32.合宿です!⑩
しばらくして如月と桐崎が戻ってきた。
「遅いぞ。いきなり抜け出してなにやってたんだ」
「真田くん、ちょっと見てほしいものがあるから見てもらえる?」
って俺の話はスルーかよ……。
「あぁ」
一体なにをやるつもりなんだこの2人は。さっきのシーンをもう一度やり直すくらいならこんな改まって言わないだろうし……。
如月と桐崎は舞台に上がり、さっきの位置についた。どうやらさっきのシーンのやり直しらしいな。
「『君は本当に僕のこと、好きなのか?』」
「『何故、そんなことを聞くんですか?』」
やっぱりやり直しか……。こんなのを見せて一体どうするつもりだ?如月はさっきよりいいし表情も落ち着いてる。逆に桐崎は少し動揺してるように見られる。
「『君はどうなんだ?』」
「『わ、わたしは……』」
貴方のこと、好きじゃない。と言うと思いきや如月は桐崎の胸に飛び込んだ。
『えっ……?』
その場にいた誰もが驚いた。この2人、アドリブを……。
「『……き』」
「『えっ?』」
「『わたしは……貴方が好きなの!』」
おいおいおい。元のセリフから離れすぎだろ!真逆のこと言って元に戻れるのかよ。
「『な――』」
桐崎のセリフはここで止まり、代わりに如月が桐崎に……キスをした。
『!?』
その瞬間、会館内がざわついた。一体なにをやらかしてんだこの2人は!キスシーンはカットにするって決めたのにアドリブでやりやがって!第一やりたくない言ったのはお前らだろ!
「ちょっと真田……止めないの?」
横にいた宮本は俺に聞いてきた。
「止められ――」
「『……お願い、なにも言わないで。わたしと貴方は結ばれてはいけないの。住む世界が違うのだから』」
……上手く元のセリフに戻したな。よくこんな演技を思いついたもんだ。
「……ってのをさっきやったんだけど、やっぱまずい?」
ここで終わりか。如月は俺達に感想を求めてるのか意見を求めてるのか分からない。でも俺が言いたいことは一つ……。
「まずいもくそもあるか!なにやってんだお前ら!キスシーンはなしにするってお前らの意見なのになんで……!」
「ほらね?あんな細工してもちゃんとしてるように見えるんだよ」
如月はそう桐崎に言った。
「そりゃそうだろうけど……。角度も角度だし、俺と如月さんの身長差的にもそう見えるようになるけど正直乗り気じゃないな……」
「……さっき迫ってきたくせに?」
「だからあれは如月さんをからかおうとしただけで本気じゃないから!」
一体なんの話をしてるんだ?2人して俺の話は無視かよ……。
「ちょっと乃愛……!恋愛ものだとは言え、いくらなんでキスはやりすぎじゃない……?高校生が大会に出るためだけにそんなことって……」
宮本は如月に駆け寄って言った。多分宮本が言わなかったら誰も言わなかっただろう。桐崎と如月は俺達を無視して話してるし。
「あ、大丈夫。本当にキスしたわけじゃないから」
そう言って如月は俺達に手のひらに収まっているものを見せた。
『花びら?』
かなり薄い色をした大きめの花びらがそこにはあった。まさかこいつ、これを使って?
「うん。キスする前に間に挟んだの。だからお互い触れてないし大丈夫。まさか公の場でやる演技で本気のキスシーンなんてしないって」
一体どうやったらこんなこと思いつくんだ?唇自体は触れなくても距離はかなり近くなるのによく出来たな。昨日の今日であの2人……。
「あーもう、びっくりしたよ。まさか乃愛が自ら男子にキスしたのかと思って」
「まさか!ファーストキスは大事にしとくよ!」
「そ、そっか……。そうだよね」
「正直、今になってよくあんな大胆な演技できたなって思っちゃった……。演技に夢中になると周りが見えなくなるから大変だなぁ……」
演技に集中出来ないととことん失敗する奴が言うセリフか!
