55.水族館デート!③
ショッピングモールにはたくさんの家族連れ、学生の団体、カップルといろいろな人達がいた。さすがクリスマス。
「やっぱり人多いなぁ……。レストラン街は人多すぎるから奥にあるフードコートでご飯食べようよ」
紗弥が提案する。もちろん誰も反対しなかった。
「フードコートの方がすぐご飯食べれそうだからね。席さえ取れれば」
「そうと決まれば早く行こ!うち、もうお腹空きすぎて死にそう!」
死にそうって……それは言い過ぎだと思うけど麻由はそんなに早くご飯が食べたいんだね。
「あ、あそこ席空いたけど」
桐崎くんが指差す先にはちょうど5人が座れる席があった。
『あったー!』
みんなで空いた席に行き、荷物を置いた。もちろん席は男子と女子に分かれました。
「それじゃあわたし待ってるからみんなは買ってきなよ」
「わかった。乃愛はなに食べたい?」
「うーん、なんでもいい!紗弥が勝手に決めてよ!」
「勝手にか……。わかった、適当に選ぶから。ほら行くよみんな」
「じゃあ俺も待――」
「キリも行くんだよ!荷物持ち!」
とどまろうとした桐崎くんの腕を無理矢理引っ張って加賀美くん達は先にご飯を買いに行った。
「というわけでちょっとの間荷物番お願いね乃愛」
「うん。行ってらっしゃーい!」
紗弥と麻由も2人に続いてご飯を買いに行った。加賀美くんが桐崎くんを連れて行ってくれてよかった。2人きりになったらわたしの心臓が保たない。間違いなく顔も赤くなる。しかも桐崎くんの前で。それだけは、避けたい……。
そんなことを思いながらケータイをいじっていると横から突然声をかけられた。
「あれ?君1人なの?」
声のする方を見るとそこにはチャラそうな年上の男が2人いた。……見るからにわたしが最も嫌う人達だ。
「だったら俺らと飯食わねぇ?もちろん奢るし」
うわっ、これって俗に言うナンパってやつ……?やだ、こんな感じ悪そうな人達と一緒なんて絶対嫌。しかも今は紗弥達と来ているのに何故わざわざこんな人達とご飯食べなきゃいけないの?食欲不振になる。ここは冷たく突き放すように言うのが最善策かな。
「結構です。わたしは友達とご飯食べますから」
「遠慮すんなって!友達の分も一緒に奢るから行こうぜ」
そう言って1人の男がわたしの腕を掴んで立たせた。
「やっ!離してください!」
「君が損することなんてなにもないんだからいいだろ?行こうぜ」
あんた達みたいなチャラい人達について行ったところで損することしかないわ!
わたしの腕を引っ張る男の手に力が入る。すごく痛いしなにより気持ち悪い……。好きでもない、知り合いでもないただの他人にこんなに強く掴まれるなんて……。
「やだっ……!」
お願い誰か気付いて!助けに来て!
――桐崎くん……!
