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89.心配と感謝

 あの後、加賀美は沈んだ気持ちのまま帰って行った。

『俺、池波さんに友達のままでいるけど告白をなかったことにはしないって言ったんだ。でも今思えばそれは間違いだったのかもしれないな……』

 そう言った加賀美の表情や声のトーンを俺ははっきりと覚えている。池波さんへの返事の言葉を悔いていた。加賀美がなにを思って後悔していることをつぶやいたのかはわからない。でも加賀美なりに理由があったのだろう。

「……そういえば女子組はどうなったんだろう」

 乃愛さんと林原さんは演劇部の部室を飛び出した後、戻ってくることはなかった。少し待ってはみたけど戻ってくる気配が感じられなくて帰った。だからあの後の女子組の状況は一切わからない。どうなったのか聞いてはみたいが女子組の話に男が首突っ込んでも無駄だからな。仮に聞いたとしても乃愛さんが話をしてくれるかはわからないから聞くのはやめた。その時だった。

 メールを一件受信した。送信元は乃愛さんのアドレス。メールを開くとそこには俺の気にしていたことが書いてあった。


〔一応麻由に言うことはできたけどもう遅かった。麻由は加賀美くんから聞いちゃったみたい〕


 ただそう告げられた。絵文字も顔文字もなく文字と句読点の記号だけのメール。それだけで深刻さが伝わる。乃愛さんの辛い気持ちが伝わる。俺はメールを返信するかしないか迷った。乃愛さんがほしい言葉を俺が持っているとは限らない。だからこそ返信するしないかすごく迷っている。

 でも……多分今乃愛さんを支えられるのは俺だけかもしれない。もしそうなら俺はきっと1人で殻に閉じこもっているであろう乃愛さんに手をさしのべなければならない。俺にできることならなんだってしよう。


〔そっか。でも言えたなら言えなかったよりはまだいいだろ?乃愛さんがこうしたいって決めたことをやり遂げたんだ〕


 その文章を送ろうとしたが一旦中断した。少し考えてから更に一文付け足した。


〔……1つ聞くが、後悔したか?〕


 少し前に聞いた乃愛さんのモットーを思い出した。“やらないで後悔するよりやって後悔しよう”、それが乃愛さんのモットー。今回ばかりはそのモットーが正しいか正しくないかは乃愛さんにしかわからない。だから聞いてみた。返事はいつもより遅かった。


〔正直わたしにもわからない。確かに言わなかったら言わなかったで後悔した。でも言ったら言ったで後悔したと思う。麻由を傷つけてしまったのだから〕


 やっぱりわからないのか……。でもそうだな。自分だけの問題じゃなく友達も含んでしまったら過程がどうであれ結果が同じならわからなくなる。


〔そっか。でも乃愛さんが自分で決めてやったことだろ?だったらそこまで悲観的になるなよ〕


 乃愛さんを明るくさせたい、元気にさせたい。でもなんて言えばいいのか正直よくわからない。俺じゃ乃愛さんを明るくすることも元気にすることもできないのか……。俺自身が悲観的になっていた時、乃愛さんから返事がきた。


〔そうだね。それに過ぎたことを悔やんでも仕方ないし……。桐崎くんはいつもわたしに前向きにさせてくれるような言葉をくれるね!ありがとう!〕


 ……うわっ、なんかすげぇ恥ずかしい。俺、絶対顔赤いに決まってる。いや、だって、これはダメだろ……。こんな、不意打ちなんて……ずるいだろ?まぁ可愛いからこの際あまり気にしないけど、ある意味凶器だ……。乃愛さんが珍しく素直で可愛くて、キュンとした……。


〔そう言われるとすげぇ照れるんだけど……〕


 さすがにやばいな俺。まさか俺の中にこんな感情があるなんてな……。今まで二次元ばかりで三次元に興味なかった俺が今では三次元の1人の女子を好きになってちょっとしたことで恥ずかしくなったり照れたりするなんて。まさかそれほどまでに乃愛さんの存在が俺の中で大きくなっていたなんて思わなかった。

