65.交錯する3つの想い
わたしの頭の中は桐崎くんのことでいっぱいだった。彼が電話でもメールでもなく直接わたしに言わなくちゃならないことがなんなのかをずっと考えていたから。でも結局答えは分からなくて気付けば冬休み最終日になっていた。
冬休み最終日の夕方、メールを一件受信した。桐崎くんがまた今度メールするって言っていたから桐崎くんからメールがきたのだと思った。でも違っていた。
「あれ……?加賀美、くん?」
メールは意外なことに加賀美くんからだった。
〔明日の放課後、話せないかな?できれば周りに誰もいないような場所で〕
加賀美くんから呼び出しがあるなんて思わなかったから突然のメールにびっくり。
〔別に構わないけどどうして?〕
〔2人で話したいことがあるんだ。……いろいろと〕
いろいろ……。わざわざ前日にメールで改まった感じで聞いてくるということはなにか重要なことなんだね。――桐崎くんみたいに。
〔うん、分かった、いいよ!場所は?〕
〔そうだな……。学校の裏にある公園とか?〕
学校の裏にある公園……。わたしは加賀美くんが提案した場所を頭の中にある地図で探した。あ、あそこか。確かにあそこならあまり人がいない場所かもしれない。
〔いいよ!〕
〔よかった!ありがとう!あ、もちろんキリには内緒だから!〕
……なんとなく予想してはいた。加賀美くんがわたしに話すことは桐崎くんが絡んでることなのかなって。桐崎くんには内緒ってことはやっぱりそういうことなんだね。
〔了解!〕
〔それじゃあまた明日!〕
〔また明日学校で!〕
メールを送信してからなにか大事なことを思い出した。桐崎くんと休み明けに2人で会って話すってことを。それがいつかは決まってはいないけどもし明日だったらどうしようか……。あとで聞いてみようかな?
***
《キリ、大事な話がある》
俺が電話に出るとすぐに加賀美は用件を切り出した。
「どうした?いきなり」
《俺、乃愛さんに告白する》
「!?」
そのことについては前に一度は聞いていたからそれほど驚かなかった。
「……いつ?」
《それはまだ決めてない》
「そうか……」
それもそうだよな……。つか、なんで俺は加賀美に乃愛さんにいつ告白するのか聞いたんだ?聞いたところでなにも出来ないのに。
《……お前はどうすんだよ》
「俺?」
《あぁ、楠木って女と別れたのか?》
「あぁ、別れたよ。ついこの前」
別れたというのには語弊がある。俺と美嘉は“恋人ごっこ”をやめただけだから。
《そうか、それってつまり――本気になるってことだよな?》
「そのつもりさ」
加賀美が確認するように聞いてきたので俺ははっきりと言った。もう悲しませたくない。泣かせたくない。彼女のことは自分で幸せにしてやりたいんだ。
《分かった。それじゃまたあ――》
「加賀美」
俺は加賀美の言葉を遮って加賀美の名前を呼んだ。
《なんだよ?》
「俺も乃愛さんに言うつもりだから。美嘉と付き合っていた本当の理由と――俺の本音」
あんなに傷つけたんだ。乃愛さんには本当のことを知る権利がある。だからこそ乃愛さんには全てを話さなければならない。俺の本音を言う前に。
《勝手にしろよ。選ぶのは乃愛さんなんだから》
「どっちも振られたりしてな」
《そこ触れるかフツー!?》
「一応な。可能性としては低くないし」
《あのなぁ……》
「だって乃愛さん、男子苦手だろ?」
そう、それが一番の問題。まだ男子が苦手だったら好きな人なんていなさそうだし。だから乃愛さんに好きな人がいてもいなかったとしても振られる可能性は十分あり得る。
《まぁそうだけどさ。俺らとは結構話しているだろ?》
「……そうだな」
よく話してはいる。でも乃愛さんが俺達のことをどう思っているかなんて分からない。だから振られない可能性がないとは限らないんだ。
《じゃあ、お互い結果はどうであれ恨みっこなしってことで!》
「あぁ、そうだな!」
《じゃあまた明日!》
そう言って加賀美は電話を切った。そして俺は小さくため息をついた。告白、か……。加賀美がいつ乃愛さんに告白するのかは分からない。だから別にいいよな?俺がいつ乃愛さんに告白しても。
俺はアドレス帳を開き、乃愛さんにメールを送った。
***
キリとの電話を終わらせた俺はなんとなく心が晴れていた。
「そうか、遂にキリも本気になるんだな……」
俺は嘲笑じみた笑みを浮かべた。俺は散々キリに言ってきたんだ。キリが美嘉って女と付き合っていることで乃愛さんが悲しんでいるんだと、そんなの乃愛さんの気持ちに気づけよと。なのに今の俺はなんだ?あんなに言ってた甲斐あってキリは美嘉って女と別れ、乃愛さんに告白するつもりだと言ったのに、こうなることは分かっていたはずなのに。なんとなく胸の奥がモヤモヤするんだ。
