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67.桐崎の気持ち・前編

 最初はただのクラスメートにすぎなかった。初めて同じクラスになった時、彼女を見て思ったのは可愛い人がいるなって言うことだけだった。1年の時によくクラスに来ていた女の子が彼女だと知ったのもその時だった。

 彼女はよく笑う人だった。いつも仲良さそうにわいわい騒いでてそれでいて女子にべったり。なのに男子に対しては結構冷たかったり敬語を使ったりと距離を取っていた。その時1つの噂が流れていることに気付いた。『如月乃愛は男子が苦手。だから女子が好き』という噂だった。男子が苦手というのは見ていればすぐに分かったけど女子が好きと言うのはいまいち信じがたかった。でもよくよく見ると夏にも関わらず女子にくっついているところがあった。だからあの噂はあながち間違いではないと知った。その時も大して気にしてはいなかった。印象は変わらず可愛い人だった。

 彼女に対する印象に変化があったのは俺がバスケ部をやめて演劇部に何度か行っている時からだった。演劇部の部室にはいつも彼女がいた。

「あれ?なんで桐崎くんいるの?」

 そんな感じで彼女はたまに俺に話しかけてきた。口調は少し冷たかった。

「まぁまぁまぁまぁ。気にすんな!」

「まぁって言いすぎ」

 そうやって笑ってくれる彼女の笑顔が素敵だと思った。それに2人で面と向かって話すことはなかったからいろいろと新鮮だった。いや、俺からすれば女子とこんなふうに話すことはあまりなかったから新鮮だったのかもしれない。女子と話すのは複数人の時だったから。

 夏休み明けに正式に演劇部に入ってから彼女と仲良くなるのに長い時間はかからなかった。同じクラスなだけに共通な部分があるから話していくうちに彼女の俺と話す時の口調が優しくなってきたのが分かった。つまり、それだけ気を許してくれたと思ったら何故か分からないが嬉しかった。そして気付いたら彼女のことを目で追ってしまう自分がいた。

 そして合宿の時や停電の時の出来事で俺は彼女に対してなにか特別な感情を抱いているのかもしれないと思った。

 合宿中、部員全員でイルミネーションを見に行った時、俺達は腕と肩が接触していた。こんなに近くに女子がいたことなかったからすごく戸惑ったけど離れたりでもしたら彼女が迷子になるかもしれないと思ったらそばにいてやりたくなった。帰りのバスの時だって、疲れて眠っている彼女を見て起こさないようにじっとしてようと思ったりした。

 停電の時はもう……言うまでもない。見ていて辛かった。本当は自分だって怖いくせに平気なフリをしていた。そんな彼女を見て辛かった。せめてなにかしてやりたいと思って差し出した手袋。もちろん意地っ張りな彼女は受け取らなかった。そんな時親から電話が来た。だから場所を離れて電話しようとした。でも彼女が俺の制服の端を掴んだから離れることが出来なかった。その手は震えていて怖いと思っているのがバレバレだった。どんなに強がっていても怖いものは怖いのだろう。

「こういう時くらい素直になりなよ。如月さん」

 俺は制服を掴んでいた彼女の手をそっと離し、彼女の近くに座った。

「大丈夫。如月さんが怖がらないように近くにいるから」

「……ありがとう」

 彼女の声は今にも消えてしまいそうなほど弱々しい声だった。そんな彼女を見て守ってやりたいって思った。だからまたやってしまったのだろうか。

「ほら、手袋使いなって」

「いや、大丈夫だよ……」

「さっきからすごい寒そうにしてるだろ?使いなって」

「それだと桐崎くんが……」

「俺はいいから。はい」

 そうやって半ば強引に手袋を押しつけた。一度目は意地張られて断られ、二度目はスルーされ、三度目は仕方なく強引に押しつけた。その時ふと彼女が男子苦手だってことを思い出して内心焦った。でも帰る前に確認したらちゃんと使っててくれた。彼女は意地っ張りで変に強がるけど人の厚意はちゃんと受け入れてくれる人なんだろうと思った。多分この時にはもう気になっていたんだ。というか、好きになりかけていた。

 停電が起こった日から数日が経ったある日、加賀美には全て正直に話した。彼女に手袋を貸したことや気になっていた気持ちが好きであることに変わったと。気になり始めていることを加賀美は知っていた。見てれば分かるって言われたからな。俺が彼女のことを好きだと正直に言ったら加賀美は笑顔で言った。

