ」

 紗弥は遠慮がちに言った。でもそれはわかる。紗弥がそんなことを言う理由も、遠慮がちに言う理由も。

「うん……」

「正直わたしだったら耐えられない。好きな人と同じクラスなのは嬉しいけど振られたら顔なんて合わせられない。そして好きな人の好きな人が自分の親友だったら友達でも負の感情を抱いてしまいそう」

 紗弥の言葉を聞いてわたしは胸が痛くなった。麻由は2つの大きな痛みを同時に味わったんだ。確かにわたしも2つ同時だったら辛い。学校休みたいくらいに辛いかもしれない。わたしの場合は桐崎くんの彼女が知らない人だったから辛いっちゃ辛いけど失恋の悲しみだけで済んだ。まぁ実際は彼女じゃなかったし、キスもしてなかったからあれだけど……。

「……ねぇ乃愛。好きな人に直接振られるのと間接的に振られるの、どっちが辛いと思う?」

「えっ?」

 紗弥の突然の問いかけにわたしは戸惑ってしまった。一体どうしたのだろう。紗弥はそういう話を一切しなかったのにどうして?わたしは驚いてなにも言えなかった。

「わたしが思うに、間接的に振られるのがどちらかと言えば辛いと思うんだ。だってそうでしょ?直接振られたら、わたしじゃ無理なんだってスパッと諦めがつく。……わたしが思うにはね。でも間接的に、好きな人が別の誰かと付き合ったから振られたっていうのは一生報われないで終わってしまうんだよ?いつまで経っても諦めるきっかけがないんだよ?だからわたしは……麻由がそんな辛い思いをしなくてよかったって思ってるの」

 わたしみたいに……。最後にそうつぶやいたのが聞こえた気がした。はっきりとは聞こえなかったから本当に言ったかはわからないけど。

「どれが辛くてどうするのが正しいのかはわからない。わたしの考えと麻由の考えは違うもの。ねぇ、乃愛だったらどっちが辛い?直接か、間接的か」

「わたしは……間接的だと思う。実際すごく辛かった。わたしを好きになってくれることはないんだって思ってすごく苦しかった。諦めなきゃって思っても好きって気持ちは日に日に、接していくうちに強くなって止められなかった」

 実際に経験した痛みだからこそ辛い。間接的に振られて諦めがつかないくらいなら、告白してちゃんと断りの返事をもらってスパッと諦めたかった。友達じゃいられなくてもいい。今の関係を壊してもいい。諦めがつくのなら構わない。いろいろな気持ちが混ざってわたしは桐崎くんに告白したんだもん……。直接振られた時の悲しみは味わわなかったけど、間接的に振られた時の悲しみは味わったから辛さが余計わかる気がするんだ。

「乃愛も同じか……。でも乃愛の恋はちゃんと報われた。辛かったことも今からすればいい経験だったんじゃない?」

「そうかもしれないけどさ……。正直あんな思いはもうしたくない……」

「あー可愛い。今の言葉、桐崎くんに聞かせてやりたかったわ」

「なっ……!」

「大丈夫。もし桐崎くんが乃愛にそんな思いさせたらわたしが許さないから」

 紗弥はにこっと微笑んで言った。その言葉にわたしは感動して思わず抱き付いてしまった。

「ありがとう紗弥!やっぱりわたしは紗弥が1番好きだよ!」

「わぁーやめて!わたしは桐崎くんに嫉妬されたくないの!」

「これくらいで嫉妬するような人に見える!?」

「見える!だってめっちゃ乃愛のこと好きなんだもん!見てればわかるから!」

「そんな恥ずかしいこと大声で言わないでよバカぁ!」

 多分、クラスにいた人にはこのやり取りが耳に入ったはず。そう思うだけでわたしは恥ずかしくなった。

 ……そういえば、さっき紗弥はすごく悲しそうな表情をしていたような気がする。もしかして、紗弥も辛い恋をしていたの?間接的に振られて悲しい思いをしたの?紗弥はわたしに、わたし達になにも教えてくれないの?わたしだって紗弥の力になりたいんだよ。だからもし本当にそんなことがあったら話してほしい。1人で抱え込むのがどれだけ辛いか、わたしはよく知っているから。


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