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34.注意されました!

 合宿が終わってからの演劇部はいつにも増して多忙だった。毎日7時近くまで練習して土日も返上。合宿終了間際に足をひねってしまったが、幸いにも悪化はしなかった。なので演技に支障は出なかった。でも多忙になったおかげで体力的にそろそろ限界が近い。なんてことは誰にも言えないが……。


「ちょっと乃愛……。休まなくて平気?」

 大会前日の部活で緋華はわたしに声をかけた。

「大丈夫、今は休むことより演技をよりよくしなくちゃ。もう明日なんだから」

「それもそうだけど、無理しすぎは……!」

「お前が明日、ぶっ倒れないでちゃんと大会に望めるなら練習に参加しろ。無理そうなら今すぐ休め」

「真田くん……」

 どうして緋華も真田くんもそんなにわたしに休めって言うの?わたし、全然疲れてないのに。

「大丈夫だよ。だってわたし、疲れてな――」

「嘘つくな、バレバレなんだよ」

「嘘なんてついて」

 ないよ、そう言ったはずの言葉が言えてない。発したはずなのに発せていない。あれ?なんか、目が回る……。ヤバい、真田くんや緋華の声が聞き取りづらい。口元は動いているのになんて言ってるか分からない。声が幾重にも重なって聞こえない。どうして?

「!?乃愛!」

「如月!」

「如月さん!」

 みんながわたしの名前を叫ぶ。どうしよう、目の前が真っ暗に……。わたしは意識を飛ばしてしまった。



「……んっ」

 目の前に広がるのは白い壁、いや天井。どうやらわたしは保健室のベッドで寝ていたみたい。ご丁寧に首のあたりまでしっかり布団をかけられている。

 あれ?わたし、どうして……。

「起きた?如月さん」

 ベッドから身体を起こすとほぼ同時に仕切りのカーテンが開いて桐崎くんが入ってきた。

「先生が睡眠不足だって言ってた。だからこれ飲んで今日は帰んなよ。そしてゆっくり休んだ方がいい」

 そう言って桐崎くんがわたしに渡してくれたのは紙コップに入ってる温かいお茶。

「ありがとう……」

 そう言い、それを受け取って一口飲んだ。

「わたし、なんで……?」

「覚えてないんかい……。練習前にいきなりぶっ倒れたんだよ?」

 嘘……。今まで睡眠不足で倒れたことはなかったのに。

「如月さん、頑張りすぎなんだよ。主役って確かに重要な役だけどさ、演技よりまず自分の体調管理をしっかりしなよ。本番で今日みたいにぶっ倒れたら元も子もないんだから」

 桐崎くんはいつにもなく心配そうな表情でわたしを見ながら、少し強い口調で言った。きっとわたし、桐崎くんだけでなく緋華や真田くんにまで心配かけちゃったんだ。

「ありがとう、桐崎くん……」

 でもねみんな。みんなの気持ちは分かってるよ。だけどわたし、みんなのために頑張りたいの!

 わたしは桐崎くんから貰ったお茶を一気に飲んだ。

「……!熱っ!」

「ちょっ……!大丈夫!?」

 温かいことを忘れてやけどしてしまいそうになったけど。

「ごめんね桐崎くん。わたし練習に参加するよ」

「だからそれじゃあ如月さんが……」

「大丈夫!もう十分休んだし桐崎くんから貰ったお茶も飲んだ!わたしはみんなのためにいい演技がしたいの……」

 みんなのためならわたしは何度倒れても構わない。

「……じゃあ1つだけ約束してほしいことがある」

 桐崎くんはため息をついて呆れ気味に言った。

「うん」

「明日絶対にぶっ倒れないように今日はさっさと寝ること。出来ないなら今すぐ帰って寝るんだ」

 不思議だなぁ。さっきまで説教受けるような雰囲気だったのに、今は桐崎くんが真剣にわたしの体調のことを思って心配してくれてるって桐崎くんの目から伝わってくる。……桐崎くんはズルいよ。そんな目で見られたら約束守らなきゃって気持ちになっちゃうじゃん。