「マジか!お前、やっぱり三次元にも手出してたんじゃねぇか!俺、協力するよ!」

 ちょっと引っかかる部分もあったが協力するの一言が素直に嬉しかった。なんせ告白したこともなければされたこともない。誰かと付き合ったこともないのだから。なにをとっても初心者な俺からすれば加賀美は頼りになる人物だった。

 加賀美に言われて彼女にメアドを聞こうと思った。でもなかなかタイミングが掴めず聞けないでいた時、彼女から俺に聞いてくれた。そんな些細なことでも俺はすごく嬉しかった。彼女とメールして、もっと彼女と仲良くなりたいってずっと思っていたのだから。だから彼女とのメールは最初はなんて返せばいいかすごく戸惑っていたけど、続けていくうちにメールが楽しくなって戸惑いはなくなっていた。

 メールをした次の日には席替えがあってクラスの女子と席を替わり、彼女の近くになれた。彼女の隣の隣。本当席を替わってくれた彼女に感謝するよ。加賀美も喜んでいた。……いろいろな意味で。

 更にその日の放課後、彼女と一緒に駅前を歩いた。まさか彼女が一緒に本屋に行くと言う俺の誘いを了承してくれるとは思わなかったからすごく嬉しかった。本屋に行ったあとに彼女が乗るバスが来る時間までまだ30分近くあったから近くの雑貨屋で一緒に時間をつぶした。その時の彼女は好きなものを見るとすごくキラキラした目をしてそれを俺に見せてきた。その表情が可愛くてつい俺も微笑んでしまった。会話も弾んではたから見たら付き合ってるように見えるのかと内心思っていた。そんなことを思ってしまうくらい俺は彼女に惹かれていたのだと改めて実感した。帰りのバスの中で俺は彼女に告白するかしないか迷っていた。放課後の少ししか一緒にいなかったが、その短時間で彼女が好きって気持ちを改めて実感し、彼女ももしかしたら少しは俺のこと……なんて考えてしまいそうになった。でも今のこの『友達』としての関係を壊すかもしれないのに告白する勇気が俺にはなかった。


 だから、俺は彼女を傷付けてしまったんだ。


 ある日の放課後、俺は1人の女子に呼び出された。彼女の名前は楠木美嘉。俺の、再従妹だ。美嘉はある頼みを俺にしてきた。それはすごく簡単なこと。

「お願いはーくん!美嘉の彼氏役をしてほしいの!」

「……はっ?彼氏役?」

 なんでも美嘉はストーカー被害にあってるらしく、それの対策を考えた結果彼氏がいるフリをすればいいのだということに至ったらしい。そしてそれを再従兄である俺に頼みにきた。

「お願い!美嘉、その人が同い年かも先輩かも分からないの!それに頼りになる人ははーくんしかいないの!だから、だからお願い!」

「……仮に俺が美嘉の彼氏役をしたとして、それを友達とかに言っちゃダメなんだよな?」

「うん……。彼氏役ってことがバレたらなにも変わらないと思うから出来ればはーくんの友達にも美嘉のことは彼女と思いこんでほしいの……」

 そうなるとしたら、彼女はいつか俺と美嘉が付き合っていると思いこむだろう。そしたら俺が彼女に告白する日が遠のく。でも困っている美嘉をほっとくわけにはいかないし。一体どうすればいいんだ?

「……もしかしてはーくん、彼女とかいた?」

 黙っている俺を見て美嘉が言った。

「彼女はいないけど……」

「――じゃあ分かった。もしはーくんが本当に好きになった人が出来たら彼氏のフリはしなくていいから!それまでは美嘉の彼氏役をしてほしいの!」

「でも俺……」

 今好きな人がいるんだよ、とは言えなかった。美嘉の目が涙目になっていたから。

「お願い!無理言ってるのは分かってる!でもこんなこと頼めるのは再従兄のはーくんしかいないの!だから……」

「……はぁ。美嘉は相変わらずだな……」

「えっ?」

「再従妹の頼みなら断れるわけないだろ?それにそんな涙目で頼まれたら尚更だ」

「いいの……?」

「あぁ。でもさっき美嘉が言ったように俺が本当に好きになった人が出来るまでだからな?」

「ありがとうはーくん……!」

 その時の俺は美嘉を優先させることでまさか彼女を傷つけてしまうとは思わなかった。それに気付いたのは別室で真田を交えて3人で話した時に見た彼女の悲しそうな顔だった。


 そこからだ。歯車が噛み合わなくなったのは。



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