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63.抑え込めません!

最初の方が前話と重複していますが、気にせずお読みください。


「あ、止まった!」

 桐崎くん達を追いかけていると2人が立ち止まったのでわたし達も歩くのをやめ、建物の陰に身を隠した。

「ねぇ、なに話しているのか聞こえる?」

「うーん……。聞こえない……」

「てか、なんで隠れてるの?」

『あっ……』

 紗弥に言われて気がついた。そういえばそうだ。わたし達は桐崎くん達に声をかけるつもりで追いかけてきたはずなのに何故か隠れてしまった。これじゃなんで追いかけてきたのか分からない。

「よし、もう声かけちゃおっか」

 麻由が建物の陰から出て桐崎くんに声をかけようとする。続けてわたしと紗弥も建物の陰から出て桐崎くんに声をかけようとした。でも物陰から出たところでわたしの動きは止まってしまった。

「あっ……!」

 だってその時、桐崎くんが美嘉ちゃんにキスをしたんだもん。思わず身体が固まってしまった。頭の中も真っ白。なにも考えられなかった。

「な、なんでこんなところで……!」

 紗弥達も突然のことに驚きを隠せないようだった。ドラマや映画のワンシーンを見ているようだけど、わたしの胸は悲しさでいっぱいになりつつあった。そんな時わたしは足下に落ちていた木の枝を踏んでしまった。パキッという音がして桐崎くんと美嘉ちゃんがわたし達の方を見た。

「乃愛、さん……」

 わたしと目が合った桐崎くんはしまったという顔をしている。美嘉ちゃんは戸惑い気味で桐崎くんの後ろに隠れるようにしていた。

「ご、ごめん桐崎くん……。見かけたからつい追いかけて来ちゃって……」

 今にも零れ出してしまいそうな涙を無理矢理抑え込み、僅かに震えている声でわたしは桐崎くんに言った。わたしが分かるのだからみんなにも声が震えているのは分かっているかもしれない。

「いや、別に乃愛さんが謝ることなんて……」

「……あれ?」

 ふと頬に熱い何かが伝っているのを感じた。触れてみると指先は濡れていてそれが涙であることに気付いた。無理矢理抑え込んだはずなのに涙を流してしまった。何度拭っても涙は止まってくれない。

「乃愛さん、泣い――」

 これ以上ここにいたらわたしは言ってはいけないことを言ってしまいそうになる。だから桐崎くんの言葉を最後まで聞かず、わたしはその場から逃げた。

「待って!乃愛さん!」

 そう叫ぶ桐崎くんの声がしたけど立ち止まることなくそのまま走り続けた。



 桐崎くん達から大分離れたところで走るのをやめた。涙はまだ止まってはいなかった。せっかく桐崎くんに会えたのに。新年から桐崎くんに会えて嬉しかったのに……。最悪の日だよ……。あんな2人を、キスしていた2人を見てしまったなんて。

『乃愛!』

 振り返ると紗弥と麻由が心配そうな顔をしながら走ってきていた。

「紗弥……麻由……」

「はぁ、はぁ……。やっと追いついた!」

 紗弥の息が上がっていた。そこまで必死になってわたしのことを追いかけてくれたんだ……。だからこそこれ以上2人を心配させちゃいけない。桐崎くんと美嘉ちゃんは付き合っているんだもん。キスをするのは当然だよ。わたしはただの片想いなんだからそれくらいでへこんじゃダメなんだよ……。わたしは無理矢理笑顔を作った。

「あ……ごめんね!いきなり走って逃げちゃって!でも大丈夫だよ!」

「の、乃愛?」

 笑っていなきゃ。元気でいなきゃ。泣いちゃだめ。泣いて2人に心配かけたくない。お願い、なにも言わないで。なにも聞かないで。

「……バカ!」

 その言葉と同時にわたしは紗弥に抱き締められた。

「なんで笑うの?なんで大丈夫だなんていうの?本当は辛いくせに!本当は泣きたくて泣きたくてしょうがないくせに!」

 耳元で紗弥の叫びが聞こえる。そしてその叫びはわたしの胸に突き刺さる。

「前に言ったでしょ!?泣きたい時は泣けばいいじゃん!変に意地張って自分の心に嘘つく気!?そんなことしたら乃愛の心が壊れちゃう!辛いなら辛いって言ってよ!泣きたいなら泣きなよ!無理に笑顔なんか作らないでよ……!乃愛の悲しさや辛さ、ちゃんとわたし達に伝わるんだから!」

