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31.合宿です!⑨

「カットー!またか如月!」

「ご、ごめん……!もう一回やらせて」

 深呼吸をしてセリフを言う。でも……。

「違ーう!昨日と比べたら今日は全然ダメだ!」

 真田くんの怒鳴り声は止まらない。

 合宿最終日の今日、1日中会館での練習。昨日、上手くいったクライマックスシーン。ここは失敗したことがなかった。でも今はミスを連発してしまっている。

「ここは一番盛り上がるところだから感情込めろ。役になりきれ!」

「うん……ごめん」

「まぁまぁ真田。なにもそこまで怒る必要ないだろ?」

「そうは言っても桐崎……」

「如月さん。ちょっと来て」

「えっ……でも……」

 わたしの言葉を無視して桐崎くんはどこかへ歩いていった。

「一体なにする気なんだあいつ……。行ってこいよ如月」

「分かった」

 わたしは小走りで桐崎くんのあとをついて行った。


 桐崎くんが歩くのをやめたのは会館の外に出てからだった。

「あの……桐さ――」

「『君は本当に僕のこと、好きなのか?』」

「えっ……?」

 一瞬ドキッとしたがこれが舞台のセリフだと気付いて続けた。

「『何故、そんなことを聞くんですか?』」

「『何故?決まってるだろ。僕は君を愛しているからだ』」

「『!?』」

「『君はどうなんだ?』」

「『わ、わたしは……』」

 本来なら好きじゃない、と嘘をつく。でもそれが言えない。桐崎くんが演じる王子じゃなくて桐崎くんに言われてるような気がして……。

「……『貴方のこと、好きじゃない』だろ?」

「う、ん……」

「如月さん、セリフは覚えてるはずだよね?」

「うん……」

「じゃあ今からアドリブでやってみて。頑張って合わせるから」

「分かった……」

 アドリブでも上手くできるかな?桐崎くんのそばにいると昨日のこと思い出して集中できなくなっちゃうのに……。うんうん、やるしかない。やらなきゃ。


 ***


 アドリブでやってみてとは言ったものの、俺自身アドリブなんてやったことないのに出来るのか?でもそうすることによって如月さんがいい演技を出来るようになるなら頑張るしかないな。

「『わたしは……』」

 あ、早速入った。どこからアドリブになるのだろうか。そう思った矢先のことだった。如月さんは俺の胸に飛び込んできた。

「!?」

 突然のことに目を丸くする。例え演技だと分かっていてもこれは……。

「『……き』」

「えっ?」

 今、なんて言ったか上手く聞き取れなかった。こんなに距離が近いのに。

「『わたしは……貴方が好きなの!』」

 今にも泣きそうな顔で俺の目を見て如月さんは言った。この距離でそんな表情をされると……演技だとは分かっていても辛い。というかドキッとする。

「『な――』」

 ならどうして、と言おうとしたが言えなかった。何故ならひんやりしたものが唇に当たったかと思うといきなり如月さんに唇を塞がれたから。

「!?」

 本日二度目の驚き。いや、こればかりは驚かずにはいられないだろう。

「『……お願い、なにも言わないで。わたしと貴方は結ばれてはいけないの。住む世界が違うのだから』」

 これは元のセリフだ。アドリブから台本の内容に切り替わった。

「…………あ」

 しまった。あまりの行動に驚きすぎて演技するのを忘れてしまった。とは言っても正直、如月さんが俺の胸に飛び込んできてから頭の中は真っ白で演技どころじゃなかった。それに、昨日のことだってあって。

「……あっ!」

 ふと如月さんが声を上げた。そして俺の顔を見て一気に顔を紅くした。

「ひ、ひゃあああぁぁぁ!ごごご、ごめん桐崎くん!わたしったらつい役に……」

 そう言って如月さんは俺から離れた位置にしゃがみ込んだ。

「な、な、なにやってんだろうわたし……。いくら演技とは言え、あんな至近距離に……というかもうくっついちゃったし!」

 うわぁ。なんかすごい動揺してる。自分からしておいて何故そこまで動揺してるんだ?多分今さっきまでの俺よりも動揺してるぞ。

「大丈夫だって如月さん。そんなに気にすることじゃ――」

 ないわけないか……。ん?あれ?まさか俺、さっき如月さんと……?

「あ、あのさ如月さん。さっき俺に、その……」

「さっき?あ……あれの、こと?」

「そう、あれ」

 さすがにお互い言葉に出したくないみたいだな。まさか取り消しにされたはずのものをアドリブでやってしまうなんて。

「それなら大丈夫!ほら」

 如月さんが握っていた手のひらを開くとそこには大きめの花びらが一枚あった。

「は、花びら?」

「そう。顔近づける前に唇と唇の間にこれを挟んだの。だから本当にしてないから安心して」

「そ、そうなんだ……」

 だからあの時ひんやりとしたものが当たった気がしたのか。なんか安心したようなしてないような……。いや、キス(もどき)シーンをもしやることになったら安心なんて出来ない。如月さんの顔があんなに近くにあるなんて……。

「もう!わたしが桐崎くんのキス奪うわけないじゃない!それに、わたしキスなんてしたことないし……」

「あ、俺もだから」

「えっ!あ、危なかったぁ……。桐崎くんのファーストキスを演技とは言え、奪うことにならなくてよかったよ」

 いやいや待て。君こそそうだろ?したことないのによくあんな大胆な演技が出来たな……。それも相手が俺なのに。少しは女子って自覚を持った方がいいよ。女子って何気にファーストキスとか気にするみたいだし。

 そう思うと急に如月さんをからかいたくなってしまった。

「じゃあ……代わりに俺が奪おうか?」

「へっ?なにを?」

 おい!今までの話の流れから理解するべきだろ、そこは!

「如月さんのファーストキス」

 そう言ってクイッと如月さんのあごを持ち上げた。

「ちょ……えっ?桐崎くん?」

 ゆっくり顔を近づけるとそれに比例するように心臓の鼓動も速くなる。

「ちょっと……待っ……!き、桐崎くん……!」

 如月さんは顔を真っ赤にしてぎゅっと目をつぶった。その目尻からは僅かだが涙が出ていた。

 ……からかいすぎた。罪悪感が俺を襲った。

「なんてね」

「えっ……」

「ごめんごめん。如月さんの反応が面白くてついからかいたくなっちゃったんだ。大丈夫。如月さんの大切なファーストキスを奪うつもりはないから安心して」

「も、もう!びっくりしたし怖かったんだからね……!」

 如月さんは俺の胸を強く押した。なにもなかったような素振りをしているが、その腕は震えていた。

 本気にしちゃったんだな。本当に怖かったんだな。なんか、悪いことしちゃったな……。

「ね、ねぇ!わたしのこと怖がらせた罰として今から言うことやってもらうからね!」

 如月さんはビシッと人差し指で僕を指した。

「……えっ!?」

 一体なにをやらせる気なんだ!?


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