 そんなこと思ってたせいか、乃愛さんから返事がきた時変に戸惑ってケータイを落としそうになった。


〔照れていいよ!だって本当のことだもん!桐崎くんのくれる言葉がすごく嬉しいの!〕


 あー……。頼むからもうやめてくれ……。恥ずかしすぎておかしくなる。嬉しすぎてにやけが止まらなくなる。

 その時思ったんだ。乃愛さんが笑顔でいてくれるなら俺はどんなに恥ずかしい思いしても構わないって。乃愛さんが乃愛さんらしくいられるのなら恥ずかしがらず思ったことを言おうって。


 ***


 桐崎くんの言葉で少し気持ちが落ち着いた。麻由に言ったことを後悔しているかしていないか、それはわたしにもよくわからない。でもわたしの決めたこと。もう過ぎたこと。だから今更悔やんでも仕方ないの!とにかく前だけを見て進もう。

 ケータイが振るえだしてメールを受信した。


〔あんまり嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!俺は乃愛さんが思うほどいい奴じゃねぇのに!〕


 ……なにを言っているのだろう彼は。わたしが思うに桐崎くんよりいい人はいないと思う。いたとしても、わたしにそこまでしてくれる人はいない。


〔そんなことないよー!いい人かどうかなんて自分じゃわからないからきっとそう思うだけじゃないかなー?〕


 桐崎くんがいい人じゃないわけがある?わたしが思うにそれは絶対ない!だってみんなに平等に優しいし前向きにしてくれる言葉をくれるんだもん!そんな人がいい人じゃないわけがない!

 桐崎くんから返事がきた。


〔あんまり言うなよ!マジで照れる!恥ずかしいから!〕


 なんか、桐崎くんが可愛い……。なんだろうこの感じ。嬉しいとはちょっと違う。桐崎くんのメールは微笑ましくて心が落ち着いてなんか温かい……。

 さっきまで後悔しているのかしていないのかわからない微妙な心情だったのに、気づけばこんなに明るくなっていた。やっぱり桐崎くんはすごい。すごく素敵な人だね。


〔じゃあそのまま照れてなさい!照れてる桐崎くん可愛い(笑)〕


 本心は言わないよ?だって恥ずかしいもん。それに、本心みたいに大事なことは直接伝えるべきでしょ?だから本心を言うのは今はお預け。いつか絶対言うからそれまで待っててね。

 メールはその後もしばらく続いた。



 気付けばもう11時を回っていた。桐崎くんとの話はいつの間にか他愛のない話になっていた。それでいて見るだけで恥ずかしいことを言われたりしてその度にメールを保護するから保護メールがたまっていた。

 桐崎くんは11時をすぎると大体寝落ちしちゃうから桐崎くんが寝落ちする前にメールをやめようと思って桐崎くんに眠いかどうか聞いてみることにした。


〔あ、眠くない?大丈夫?〕


 大体こういうふうに聞くと返事は早くくるんだよなぁ。そんなことを思っていたらほら、ケータイが振るえてメールを受信した。


〔ちょっと眠いかも!つーわけでそろそろ寝る!おやすみ!★〕


 ほらやっぱり……。11時に近づくと桐崎くんからの返信は遅くなる。でも眠いかどうかを聞くとその返事は早い。なんだかんだで結構メールしているからもういろいろ分かっちゃった。付き合う前から結構メールしてるからね、そりゃわかっちゃうか。


〔おやすみ★〕


 わたしはそう返信してベッドに入り込んだ。ケータイを充電器に差し込んで今日したメールのやりとりを見直す。……ホント、桐崎くんはいつもわたしのほしいと思っている言葉をくれるね。強がっているわたしの気持ちを読み取ってそんなわたしを安心させるような、落ち着かせるような、そんな言葉をくれる。だからなのかな?わたしがなにか嫌なことがあった時、真っ先に桐崎くんに頼ってしまうのは。

 更にメールを読み直していくととんでもないメールを見つけてしまい思わず吹き出してしまった。『好き』だの、『可愛い』だの……。ホントに恥ずかしすぎるわ!よくそんなことを恥ずかしがらず言えるなぁ……。恥ずかしいけど言われると嬉しいのは事実。だから、わたしも今度『好き』って言ってみようかな……。いつか桐崎くんみたいに思ったことを恥ずかしがらず言いたい。桐崎くんにもわたしが感じたような気持ちになってほしい!彼氏にまで恥ずかしがってツンツンしちゃいけないもんね。

 そんなことを思っているうちにわたしは眠っていた。


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