「で、真田くん。正直台本通りよりアドリブの方が主人公の気持ちが伝わりやすいと思うんだけどどう思う?」
「どう思うと言われても……」
お前らの演技が衝撃的すぎてなにも考えられなかったんだよ!なんて言いづらくて無理矢理言葉を抑える。
「確かにその方が主人公と王子の身分違いの恋の辛さについてよく表せるな。……あー悪い、あまりにも衝撃的すぎてこれ以上はなにも言えないや」
「そう……。緋華はどう思った?」
「うーん……。わたしも真田と同じ意見かな。王子から愛の告白を受けて王子への想いが募ってしまい、感情に任せて行動してしまった。けど住む世界が違うことに変わりはないないからそれを嘆いて王子になにも言わないでと言った。うん、台本通りにやるよりこっちの方がインパクトもあるし、主人公の心情を感じ取りやすいし、わたしは正直今やってもらったアドリブの方がいいかななんて思った。それに本当にキスするわけじゃないしね」
宮本にしてはいいこと言ってるじゃねぇか。宮本の言ったことは間違いではないな。こっちの方がインパクトあるのは確かだし。俺は別にこっちの方でもいいかな。まぁ、あの2人が何度もあんな至近距離で演技をしてもいいのならの話だが。
ちらっと桐崎を見た。なんか若干ボーッとしてるな。表情だけ見ればいつも通りだが行動に落ち着きがない。それに比べ如月はいつものように、なにもなかったかのようにみんなと接している。本当にこいつは桐崎のこと好き、なのか?第三者から見れば如月の桐崎への好意はバレバレだ。本当に好きならあんな大胆なキスもどきの演技が出来ないだろうと思っていたんだが……。気のせいだったようだ。
「おい桐崎、ちょっと来い」
「あ、あぁ……」
俺は桐崎を呼んでみんなから少し離れた。
「お前、よくあんなことできたな……」
「いや、まさか如月さんがあんなことするとは思わなくて……」
「はっ?あの演技考えたの如月!?」
「うん」
お……恐ろしい女だな如月って。あんな演技を思いついてすぐさま演じれるなんて。
「正直お前がいいと言うなら俺はあの演技を取り入れた方がいいと思う。お前はどう思う?」
「話的にはいれた方いいけど俺が危ない……」
「はっ?なんで?」
「い、いろいろあんだよ!」
まぁあんなに近いから当たり前か。それにこいつ、女子に免疫ないし。
……てか、如月も男子苦手なはずなのによく出来たな、あんな演技。
「まぁ、じゃあさっきのを取り入れることでいいか?」
「え、あ、まぁ……。如月さんがいいなら……」
「あー悪い。元々如月の意見聞く気はない。だから取り入れることにする」
その演技を考えたのが如月なら尚更だ。
「あ、あぁ……」
「別にいいだろ?如月のこと嫌ってるわけじゃないんだから」
「なっ……!」
図星かい。てか何故そんな反応する?そういう意味で聞いたわけじゃないのにわかりやすいなこいつ。
「じゃあみんなに伝えてくるか」
桐崎をほっといてみんなの所に戻った。
……あのバカ。変に意識しすぎてミスなんかしたら絶対許さないからな。
***
「というわけでさっきの演技採用。まぁ如月と桐崎以外は変更するところないから特に気にしなくてもいいから」
突然真田くんがそう告げた。まさかあれが採用されるなんて思わなかった。絶対1人2人は否定すると思っていたのに。
「おい如月」
真田くんに呼ばれ、駆け寄ると耳打ちされた。
「キスもどきはもう練習でやらなくていい。次やるのは本番の時だけでいいから」
「へっ?なんで?」
「見ててこっちがハラハラするし桐崎はあんまり女子に免疫ないからいろいろ大変なんだよ。それにお前だって男子苦手なんだろ?」
「ま、まぁ……」
確かにそうだけど、演技に集中しちゃえばそんなの気にしない。というか周りが見えなくなっちゃう。
「本番まであと2週間くらいなんだから大丈夫。それにさっきのでもう十分だからぶっつけ本番でもいけるだろう」
「そう?なら分かった。うん、本番までしない!」
「桐崎には俺から言っとくから。で10分後に最初から通すつもりだから準備しとけ」
「了解」
真田くんって通すの好きだなぁ。ってもう少しで本番だからか……。
「乃愛、真田は?」
「今桐崎くんのところに行ったよ」
「そう。今日で最終日じゃん?何時に帰るのか聞こうと思ったんだけど」
そういえばそうだ、忘れてた。今日で連休は終わり。明日からまた学校……。って3日間部活だったから実感ない。
「そんなに遅くまでいないんじゃない?多分今日は通しだけのはずだからそれが終わったら帰れるかも?」
「でももう2週間しかないんだよね。早いね」
「そうだね」
でも2週間もあればわたし達の舞台は最高のものになる。決して贔屓してるわけではない。役者も裏方もいいし、なによりストーリーがいい。この舞台なら最優秀賞作品に選ばれること間違いなしと思った。……みんなはどう思うか分からないけど。
「入賞できるように頑張ろうね!」
「うん!」
入賞できるようにわたしはもっと演技力を身につけるよ。みんなで最高の舞台にしようね!そう心の中で叫んだ。