49.辛いです……
翌朝、いつもより遅く学校に着いた。しかも昨日泣きながら寝たみたいで目が真っ赤に充血して腫れている。またも保冷剤の力を借りることに。
「あ、おはよう乃――ってなにその目!?そんなに真っ赤に腫らせて……」
席に着くなり紗弥が心配そうな顔でわたしを見て言った。
「おはよう。えへへ、なんか昨日泣きながら寝ちゃったみたい。いやーまさかここまでひどくなるとは……」
「泣きながらってなんかあったの?」
……あ、ヤバ。ついポロッと言っちゃった……。正直に言ったらまずいから適当に誤魔化した方がいいよね。
「な、なにもないよ!読んでた小説が感動しちゃって……」
「おはよう。あれ?乃愛さん、目腫れてるね。大丈夫?」
紗弥と話していると自分の席に着いた加賀美くんに声をかけられた。
「あ、おはよう加賀美くん。うん、多分大丈夫だよ」
「そっか。もしかして昨日のが原因?」
ドキーッ。いきなり核心を突かれた……。なんで加賀美くんはこう、いろいろすぐ分かっちゃうのかな……。
「ちょっと乃愛、昨日のが原因ってどういうこと?」
紗弥は不思議そうな顔でわたしと加賀美くんを見た。
「あれ?もしかして林原さんは知らないの?」
「うん、知らないけど」
加賀美くんの言葉にわたしは違和感を覚えた。あれ?林原さん“は”ってことは加賀美くんはなにかを知ってるってこと?その言い方だとそう捉えることが出来るけど。やっぱり桐崎くんに聞いたのかな。
「林原さんに言ってないんだ。昨日のこと」
「うん……。だって――」
「あ、桐崎くん、おはよう」
紗弥の言った桐崎くんという言葉に反応する。加賀美くんのすぐ近くに桐崎くんが立っていた。
「お、おはよ……」
「どうしたんだよキリ。なんかテンション低くね?」
「そ、そうか……?」
「そうだよ!せっかくリア充なのにそんなテンションでどうすんだよ」
「ちょっと加賀美くん!それは――」
「おい加賀美!それは――」
加賀美くんの言葉を遮るようにわたしと桐崎くんはほぼ同時に言った。
「えーっ!?ちょっとなに!?桐崎くん彼女いるの!?」
そしてわたしと桐崎くんの言葉を遮るように紗弥が大声で言った。おかげで教室の中にいた人の視線が一斉にわたし達に向いた。
「林原さん、声がでかい」
紗弥にそう言う加賀美くんはなにもなかったかのように落ち着いていて誰よりも冷静だった。
「だって加賀美くんがいきなりそんなこと言うから!危なく聞き流すところだったよ!」
『聞き流してもよかったのに……』
わたしと桐崎くんはまたもほぼ同時に呟いた。幸い紗弥には聞こえていなかった。
「え、相手誰!?同い年?てか同じ学校?」
「まずちょっと落ち着こうよ林原さん……」
「同じ学校だよ。な、キリ?」
桐崎くんは紗弥の興奮状態を抑えようとしているのに加賀美くんはそんなのお構いなしで紗弥の質問に答え、勝手に話を続けた。
「えっ!?同じ学校なの!?」
「おい加賀美!なんでお前が答えるんだよ!」
「別にいいだろ?それに――」
加賀美くんは桐崎くんの耳元でボソボソと小声で言った。それを聞いた桐崎くんは一瞬目を見開いた。
「ま、まぁそうだけどさ……」
「じゃあ林原さん、あとは直接キリに聞きなよ!そういうちゃんとしたことは自分から説明したいんだって」
加賀美くんはニヤリと妖しげな笑みを浮かべて言った。
「おい待て加賀美。俺はまだなにも――」
「ねぇ、どういうこと桐崎くん!」
紗弥は今にも桐崎くんに掴みかかりそうな勢いだった。
「まぁまぁ、落ち着いて紗弥」
「乃愛は知ってたの!?」
「え、いや、その……」
「知ってたのね!?なんで言ってくれなかったの!?」
「だってそういうのは自分から言うべきじゃない?それに……」
それから先は言い出せなかった。声が震えていることに気付かれたくなくて。でも、紗弥はすぐに察してくれた。
「そっか、そうだよね。ごめん、わたしが悪かった」
そう言って紗弥はわたしの腕を掴んだ。
「わたし、ちょっと乃愛を誘拐していくから」
『へっ?』
「予鈴までには戻るようにするけどもし戻って来なかったらそう言ってて。それじゃ」
紗弥はわたしの腕を引っ張り、教室から出た。
「ちょっと、紗弥……?」
わたしの呼びかけに紗弥はなにも反応せず、とりあえずわたしは黙ってついて行くことしか出来なかった。
***
「あーあ、誘拐されちゃったね、乃愛さん」
加賀美は笑いながら言った。
「そ、そうだな……」
そう言って俺は加賀美をチラッと見た。なんなんだこいつ。昨日のことが嘘みたいだ。いつも通りの加賀美だ……。
「あーそうだ。一応言っとくけど昨日の話本当だから」
加賀美はいつも通りの笑顔を俺に向けた。
「昨日の話……」
「あぁ。本気でいくから。邪魔すんなよ?キリには大切な彼女がいるんだから」
