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84.弱さと優しさ

 放課後、あたしは荷物を持って教室を出た。理由は2つ。1つは紗弥と乃愛の話を聞かないため、もう1つはヒロくんを音楽室で待つため。あたしが音楽室でヒロくんと会うことを知っているのはあたしとヒロくん本人だけ。だから紗弥と乃愛がヒロくんより先に音楽室に来ることはない。来たとしても多分その頃にはあたしとヒロくんの話は終わっているはず。

 ついに今日、これからあたしはヒロくんに告白します。焦っているような気もするけど焦ってなんかいない。どのみちいつかは言わなきゃいけないって思っていたもの。その時期が今っていうことなんだもん。

 そんなことを考えているうちに音楽室についた。音楽室の中には誰もいない。あたしはそこでヒロくんを待った。


 ***


「乃愛!麻由帰っちゃった!」

 掃除が終わって教室に戻ると紗弥が顔をこわばらせた状態でわたしに言った。

「……えっ?」

「気付いたらもう教室にいなかったの!荷物もないし帰っちゃったかも!」

 麻由の席に目をやると確かに荷物はなかった。告白するとしたらきっと校舎内のどこかだと思っていたのにまさか外だったなんて!帰られたらわたしはなにも言わないままで麻由の告白をちゃんと応援できなかったことになる。それは嫌。わたしはちゃんと麻由の背中を押したい!どこにいるの麻由?お願い、わたしの話を聞いて……。

「わたし、校舎の中探し回ってみる!よく告白する場所として有名な場所とかを特に!」

 紗弥はそう言って教室から出て行こうとした。

「いってらっしゃい!よろしくね!」

「OK!任せなさい!」

 紗弥が教室を出るのと同時に桐崎くんが教室の中に入ってきた。そしてわたしに気付くとわたしのところに来た。

「乃愛さん、加賀美見てないか?」

「いや、見てないけど……」

「そうか、ありがとう。ったくどこに行ったんだあいつ。荷物置きっぱなしで」

「……えっ?」

 荷物置きっぱなし?麻由は荷物ないのに加賀美くんは置きっぱなし……。加賀美くんの席を見ると確かに荷物はある。麻由は学校の外じゃなく、校舎内のどこかで告白するんだ。

「……ねぇ、麻由見つけたら教えてくれない?」

「池波さん?あぁ、分かった」

「ありがとう……」

 そう言ってわたしも麻由を探しに行こうと歩き出した時、突然桐崎くんに腕を掴まれた。

「待って乃愛さん。話があるんだけど」

「ごめん、今はちょっと……」

 そしてわたしは歩き出そうとした。でもわたしの腕を掴む桐崎くんの力は強くなってその手を離すことはできない。

「分かってる。けど今話したい。俺は話を聞いてくれるまでこの手を離す気はないよ?」

 真剣な瞳でわたしを見つめる桐崎くん。……あぁ、ダメだなわたし。誰かに真剣な目で見つめられたら相手を拒めなくなっちゃうなんて。大人しく従ってしまうなんて。

「……少しの間ならいいよ」

「ありがとう。それじゃあ場所を変えよう」

 桐崎くんはわたしの腕から手を離し、教室から出た。わたしは黙って桐崎くんのあとをついて行った。


 ***


 俺達が来たのは演劇部の部室。鍵は常に開いているし今日は部活がないから誰も来ない。だからここにした。

「それで……話って?」

 乃愛さんは戸惑い気味に言った。なんか強引につれて来てしまったから申し訳ない。話を聞いてくれるまで手を離す気はないって今思えば乃愛さんの気持ちを考えないで言ってしまった。だから話はできる限り短く済ませよう。

「乃愛さん、まだ池波さんに言ってないんだろ?加賀美に告られたこと」

「うん……。昼休みに言おうとしたのに麻由は委員会の集会に行っちゃったし放課後はすぐいなくなっちゃうしで話せなかった……」

 乃愛さんの声が段々震えているのがすぐわかった。視線も段々下がっている。

「なんで……なんでもっと早く言わなかったんだろう……。わたしが早く麻由に本当のことを言っていれば麻由の背中をちゃんと押せたのに……」

 顔を上げたかと思えばその目には涙が浮かんでいて今にも涙がこぼれそうになっていた。

「わたしが優柔不断なのがいけないんだ……。それで紗弥に迷惑かけるだけでなく桐崎くんにまで……」

 そしてついに乃愛さんの目から涙がこぼれた。

「もう嫌だ……。どうすればいいの……?わたしはただ麻由を傷つけたくないだけなのに……」

 俺は乃愛さんに近寄り、乃愛さんが落ち着くように頭を撫でた。正しくは頭をポンポンした。

「……あんまり優しくしないでよ……。わたしの、自業自得なんだから……」

「そうなのかもしれない。でも話を聞いたからには乃愛さんを落ち着かせる義務が俺にはある。それに乃愛さんは1人で抱え込む人だから放っておいたらどうなるかわからない」

 意地を張っているくせに本当は心の弱い人、それが乃愛さんなんだ。そうなったのは“中学時代の出来事”が原因だってことを知っている。

「前にも言っただろ?もっと俺を頼ってよ。俺は乃愛さんの力になりたいんだ」

「で、でも……!」

 まだ意地を張るつもりなのか?俺の前では安心してほしいのに、素直でいてほしいのに、弱い部分を見せてもいいのに、どうしてそんなに強がる?俺の前で強がる必要はどこにもないのに。

「意地張るなよ」

 そう言って乃愛さんの肩を優しく抱き寄せた。

「ちょ……!ここ学校……!」

「だから?」

「『だから?』じゃないよ……!誰かに見られたらどうするの……?」

 乃愛さんはどぎまぎとした様子だった。今部室に2人きりだし誰もこんなところに来ないから別にいいやと思ってやったんだが……。ドアも窓も閉まっているし。

「構うもんか。見せつければいい。それに今は乃愛さんを安心させるのが最優先なんだから」

「……優しくしないでって言ったのに……」

「それは無理だな。こういう時は強がるな」

 そっと肩を叩くと乃愛さんは下を向いた。俺じゃ乃愛さんを落ち着かせることも、安心させることも、泣くのをやめさせることもできないのか?

「……バカぁ」

 そう言って乃愛さんは自分の身体を俺の方に傾けた。

「っ!」

「優しすぎるよ、桐崎くんは……」

 乃愛さんの身体には若干力が入っていた。きっとまだ苦手なはずなのにどうして自分からそんなことを?本当はめちゃくちゃ強く抱きしめてやりたいけどそんなんじゃ乃愛さんは嬉しくない。だから壊れてしまわないように優しく抱きしめた。

「俺が優しいんじゃない。乃愛さんが意地っ張りじゃなく素直になっただけだよ」

 抱きしめた彼女の身体は僅かに震えていた。なにが原因で震えているのかわからない。きっと乃愛さんにしかわからない。


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