48.加賀美の本心
風呂から上がってケータイを見ると不在着信が一件あった。こんな時間に誰だよと思いつつ確認してみると着信は加賀美からだった。メールじゃなく電話してくるってことは相当急ぎの用件かよっぽど大事な用件なのだろう。電話は苦手だけど加賀美のためなら電話するか……。そう思って加賀美に電話をかけると加賀美はワンコールで出た。
《おい!なんでさっき出なかったんだよ!》
うわっ!電話に出るなり早速説教かよ!つか電話越しで怒鳴るなよ!
「仕方ねぇだろ!風呂入ってたんだから!」
《うっ……確かに仕方ねぇな……》
そう思うなら電話に出るなり説教すんなよ!電話越しで怒鳴るなよ!
「それで、なんかあったのか?」
《あるもなにも、キリさ、俺に言わなきゃいけないことあるんじゃないかな?》
「はっ?言わなきゃいけないこと?」
なんかあったか?加賀美に言わなきゃいけないことなんて。
《分かんないならいいや。とりあえず聞きたいことがある》
「あぁ。なんだ?」
《キリさー、彼女出来たんだって?》
ドキッ。
「なんでお前がそれを……!」
《しかも、そのお相手はキリが気になっていた人らしいな》
「どうして……」
どうして加賀美がそれを知っているんだ?今日の放課後に起こった出来事なのに……。
《どうして俺がそれを知っているんだ、って思っただろ?乃愛さんから聞いたよ》
「如月さんから……?」
確かあの時如月さんは自分からは言わないって言ってたはずだけど、加賀美には言ったのか……。
《あ、一応言っとく。乃愛さんが自発的に教えてくれたんじゃない。俺が問いつめて無理やり教えてもらった感じだから。乃愛さんを責めるなよ?》
「あ、あぁ……」
つか、加賀美って如月さんのこと“乃愛さん”って呼んでたっけ?俺の記憶が正しければ“如月さん”って呼んでたはずだけど……。まぁ今は細かいことは気にしないでおくべきか。
《で?それって本当なのか?》
「……あぁ。事実だ」
加賀美に嘘を言ってもどうせバレる。それにそのうち言うつもりだったんだ。だったら今言っても変わらないだろう。
《俺さ、この前お前から気になる奴がいるって聞いたけど、彼女と気になる奴が一致しないのはなんでだ?》
加賀美の声のトーンが低い。真面目に質問している証拠だな。
「そ、それはだな……」
《お前の気になる奴は乃愛さんじゃねぇのかよ……?》
「……」
《お前は、乃愛さんが好きなんじゃねぇのかよ……!》
「……」
《おい、なんか言えよ!お前のそういうところが乃愛さんを傷つけて悲しませてんだよ!気付けよ!》
俺がなにも言わず黙っていたので加賀美はキレ気味に言った。加賀美の怒りが電話越しでもしっかり伝わる。
「……そんなの気付いていた」
《はっ?》
「気付いていたよ。如月さんを悲しませたこと」
悲しそうな顔であの教室から去って行った如月さんを見た時、自分を責めた。好きな女1人悲しませてしまうような俺はなんてひどい奴なんだって。
《だったら……だったらなんでお前はそうやって乃愛さんを傷つけんだよ!気になってんだろ?好きなんだろ?なのになんで他の奴と付き合うんだよ!》
「ま、待て!それは少しちが――」
《泣いてたんだよ》
「……えっ?」
加賀美は今、なんて……?泣いていた?誰が?まさか如月さんが……?
《乃愛さん、泣いてたんだよ。自分でも気付かないうちに》
如月さんが泣いていた。もしかして俺が泣かせたのか?
