82.知らなかった事実
乃愛はなにかを隠している。乃愛は必死に隠しているようだけどわたしにはすぐ分かった。そしてそれは麻由に知られてはいけないこと。麻由に知られてはいけないのなら乃愛の隠していることは大体予想できる。乃愛のいつもと違う変わった行動に気付かない程わたしは鈍感ではない。
ダメだ。考えても埒があかない。ここは乃愛に直接聞くべきなのかな?いや、友達でも言えないことはあるから聞かない方がいいのかな……。よし、乃愛が言いたくないなら言わなくていいってことで聞いてみよう。
わたしはメールだと面倒くさいから乃愛に電話をかけた。
《はい、もしもし……》
電話に出た乃愛の声は弱々しかった。これはなにかあったとしか思えない。
「乃愛?あのさ、話があるんだけど今大丈夫?」
《……やっぱり気付いちゃった?》
「えっ?」
気付いた?気付いたってことはやっぱり乃愛はなにかを隠していたの?それも……麻由に知られてはいけないこと。
《ねぇ紗弥。わたしどうすればいいかな?麻由のこと応援したいけど素直に応援できないよ……。今はしない方がいいんじゃないかって言えなかった》
応援したいけど素直にできない?今はしない方がいい?それって麻由が加賀美くんに告白することについて?なんで乃愛が麻由のこと応援できないの?まさか加賀美くんのこと好きというわけじゃないんだから。
「……麻由とケンカでもしたの?」
《ううん。ケンカなんかじゃないの。ただ……》
「ただ?」
そのあと電話越しに聞こえた乃愛の言葉はわたしにはあまりにも衝撃的な言葉で危なくケータイを落としそうになった。
「……えっ?今、なんて……?」
《だから……わたし、加賀美くんに告白されたの……始業式の日、桐崎くんと付き合う前に》
乃愛が加賀美くんに告白された?始業式の日に?ちょっと待って。乃愛と桐崎くんが付き合い始めたのも始業式の日。ってことはまさか……。
「じゃあまさか、始業式の日にわたし達とお昼食べにいけなかった理由って……!」
《……本当はその日、わたしは桐崎くんと会ってたわけじゃないの。加賀美くんと会う約束をしていたの。話したいことがあるからって》
嘘かと思った。信じられなかった。だってそんなこと予想できる?まさか乃愛が麻由の好きな人に告白されていたなんて。桐崎くんの友達に告白されていたなんて!
《黙っててごめん。でも麻由のことを考えたら言えなかったの。麻由を傷つけるかもしれないって思って……》
確かにそうだよ。こればかりは乃愛も簡単に言い出せることじゃない。麻由が加賀美くんのこと好きって知ってるからこそ加賀美くんに告白されたなんて言えるわけがない。きっとわたしにもなかなか言い出せないことだったはずなのに言ってくれたなんて……。
「ううん。わたしにそのことを話してくれただけでも十分ありがたいよ。そうだよね、言えるわけないよね……」
たとえ乃愛に彼氏がいたとしても乃愛は女の子、特に仲の良い友達のことは大好きだもん。そんな乃愛が大好きな麻由を傷つけるようなことを言うはずがない。乃愛のことだからきっとわたしにも言わないと思っていたけど……。わたしが思っている以上に乃愛は強いんだね。
「それで加賀美くんにはなんて言ったの?」
《ごめんなさい、わたし、好きな人がいるのって……。そしたら知ってるよって言われたの》
加賀美くんは乃愛が桐崎くんのことが好きって知っていたの?……いや、気付いていても不思議じゃないか。乃愛は分かりやすいからなぁ。思っていることがすぐ顔に出るし。それに……好きな人の好きな人って意外とわかるものだからね。
「それで?加賀美くんとの話が終わったあとに桐崎くんと付き合うことになったの?」
《まぁそんな感じかな……。最初は次の日に桐崎くんに告白するつもりだったけど加賀美くんが背中を押してくれたの。そしたら今すぐにでもわたしの気持ちを伝えたくなって、伝えようとしたちょうどその時に桐崎くんが近くにいたからその……》
「告白したってわけね」
なんかすごいタイミングですこと……。ちょうどその時とか明らかに狙ってるでしょ。第一なんで加賀美くんと乃愛のいた場所に桐崎くんがいたの?たまたまそこを通ったからだったらすごい偶然じゃない?
