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90.加賀美の決意

 月曜日の朝、俺は池波さんを音楽室に呼び出した。正直来てくれるか不安だったが、池波さんはちゃんと来てくれた。

「……ヒロくん?」

 池波さんは不安そうな声で音楽室に入ってきた。池波さんこそ不安げだな……。

「ごめん、朝早くに呼び出しちゃって」

「あたしは大丈夫だけど……どうしたの?」

 なんか、ビクビクしてるな。それもそうか。俺は先週ここで池波さんを振った。

 でもその後に池波さんと知り合ったのがこの音楽室で、気の病んでいた俺を救ってくれたのが池波さんだと思い出した。すごく心が温かい素敵な人。そんな彼女の笑顔にも癒された。彼女は去年の俺の支えになっていた。

「今更じゃ遅いかもしれない。けど言いたいんだ」

 池波さんに知っていてほしいから言う。その知ってほしいことは……。


「池波さんは、俺の支えだった」


 それがどうしても知っていてほしくて、俺自身も言っておきたかったこと。

「音楽室で初めて会った時、俺は大分病んでいたんだ。ただピアノを弾きたくて弾いていたんじゃなく、病んでいる自分から逃げ出したくて弾いていたんだ。1年も弾いていなかったから技量は落ちていた。でも池波さんはそんな俺の弾いたメロディーを綺麗だと言ってくれた。その一言で俺は、俺の心は救われた」

「うん……」

池波さんの表情は暗いままだった。でも話はまだ終わりじゃない。まだ言わなきゃいけないことが残っているんだ。

「正直こんなこと言っても池波さんが傷つくだけかもしれない。それでも話を最後まで聞いてくれる?」

「もちろん」

そっと息を吸って気持ちを落ち着かせる。そうだ、俺はこれが言いたくて池波さんを呼んだんだ。それなのに言わないでどうする。

「こんなこと言っても信じられないかもしれない。けど本当なんだ。俺にとって、去年の俺にとって池波さんは大切な人だったんだ」

「うん……」

「俺は、池波さんに憧れていた。池波さんを尊敬していた」

「……憧れ?尊敬?」

 池波さんは目を点にした。そんなに俺の言ったことが信じられないのか。

「信じられない?」

 俺は苦笑いしながら言った。

「そ、そりゃもちろん……!だってあたしのどこに憧れるの?あたしのどこを尊敬するの?ありえないよ!ヒロくんみたいな人があたしなんかにあこがれるなんて……!」

「あたしみたいって、池波さんは素敵な人だよ。優しくて温かい。俺は去年ここで池波さんの弾いたメロディーを聞いた時からそう思っていたよ」

「嘘!」

 池波さんは声をあげた。

「そんなの嘘……!だってあの時ヒロくんはあたしに『元気で明るい、そしてたまに空回りする』って言ったじゃんか!」

「確かにそう言った。でも感じ取ったのはそれだけじゃない。あの時俺は『彼女は元気で明るくてたまに空回りしてしまう。でも優しくて温かい。きっとこの人の近くにいる人はみんな笑顔なんだろうな』って思ったんだ。俺の感じ取った池波さんの印象は同じクラスになって池波さん達を見た時に間違ってなかったって思った」

「嘘……絶対嘘だ!」

「嘘じゃない」

 池波さんは両手で両耳をふさいでしゃがみこんだ。

「池波さん!」

 池波さんの顔を見ると目には涙が浮かんでいた。俺は彼女を泣かせてしまったと罪悪感で胸がいっぱいになった。

「嘘、絶対嘘!ひどいよヒロくん!あたしがまだヒロくんのこと諦めきれてないってわかってそんなこと言ってるの?そんなの、ただの思わせぶりだ!」

 そう言って池波さんは立ち上がり、ドアの方へ向かった。俺はそれを遮ろうとドアの前に立った。

「ごめん、まだ話は終わってないから行かせる気はないよ?」

「……やだぁ……。こんなの、つらすぎる……!」

「だから最後まで話を聞いてほしい!」

 つい口調がきつくなってしまった。それに驚いたのか、池波さんの目から涙が流れるのが止まった。

「……池波さんに俺を好きになった理由を聞いていろいろ考えたんだ。なんせ『好き』と『憧れ』は似てるからな。よくよく考えて思い直さなければ気付かないままで終わりそうだった」

「えっ……?」

「俺の言いたいこと、なんとなくわかった?」

 俺の質問に池波さんは首を横に振って答えた。やっぱり直接言うしかないよな。池波さんを傷つけたんだ。俺も傷つく覚悟で言おう。

「――乃愛さんのことは恋愛対象じゃなく、憧れだと気付いたんだ」

「あこ、がれ……?」

「あぁ、付き合いたいとかそういうのじゃなくて近づきたいとか話してみたいとか、そういう思いだったんだって気付いたんだ」

「……えっと、ごめん……。いまいちよくわからないんだけど……」

「簡単に言うと、乃愛さんのことは好きじゃないんだと気付いた。そして俺は、去年の俺は、間違いなく池波さんに惹かれていた。池波さんの言葉や笑顔に救われて気付いたら惹かれていたとわかったんだ」

「えっ……!?」

 池波さんは驚きを隠せないようだ。まさかの告白。一応言った俺自身も驚いているんだ。思い返せば確かに俺は去年、池波さんに惹かれていた。2年になって乃愛さんに惹かれたと思っていた。乃愛さんに悲しい思いをさせたくない一心でキリに反抗したりもした。その想いが『恋』だと思っていた。『憧れ』と『好き』が同じだと思っていた。でも違っていた。

「正直乃愛さんに振られた時、すごく落ち込むくらい悲しくはなかった。でも、池波さんの告白を断った後に池波さんを傷つけてしまったんじゃないかと思って後悔した。俺の言った言葉は池波さんにとってはただの錘だったんじゃないかって思って……」

「――ねぇ、あたし、何度も言ってるじゃん。あたしはまだヒロくんが好きなの……!そんなこと言われたら諦められない!むしろ期待しちゃう!あたしはもう嫌なの!変に期待して傷つきたくない!だからそんな思わせぶりみたいなこと言わないで!」

 今にも泣きだしてしまいそうな表情で池波さんは言った。俺はこうなるとわかっていてそんなことを言った。それから次に言おうと思っている言葉を頭の中で思い浮かべて口にした。

「いいよ、期待しても」

「……えっ?」

「じゃあそういうことだから。俺は先に教室に戻ってるから」

 池波さんに背を向け音楽室のドアの取っ手に手をかけた。

「待って!それってどういう意味?」

 池波さんは俺の腕を掴んで言った。そして俺はもう何度も言っているごまかしの言葉を言った。


「そのままの意味」


 そう告げて俺は音楽室から出た。


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