紗弥の恋⑥
坂井さんに呼び出された日から数日が経ったがなにも起きていない。坂井さんが必要以上に圭介くんに話しかけることも減った。わたしの言った言葉が結構きいたのかな?でも前以上に坂井さんがわたしを見てきてその視線が痛い。
桐崎くんとはあの後あまり話してもいないし、変に意識することもなかった。でもある日、また意識し始めてしまった。
それは演劇部の大会が終わってから少し経った日のこと。乃愛が大会前日の部活中に倒れたということを同じ中学だった演劇部の子から聞いた。
「まったく……。あの子は一体なにをやってるんだか……」
「あ、でも大丈夫だよ。倒れた乃愛ちゃんを桐崎くんが保健室に運んだんだから」
「……えっ?桐崎くんが乃愛を保健室に運んだの?」
いきなり桐崎くんの名前が出てきたことにちょっとドキッとしつつも驚いて聞き返した。
「うん。なんかすごく必死な顔してたよ?『俺、如月さんを保健室に運んでくる!』って言って乃愛ちゃんを抱き上げて急いで保健室に運んだんだから。まぁ乃愛ちゃんの顔色結構悪かったからねー。いつかは倒れそうでヒヤヒヤしてたよ……」
桐崎くんが必死な顔をして急いで乃愛を保健室へ運んだ……。必死な顔で急いでってことは自発的だよね?やっぱりあの人は誰にでも親切なんだ。もしかして、その時の乃愛って圭介くんに保健室まで運ばれたわたしと状況が似ているかも。
「でも桐崎くんが乃愛ちゃんの近くにいてくれてホント助かったよ!桐崎くんが倒れかけた乃愛ちゃんを支えてくれたおかげで乃愛ちゃんは床にバタンと倒れないで済んだし!紳士みたいだったー!」
……いや、違う。確かに彼は誰にでも親切だ。でも乃愛だけは違う気がする。倒れかけた乃愛を支えて、そのまま抱き上げて保健室へ運んだのだから。それも必死な顔で……。そう考えたらもしかして桐崎くんも乃愛のこと……。
「ねぇ、もしかして桐崎くんって乃愛ちゃんのこと好きなのかな?それとも乃愛ちゃんが桐崎くんのこと好きとか?」
わたしが思っていたことを彼女も思っていたらしい。そりゃそうか。あんな現場を見てしまったらそう思うのも無理はない。
「……えっ?なんでそう思うの?」
「だってあんなに必死な顔の桐崎くん、初めて見たよ?いつも笑顔の人が乃愛ちゃんが倒れた時には一気に表情が変わっちゃったんだもん。それに乃愛ちゃんだって」
そしてわたしは当人から一切聞かされていない事実を聞いた。
「実は大会のために練習していたシナリオ、桐崎くんが考えたのは知ってるでしょ?最初はキスシーンあったんだけど高校生の演劇でそれはさすがにきついからメインの2人の意見を主張し、部長の反対押し切って取り下げたの。でも合宿中にキスシーンを採用しちゃったの」
「……はっ?」
こんな話、わたしは乃愛から一言も聞かされていない。もちろん桐崎くんからも。
「桐崎くんと乃愛ちゃんの2人、というか乃愛ちゃん1人の方が正しいんだけど、アドリブで考えたの。そしたらキスシーンが入っちゃってね……?まぁ本当にしたわけじゃないけど見ててドッキドキしちゃって……」
「本当にしたわけじゃないって?」
「唇と唇の間に花びらを挟んでたの。だから直接触れてはいないんだけど……」
……わぁお。まさか乃愛がそんな演技を考えていたなんて驚き。あの乃愛が取り下げられたキスシーンを採用させちゃうなんて。しかもやりたくない言った本人が復活させるなんて……。ちょっと呆れてしまった。
「で、演技だけどキスしたから乃愛ちゃんは桐崎くんのこと好きなのかなって思って」
「あの子、演技になると人が変わるもんね。でも、多分その当時はまだ好きじゃなかったよ。ただ気になってただけ」
「そうなの!?でもやっぱり恋愛感情が含まれてたんだね!あの2人、お似合いって感じがする!」
無邪気な顔で彼女は言った。確かにそうね。あの2人はお似合いかもしれない。分かってる、分かってはいるよ?でもなんかね、ちょっとだけど胸が痛いの……。
「紗弥?どうかした?」
「え、あ、ううん!なんでもないよ!わたしも同感って思っただけ!」
好きじゃない、好きじゃない。ずっと胸の中で唱え続けている。だったらなんで、胸が痛いの?
