53.水族館デート!①
ただいまの時刻は待ち合わせ時間の15分前、つまり9時45分。わたしがいるのは水族館の入り口付近。わたし以外まだ誰も来ていない。腕時計を見て時間を確認する。まだ1分しか経っていない。……やっぱり早く着きすぎたんだなぁ。
「15分も前じゃ早いのかな……」
そう呟いた途端、冷たく強い風が吹いた。顔に風が当たり、寒くなったのでマフラーで顔の半分を覆う。こんな寒い時期に外で15分も待つなんて!拷問だぁ!……バス時間の関係でこんなに早く着いてしまうなんて思わなかった。
「もう!誰か早く来てー!1人は寂しいよー!」
すると前方から見覚えのある人物が来た。
「おはよう」
桐崎くんだった。
「お、おはようございます……」
変に緊張しちゃって敬語になってしまった。
「なんで敬語なの?」
そんなわたしに桐崎くんは笑いながら言った。
「な、なんとなく、です……」
「ほら、また」
「あっ……」
「友達なんだから敬語じゃなくていいんだよ?」
「え、あ、うん、分かった。努力します……」
「努力してください」
桐崎くんは笑いながら優しく言ってくれているけど、敬語になっちゃう理由が桐崎くんと話すと緊張するからなんてことは言えない。だから、黙っておこう。
「大丈夫?寒くない?」
ふと桐崎くんに聞かれた。
「ちょっと寒いけどこれくらいならまだ大丈夫!」
本当はめちゃくちゃ寒いけどね。甘えられないよ。いくら友達でも。
「そっか。寒かったら言って?手袋貸すから」
手袋……。そういえばつい数週間前の停電の時、桐崎くんはわたしに手袋を貸してくれた。
「うん、ありがとう。優しいんだね、桐崎くん」
「優しくねぇし!寒かったら無理すんなよ!?」
「はーい!」
なんて少し子どもっぽい笑顔を作って言ってみた。ちょっと……甘えたちゃん?
「もしもーし、目の前でいちゃつかないでもらえますー?朝からやめてくださーい」
声のする方を見るとそこには紗弥が立っていた。
「紗弥ー!おはよーっ!」
わたしは途端に子どもっぽい笑顔からいつもの笑顔に戻って紗弥に抱きついた。
「あー、暑苦しい!くっつくな!」
「寒いからいいじゃーん!」
「桐崎くん、この子どうにかしてくれない?」
「あー……俺には無理かな」
引きつった笑顔で桐崎くんが言うと紗弥は諦めたかのようにため息をついた。
「えへへー、紗弥好きー!」
「はいはい、そんなの知ってる」
「ちょっ、えっ!?なんか冷たくない!?」
「冷たくない。いつも通り」
そんなわけない。いつも以上に冷たい……。分かったよ、今日はあんまり抱きつかないようにするよ……。
「そういえばまだ麻由と加賀美くんは来てないんだ」
「そうだね。でも加賀美は俺がここに着いた時にメールであと10分くらいって言ってたからもう少ししたら来るはずだよ」
「それじゃあ残るは――」
「紗弥~!乃愛~!桐崎くーん!おはよ~!」
変にテンションの高い声がわたし達の耳に入った。この声は間違いなく麻由の声。
「おはよー麻由!」
そしてわたしは走って麻由に駆け寄り、麻由に抱きついた。
「朝からな~にいちゃいちゃしてるの~?やめてよ~恥ずかしいから~!」
「なっ……!いちゃついてないよ!」
「あれれ~?桐崎くんの顔が赤いのは気のせいかな~?」
麻由がそんなことを言ったのでわたしと紗弥は桐崎くんを見た。麻由の言うように桐崎くんの顔は少し赤かった。
「き、気のせいだよ!寒いだけだし!」
「本当かな~?」
「本当だよ!」
「うわぁ時間ギリギリ!みんな来るの早いね」
