80.心の葛藤
「よし、決めた!」
とある休日、わたしと麻由と紗弥は3人でカラオケに行った。そしてその時、麻由が突然大声を出して立ち上がった。
『……はっ?』
わたしと紗弥はなにがなんだか分からなくて声をあげた。曲は流れているのにわたしも紗弥も歌うことを一旦中断した。
『えっ?なにを?』
「うちも……乃愛を見習うよ!」
『……はぁ?』
見習う?わたしから見習うことなんてなんかあるの?こんな素直じゃなくて意地っ張りなわたしから?
「うちね、決めたの!」
『だからなにを?』
「うちね……ヒロくんに告白する!」
『……はぃ?』
ヒロくんに告白する?麻由が、加賀美くんに、告白するの?
『えぇーっ!?どうしたの突然!?』
わたしも紗弥も麻由の突然の発言に驚いた。だってホントにどうして今?とつっこみたくなるくらい突然なんだもん。
「だって乃愛はちゃんと好きな人に想いを伝えたんだよ?だったらうちも伝えるの!」
「でも今じゃなくてもいいんじゃない?タイミングなんて人それぞれだし」
紗弥はすぐさま冷静になって麻由に言った。
「今じゃなきゃダメなの。だって、多分この機会を逃したら伝えづらくなる。告白するまでの期間が長ければ長いほど伝えづらくなるの!また今度でいいや、もうちょっと先の方がいいかも、なんて先延ばしにしてたらきっと告白しないで終わっちゃう!嫌なのあたし!好きな人にはちゃんとあたしの想いを伝えたいの!」
麻由は少し顔を赤らめて、しかし笑顔で言った。普段の麻由からは考えられない言葉の数々。それだけ本気だという証。……でも正直わたしは応援したくてもできないの。だって、加賀美くんはついこの間わたしに告白してきたばかりなんだから。加賀美くんはわたしへの想いはそうすぐには消せないって言ってたからきっとまだ……。
「麻由がそうしたいならそれでいいんじゃない?麻由の恋なんだから麻由が決めればいい」
「紗弥……」
「実際、乃愛だってそうじゃん。自分の恋だから自分がこうしたいってことをちゃんと実行したんだし。麻由がしたいと言うならわたしは反対しない。乃愛もそうでしょ?」
紗弥の目にはわたしにイエスと言わざるを得ない力が込められていた。この時、わたしは紗弥がなにかを知ってるんじゃないかと一瞬思ってしまった。この目はわたしになにかを言いたそうなふうに見えた。
「……うん。そうだね。わたしも麻由がそうしたいのならそれを反対したりはしない。だって大切な友達の恋を応援したいのは当たり前じゃない」
そう、だから今このタイミングで言うのはやめた方がいいと思うって言いたい。でもそしたらきっと理由を聞かれるに決まっている。……言えない、理由は絶対言えない。言ってしまったら麻由を傷つけることになる。それだけはなんとしてでも避けたいよ。
「ありがとう2人とも。あたし、もう決めた。言う。ヒロくんにあたしの気持ち言うから!」
「そっか!頑張れ!」
「うん!」
紗弥と麻由はすごく盛り上がっている。わたしはと言うとどう反応すればいいか分からず黙ったままだった。
***
カラオケを終え、帰宅したわたしは部屋に入るとすぐにベッドにダイブした。
麻由の告白宣言を聞いたあとから心がもやもやしていた。麻由のことを考えて加賀美くんに告白されたことをはっきり言うべきか、それとも隠しておくべきか、その決断が出来ないで終わってしまった。そして今もなお、決断が出来ないでいる。
こんなこと、誰にも言えない。麻由にはもちろん紗弥にも言えない。相談したくても誰にも出来ない。緋華は加賀美くんのこと知らないし真田くんだって加賀美くんとそこまで仲が良いわけじゃない。……仲が良い?いたじゃん、加賀美くんと仲が良くて加賀美くんがわたしに告白したことを知っている人物が1人。でも彼になんて言えばいいの?麻由が加賀美くんに告白するつもりなんだけどどうすればいいとでも聞くつもりなのか?そんなこと言ったら麻由が加賀美くんのこと好きなのを知られてしまう。これは、わたし1人で考えなきゃいけないことなのかな。
その時、ケータイがブブッと振るえた。着信が1件。その人物は……。
「……も、もしもし」
《あ、乃愛さん?今大丈夫?》
桐崎くんだった。なんでこのタイミングで電話してくるのかな……。まさかわたしの心読んだとか?
「一応大丈夫……。でも……」
《でも……?》
言えない。言いたくない。これはわたし1人の問題だからわたしが自分でなんとかしなくちゃいけないこと。
《……なんかあった?》
「えっ……?な、なにもない、けど……」
《嘘つくな。すぐわかっから》
「う、嘘なんて……!」
《じゃあなんでそんなに言葉が詰まるの?なんでそんなに声が震えてるの?なにか、隠してるんだろ?》
「っ……!」
もういや……。なんで桐崎くんには全てお見通しなの?わたし、まだなにも言ってないのに。
「……言えない。これはわたし1人でなんとかしなくちゃいけないことだから言えない……!」
《俺ってそんなに頼りない?》
「えっ?」
《俺は出来るだけ乃愛さんの力になりたいんだ。でも俺じゃやっぱり力不足なのか……》
「そういうわけじゃないよ!ただ……」
《ただ?》
ただ言えないだけ。関係ない桐崎くんを巻き込むわけにはいかないの。でもそんなこと言ったって桐崎くんは聞かないだろう。
《……あのさ、ちょっと気になることがあるんだけどいい?》
桐崎くんが話を変えた。それが今のわたしにはすごくありがたかった。
「うん。なに?」
《付き合うことになった次の日の朝、俺達5人はベランダでそのことについて話しただろ?その時、乃愛さんは加賀美の言葉を遮って適当にごまかしたよな?それってさ、“林原さんか池波さんにとって都合の悪い話”だったからじゃないのか?》
「っ!」
嘘……。桐崎くんには気付かれていたの?そりゃ気付くか。あんなに不自然な行動をしたのだから。
《俺が気付いてないとでも思った?言っとくけど俺、乃愛さんの思ってることとかは大体見てれば分かるからな?鈍感だけどさ……》
「そんなに?」
《あぁ。乃愛さんのことよく見てるからな》
もうなんなの……。なんでこんな時にそんなことを……。今回ばかりは気付かないでほしかった。わたしに手を差しのべてくれなくてよかったのに。
《絶対誰にも言わないって誓うから俺にも乃愛さんの悩んでることを分けてくれ。さっきも言ったけど俺は乃愛さんの力になりたいんだよ》
そこまでしてわたしの力になりたいの?なんで?これはわたしは1人の問題って言ったのに……。バカ……優しすぎるよ桐崎くん。
「……分かった。でももし誰かに言ったら許さないよ?」
《あぁ》
わたしは、桐崎くんに悩んでることを話した。名前を伏せようと思ったが、桐崎くんを信用して包み隠さず正直に話した。
今回から少し話が変わります。
乃愛、紗弥、麻由の3人だけでなく、桐崎、加賀美を含む計5人の関係についてがメインになります。
なのでそれぞれの視点から描かれると思います(多分)。