原因は分かる気がする。あの2人が両想いだからだ。キリが乃愛さんに告白したら乃愛さんはノーとは言わないだろう。逆に乃愛さんからキリに好きと言ってもキリは絶対断らない。つまり、俺が選ばれることはほぼあり得ない。俺がキリより先に告白しても乃愛さんが俺を好きだと言ってくれることはない。でももう言ったんだ。明日の放課後2人で話したいことがあるって。だったら言うしかないんだ。もう後には退かない。退くことはできない。
***
加賀美くんからメールが来た数分後、また新たにメールを受信した。今度こそ桐崎くんだった。
〔この間のことなんだけどさ、明日の放課後はどう?〕
メールを読み終えてわたしは目を見開いた。明日の放課後は加賀美くんと話をするからだ。
〔あー、ごめん。明日の放課後は人と会う約束してるんだ……〕
話したいことがあると言ったのは桐崎くんが先だけど、明日話したいと言ったのは加賀美くんが先だ。だったら加賀美くんとの約束を破るわけにはいかない。たとえ桐崎くんになにを言われても。
〔そうか。じゃあ明後日は?部活あったらそのあとでいいからさ〕
部活があるかどうかは真田くんに確認してみなきゃ分からないけど、あろうがなかろうが2人で話す時間はとれる。わたしは了解メールを桐崎くんに送った。
〔明後日なら大丈夫だよ!〕
するとすぐに桐崎くんから返信が来た。桐崎くんにしては珍しく早い。
〔よかった!つか、もしかして明日は加賀美に会うとか?(笑)〕
「……えっ?」
そのメールを見た瞬間、わたしの思考回路は一時停止状態。なんで桐崎くんはわたしが加賀美くんと会うことを知ってるの?わたしは人と会う約束してるとしか言わなかったのになんで……?まさか加賀美くんから聞いた?いや、でも加賀美くん自身がキリには内緒ってわざわざ言ってきたのだから加賀美くんが桐崎くんに言うことはないか。それならまさかの勘!?にしては鋭すぎる……。いつもなら素直にはい、そうですと言ってしまいそうだけど加賀美くんとの約束を優先して今はとりあえず抑えた。
〔まさか(笑)なんでそう思ったの?〕
一応理由は聞いてみたけど絶対どうでもよさそうな理由っぽそうだな……。それか適当にはぐらかされそう。聞いといてこんなこと思うのも失礼だけど。
〔え、なんとなくそんな気がしただけ〕
なんとなくですか……。ってわたしは一体なんでこんなにしょんぼりしてるんだ!しょんぼりする要素なんてどこにもないのに。
〔そっか。でも残念!はずれです〕
ここはちゃんと『友達』としてのノリで返すべきだよね?とか思ってるけど最近『友達』のラインが分からなくなってきている。近くにいたいけどどこまでがOKなのか分からない。メールだってしたいけどあまり長々とは出来ない。そんなことを思ってると桐崎くんから返事が来た。
〔クソ!はずしたか!〕
その返事を見てわたしは思わず吹き出してしまった。あまりにも子どもっぽくて可愛かったからつい……。
〔なんか、可愛いね桐崎くん(笑)〕
思わず送ってしまったメール。どんな返事が来るのか楽しみだった。……いや、怒られるかな。
〔可愛くねぇよ!つか、それを言ったら乃愛さんだって可愛い女の子だろうが!〕
「!?」
突然のことに目を疑った。か、可愛い……?わたしが?まさか桐崎くんはわたしのこと可愛いと思ってるの?
〔か、可愛くなんかないもん!なに言ってるの!?〕
桐崎くんは一体なにを考えてわたしに可愛いなんて言ったの?そんな言葉は彼女である美嘉ちゃんに言うべきなのに……。
〔だって本当だろ?女の子らしくて十分すぎるほど可愛いよ〕
その返事を見て恥ずかしくなったわたしはベッドにダイブした。だってなに?えっ?女の子らしくて十分可愛い!?わたしが!?というか桐崎くんってこんな感じだったっけ?
〔お、お世辞でもそう思ってくれると嬉しいです……。ありがとう(照)〕
素直な気持ちを述べ、きちんとお礼をした。
〔お世辞じゃねぇのに……。まぁいいか!とにかく2人で会うのは明後日ってことで!忘れるなよ!?〕
あ、話戻した。いや、戻してくれて助かったけど……。じゃなかったらわたしの心臓が危ないもの。
〔うん、分かった!また明日ね!〕
〔また明日!〕
桐崎くんから届いたメールを確認してからケータイを握った。振られたらもうこんなふうにメールすることが出来ないかもしれない。笑い合って話すことも出来ないかもしれない。それでもわたしは言う。自分に嘘はつけない。