***
話を聞く限り、恋愛感情をもって接しているのは乃愛だけじゃない。きっと桐崎くんも乃愛に恋愛感情を抱いている。だってそうじゃなきゃ説明がつかないよ。桐崎くんが必死な顔で乃愛を保健室へ運んだ理由なんて。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、廊下の陰に人がいたことに気付かず、廊下の角である人物と衝突してしまった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
ぶつかった衝撃でわたしは後ろの方に転んだ。
「あ、ごめん林原さん!大丈夫?」
ぶつかった相手は桐崎くんだった。桐崎くんは転んだわたしに手を差し出した。
「大丈夫。ごめん、ちょっと考え事してて前をちゃんと見てなかった」
わたしは桐崎くんの手を借りて立ち上がった。桐崎くんはわたしの手をしっかり掴むと立ち上がらせてくれた。その時ドキッとしたの。桐崎くんの手の力が思っていたよりも強くて……。この人は優しさだけでなく、強さも持っているんだ……。
「考え事か、林原さんらしいね」
いやいや、なにか勘違いしているかもしれないけど、わたしの考え事の内容は乃愛と桐崎くんのことですからね!?なんてことは言えないけど。……そうだ、この際聞いてみようかな。もやもやしているままじゃなにもできないし。
「桐崎くんって乃愛のことどう思ってる?」
「い、いきなりなに言ってんだよ!?」
桐崎くんは焦ったような感じで言った。この反応はやっぱり……。
「え、じゃあもうちょっと具体的に聞くね。乃愛のこと好き?」
「……っ!」
桐崎くんの顔は真っ赤に染まった。これはまたわかりやすい反応……。ここまであからさまだとは思わなかった。
「やっぱり。うわっ、わかりやす……」
「わかりやすくて悪かったな……!」
桐崎くんはふてくされたように言った。その反応からして桐崎くんが乃愛のこと好きなのは確実。――わたしの予想は的中した。
「……てか、正しく言うと乃愛さんへのこの感情が『好き』というものなのかわからない」
「え?わからない?」
一体彼はなにを言っているの?乃愛のこと好き?って聞いて顔赤くしたくせに好きかわからない?
「いや、俺、誰かを好きになったことないから……」
「えっ!?一度も!?」
「……正しく言うとかなり前に一回だけ。でもそれ以降一度もないからさ……」
それじゃあつまり、ほとんど恋愛経験はないと……。まぁそれだったら乃愛への気持ちが好きなのかどうなのかははっきりとはわからないね。……いや、でも『好き?』と聞かれて顔を赤くするってことはそれなりの感情を抱いているってことじゃない?試しに聞いてみるか。
「ねぇ、全く話違うけど質問していい?」
「あぁ、なに?」
「乃愛が部活中に倒れた時、保健室に運んでくれたんでしょ?それもお姫様抱っこして」
「っ!」
お姫様抱っこと言った瞬間、桐崎くんの顔が赤くなった。うわー、ここまでわかりやすいとは……。乃愛と同じね。
「それはもう必死だったみたいだね。そんなに心配だったんだ」
「だって如月さん、合宿終わってからずっと顔色悪かったし。無理してるのがこっちにも伝わってくるし、今にも倒れそうだったんだ。いつかは倒れるんじゃないかって心配ぐらいするだろ?」
それはごもっとも。でもわたしが知りたいのはそういうことじゃない。
「にしては行動早かったよね?倒れた乃愛を急いで抱き上げて保健室に運んだんだから。わたしが教室で倒れた時とは行動の迅速さが違かったよ?」
「いや、それは……」
桐崎くんは口を濁らせた。あー、こうやって誰かを追いつめるの楽しい。って今はそういうことじゃないけど……。
「倒れたのにすぐ反応できたってことは乃愛をよく見てたってことでしょ?乃愛が心配だからよく見てた。それって、少なからず乃愛に特別な感情を抱いてるってことじゃないの?わたしや麻由みたいな女友達とは違う別の感情が」
「……確かに、如月さんには他の女子とは違う別の感情があるのかもしれない。でもまだなにかわかんないのは事実。もしこの感情が『好き』というものだったらちゃんと本人に伝えるから林原さんはまだなにも言わないでくれるとありがたいんだけど……」
「大丈夫、言うつもりはないから。ただ桐崎くんの本音を聞きたかっただけだし」
まぁ結局あまり収穫はなかったけど。でも、なんだかの形で乃愛のことを特別視しているのだけは分かった。
「そうしてくれると助かるよ。……本当ならそういうことを聞かないでそのままにしてくれればもっとよかったんだけど……」
「あ、それは無理。だってわたしの性格知ってるでしょ?人を追いつめるの好きなんだから」
「うわー……。絶対敵に回したくねー……」
「なんかやらかしたら即行乃愛に言うから覚悟しといてね?」
わたしはニヤニヤと笑いながら言った。すると桐崎くんの顔が引きつった。
「えー、あー、はい……。やらかさないように努力するよ……」
なんて桐崎くんは言っているけど多分大丈夫だと思うなぁ……。もし本当に乃愛が好きなら乃愛を悲しませるようなことをするような人じゃないと思うし。
なんか、乃愛がうらやましい。まだ好きなのかどうかわからないと言っている割にあんなにも心配している人がいるのだから。特別視されているのだから。わたしも誰かに特別視されたいよ……。でも圭介くんはわたしをそんなふうに見てくれない……。それがこんなにも苦しいだなんて思わなかった。
お久しぶりです。
今回は紗弥と桐崎くんのお話。
本編では出てこなかった裏のお話!
ちなみに乃愛がこの話を知ることはないと思います(笑)
ぶっちゃけ小説更新するのは月2回にしようと思ってるんですけどできるかなぁ?
少し不安気味の舞原です。