68.桐崎の気持ち・間編
《もう隠すのはやめる。俺は乃愛さんが好きだ》
加賀美から電話で彼女が泣いてたことを教えてもらうと同時に加賀美が彼女のことを好きだと言うことを知った。知らされてしまったんだ。
《本気でいくから覚悟してろよキリ?後悔させてやるから。乃愛さんを泣かせたこと》
加賀美が電話越しに言った言葉、今でも鮮明に覚えている。その言葉の一つ一つに加賀美の覚悟や意志が込められているのがはっきりと分かったから。
その時、諦めようと思った。好きな女一人悲しませ、傷つけ、泣かせたのだから。そんな俺を彼女が好きになるわけないし、こんなひどいやつより加賀美のような人を好きになった方が彼女は幸せになるかもしれない。加賀美は頭良いし運動神経だっていいし男の俺から見てもかっこいいし性格いいし。たまに毒舌でズバズバ言うけど。それでもあいつは世間一般から見ていいやつだ。だったら潔く身を退くべきだと思った。
なのに、誰も彼女を諦めるきっかけを与えてくれなかった。むしろ彼女への想いを再確認させるきっかけを与えてくれた。
「池波さん達と冬休みに遊ぼうってなったからキリも誘おうとしたんだ!」
昼休み、彼女達と一緒になにかを話していた加賀美に声をかけるとそう言われた。
「遊ぶ?……メンバーは?」
なんとなく分かってはいたけど確かめるために聞いてみた。諦めようと決めたばかりなのに彼女もいたら諦める決心が揺らいでしまうかもしれないと思ったから。
「俺と池波さんと林原さんと乃愛さん。そこにキリも入れようと……」
予想は当たった。彼女もいた。いや、いない方がおかしいか。恐らく彼女達3人で遊ぶつもりだったがなにかがあって加賀美が入り、加賀美が入るなら俺も……って感じだろう。でも俺が入ったら加賀美の協力は出来ない。入らなかったら入らなかったで男が加賀美1人になって可哀想だが……。
「えっ、でもそしたら――」
俺は邪魔じゃないのか?と言いたかったが、言う前に加賀美に止められた。そして加賀美は俺にしか聞こえない声で言った。
「この前言ったじゃんか!協力よろしくって!俺1人はさすがに辛い!それに行ったところで乃愛さんと2人きりになれるとは限らないし!なぁ頼む!協力する気あるなら一緒に来て!」
そこまで頼まれたら断るわけにはいかない。たとえ加賀美に協力する気がなくても……。加賀美はそんな俺の性格を分かっていてわざと言ったのかは今も尚不明だ。
「池波さん、キリも行くって!」
加賀美は俺の返事を聞く前に勝手に行くことにした。というか行くことにされた。
「本当!?桐崎くん」
「あ、あぁ!俺も行くよ」
特に断る理由もなかったから加賀美に合わせて行くことにした。断る理由はないが行きたくない理由はある。けどその理由を誰かに言うことは出来ない。
「じゃあ遊ぶメンバーはうちと乃愛と紗弥と桐崎くんとヒロくんの5人ね!うわぁ楽しみ!」
池波さんはすごく嬉しそうだった。でも正直俺はあの時作り笑いをしていた。彼女と一緒にいられるのは嬉しい。けど諦める決心が揺らぐ。――よし、決めた。5人で出かけた後、彼女のことを諦めよう。それまでは彼女のことを好きでいよう。いきなり諦めるなんて思っても気持ちが揺らいでいるなら猶予期間を与えて気持ちを整理させてからの方が後味が悪くないだろう。
そしていつ、どこに行くかを5人で話し合った。行き先は彼女が提案した水族館。日にちは25日の土曜日、クリスマスだ。
「でもいいの桐崎くん。クリスマスなのに彼女と過ごさなくて?」
彼女は申し訳なさそうに言った。本当は彼女なんていない。美嘉は彼女じゃなく再従妹なんだ。そう言えたらどんなに楽か……。
「……そ、それなら大丈夫。冬休み入ってすぐに実家の方に行くみたいだし。冬休み中は彼女と会わないよ」
そう適当にごまかしてなんとかその場を乗り切った。加賀美からの視線が痛いけどそれはもう気にしない。
「うわ、もったいねぇ。つか可哀想……。リア充のくせに……」
「さっきからリア充リア充うるさいよお前は!」
……そうさ。俺は彼女がいるフリをしなければならないんだ。だから、たとえ乃愛さんが悲しそうな顔をしても本当のことを言ってはいけない。それが彼女を傷つけることになったとしても。それに、これで最後にするつもりなんだ。だからこの日だけは俺が彼女を笑顔にさせたい。悲しい顔をさせたくない。それが好きな女に出来る俺の最良にして最後のことなんだ。
そう思ってクリスマス当日を迎えた。今日、俺は彼女を好きでいることを諦める。そのためにも最後に彼女を笑顔にさせたい。ただその思いだけが胸にたまっていた。だからまさかあんなことになるなんて思わなかったんだ。
みんなで水族館に行く日、彼女は短いスカートを穿いてきていた。池波さんが彼女のスカートに触るといろいろ見てはいけないものが見えてしまいそうになった。それくらい丈の短いスカートを穿いていた。池波さんにスカートを触られて顔を赤くする彼女。だったらそんなに短いスカート穿いてくるなよとか思ったり。でもまぁ、似合ってるしその……か、可愛いし……。だからなにも言わなかった。でもみんなにからかわれるからつい……。
「あー!如月さん、スカート短すぎ!少しは見られてるって意識しなよ!」
そんなことを言って俺は彼女の後ろに移動した。他の男に変な目で見られたら困るしイライラする。それにさっきから俺らの近くを歩く男達の目線は彼女のスカート丈に向かっていた。ガキみたいだけどすげぇイライラした。
「見られたらヤバいから後ろにいる。いい?というかいるつもりだから」
「え、あ、うん……」
だから結構滅茶苦茶なこと言ったのに彼女はそれを拒まなかった。困った顔をしたけど拒んだりはしなかった。それからずっと彼女の後ろにいた。見られたら危ないというのも一つの理由だが、それより俺はただ彼女の笑顔を近くで見たかった。彼女のそばにいたかったんだ。
本当は前編、後編のつもりでしたが後編が異様に長くなりそうなので間編に……。いや、この場合は中編なんでしょうか?