「背中を押されたってどんなこと言われたの?」
《ど、どんなことって……》
乃愛は困り気味に言った。正直乃愛が困っていようがいまいがそんなのわたしには関係ない。話がズレているけどそんなの気にしない。だって気になるものは気になるもん。今知りたいもん。
《……桐崎くんは確かに優しいけど誰にでも優しいわけじゃないんだよって。頭をポンポンしたりすごく心配するのは本当に大切と思う人や特別な人だけだからって言われたの……》
わたしには今の言葉が乃愛の惚気にしか聞こえない。でも確かにそうかも。桐崎くんってみんなに対しても優しいけど乃愛に対してはそれ以上に優しいのが第三者からすれば一目瞭然。ていうか……桐崎くんって頭ポンポンするの好きなのね……。この前なんてわたし達の前で堂々と乃愛の頭撫でてたし。そんなに乃愛が好きなのね……。
「……ホント、好きな人の好きな人ってわかるものなのね」
《えっ?なに?》
「なんでもないよ。乃愛は知らなくてもいいの」
ここから先は乃愛にはよくわからないことだもん。先入観の強い乃愛には理解し難いはず。1つ下の楠木美嘉のことがいい例だよ。多分乃愛の中には『桐崎くんの彼女=桐崎くんの好きな人』って式が成り立っていたはず。乃愛は桐崎くんが楠木美嘉のことが好きだと信じて疑わなかった。
だから好きな人の好きな人はわかるってことが乃愛にはよくわからないはず。さて、それはさておき……。
「それじゃあ話戻すよ?乃愛は加賀美くんに告白されたってことを麻由に言うつもりなの?」
《うん……。傷つけるのはわかっている。本当はあまり言いたくない。でもいつかは麻由に知られると思う。その時に麻由はなんでわたしが自分に言ってくれなかったんだろうって思うはず。そしたらお互いギクシャクしちゃいそうだもん。言うのは怖いけど先延ばしにしておいてあとでギクシャクするのは嫌だから……》
「そっか……。なんか、強いね。乃愛って」
わたしだったら絶対言わなかった。知られたら知られたで言いだしづらかったって正直に言うもん。……もちろん、それはただの言い訳にすぎないけど。
《全然強くないよ……。本当は言わないでごまかし続けるつもりだったけど桐崎くんの考えを聞いて改めて考え直したの》
「桐崎くんに話したの?」
《うん……。1人で解決しようと言わないつもりだったけど桐崎くんに力になりたいからって言われたら何故か知らないけど話しちゃった……。甘えたくなったのかな。1人で抱え込むのが辛くて》
乃愛の話を聞いて胸が苦しくなった。乃愛は、わたしより先に桐崎くんに話したの?今まで相談事は最初にわたしや麻由に話していたのに……。今回は確かに言いだしづらいかもしれないけどわたしにくらい話してほしかった。最初にわたしを頼ってほしかった。なんか、桐崎くんに乃愛を取られた気がして嫌だ……。
《……紗弥?》
乃愛に声をかけられて我に返る。
「えっ?あ、うん、なに?」
《大丈夫?急に黙り混んじゃって。やっぱりなんて言えばいいかわからないよね》
「そんなことないよ!……でもね、甘えるのは桐崎くんじゃなくてわたしにしてね!」
《えっ?》
……しまった。今の言葉は失言だった。だって明らかにわたしが桐崎くんに嫉妬してるみたいじゃない!あー!わたしは乃愛みたいに女の子好きじゃないのに!
《そっか、分かった。これからはそうする!まずは紗弥に甘えるね!》
あれ?なんでとか聞いてこないの?わたしがこんなこと言うような人じゃないってわかっているはずなのに?
《というわけでこれからは全力で甘えるから!覚悟しててね、紗弥!》
「……やっぱり甘えなくていいから」
《えぇっ!?なにそれ!?思わせぶりとかひどいよ!?》
「うっるさい!わたしはただ、乃愛の味方は桐崎くんだけじゃないことを言いたかっただけであって……」
開き直ったかのようにわたしは言った。すると乃愛は突然笑い出した。
《なんか嬉しいな。紗弥がそんなこと言ってくれるなんて。……よし、紗弥のおかげで麻由に本当のことを言う勇気がでたよ》
「……言うんだね」
《だって言うしかないよ。麻由が加賀美くんに気持ちを伝えることを邪魔するつもりはないよ。でも、なにも知らないのはフェアじゃない》
乃愛の声はついさっきとは違い、ちゃんと意志のこもったはっきりとした声だった。乃愛はそんなことまで考えていたのね。だったらわたしは乃愛の背中を押してあげたい。
「そうだね。大丈夫だよ乃愛。麻由は弱くない。本当のことを知っても乃愛を責めたりはしない。わたし達はちゃんと相手のことを想い合っている。仲が悪くなることはきっとない」
確かに麻由は加賀美くんのことが好きだよ。でもそれと同じくらいに、いやそれ以上に乃愛が好き。本当のことを知ったらそりゃ最初は辛いかもしれない。でもわたし達の仲はそれくらいで壊れてしまうようなやわなものじゃない。
「だから麻由の目を見てちゃんと言うんだよ。本当のことを包み隠さず」
わたしにはこんなことしか言えない。あとは乃愛と麻由の問題だから。
《ありがとう紗弥。じゃあまた明日ね》
「また明日。ばいばい」
そう言って電話を切った。わたしは信じているよ。2人のこと。願わくは2人の関係が、いやわたしを含めた3人の関係が、これからも変わらず続きますように。
今回はすべて紗弥目線!オール紗弥ですオール紗弥!!
わたし、何気に紗弥のキャラは気に入ってるんですよ(*^^*)
紗弥は真ん中の位置にいます。傷つくであろう麻由の支えになるか、事実をを打ち明けようとする乃愛の支えになるか。難しい位置ですね……。