《泣いてた理由は聞かなかった。でもキリの話をした時に顔が少し下を向いたからキリとなにかあったと思ったよ》
「……そうだったのか」
《なぁ?なんで他の奴と付き合ってんだよ》
これは、話すべきなのか?いや、でも本当のことはだれにも言わないでって美嘉に言われた。嘘がバレるからって。いくら加賀美でもこればかりは……。
《……言えねぇのか》
「あぁ、すまない」
《じゃあその彼女が誰なのかくらいは教えてくれよ》
「彼女の名前は楠木美嘉。俺の――」
これだけでも加賀美なら気付くだろ。付き合っている理由を話せないことが……。
《……理由を話せないこと、なんとなく理解出来た。当たってるかは分かんねぇけど。確かに彼女は同い年だけじゃなく2、3年からも人気があるからな》
「あぁ……」
やっぱり加賀美は気付いてくれた。こいつは勘が鋭いからな。
《そこで疑問に思ったことがあるんだけど》
「なんだ?」
《乃愛さんはキリと彼女の関係を知らないんだろ?なんで乃愛さんに言わなかったんだ?》
「全てが終わったら話すつもりだったんだ。それに誰にも言わないでって言われてたし。あと、全て話す時に俺の気持ちも一緒に言うつもりだったんだ」
《お前な……。なんで言わねぇの?》
「言っちまったら崩壊するだろ。今までの関係とかいろいろ。振られたら今までみたいに話せなくなるんだよ」
《いや、でも……》
加賀美はそこまで言って言葉を止めた。
「でも、なんだよ?」
《……やっぱいいや。そうか、だから言わなかったのか》
「あぁ」
《悪いけど、お前が彼女との約束を取るなら俺はもう自分に素直になる。本気出すから》
「本気?」
加賀美の口調がガラリと変わった。厳しさはまだ少し残っているが、強い意志を持っているようなそんな声だった。
《あぁ、好きな女を悲しませて泣かせるようなお前に乃愛さんは渡さない》
「加賀美、お前……」
《もう隠すのはやめる。俺は乃愛さんが好きだ》
「!?」
正直なんとなくそんな感じはしていた。如月さんのことを乃愛さんと呼び始めたり、俺と如月さんが一緒にいるところをよく見ていたりしていたから。
《本気でいくから覚悟してろよキリ?後悔させてやるから。乃愛さんを泣かせたこと》
「加賀美……」
《よし、じゃあ話は終わり!また明日なキリ!》
そういう加賀美の声はいつも通りの無邪気で明るい声だった。加賀美のこの変わりようがいつになっても慣れない。未だに背筋に悪寒が走るような感じがする。
「あ、あぁ!また明日な」
そう言うと加賀美は電話を切った。
「なんなんだよ、あいつは……」
ついこの間、俺が本当のことを言った時加賀美はすごく明るい笑顔で協力するよ!って言っていたのに、本当は協力するのが辛かったんじゃねぇのか?その時加賀美は既に如月さんのこと好きだったんじゃねぇのか?
なんで今言うんだよ……。なんで如月さんが好きだってことを、今言うんだよ!俺だって本当は好きだ。でも言えるわけねぇだろ……。部活もクラスも同じじゃ振られた時気まずいんだよ……!
加賀美がうらやましい。如月さんのことが好きだって胸を張って言えて、あんなに強い意志を持っていて、その意志を実際行動に移せることが出来て……。それに比べ俺はなにも出来ない。その上如月さんを傷つけて泣かせてしまった。加賀美が本気できたらきっと俺は負けるだろう。如月さんもきっと加賀美を好きになる。俺に勝ち目は……ない。
***
キリの奴、なに考えてんだよ!
キリとの電話を終えたあと、俺はベッドの上にケータイを投げた。イライラして仕方なかった。素直にならないキリに、好きな女を泣かせるキリに、そしてそれでも尚、彼女との約束を守るキリに……。
本当は言ってやりたかった。乃愛さんもキリのことが好きだと思うって。2人は恐らく両想いだろうって。だから告白しても振られることはないって。
でも言わなかった。本当に好きな女より彼女との約束を守るのだから。その理由がなんであれ俺は許せなかった。
だから俺も本気を出す。もう自分に嘘はつかない。脈なしだってことは分かっている。乃愛さんはキリが好きだって分かっている。でもそんな簡単に身を引くわけにはいかないんだ。乃愛さんを選ばなかったこと、キリに後悔させるんだ。
そして、乃愛さんを笑顔にさせたいんだ。好きな女の幸せは俺の幸せ。乃愛さんが笑顔でいてくれるなら俺はもうなにもいらない。こんな叶わぬ恋でも乃愛さんが笑顔になるならそれだけで十分なんだ。