「……分かった。約束する。明日絶対に倒れたりしない。そのために今日は早く寝るよ」

「よし、それじゃあ行こうか。会館に」

 桐崎くんはわたしに右手を差し出した。

「よろこんで」

 桐崎くんの右手に自分の右手を乗せてベッドから下りた。こんなちょっとした仕草でさえドキッとしてしまう。優しくされるだけでこんな気持ちになるなんて……。でもそれが少し嬉しいなんてことは誰にも言わない。わたしだけの心の中に留めておきたいの、この気持ちは。


 ***


「き~さ~ら~ぎ~!なんでさっさと帰んねぇんだよ!ぶっ倒れる前にさっさと帰れ!」

 桐崎くんに連れられ、会館に入った途端真田くんに怒鳴られた。

「おい桐崎!如月にそう言えって俺言ったよな!?」

「あぁ。でもそれに勝手に言葉付け足した。俺が」

「はぁ!?なんて付け足したんだよ!?」

「明日絶対にぶっ倒れないように今日は早く寝るなら練習に参加してもいいって」

「てめぇなに言ってんだ!バカか!」

「あぁ、そうだよ」

 桐崎くんはさらりと認めた。ホントこの2人のやりとりは子どもっぽいなぁ。

「大丈夫だって。如月さんは約束破るような人には見えないし、きっと今日は早く寝て明日倒れないから。ね、如月さん?」

 桐崎くんはわたしにわざとらしい笑顔を向けた。世の中ではこの笑顔を天使の笑みと言うか悪魔の笑みと言うか。わたしは悪魔の笑みとしか思えない。むしろ悪魔の笑みにしか見えない!こんな顔で言われたら断れるわけがない。

「は、はい……」

 桐崎くんのわざとらしい笑顔があまりにも恐ろしくてつい返事が敬語になってしまった。

「そういうわけで、如月さんも練習に参加するということで練習始めようか。明日本番だしね」

『はーい』

「ってなに勝手に仕切ってんだよ!」

「だって一応俺が脚本なんだし別にいいだろ?」

「……あ、そうだな」

 どうやら真田くんはわたしが練習に参加することをあまり快く思ってないみたい。今日は大人しくしてます。明日倒れないようにしっかり休むから勘弁してください。

「如月、無茶はするな。いいな?」

「分かった」

「また倒れられたら如月を保健室に運ぶのが大変なんだよ……」

 ……あ、そういえば保健室を出てから不思議に思ってたことがあったんだ。

「わたしを保健室に運んでくれたのって誰?」

 そう聞くと真田くんは一瞬間を置いてから少しニヤッとして言った。

「それは自分で探せよ。大丈夫、どうせすぐ見つかる」

 すぐ見つかる?と言うことはわたしの知ってる人?

「え、え、え……。ちょっと待って。わたしを運んだのって女の子、だよね?」

「お前バカか?ここでぶっ倒れたお前を保健室まで運べる女子がいると思うか?まぁ宮本は体力あるけど保健室までは運べねぇよ」

 それってつまり男子がわたしを運んだってこと?嘘でしょ?それじゃあ一体誰がわたしを?

 その時一瞬桐崎くんのことが頭に浮かんだ。まさか桐崎くんがわたしを?そしたら説明がつく。桐崎くんが保健室にいたのも、保健室で言ってた言葉も。あの言葉は保健室で先生から直接聞かなきゃ分からないもの。不思議に思ってたことが解消されてすっきり。でもそれと同時に恥ずかしくなってしまった。まだ桐崎くんと決まったわけじゃないのに……。明日、大会が終わったら聞いてみよう。今聞いたら頭混乱しそうだもん。

 よし、とりあえず今日は明日のために無茶しない程度に舞台を完成させよう。そう決意して練習に臨んだ。


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