紗弥の恋⑪
「女として、好き……」
それって要するに、圭介くんはわたしを恋愛対象として見ているってこと?圭介くんにとってわたしは妹でなく、好きな人っていうこと?
「……おい、人が真面目に告白してるのに反応なしかよ」
「だ、だって!わたし、圭介くんに振られてるからそんなこと言われてもすぐには信じられないよ……!」
「は?振られた?振った覚えはない。付き合えないと言っただけだ」
「えっ!?」
「えっ!?じゃねぇよ!」
嘘よ……。嘘よ、嘘よ、嘘!だってわたしは……。
「で、お前はどうなんだよ?」
「え?」
「お前の気持ちはどうなんだって聞いてんだよ」
わたしの気持ち、そんなの決まってる。わたしは昔から、そして今でも……。
「圭介くんが、好き……」
声が震えた。でも圭介くんが聞きとれるくらいの声だったのは確か。これがわたしの精一杯だった。
「……は、だったら最初から素直にそう言えよ」
そう言って圭介くんはわたしを力強く抱き締めた。そしてわたしは圭介くんを抱き締め返した。
「ずっとずっと好きだった……。離れても変わらず好きだったよ……!」
「俺も……。離れたからやっと気付いた。気付くのが遅くてごめん。正直に言えなくてごめん。まさかお前のいる高校に行くなんて思わなかった……なんて、ただの言い訳か」
圭介くんの言葉は最後には言葉が小さくなっていた。でも、その分抱き締める力は強くなっていた。
「もう、お前を他の男に触れさせたくない。俺がずっとそばにいる」
「うん……。でも、わたし、誰にも触られてないよ?」
「バカか。桐崎に抱き上げられそうになっただろうが」
「でもあれは無意識だし……」
あの時はわたしが意識を失ってたから本当に無意識だったもの。
「そうだとしても、だ。俺はすっげえ嫌だったんだ。お前に触れようとする奴がいるだけですっげえムカついた」
圭介くんがそう言った瞬間、圭介くんがわたしを抱き締める腕の力が強くなった。あまりの強さに一瞬表情を歪める。でも、嫌ではないから拒みはしない。
「……ヤキモチ?」
「うるせぇバカ。とにかくムカついた。絶対俺以外の奴にお前を触れさせたりしない」
「うん……」
「だから紗弥。俺と付き合って」
それは突然の告白だった。突然だったけど泣きたいくらいに幸せだった。だってそれは再会してからずっとずっと聞きたかった言葉なのだから……。
「はい……」
わたしが返事をすると圭介くんの腕から力が抜けた。正直なんだか物足りない、そう思った時だった。
「俺さ、悪いけどもう抑えられない」
「えっ?」
「学校関係者が近くにいないことを願うよ」
「えっ?だからなに?」
すると突然唇をふさがれた。圭介くんがわたしの唇に自分の唇を重ねたんだ。
「好きだ紗弥。もう離したくない」
圭介くんの言葉の一つ一つが胸に響く。ここまでストレートな愛の言葉をわたしは聞いたことがない。でもその言葉をわたしに向けていいのは誰でもいいわけじゃない。圭介くんただ一人だけなんだ。
「わたしも圭介くんが好き。離れたくない」
「本当だな?」
「本当だよ」
「じゃあまたキスしても怒らないか?」
「前に一方的にしておいてよく言う。それに怒るくらいなら初めから付き合ったりしない」
「そうだよな。聞いた俺がバカだったよ」
そして圭介くんはそっと唇を重ねた。唇が少し触れる程度のキス。
「もうお前は俺の彼女だ。他の奴には絶対渡さない」
「大丈夫。わたしのこと好きな人なんて圭介くんだけだから」
再びわたし達は抱き合った。圭介くんの温もりを、愛情を、身近に感じることができてわたしは幸せだった。
でも……。
「でも圭介くん、このことが学校にバレたらどうするの?」
