紗弥の恋⑮
月日が経ち、バレンタインデーの時期になった。乃愛はもちろん桐崎くんにあげるようだけど麻由は迷っていた。
まぁ無理もない。麻由は1ヶ月限定で加賀美くんと付き合っている。1ヶ月後に加賀美くんが麻由のことをどう思っているのかがはっきりしたら付き合うか別れるかを決めるらしい。そしてその期限が狙っているのかわからないがなぜかバレンタインデーの2月14日……。
わたしと乃愛に2人が付き合い続けるかどうかを聞いてみた。
「正直わたしはくっつくと思うよ?」
「へぇー。なんで?」
「これは経験論だけど、気になったら恋愛感情に発展しちゃうから?」
「あー……。乃愛の場合はまさにそうだもんねー」
この子は桐崎くんのことを気になり始めてから好きになるまで時間はかからなかった。――とか言いつつわたしもそうなりかけた。気になったらいつのまにか惹かれていた。
「ほ、ほら!わたしのことはいいからさ!紗弥はどう思うの?」
乃愛は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてわたしに聞いてきた。これだからこの子はからかいがいがあって面白い。
「うーん、わたしもあの2人は付き合うと思う。乃愛の言うこともわかる。でもそれだけじゃない。加賀美くんの行動でそう思ったの」
「加賀美くんの……行動?」
「そう。だって1ヶ月だけ付き合うのはまぁいいとして、それを周りに知られても平然としてたじゃない」
「……だから?」
「だから?じゃないわっ!自分に置き換えて考えてみなさいよ!もしあまり好きでない人と1ヶ月だけ付き合ってと言われてたとえば断り切れなくて付き合うことになったとする。もちろん1ヶ月後には振るつもりでね」
「恐ろし……」
「いいから黙って話を聞く!それなのに周りに公認で付き合ってるように思われたらあとで断りづらくなるしいろいろと騒がれるでしょ?」
「あー……あれ?でも現に今、麻由と加賀美くんが付き合ってるとみんな知ってるよね?てかほぼ公認状態じゃない?」
「そう。だから加賀美くんは麻由と向き合って付き合うと思うの。もし断るつもりだったら付き合ってることをバレないように行動するはず」
まぁそんなことまでしといて振ったら一発殴ってやるけどね……。
「でもそうしなかったってことは――」
「『加賀美くんは麻由と付き合い続ける』……ってこと?」
わたしが言いたかった言葉は横から現れた麻由に言われてしまった。……本人が来るとは思わなかった。まずいタイミングできた、と思ったけど全然そうでもなかった。
「あたし、ヒロくんにあげることにした」
そう言われた時わたしも乃愛もすごく驚いた。麻由のことだから渡さないと思ってたけど……。でも麻由も結論を出すために必死になって考えたんだ。だったらわたしはそれを見守るよ。
「ねぇ、じゃあさ、今日の放課後チョコの材料買いに行かない?みんなで」
『行く行くー!賛成!』
「乃愛も桐崎くんに渡すんでしょ?付き合ってるんだし」
「……うん!あげるよ!」
冷やかすつもりも込めて言ったはずなのに乃愛は変な照れ隠しもせずに素直に言った。恋する乙女は強いな。笑顔が輝いて見える。
「じゃあどういうのが好きか聞かなきゃね、桐崎くんに」
「うん!いろいろ探ってみる!」
桐崎くんと付き合ってから乃愛は変わったなぁ。
「……なんか、乃愛変わったね」
わたしも思っていたことを麻由が言い出した。
「えっ?わたし、全然変わってないけど」
「自分じゃ気付かないだけだよ。うーん、なんて言えばいいんだろう。なんかね、女の子だなぁって思う」
「えっ!?わたし、れっきとした女の子ですけど!?」
「だからそういう意味じゃなくて……。あー、紗弥はうちの言いたいことわかる?」
「なんとなくなら。麻由が言いたいのって乃愛の女の子らしさが上がったってことでしょ?」
「そうそう!そんな感じ!」
「女の子らしさ?」