真剣な顔で、そしてキツい口調で言う加賀美に対して俺はなにも言えなかった。加賀美のことを邪魔する資格は俺にはない。本当に好きな女より彼女を選んだのだから。
「というわけで協力よろしくな!キリ!」
加賀美は再び俺に笑顔を向けた。子どもみたいな無邪気な笑顔を。
***
「で、乃愛はいつから知ってたの?」
常に開いている音楽室に入り、わたしは紗弥から桐崎くんのことについて詳しいことを聞かれていた。
「昨日の、部活……」
「桐崎くんに彼女が出来たのは?」
「昨日の部活前……」
「そっか、じゃあ一番早く知ったんだね」
「……うん」
ダメだ。思い出したら泣きそう……。好きな人に、桐崎くんに想いを伝えることが出来なかったのを思い出すとすごく悔しい。
「もう、乃愛のバカ!」
「えっ……?」
「なんでそんな辛いこと、1人で抱え込んでるの!?辛いんでしょ。悲しいんでしょ」
「紗弥……」
「辛ければ泣けばいい。悲しければ泣けばいい。でもね乃愛。泣いただけじゃダメなの。1人で抱え込むのって更に心に負担をかけちゃうの。だから……」
そこまで言って紗弥はわたしの頭に手を乗せた。そして優しく頭を撫でた。
「辛い時や悲しい時はわたし達のこと頼っていいんだよ?甘えていいんだよ?」
その言葉を聞いた瞬間、涙腺が崩壊した。涙が止めどなく溢れてくる。
「さ、や……。わたし、辛いよ……。本当は、昨日の部活が、終わったら、言うつもりだったの。桐崎くんに好き、って……。でも、言えなくなっちゃって……」
「よしよし」
「こんなのないよ……!想いを伝えることが出来ないなんて辛いよ!」
涙と一緒に胸に溜めていた言葉が吐き出されていく。辛くて辛くてたまらなかった。想いを伝えないことがこんなにも辛いなんて思わなかった。雪帆が言っていたこと、今なら分かるよ。言わないで後悔するのってすごく辛いんだね……。
「そうそう。辛い時は泣くのが一番。言いたいことはこうやって吐き出していいんだよ?」
「うん、うん……」
紗弥が頭を撫でてくれる度、辛さや悲しさがちょっとずつ減っていく。友達の力ってすごい……。
「ほら、涙拭きなよ。そんな顔で戻ったら何事かって騒がれるよ?」
紗弥は制服のポケットからティッシュを取り出してわたしに差し出した。
「ありがとう紗弥」
わたしは素直にティッシュを受け取った。そしてその時一瞬だけ昨日の出来事を思い出した。加賀美くんにティッシュを渡されたこと。
「……そういえば加賀美くんもティッシュくれたなぁ」
「加賀美くん?なんかあったの?」
「うん。あのね、昨日教室で泣いていたところを加賀美くんに目撃されたの。それで加賀美くんにこれで涙拭いてって言われてティッシュ渡されたの。今の紗弥みたいに」
「ふーん……。なんか、怪しいなぁ」
「あ、怪しい?どこが?」
「女の子が泣いているところなんてフツー男子は見たくないものじゃない?それなのにわざわざティッシュ渡すなんて……てかそこはハンカチとかタオルじゃない!?部活中なら尚更!自分の使っているタオルを貸すものじゃない!」
ちょっとちょっと!なんでこの子は人の経験した出来事を少女マンガ目線で見てるのよ!厚意でやってくれたことなんだから文句を言わないの!
「なーんかさ、加賀美くんが乃愛にそんなことするなんて意外じゃない?あんまり話したことないから特に仲が良いってわけじゃないのに……」
「そう?たとえ特に仲良くなくても加賀美くんっていい人だから誰にでも親切にしてくれるんじゃない?」
「それも一理あるけど……わたしは加賀美くんが乃愛に気があるんじゃないかと思ったんだよね。それに乃愛のこと名前で呼んでた」
「えっ?」
紗弥に言われて初めて気がついた。昨日、加賀美くんはわたしを見た時“乃愛さん”と呼んでいた。……あれ?でも加賀美くんって確かわたしのこと……。
「乃愛さ、加賀美くんに“如月さん”って呼ばれてたじゃん。なのに今日聞いた時は“乃愛さん”だった。これはなんかあるな……」
「な、なんかって?」
すると紗弥はニヤリと笑ってわたしに言った。
「三角関係!いや、桐崎くんの彼女含めたら四角関係か……」
「ちょっ……はぃ!?なんで三角関係やら四角関係やらになるの!?」
「だって名前で呼ぶ時点でその人に気があるみたいじゃない。加賀美くんは乃愛に気があるよ。でも乃愛は桐崎くんが好き。でも桐崎くんには彼女がいる。ほら、立派な四角関係じゃん。……いや、桐崎くんの彼女と加賀美くんに接点はないからやっぱり三角関係?」
「あーもう!そんな話はいいから!」
わたしがそう言った途端に予鈴が鳴った。
「ヤバっ!これ予鈴だよね?」
「担任来ちゃう!早く戻ろ!」
「そうだね!」
急いで音楽室から出て全力疾走で教室へ向かった。