58.水族館デート!⑥
加賀美に連れてこられたのはフードコートから少し離れた場所に位置する非常階段だった。
「話ってなんだか分かる?」
「あぁ、なんとなく。いや、おおよその検討はついている。乃愛さんのことだろ?」
「正解!さすがキリ、分かってんじゃん!」
加賀美は無邪気な笑顔を俺に向けて言った。
「なぁ。キリは一体なにがしたいわけ?」
無邪気な笑顔を向けたかと思えばすぐさま笑顔は消え、表情はほぼ無表情。声もさっきより低いトーンで冷たい口調になっている。その変わりように思わず鳥肌が立つ。
「な、なにってなんだよ……」
「さっき乃愛さんを助けた時のことだよ」
あ、あれか。乃愛さんが見知らぬ男達に絡まれていたやつ。
「乃愛さんが無事だったから俺はそれだけで安心した。でも気掛かりなことがあったんだよ」
「気掛かり?」
「あぁ。お前さ、やっぱり乃愛さんが好きだろ?」
「はぁ?んなの今は関係ね――」
「関係あっから話してんだよ!関係あっから場所変えたんだよ!」
加賀美の声が非常階段に響き渡る。下手したら他の階にいる人にも聞こえているくらいに大きな声だった。
「それで答えは?好きか嫌いか、どっちだよ」
加賀美は絶対俺がどっちを答えるか分かっているはずだ。なのに聞いてくるってことは加賀美なりになにか考えがあるか、もしくはただ単に加賀美がドSなだけか。恐らく前者だろうけどな。
「好きに決まってんだろ。じゃなきゃあんな必死になって助けに行かねぇよ。しがみついてきて震える彼女を落ち着かせようと頭撫でたりしねぇよ」
ずっと心配だったんだ。あんなに短いスカートを履いていて見られている自覚がない彼女が、自分の魅力に気付いていない彼女が。だから1人にしたくなかったんだ。
「そうか、やっぱりそうなのか。だったら……」
そこまで言って加賀美は言葉を止めた。そして俺に迫ってきて胸倉を掴み、壁に押しつけた。
「だったらなんで彼女に好きって言わねぇんだよ!好きなら好きって言えばいいじゃねぇかよ!そんなに楠木って女の方が大事か!?気付けよ乃愛さんの気持ち!分かってんだろ!?楠木って女の話になったら乃愛さんの表情が暗くなること!」
加賀美の言葉が胸に突き刺さる。気付いてはいた。分かってはいた。でも気のせいだと思いたくて、変に期待したくなくて気付かない素振りをしていた。分からない素振りをしていた。
「なんでお前はそうやって自分の気持ちに素直にならねぇんだ!お前が乃愛さんを好きっていう気持ちはそれくらいなのかよ!自分の中にとどめておく程度だったら俺はもう引かねぇ。本気でもらいにいく」
加賀美は本気だ。そんな加賀美を俺は引き止めることが出来ないだろう。それに多分今の加賀美に本当のことを言っても信じないだろう。僅かだが興奮状態に陥っているのだから。
「……じゃあ1つ言わせろよ。俺はさっきお前に嫉妬したんだよ、加賀美。あんな堂々とメアド聞いて2人して笑っているのを見たらモヤモヤした。同時に一瞬イラッとした」
「へぇー、意外だな。お前でも嫉妬とかするんだ」
加賀美は嘲笑じみた笑みを浮かべ俺を掴んでいた手を引っ込めた。
「俺に対して素直になってどうすんだよ。素直になる相手が違うぞバカ」
「なっ……!」
親友に嫉妬したとかすげぇかっこわるいこと言ったのにバカとはなんだバカとは!
「キリ、今から言うことは独り言だと思ってくれていいから」
「……はっ?」
「俺は休み明けには告ろうと思うんだ。振られるのは分かっているけど」
「!?」
「振られたら気まずいだろうけどもう抑えきれないんだ。振られてもいいから俺は乃愛さんに俺の気持ち伝えるよ」
「加賀美……」
「なぁキリ。お前は気まずくなることを恐れてこのまま黙っているつもりなのか?」
その問いに俺はなにも言えなかった。図星だった。
「俺は……」
「まぁ、もし伝えるつもりだったなら楠木って女と付き合ったりしねぇか。したとしてももうはっきり言うべきだろうな。好きな奴がいるから付き合えないって」
加賀美の言うとおりだな。美嘉のことは『恋人』として好きじゃないのはちゃんと自覚している。だから……もう茶番は終わりにしよう。美嘉に本当のことを言って分かってもらおう。『彼氏』は俺より相応しい奴がいるはずだから。
「そうだな。俺は逃げていただけなんだな。でもいいのか加賀美。俺とお前は同じ人を好きになったと言うのに俺の背中を押すようなことをして」
「いいんだよ。それに、多分乃愛さんは俺よりキリの方が好きだと思うし。……『好きな人』としてか『友達』としてかはわからねぇけどな」
乃愛さんが俺を、好き……?加賀美よりもか?『好きな人』としてか『友達』としてかは別として。
「んなわけねぇだろ……」
「それがあるんだよなぁ。乃愛さん、キリと話す時とか一緒にいる時ってすげぇキラキラしてんだぜ?楽しそうな顔してんだよ」
「それを言ったら加賀美と話す時だって笑ってんじゃねぇか」
「乃愛さんは誰かと話す時いつも笑ってるから……」
「まぁそうなんだけどさ、そこは気にすんなよ?」
「うわー、キリに言われても嬉しくねぇ……」
次の瞬間、一瞬の間があり俺達は笑った。
「ははっ。俺らって何気に好きな女のことよく見ているみたいだな」
「だからな」
「さーて、そろそろ戻らねぇと変に思われるかな……」
「そうだな、そろそろ戻るか」
「あ、キリ。さっきの独り言、絶対口外するなよ?」
「するわけねぇだろ、バーカ」
俺がそう言うと加賀美は嬉しそうに笑った。
「サンキュー!つか、キリにバカ言われたくねぇよ!」
「はいはい、どうせ俺はバカだよ」
俺は加賀美の頭を軽く叩いた。
「うわーなにすんだよ!俺は乃愛さんじゃねぇよ!」
「なんでそこで乃愛さんが出てくる!?」
「だってさっき乃愛さんの頭撫でてただろ?」
「そ、それはそうだけど……。お前の頭は撫でたんじゃねぇ!軽く叩いただけだ!」
「ほとんど同じじゃね!?頭ポンポンも軽く叩いているようなもんじゃん」
「お前見てたのかよ!?」
「あぁ見てたよバッチリ。キリが乃愛さんを助けに行って乃愛さんがキリにしがみついてキリが乃愛の頭をポンポンしたところまで全部見た!特に後半はガン見だから」
加賀美にガン見されていたのか……。なんだか少し恥ずかしい気持ちだな。周りにいた人には一体どう思われていたんだろうな。
「大丈夫だって。乃愛さんに言ったりしねぇよ。今までの会話のこととか」
「あぁ。あと林原さんや池波さんにもな」
「池波さんに知られたらもうおしまいだしな」
俺達は笑いながら乃愛さん達が待っているフードコートへと戻っていった。