紗弥の恋⑬
無事圭介くんと付き合えることになったわたしは冬休み明け、何事もなかったかのように振る舞えるか不安だった。きっと圭介くんを見たらにやけてしまうかもしれないし、うっかり口を滑らせて言ってしまうかもしれないし……。いや、それはないか。会話の中にわたしの恋愛事情を持ち込んだことは一度もないのだならそれが休み明けでも出るわけがない。
ふと教室内を見回すとなにやらあまり落ち着きのない乃愛が目に入った。なにかあったのかな?まさか桐崎くんと付き合うことになったとか?……いや、それはないな。あるわけがない。だって彼は……。
***
乃愛と麻由と初詣に行った日、わたし達はある2人と遭遇した。桐崎くんとその彼女の楠木美嘉ちゃんに。しかも“会った”わけではない。“遭遇した”のだ。それも2人がキスしている現場に……。
「乃愛、さん……」
乃愛を見た桐崎くんが最初に発したのはその言葉だった。
「ご、ごめん桐崎くん……。見かけたからつい追いかけて来ちゃって……」
「いや、別に乃愛さんが謝ることなんて……」
「……あれ?」
2人の会話が不自然に止まってふと乃愛を見ると……涙を流していた。
「乃愛さん、泣い――」
そして乃愛が泣いていることに気づいた桐崎くんが言いかけた時に乃愛はくるりと向きを変えて来た道を走っていった。
「待って!乃愛さん!」
わたし達が呼び止めるより先に桐崎くんが乃愛を呼び止めようとした。きっと乃愛にも声は聞こえていただろう。でも、それを無視してまでこの場から早く立ち去りたかったのよ乃愛は……。だからさっさと追いかけなよ桐崎くん!そう思って彼の方を見たら――。
「やだ!行かないではーくん!」
と楠木美嘉ちゃんが乃愛を追いかけようとした桐崎くんの腕を掴んで引き止めていた。それも、しがみつくかのようにしっかりと。
「行っちゃやだよ……はーくん。お願い、今はそばにいて……」
「でも、俺は……」
はっきりしない桐崎くんの態度にイラッとした。あーもう、鬱陶しい!こんな人に期待したのがそもそも間違いだった!
「待って乃愛!」
痺れを切らした麻由は乃愛が走り去って行った方向に向かって叫び、走り出した。続けてわたしも乃愛を追いかけようと走り出した。が、一言桐崎くんに言ってから行こうと思ってその場で立ち止まり桐崎くんの方を向いた。
「……桐崎くん、乃愛を悲しませるようなことしたって分かってるの?」
「!?」
桐崎くんは目を見開いてわたしを見た。悲しませたことを自覚してはいる。それでも乃愛を追いかけないで楠木美嘉ちゃんのそばにいる必要があるの?なんで2人が付き合っているのか、なんとなくわかってはいる。でも、本当に好きな女の子1人追いかけられないような軟弱者には乃愛を任せるわけにはいかない。
好きな人が他の人とキスしてたなんて、それを知ったら女の子は誰だって傷つくの。それをちゃんとわかっていない桐崎くんが憎かった。わたしはどうしてこんな人に惹かれかけたのだろう。恋で辛い経験をしたからこそ、今の乃愛の気持ちもわかる。でも乃愛はきっと桐崎くんを諦めたりはしない。本当に好きならどんな辛いことでもあの子は耐え抜いていける。そう信じたい。
***
とまぁ、年明け早々こんなことがあったんだ。付き合ってるわけがない。それに付き合ってたらもっとニコニコしてるはず。この子はわかりやすいもの。
じゃあなんでこんなに落ち着きがないんだこの子。これって聞いてみてもいいのかな……?よし、放課後になったら麻由と乃愛と3人でどこか行こう。そして話を聞こう。うん、それがいい。
そして放課後、早速麻由と乃愛に声をかけた。
「乃愛ー麻由ーどっかでお昼食べていかない?」
