70.誰にも渡したくない!
そして今日、冬休み明け初日。放課後、学校裏の公園で加賀美と彼女を見かけた。しかも、加賀美と目が合った。その直後、彼女が加賀美に言った言葉が聞こえた。
「うん。好きだよ。じゃなきゃ一緒に出かけたりしないよ?」
それが聞こえた瞬間、全てを悟った。加賀美が彼女に告白したということを、彼女が加賀美のこと好きだということを……。この瞬間、俺は間接的に振られた。失恋した。やっぱり俺みたいな奴より加賀美みたいな奴がいいに決まっている。頭も良くて運動神経も良くて顔も良くて性格も良い奴なんだから。
加賀美は彼女の頭をポンポンと撫でたあと公園から出てきた。そして少し離れたところでしゃがみ込んだ。俺は加賀美のあとをついて行った。
「……いつまで隠れてるつもりだよ。キリ」
「隠れてるつもりはないさ」
やっぱり気付いていたんだな。加賀美は振り返って俺を見ると立ち上がった。俺は加賀美と目を合わせることができなかった。
「まさか、加賀美が今日あんなところで乃愛さんに告白するとは思わなかったよ……。で……付き合うのか?」
「……聞くかそれ?」
分かってはいても加賀美から直接聞きたかった。だから彼女の言葉が聞こえたことは言ったけどそこから先のことについては触れなかった。すると加賀美はポカンとした顔をした。
「あー……聞こえたのか……。悪いなキリ。俺からはなにも言わない」
「そう、か……」
言えないのか。いや、自分からは言いたくないのか。俺と同じ相手を好きになって彼女と付き合うことを。もしかしたら言われる俺よりも言う加賀美の方が辛いのかもしれない。
「やっぱり俺じゃ無理なのか……」
「なに言ってんだ?まだわかんねぇよ。俺、返事もらってないから」
「……はぁ?」
加賀美の言葉の意味が分からなかった。なぜなら俺は彼女が加賀美に向かって好きと言ったのを間違いなく聞いたから。それなのに返事をもらってない?じゃあ彼女はなんであんなことを言ったんだ?そんなことを思っていると加賀美は突然笑い出した。
「なに笑ってんだよ加賀美!」
「あー悪い悪い。なんか面白い顔してたからつい」
「お前な……」
こんなシリアスな展開で笑うなよ!つか面白い顔なんてしてねぇから!こんな状況で面白い顔なんて出来るか!思わずそうつっこみたくなった。
「悪いって。笑ったお詫びに1つ教えるよ。乃愛さん、好きなやついるんだ。でもその人には彼女がいる。もうとっくに別れてるのけどさ。その好きなやつってのが乃愛さんと出かけたことのあるやつで乃愛さんのことを大切だと思ってる。乃愛さんの好きなやつは、告っちまえば両想い間違いなしのやつなんだよ。多分乃愛さんのことだから振られるの覚悟で告白する気だぜ?」
加賀美からそのことを教えられた俺はもう既に感情をコントロール出来なくなっていた。彼女には好きな人がいる。両想い間違いなしで彼女と出かけたことがあり、彼女を大切だと思っている人物。そして彼女は振られる覚悟でその人物に告白するつもり。彼女は恐れていないんだ。もし上手く行かなかった場合のことを。俺はまだ多少恐れている。でも、彼女を別の誰かに取られるなんて絶対嫌だ!俺だって……俺だって彼女が好きなんだから!
「……悪い加賀美。急用が出来たから帰る」
加賀美にそう言って俺はまだ彼女がいるであろう公園に向かった。もう感情を抑えられない。彼女が好きだ、好きなんだ。誰にも渡したくない。振られたって構わない。ただ一言好きだと言いたい。その思いだけが胸を占めていた。
***
公園に来て辺りを見回すと奥の方に人影を発見した。近くに寄ってみると乃愛さんだった。彼女はケータイを握り締めた状態でベンチに座っていた。
「やっぱり……言わなきゃ」
そう言った乃愛さんの声は弱々しかった。そして彼女はなにかを決意したような顔をして上を向き、立ち上がった。その瞬間、目が合った。
「き、桐崎くん……!」
乃愛さんは驚いた顔で俺を見た。
「ど、どうしてここに……?」
ここは適当にごまかすところなんだよな?まさか加賀美が乃愛さんに告白しているのを見て――なんてことは口が裂けても言えない。言いたくない。
「……たまたま公園から出てくる加賀美を見つけてその、公園に入ったら乃愛さんを見かけたから」
なんだか理由になってないようなことを言ってしまったが、この際そんなの関係ない!俺はただ乃愛さんに一言言うために来たのだから!
「そ、そうだったんだ……。でもよかった。わたし、今から桐崎くんに会いに行こうと思っていたの」
「えっ?」
俺に会いにくるつもりだった?一体なんのために?
「ねぇ桐崎くん。今から言うこと聞いてくれる?全部本当だから」
「あぁ。分かった」
俺も言いたいことはあったが、まずは乃愛さんの話を聞こうと思った。彼女が何故俺に会いに行くつもりだったのが知りたかったから。
「前にメールした時、桐崎くんに『恋愛事情ないの?』って聞かれてわたしはないって答えたの覚えてる?」
メール、恋愛事情……。そういえば乃愛さんと初めてメールした日、つい調子に乗ってそんなこと言ったんだった。聞いてからこれであるとか言われたら泣くなとか思って返信を待ってたっけ?彼女からの返信はないってことだから嬉しい反面辛かった。俺のことをそういうふうに思っていないんだと理解したから。でも、どうして乃愛さんは今になってその話を?
「ごめんね。あれ、嘘なの……」
「……えっ?嘘?」
一瞬聞き間違いかと思った。メールの話が嘘ってことはつまり、恋愛事情があるってこと。やっぱり乃愛さんには好きな奴がいるのか。
「うん……。本当はあるよ、恋愛事情」
だったらこの際俺も言ってやる。メールでは適当にはぐらかしたけど素直に言ってやるよ。
「それを言ったら俺も本当はあるよ、恋愛事情ってやつ」
「そっか……。そうなんだ……」
乃愛さんは一瞬悲しそうな顔をした。なんでそんな悲しそうな顔をするんだ?俺、乃愛さんを悲しませるようなことを言ってしまったのか?でももう自分に嘘はつきたくない。だから言わせてくれ。俺、本当は――。俺がそう言おうとした時、乃愛さんはニコッと微笑んで俺に言った。
「わたし、桐崎くんのこと好きだよ」
その言葉が、その声が、はっきり聞こえた。その言葉の意味を理解した時、これが夢か現実か分からなかった。でも乃愛さんは今、間違いなく俺に好きだと言ってくれた。本当は俺から言うべきことなのに。
「あーごめん……!」
「そっか、やっぱりそ――」
「いや違う!そっちのごめんじゃない!それ、俺が先に言おうと思ってたから……」
「えっ……?」
乃愛さんはなにがなんだか分からないような顔をした。告白なんて女の子から言わせるなんて失礼だ。ここは男である俺から言うべきなんだ。乃愛さんが俺を好きと言ってくれたからもうなにも恐れることはない。
「好きです。俺と付き合ってください」
やっと言えた。言いたくても言えないで抑え込んでいた言葉を。