13.揉めています!
「おい真田!なんでダメなんだよ!」
翌日部室へ向かうと部室内から聞こえた怒鳴り声。廊下にまで聞こえるってどんだけ大声なの……。いや、それ以前にもしかして壁自体が薄い?
「ダメなものはダメだ!面白味がなくなっただろ?」
「面白味がなくなった!?当たり前だろ!いくら演技でもそんなことで、出来るか!」
あぁ、もう真田くんが誰と揉めてるのかはっきり分かった。だってついさっきまで教室で聞いてた声だもの。
にしても……いつになったらこの口論は終わるの!?
「やるしかないだろ!お前の書いたシナリオだろ!」
「だから書き換えたんだろ!?なのになんでダメなんだって!」
……ヤバい。イライラしてきた。もううるさい。演劇部の部室前の廊下を通る生徒が一瞬歩みを止めて演劇部の部室の方を見てから再び歩き出す。こんなことで目立たせないで!
「ちょっと!いい加減にしてよ!声が廊下まで響いてる!」
ガチャと部室のドアを勢いよく開けると予想してた2人がいた。
「なにをそんなに口論してるの?真田くんも桐崎くんも」
真田くんはわたしを見た途端、桐崎くんが書き直したと思われる台本を投げてきた。
「きゃっ!ちょっと一体な――」
「桐崎が書き直した台本、読んでみろ」
「えっ?」
戸惑いながらも言われるがままに台本を開く。パラパラと眺めてると確かに変わってるところがいくつかある。特にわたしが気になったのはクライマックスのシーン。少女が王子に自分の気持ちを伝えるところ。――キスシーンがなくなっていた。
「見たか?一番盛り上がるシーンの一番盛り上がるところをカットしたらしい」
「あ、当たり前だろ!?例え演技でも高校生がキスシーンなんて……」
「同世代の俳優はやってるけど?」
「うっ……」
さすがの桐崎くんも真田くんにこれを言われちゃ反論できない。
「最初はフリでもいいかな、と考えたけどやっぱりやめた。如月がもし演技に集中しすぎて我を失いかけたら多分本当にキスしてしまうだろう。だからそこを狙う」
そっか。わたし、集中しすぎて我を失いかけちゃうから本当にしちゃうかもしれないんだ……。例え演技でも桐崎くんと……。
「狙ってどうするんだよ……。いくらなんでも如月さんが可哀想だろ!演技とは言え俺なんかとそんなことするなんて!如月さんの気持ち考えろよ真田!」
桐崎くんは今にも真田くんに襲いかかりそうな勢いで言った。桐崎くんがこんなに叫ぶなんて、わたしは知らない。まだ半年ぐらいしか一緒にいないから1年の時はどうだったか分からないけど……。
「……予定変更。今日俺と桐崎、どっちの台本にするか決める。そしてそれからみんなで内容を変えていく」
「なっ……!それはまだ先の話でしょ!なんで今……」
「改善すべき点はみんなで改善する、それが一番話を面白くする方法だろ?」
「あっそうか……」
真田くんの言うことは一理ある。でもだからと言って今やるなんて……。
「……そんなことしなくていい」
桐崎くんが呟くように言った。
「演劇は真田の書いた脚本でやろう。俺のは問題がありすぎる。所詮素人が書いたやつなんだから無理に決ま――」
次の瞬間、バシッという音がして桐崎くんが頭を押さえた。真田くんの手には丸められたノートが握られていた。
「っ!」
「ちょ……。なにやってるの真田くん!」
「なにって桐崎をノートで叩いただけだけど?」
「わたしはなんで桐崎くんを叩いたのか聞いてるの!」
真田くんはわたしの質問には答えず、桐崎くんにこう言った。
「桐崎、お前バカだな」
『……はっ?』
思いも寄らないことを言われてわたしも桐崎くんも思考回路が停止した。彼は今なにを言った?こんな時に何故わたしの質問に答えないで桐崎くんにバカと言った?なんか、真田くんがどういう人なのか本気で分からなくなってきた。だって……。
「桐崎くんはバ――」
「俺のどこがバカだよ!まぁ確かにお前より頭は悪いけど……」
なんかわたしの言いたいことってなかなか最後まで言えないな……。じゃなくて、よく言った桐崎くん!桐崎くんはバカじゃない。必死になって脚本考えてた桐崎くんに向かってバカと言った真田くんはひどいよ。
「誰だって最初はダメなんだよ。現に俺だって問題ありすぎてボロボロだった。なぁ如月?」
「へっ!?あ、うん……」
いきなり話を振られて思わず声が裏返った。
「俺の最初の頃にしたらお前の書いた脚本は全然いい。俺のは話が支離滅裂だったからな。それに比べ桐崎のはちゃんと筋が通ってる。そんなのも分からないなんてお前はバカじゃねぇか?」
「真田……」
そして桐崎くんはフッと口元に笑みを浮かべて言った。
「真田、悪かったな」
「桐崎……」
「桐崎くん……」
これで終わりかと安心したのも束の間。今度は桐崎くんがノートで真田くんを叩いた。
「いって!」
「俺に過去のお前の脚本がどうだったかなんて分かるわけないだろ!最初の頃、俺はバスケ部だったんだから!」
そう言えばそうだ。桐崎くんは1年の頃バスケ部だった……。まさか真田くん、それを忘れてたわけじゃないよね……?
「あっ……」
真田くんは思い出したように声を上げた。やっぱり忘れてたのかこの人は!