「桐崎くんと付き合ってから少し髪の毛巻いてきてるじゃない。毛先だけほーんの少し。気付かないとでも思った?」
すると乃愛はポニーテールの毛先を咄嗟に触った。その毛先はゆるく巻かれていた。
「女の子って恋すると変わるのね。乃愛みたいに」
麻由は微笑みながら言った。……そっか。やっぱり乃愛を可愛くさせたのは桐崎くんなんだと改めて思った。
「ねぇ乃愛、桐崎くんと付き合えてよかった?」
今の乃愛なら素直に答えてくれると思って単刀直入に聞いてみた。すると乃愛は満面の笑みでこう言った。
「うん!本当によかったと思う!」
やっぱりそうだよね。桐崎くんと付き合ってからの乃愛はいつも幸せそうだもん。……わたしも圭介くんと付き合うようになってから嬉しいことばかりだよ。だから麻由にもこの気持ちを知ってほしい。好きな人と付き合うことは本当に素敵なことだから。
***
放課後わたし達は駅前にあるお店に行った。バレンタインデー直前ということで女子学生の姿が多かった。
「すっごい人ー!」
「そうだねー。そりゃ材料もラッピングも全部揃うとなればみんなここに来るよねー……」
そう、ここではチョコの材料だけでなく、ラッピングやキット、プレゼント用のチョコレートも売っている。
「乃愛は何作るつもりなのー?」
「本当はトリュフとかそういう結構甘めのやつ作ろうと思ったんだけどさっき聞いたら甘すぎなければって言ってたからねー……。ガトーショコラとかにしようかなー?」
「……乃愛、顔がにやけてる」
「えぇっ!?」
乃愛ってば、桐崎くんのことになるとすぐ顔が綻ぶよねぇ……。そんなに好きなんだなぁ。
「そういう麻由はどうするの?」
「無難にトリュフとかかなー。甘いの好きかわからないから甘いやつと甘くないやつの2種類!」
……ここにもいた。にやけている乙女が……。この2人は好きな人のことを考えるとすぐ顔が綻ぶなぁ。典型的な恋する乙女……。
「紗弥は?」
そう聞かれた時ドキッとした。なんとなく聞かれるかもしれないと予想はしていたけど本当に聞かれるとドキッとする。
「え、わたし?そうだなー、乃愛と麻由とかにあげる用ならちゃんと作るよー?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ聞こう。わたしは一体誰にあげればいい?」
「うっ……」
乃愛は言葉に詰まったのか下を向いた。でも乃愛達に言わないだけで渡す人はいるよ。なにを作るかもあらかた決まってはいる。……いや、買ったやつでもいいのかな?
「じゃあ各自行動しようよ。買い物終わったらまたみんなで集まってちょっとお茶したい」
「そうだね。じゃあ用が済んだ人から連絡してねー!」
『了解!』
そしてわたし達はばらけた。……さて、これで心置きなく圭介くんへのチョコをなににしようか考えられる。わたしは材料のブースとプレゼント用のブースをぐるぐる回った。……確かにプレゼント用のチョコレートはすっごく美味しそう。間違いない。でも……やっぱり付き合っているから手作りの方がいいかな?
散々考えた結果、クッキーの材料とラッピングを買った。昔、お母さんと一緒に作って圭介くんにあげた時、クッキー好きなんだって言って美味しそうに食べてくれたのを思い出したからクッキーにした。今となってはどうなんだかわからないけど……。でも、喜んでほしいなぁ。
ちょうどその時2人から連絡が来た。解散した場所に向かうと買い物を済ませた2人はニコニコしながら待っていた。……幸せオーラだだ漏れ……。
「どう?お目当てのものは買えた?」
『もちろん!』
満面の笑みで答えるってことは2人とも相当幸せなのね……。
「じゃあ近くのカフェでお茶しながら話そうよ」
「うん!」
「あ、わたし、美味しいところ知ってる!」
「じゃあ行こうよ!」
「うん!」
こうなったらお茶しながら2人の幸せ話を散々聞いてやる……!