62.桐崎の彼女
『美嘉ちゃん?』
紗弥と麻由は不思議そうな顔でわたしを見た。2人は知らないんだった。桐崎くんの彼女が誰なのか。わたしも顔は知らない。でも名前は知っているし桐崎くんと仲良さそうに話しているのだからなんとなく予想出来る。桐崎くんの隣にいる女の子は桐崎くんの彼女の楠木美嘉ちゃんってことを。
「あれ?あの子ってもしかして1年の楠木美嘉って子?チアリーディング部の」
突然紗弥が彼女の名前を口にした。
「紗弥知ってるの?」
「知ってるもなにも彼女、学校の中じゃ結構有名だよ?すごく可愛くて性格もよくてかなり人気みたい。それも同学年だけじゃなく先輩からも」
そうだったんだ……。わたしは美嘉ちゃんのことをなにも知らなかった。彼女がそんなに素敵な女の子だってことを。それじゃあ桐崎くんが好きになるのも当たり前だよね。わたしなんかよりずっと素敵な女の子だもん。
「まさか桐崎くんの彼女ってあの子なの?」
あんな2人を見たら気付くのも当然だよね……。わたしは深呼吸をして言った。
「うん。あの子が桐崎くんの彼女だよ。わたしは紗弥に言われるまで顔は分からなかったけど名前は知ってたしあの雰囲気からして彼女さんだと思う」
「嘘!?あの子と桐崎くんにどんな接点が!?」
「わたしもそれは分からない……。でも、やっぱり可愛い子だね、あの子。あんな可愛い子にわたしが敵うわけないよね」
「なに言ってんの!?乃愛だって十分可愛いって!」
そう言って麻由はわたしに抱きついた。
「わわっ!……もう、お世辞でも嬉しいわバカ。ありがとう……!」
「バカは余計。しかもお世辞じゃないし!」
「それよりそのツンデレ、どうにかならないの?」
わたしと麻由の会話を遮るように紗弥が言った。別にわたしはツンデレキャラになりたくてツンデレしてるわけじゃないのに……。
「元からこれだからどうにもなりませーん」
「開き直るな」
「あ、桐崎くん達があっち行っちゃう!」
麻由はわたしの腕を掴み、桐崎くん達のあとを追った。
「ちょ……麻由!?」
「せっかく見かけたんだから声ぐらいかけようよ!メールでもしたけど直接あけましておめでとうって言お?せっかくのチャンス無駄にしちゃうの!?」
「それにあの美嘉って子に聞きたいことがあるの、わたし」
紗弥が美嘉ちゃんに用があるのは意外だけど用があるなら行こうかな。それに麻由の言うようにメールじゃなくやっぱり直接あけましておめでとうって言いたい!そう思ったのでわたしは桐崎くん達のあとを追うことを決めた。
「うん。じゃあ行こ?」
「そうこなくっちゃ!」
麻由は満面の笑みで再びわたしの腕を引っ張った。
この時は予想なんてしていなかった。まさかあんなことになるなんて……。
***
「はーくん」
お参りを終えると、美嘉が耳元でボソッと俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
そう問いかけると美嘉は不安そうな顔でチラッと後ろに視線を向けた。その仕草で美嘉の言いたいことがなんとなく分かった。
「そういうことか……。美嘉、人目の少ない場所に移動するよ」
「うん……」
俺は美嘉を連れて人目の少ない場所へ移動した。
人目の少ない場所へ移動すると誰かにつけられているような感じがした。それが誰かは分からないけど。そして確認のため俺は美嘉に聞いた。
「美嘉、本当にいいのか?」
「うん。それで解決するなら、いいよ」
「分かった」
これで美嘉が救われるならやるしかない。……乃愛さんに会わなかったことが幸いだったな。俺は美嘉の頬に手を添え、顔を近づけた。そして――唇を重ねた。
美嘉から離れると同時にパキッという木の枝の折れる音がした。音のした方を振り返るとそこには見覚えのある“3人”がいた。
「乃愛、さん……」
思わず彼女の名前を口にしてしまった。3人に今のを見られたと思い、頭の中が真っ白になった。
「ご、ごめん桐崎くん……。見かけたからつい追いかけて来ちゃって……」
「いや、別に乃愛さんが謝ることなんて……」
「……あれ?」
突然乃愛さんが声をあげたので彼女の顔を見ると、乃愛さんの瞳から溢れた涙が頬を伝っていた。
「乃愛さん、泣い――」
俺が言葉を言い終わる前に乃愛さんは走り去ってしまった。
「待って!乃愛さん!」
やっぱり見られていた。乃愛さんには見られたくなかったのに。追いかけなければ。そして誤解を解くんだ……!そう思って走り出した時……。
「やだ!行かないではーくん!」
乃愛さんを追いかけようとする俺の腕を美嘉が掴んだ。
「行っちゃやだよ……はーくん。お願い、今はそばにいて……」
「でも、俺は……」
「待って乃愛!」
俺が戸惑っていると林原さんと池波さんは乃愛さんを追いかけに行った。と、思いきや林原さんが急に立ち止まって俺の方を向いた。
「……桐崎くん、乃愛を悲しませるようなことしたって分かってるの?」
「!?」
そう言い残して林原さんは走り出した。林原さんに言われたその言葉が胸に刺さった。分かっている、もちろん分かっている。あの涙を見れば悲しませてしまったことくらい分かっている。でも俺は……。今が言うべき時だろうと思い、美嘉の正面に立った。
「なぁ美嘉、聞いてくれ」
すると美嘉はなにか察したのか寂しそうな顔をして更に強く腕を握った。
「やだ!聞きたくないよ……!」
「美嘉、俺……やっぱり乃愛さんが好きなんだ」
もう嘘はつけない。これが俺の本音。もう乃愛さんを傷つけたくない。泣かせたくないんだ。
「……分かってるよ、そんなこと。でも……!」
「頼むから、もう“恋人ごっこ”はやめよう。俺じゃ美嘉の彼氏にはなれないんだ」
「そんなことない……!はーくんは十分美嘉の彼氏として頼りになってたよ!」
「俺より頼りになる人はいる。それに美嘉は言ったよな?『もしはーくんが本当に好きになった人が出来たら彼氏のフリはしなくていいから』って。だから俺は美嘉の彼氏のフリをしたんだ。でも実際今、俺は本当に好きになった人がいるんだ。だから……」
「好きな人、はーくんが好きになった人ってさっきの逃げていった人でしょ……?」
「あぁ。そうだよ」
「そっか……」
美嘉は俺の腕から静かに手を離した。
「分かった。もう彼氏のフリしなくていいよ?あとは自分でなんとかするね」
「悪いな……」
「はーくんが謝ることじゃないよ。無理なお願いした美嘉が悪いの。……ねぇはーくん。さっきの人、絶対悲しませないでね?絶対泣かせないでね?」
「大丈夫。悲しませないし泣かせない。大切にしてみせる。ありがとう美嘉」
美嘉が背中を押してくれたんだ。やらないわけにはいかない。本当は今すぐにでも乃愛さんを追いかけたい。追いかけて抱き締めて好きだと言いたい。でもその前には誤解を解かなければならない。なにもかも正直に話してそれから伝えるんだ。俺はもう間違えない。