9.優しさを知りました!
あの日から数日が経過し、部室内が騒がしくなった。
「おい、マジかよ……。たった数日でこんな話作れるなんて……」
「これは分かれるな。真田と桐崎のシナリオ、どっちもいけるからな」
そんな会話が部室でされているのに気にもせず、わたしはひたすら真田くんの書いた台本を読んでヒロイン像をイメージした。復讐するのだから相当憎んでいる。彼女の中は憎悪でいっぱい。でも孤独な少女だから誰かのそばにいたい、幸せになりたい、そんなことも思っているのではないか。
「あぁー。もうダメだ……。頭がパンクしそう……」
台本を閉じて机に突っ伏す。少し落ち着きたい……。
「大丈夫?如月さん」
上から声がすると同時に左頬にキンキンに冷えたなにかが当たった。
「ひゃっ!つ、冷たい!」
「あぁごめんごめん。やっぱり冷たすぎた?」
声のする方を見ると桐崎くんが缶を持ってわたしの隣に立っていた。
「だ、大丈夫……」
「集中するのもいいけど少し落ち着いてゆっくりイメージしようよ。はい。これ飲んで落ち着いて」
そう言って桐崎くんから渡されたのはわたしの好きなオレンジジュースだった。
「あ、ありがとう……。いただきます……」
缶を開けてオレンジジュースを一口飲む。あっ、なんか少し落ち着いたかも……。
「さっきより顔色良くなったね。時間がある時俺の書いたシナリオも読んでよ?」
「うん。あっ、飲み物代……!」
「別にいいよ。百円くらい」
「でも……」
「いいからいいから。奢り」
「あ、ありがとう……」
桐崎くんって優しいんだね。男子ってみんな自分勝手な最低な奴だと思ってたけどそれは違う。多分中学時代の男子だけなんだね。
だって桐崎くんは、違うもん。真田くんもなんだかんだでいい人だし。
「はいはい。今から部活始めるぞ!」
真田くんが部室に入ってくると部室内の雰囲気が変わった。ざわついていたのに急に静まり返った。
「さて、桐崎の脚本も出来たことだし、今から桐崎の脚本を読んでもらう。話はそれからだ」
「真田。これはまだ仮だから……」
「分かってる。大体の流れを掴めればいいんだよ」
やがてわたしの手元にやってきた1枚のプリントには真田くんの書いたものとは全然違うストーリーがあった。
ごく普通の女子高生がある日突然どこかの王国に連れて行かれてしまう。最初は元の場所に帰りたかった彼女だが次第にその国の王子に惹かれていくというファンタジーなストーリー。まさか桐崎くんがこんなストーリーを作るなんて思わなかった。誰も予想していなかったと思う。
「なんかすごい……。今までにないファンタジー系……」
「いや、本当はホラーっぽいのにしようと思ってたんだけどそれだと真田と被るからさ……」
やっぱりちゃんと考えてるんだね。初めてなのにこのクオリティ、そしてその考え。すごいと思う。
「ちなみにホラーっぽいのってどんな感じにするつもりだった?」
真田くんが桐崎くんに聞いた。今わたしもそれを聞こうとしてたのに……。
「えっと……ヒロインはある男子のことが好きすぎて自分だけのものにしたいと男子を滅多刺しに――」
「分かった桐崎。もういい」
「なんでだよ!真田だってヤンデレ好きだろ?」
「だけどヤンデレは演劇でやることじゃない!」
肯定も否定もしないってことは真田くんもヤンデレ好きなんだ……。
でもなんか、真田くんがシリアスなシナリオ書いてくれてよかった……。そうじゃなかったら桐崎くんの書いたヤンデレを、ヤンデレ少女をわたしは演じなきゃいけなかったし……。
「如月。どっちも正反対なキャラだけど……。イメージ出来そうか?」
「真田くんの方は大体OK。桐崎くんの方は……まぁ普通の女子高生だからなんとかなるよ。恋愛とか異世界のことはイメージしないとまずいけど」
「そうか。よし、他の部員は配役を決めるんだ。如月と桐崎は俺と会館に行くぞ」
「ちょっと待って!今日、会館使うって顧問に――」
「俺を誰だと思ってんの?」
真田くんの手の中には会館の鍵があった。
「……さすが真田くん」
「よし、行くぞ」
他の部員を置いて、わたし達3人は会館へ向かった。