「そうだよ乃愛!1人でため込むのは辛すぎる。うちらにも乃愛の悲しさや辛さ、分けてよ?乃愛1人だけにそんな思いしてほしくないの。だからもっと頼って?もっと甘えて?」

「紗弥……麻由……」

 どうして2人はこんなにも優しくて温かい言葉をわたしにかけてくれるの?わたしが勝手に傷ついているだけなのに。心配かけたくなくて明るく振る舞ったのになんで気付いちゃうの?わたしの胸の内に秘めた感情に。

「うぅ……」

 再び涙が零れてきた。紗弥と麻由がこんなにもわたしを心配してくれて温かい言葉をかけてくれて。そして遂に抑え込んでいたわたしの感情は爆発した。

「う……うわーん……!辛い……悲しい……!わたしだって桐崎くんが好きなのに!なんでこんなに悲しい思いしなきゃいけないの……?もう、やだ……。わたしのこの想いも桐崎くんの中途半端な優しさも全部……」

「よしよし」

 紗弥はわたしを抱き締めたまま頭を撫でた。

「桐崎くんへの想いを捨てたら楽になるかな、諦めたら少しは悲しまなくて済むかなって考えたことはあった……。でもやっぱり諦めることはできなくていつかはわたしを見てくれる日が来ることを期待していたの。期待してはいたけどさっきの2人を見たらそんなの夢だって、桐崎くんがわたしを見てくれるなんてことがあったらそんなの奇跡だって思ったの……」

 どんなに目があっても、どんなに仲良く話せても、どんなにそばにいてくれても、桐崎くんがわたしを好きになってくれることはない。そんなの分かってる。だからほんのちょっとの優しさで期待してしまったわたしがバカみたい。わたしの桐崎くんへの想いがすうっと消えてしまえばいいのに……。そうすればこんなに切ない想いをしなくてすむのに。そんなことを思っていてもなかなか諦めきれなかったからこんなことになっちゃったの?

「――確かに桐崎くんへの乃愛の想いを消したら楽になる。諦めたら少しは悲しまなくなる。でも本当にそれでいいの?」

 紗弥は寂しげな声で言った。

「えっ……」

 驚いたわたしは紗弥から身体を離して紗弥の顔を見た。紗弥の顔はやはり寂しげだった。

「本当にいいの?桐崎くんへの想いを消しちゃって。桐崎くんのこと諦めていいの?乃愛の桐崎くんへの好きって気持ちはそれくらいなの?」

 紗弥の言葉のひとつひとつが胸に刺さる。

「違うでしょ?だって前までの乃愛は少しくらい悲しいことあってもそれより楽しいことや嬉しいことがあったからすごく幸せそうでキラキラしていた。いつも笑顔でその笑顔が輝いていたの。乃愛は恋することの辛さも知っているけどそれ以上に楽しさも知っているじゃない。それを分かっているなら諦めるなんて簡単に言っちゃダメ。桐崎くんへの想いを消しちゃダメ。確かにあんなの見たら辛すぎる。でもだからなに?乃愛の桐崎くんへの気持ちは変わらないでしょ?だったらその気持ちを大切にしなきゃいけないの」

 紗弥の言う通りだ……。辛いことも何度かあった。でもその分すごく楽しくて嬉しいことがあったから辛いことも乗り越えられた。そして桐崎くんへの想いは辛いことを乗り越える度に強くなっていった。だから桐崎くんへの好きって気持ちは変わってはいるけどマイナスになってはいない。桐崎くんのことが好きなことに変わりはないの!

「顔、生き生きしてきたね」

「うん!紗弥のおかげで改めて気付かされたよ!わたし、やっぱり桐崎くんが好きなんだなぁって」

「乃愛はそうでなくちゃ!うちはいつも笑顔で明るい乃愛が好きだもん!」

 紗弥がとても嬉しそうな笑顔で言う。

「わたしも。笑顔じゃない乃愛は乃愛じゃないからね」

 紗弥も嬉しそうな顔をしてわたしの頭を撫でた。

 今日はいろんなことを改めて気付かされたよ。桐崎くんと美嘉ちゃんは付き合っていて恋人っぽいことをしているって、だけどわたしは桐崎くんのこと諦めることは出来なくて、やっぱり桐崎くんのことが好きで、それに紗弥と麻由はわたしの隠していた本音に気付いてくれていつもわたしの助けになってくれるって。今日気付いたことをしっかり受け止めて前に進もう。


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