「なにしてんだ!」
その言葉が聞こえた瞬間、背中にポカポカとした温もりを感じた。わたしの顔の横からすっと手が伸びてきて、わたしの腕を掴んでいた手を掴んだ。
「俺の連れだから手出さないでくれます?」
その声はまさにわたしが心の中で助けを求めた相手、桐崎くんの声だった。
「なんだ、彼氏いたのか……」
ナンパしてきた男達は桐崎くんを見ると渋々とわたし達から離れて行った。
「大丈夫!?乃愛さん!?なんかさ――」
「桐崎、くんっ……!」
わたしは桐崎くんの服にしがみついた。
「の、乃愛さん……!?」
怖かった。怖くて怖くて仕方なかった。桐崎くんに触られるのは嫌ではないけど、さっきの人達に触られるのは本当に嫌だった。だから桐崎くんが来てくれなかったらわたし……。
「……怖かったんだね、乃愛さん」
桐崎くんはわたしの頭をポンポンと撫でた。不思議。ついさっきまで怖くてたまらなかったのに桐崎くんが頭を撫でてくれただけで落ち着けた。安心出来た。ホカホカした気持ちになった。
やっぱりわたし、桐崎くんが好きだよ……。彼女がいるくせにこんなに優しくするなんてズルいよ……。
「1人にしてごめん。やっぱり俺も待てばよかったな」
「ううん……。助けに来てくれただけで十分だよ」
十分すぎるよ桐崎くん。あんなに低くて怖そうな声であの人達を追い払ってくれて、なのにわたしを落ち着かせようと頭をポンポンと撫でてくれた手は温かく安心出来て……。桐崎くんは十分すぎることをわたしにしてくれたの。
ありがとう。本当にありがとう。桐崎くん……。
***
時は遡ること数分前。
俺達は乃愛さんに荷物番を頼んでご飯を買うために並んでいた。
「残念だなー!ショーがやってなくて」
「やってないんだからどんなに言っても無駄だろ加賀美。つかあまり騒ぐとガキっぽいぞ?」
「どうせまだガキだよ!成人してないしキリと違って背低いし!」
「そこまで言うほど低くないけどな」
正直キリに言われても嬉しくない。身長高い奴には低い奴の気持ちが分からないんだよ。悲しいことにな。
「そういえば乃愛さんの分は誰が買う?」
「あ、乃愛の分ならわたしが買うからいいよ。加賀美くん達は食べたいの買いなって」
「あ、うん。キリ、お前はなに食――」
「なぁ加賀美、乃愛さんと話してる男って……」
『男?』
キリの発言に反応して俺達は乃愛さんのいる席を見た。すると乃愛さんは見知らぬ男2人になにやら声をかけられていた。
「ねぇ紗弥……。まさか乃愛……」
「ナンパ、だよね……」
ナンパ?こんな人が多いところで、しかも真っ昼間からやる奴がいるのか。悲しい奴らだな。
ふと隣にいるキリの顔を見ると恐ろしいほどに少し前とは違う顔つきになっていた。もう一度乃愛さんに視線を戻すと男に腕を掴まれて立たされていた。抵抗していても敵わないようだ。さすがに限界だった。これ以上彼女に触れるな……。
「ちょっと俺――」
「悪い加賀美、金は払うから俺の買っといてくんね?」
「はぁ?別にいいけど一体ど――」
「サンキュー」
そう言って俺の話を最後まで聞かずキリは走っていた。乃愛さんが座っている席へ。
「よかった……桐崎くんが行ってくれて」
「そうだね。わたし達が行っても一緒に連れて行かれそうだし」
隣にいる林原さんと池波さんはキリが行ってくれたことに対してすごく感謝していた。
「ほら、桐崎くんがあのナンパ男達を追い払ったみたいだよ!」
「よかった……。よし、早く買って戻らなきゃ!」
「ダメだよ麻由。今はまだ……」
「あ、そっか。今は桐崎くんに任せてようか」
そう言って2人はキリと乃愛さんから目を離した。けど俺は目を離さなかった。正しくは目を離せなかったんだ。乃愛さんがキリにしがみついたから……。
もちろん知らない男に絡まれたら怖いに決まってる。でも僅かに胸が痛んだ。
やっぱりあの2人は両想いだ。キリがあんなに恐ろしい顔をして走って行ったのだから彼女より乃愛さんのことが好きなのは明白だ。乃愛さんだって怖かったとはいえキリにしがみついているのを見たら好意を持っているとしか考えられない。
俺だって助けに行こうとした。けれど先に行動したのはキリだった。……こんなのただの言い訳に過ぎないか。でもやっぱり俺、お前には敵わねぇよ。
だからこそ許せねぇ。なんで乃愛さんじゃなく楠木とかいう彼女と付き合うのか。どんな事情があれ乃愛さんは傷ついた。だから許せねぇよ、キリ。今まではいろいろ躊躇っていたがもう躊躇うのはやめる。俺は絶対引かねぇからな。