「どうするもなにも仕事辞める。それしかないだろ?」
「でも…そしたら圭介くんの夢が……!」
「そんなもん知るか。紗弥と一緒にいられないなら構わない」
圭介くんのその言葉が嘘だというのをわたしは知っている。だってわたしは、なんとか志望校に合格しようと必死に勉強していた圭介くんの姿をよく見ていたのだから。子どものわたしにはやってあげることができなくて、ただ見ることしかできなかったあの頃……。圭介くんはわたしに言ったんだ。
『俺さ、勉強はどう頑張っても好きになれない。だけど、勉強を誰かに教えるのは好きなんだ。だから俺が勉強を教えることによって俺が好きになれなかった勉強を誰かに好きになってほしい。そのために頑張って大学行って教師になるよ』
そう宣言した圭介くんの瞳はキラキラしていた。
そして圭介くんはその夢を見事に叶えた。必死に頑張って勉強して合格した志望校、そして見事に叶えた教師という夢。それをわたしなんかのために失ってもいいというの?そんなわけない。きっと、失いたくないと思っているはず。
「……そんなこと言わないでよ圭介くん」
「えっ?」
圭介くんからの身体から少し離れ、きちんと向き合った。
「わたし、知ってるんだから。圭介くんが必死に勉強して志望校に合格したこと。どうしても教師になりたかった理由。昔、話してくれたじゃない」
「……」
圭介くんは黙り込んだ。きっと圭介くんもその時のことを覚えているのだろう。
「だから、この関係は誰にも言わない。わたし達だけの秘密にしよう。家族にも友達にも、誰にも言わない。絶対知られないようにするの」
「あぁ……」
「圭介くんの夢は絶対潰させない。圭介くんの夢を潰す人はわたしが許さない。それがわたし自身だとしても」
「紗弥……」
「……なんて、重いかな?」
「全然。むしろ感謝してる」
すると圭介くんはまたわたしを抱きしめた。でもさっきみたいに力強くじゃなく、壊れ物を扱うように優しく抱きしめてくれた。
「そこまで考えてくれてたなんて……すげぇ嬉しい」
「だって好きな人の夢だもん。そりゃ考えるよ」
「はは、俺、紗弥には敵わねぇな……」
「正直ね、圭介くんの夢を守るためならわたしの気持ちなんて捨ててしまおうって考えたこともあった」
「おい」
「でも捨てなくてよかった……。圭介くんとこうして付き合うことができたんだもん」
「だからお前さ……あんまり嬉しいこと言ってんじゃねぇよ……」
圭介くんに抱きしめられて、圭介くんの温もりを間近に感じる。こんなに幸せなことはないよ……。わたし、圭介くんのこと諦めなくてよかった……。その時、ふと疑問が生じた。
「ねぇ……じゃあ圭介くんの言ってた婚約者って……」
「あぁ、お前の事だ」
圭介くんはそれで当然というようにさらっと言った。それに比べわたしは……。
「じゃあ、わたしのあの時の涙は一体……」
「涙?」
「ほら、前に聞いたじゃない。『婚約者がいるって本当……?』って」
「そう言えば……」
わたしは圭介くんの身体から離れ、訴えるように言った。
「わたし、本当に悲しかったんだから!どんなに好きでも報われないって!紛らわしい噂立てないでよ!」
「噂を立てた覚えはない!勝手に立てられたんだ!」
「勝手に立てられた!?なんでそんなことになったのよ!」
「あーわかった!あとで説明するから今は堪能させろよ!」
「堪能?なにを!」
「紗弥と恋人同士になれたことをだ!」
そう言って圭介くんはまたもわたしを抱きしめた。優しくでなく、力強く。
「ちょっ……!苦しい苦しい!」
「知るか」
圭介くんは苦しがるわたしを気にせず、そのまま力強く抱き締めていた。わたしは啓介くんの気が済むまで待とうと圭介くんに身を委ねた。