そんなことをやっている内に加賀美くんが来た。時計に目をやると確かに時間ギリギリ。待ち合わせ時間の1分前。
「おはようヒロくん。うわっ!私服かっこいい!この人絶対私服かっこいいって思っていたんだよ!」
麻由が騒ぎ出したので加賀美くんの服装を見てみる。シャツにパーカーを着てその上からダウンのジャケットを羽織っていた。下はジーパンにオシャレなスニーカー。なんか、想像通りかも。モテる人は私服がかっこいいらしいし。
「相変わらずかっこいいな、加賀美は」
「なに言ってんだよ!お前だって……!なんかラフすぎねぇか?」
やっぱり突っ込むんだね……。桐崎くんは薄手のTシャツにチェック柄のシャツを着てその上からジャケットを羽織っている。下はジーパンにローファーのような靴だった。靴はいいとして、薄手のTシャツにチェック柄のシャツってラフすぎじゃないですか?……似合うから別にいいんだけどさ。
「そうか?そんなつもりはなかったけど」
「桐崎くんの私服も少し予想通りかも!……ってあれ?もしかしてみんなスカート?」
麻由はわたし達の服を見て言った。
「そうだよ!宣言通り!」
「珍しいこともあるんだね。みんなスカートだなんて」
わたしは宣言通りスカートにした。白いニットのセーターに赤チェックのミニスカート。紗弥に言われた通りニーハイにしてさらにはブラウンのショートブーツ。
紗弥はブラウスに赤いニットのカーディガン、そして黒いネクタイを緩めに締めている。ベージュでチェック柄の膝丈スカートに黒タイツと焦げ茶色のこちらも同じくショートブーツ。ただ紗弥の履いているショートブーツにはファーが付いていた。紗弥らしいお嬢様系の優等生ファッションだ。
麻由は黒いワンピースに淡いピンクのカーディガン。黒タイツに白いブーツ。まさに女の子全開のファッション。
なのでみんなスカート。紗弥の言うように珍しいこともあるんだなぁ。
「てか乃愛、スカート短すぎ!見えそうだよ!?」
そう言って麻由はわたしのスカートを触った。ひらりとスカートのプリーツが揺れて太ももの見える範囲が広がった。
「きゃっ!ちょっと麻由!見える!危ない!」
「見えないから大丈夫だって!てか……な~に顔赤くしてるの桐崎くん。ヒロくんは顔背けているのに桐崎くんは……」
「べ、別に見てねぇよ!見えそうになっただけじゃねぇか!」
「ちょ……!見たの桐崎くん!?」
「だから見てねぇって!」
「うわー……キリ変態じゃん!やめなよ!」
「だから見てねぇって言ってんだろ!?あー!如月さん、スカート短すぎ!少しは見られてるって意識しなよ!」
桐崎くんはわたしの後ろに移動した。
「見られたらヤバいから後ろにいる。いい?というかいるつもりだから」
「え、あ、うん……」
ちょっと待ってちょっと待って!こんな近い距離に桐崎くんがいるなんて!耐えられるのかな、わたし……。
そして紗弥はわたしの耳元でこう言った。
「よかったじゃん乃愛。近くにいるしちゃんと女の子扱いされてるよ?」
「べ、別にそういうわけじゃないでしょ……!」
「本当すぐツンツンするんだから……。今日くらいは素直になりなさい。ツンツンしてたっていいことないんだから」
「わ、分かった……」
紗弥の言うとおりだ。ツンツンしててもいいことなんてない。素直にならなきゃ。近くにいられるこのチャンスを無駄にしたくない。
「そろそろ人増えてきたから入場券買って入んねぇ?」
「そうだね。行こ行こ!」
加賀美くんが入り口に行って入場券を買いに行った。
「ほら、乃愛と桐崎くんも行くよ」
「うん!」
「あぁ」
わたし達も加賀美くんに続いて入り口に向かった。