「そうだね~」
麻由は乗り気で応じてくれた。乃愛はなにやら考えていたのか、少し時間を空けてから答えた。その間でなにかあるなっていうのはすぐわかった。
「あ、ごめん。わたし用事あるんだ。今日は遠慮しとくよ」
「そっか、残念……」
用事ってなんだろう。これから桐崎くんと会ったりするのかな?なにも詳しく言わないし……。まぁいいや。明日にはいろいろ知ることになるだろう。だから今はなにも聞かない。
「じゃあまた明日ね!」
「うん!バイバイ!」
わたしと麻由は2人でお昼ご飯を食べに行こうと教室を出た。
***
「ねぇ、なんかあった?」
麻由にそう言われたのはご飯を食べたあとのことだった。
「え?なに、いきなり……」
「ほら、乃愛さ、なんか落ち着きなかったじゃん」
あぁ、乃愛のことか……。一瞬わたしのことだと思ってびっくりした。……いや、麻由はあまり鋭くないから大丈夫かな。乃愛よりは鋭いけど……。
「やっぱり気づいた?朝から落ち着きなかったよね?」
「あれかな……。桐崎くんのあんな現場に遭遇しちゃったからかな……」
あの現場を見てしまった乃愛はきっといたたまれない気持ちだっただろう。桐崎くんが誰かと付き合ってるだけでも辛いのに、その人とキスしているところを見てしまったのだから。でも正直……。
「多分違うと思う……。どちらかというとそわそわしてる感じだったし。それなりに落ち込んでるようにも見えるけど、なんか迷いが見えた」
「迷い?」
「うん。なにを迷ってるのかはわからないけどそんなふうに見えた」
悩みがあるなら言えばいいのに。迷いがあるならわたし達にも聞けばいい。なのになんで抱え込むのあの子は?
「明日聞いてみようよ。もし桐崎くんのことだったらうちと紗弥で桐崎くんのところに殴り込みに行こう」
殴り込みってあんたね……。でも今は麻由の意見に賛成。
「そうだね。もしもの時は殴り込みに行こう」
一応桐崎くんに忠告はした。それなのに乃愛を傷つけてたら絶対に許さない。
「あとさ、気になることがあるんだけど」
「なに?」
麻由がまだ乃愛のことで気になることがあるのかな?と思って軽い気持ちで聞き返した。
「紗弥はなにかあった?」
「!?」
な、なんで……!?わたし、なにも顔に出してないはずなのに。
「……なんで?」
「んー、なんかねー、そんな気がしたの。冬休み前は落ち込んでるオーラが出てたけど、休み明けは全然そんなのないからさ。冬休み中になにかあった?」
まさか。いや、そんなわけない。感情はあまり表に出してないはずだ。……体調崩すことは何度かあったけど……。
「……休み前はいろいろあったからさ、休み中にそのごちゃごちゃを整理したの。そしたらなんかすっきりしちゃった」
咄嗟に浮かんだ言葉をそのまま言った。あながち間違いではない。休み前のごたごたが休み中になくなったんだ。
「なるほど。確かに休み中は今まで起こったこと全部整理できるからね。うちらにも言ってくれればいいのに……」
「ごめんごめん。私情だから2人を巻き込むわけにはいかないと思って」
「そっか……。紗弥が話せないことなら聞かないけど、話したい時は話していいからね?誰も迷惑だなんて思っちゃいないもん」
本当さ、つくづく思うよ。わたし達ってとんでもないくらいお人好しだよね。誰かが困ってれば話聞きたくなるし、助けになりたいと思う。でも話したくないなら無理には聞かない。友達思いだよね、みんな……。
だからこそ言えないんだ。わたしの恋は、学校では許されないものだから。先生と生徒の恋は許されない。そんな重荷を2人にも背負わせることはできない。だから正直、麻由と乃愛の優しさが痛いよ。