紗弥の恋⑤
どうしよう。一体どうすればいいの?わたしは圭介くんのことが好き。たとえ圭介くんに突き放されたとしてもその想いは変わらない。でも、この前の出来事から桐崎くんを見かけると胸がトクンと鳴る。桐崎くんは友達。桐崎くんは乃愛の気になる人。わたしの勘が正しければ乃愛は桐崎くんのことを好きになる。それなのに、わたしはもしかしたら乃愛の邪魔をしてしまうかもしれないなんて。
そう、まさにわたしがそう考えている時のこと。わたしの勘は当たっていた。
今月はたまたま3連休があってわたしはお泊り会の計画を提案した。だが、残念なことに乃愛が部活の合宿でわたしと麻由の2人でのお泊り会になってしまった。その話をしていた時、たまたま桐崎くんが近くにいたので話に巻き込んだ。で、その話の中で乃愛が桐崎くんに言ったことがツンデレ全開だったからそれについて問い詰めていた時、ついに乃愛は認めてしまった。
「す、好きじゃない、けど……」
『けど?』
「き、き……気になる……」
気になると認めてしまったら好きに発展することがほとんどだ。乃愛が桐崎くんのことを気になると認めたからには好きと気付くのは最早時間の問題。
「紗弥、怒ってる?」
乃愛からその話をされたあと、乃愛はわたしに聞いた。
「え?なんで?」
「だって紗弥も桐崎くんのこと、気になってるんじゃないの……?」
そう言った乃愛の言葉にわたしは耳を疑った。なんで、わかったの?わたしはまだなにも言っていないのに……。
「えっ!?そうだったの紗弥!?」
麻由は驚いた顔でわたしを見た。わたしは必至で焦る気持ちを抑えて言った。
「……えっ?ちょっと待って。なんで?」
「だってこの間言ってたじゃん!あんな人なら付き合ってもいいかも、って」
そっか。そう言えばそんなことを言っていた。あの時はまだ気になってはいなかった。ただわたしの好きなタイプに合っていた、それだけのこと。でも今のわたしからすれば図星だった。だって、この前の出来事から桐崎くんのことが気になって仕方ないの。
「あぁー……。確かに言ったねそんなこと。でも別に気になるとかそういうわけじゃないよ?ただ桐崎くんが結構わたしの理想のタイプに当てはまってたからそう思っただけだし、本気で付き合いたいとは思ってないから。だってそうでしょ?男子苦手な乃愛が恋した相手を奪うようなことするほど悪女じゃないよわたし」
わたしは本当のことを言わなかった。言えなかったの。乃愛のことだ。もし言ってしまったらなにを考えるかわからない。なにを言い出すかわからない。なにをし出すかわからない。乃愛の恋をわたしが邪魔するわけにはいかない。それに、仮にわたしが桐崎くんを好きになったとしてもわたしの恋は実らない。
「だから、そういうわけでわたしは気になってないから大丈夫!思う存分恋しなさい乃愛!」
わたしはただごまかすしかない。乃愛のためにもわたしが桐崎くんのことを気になっているなんて絶対言わない。
わたしはそんなことまで考えていたというのに、乃愛は自分が桐崎くんのことを気になるってだけで好きに発展するかどうかはまだわからないと言い出した。第三者から見れば乃愛が桐崎くんのことを好きになるのは時間の問題。まぁ奥手の乃愛からすればそうなっちゃうのかな?
「でも大丈夫。乃愛はきっと桐崎くんのことを好きになる」
だから乃愛の背中を押せるような一言を言った。
「な、なんで……?」
「根拠なんてないよ。ただの勘」
勘……そう、ただの勘なの。でも外れる気がしない。だって乃愛を見ていればわかるよ。授業中によく桐崎くんを見ているもの。体育の時なんて特に。
桐崎くんのことが好きなのはわたしじゃない。乃愛だ。わたしが好きなのは圭介くんただ1人。たとえ圭介くんに拒否されても、好きなのは圭介くんだけなんだ。だからわたしは桐崎くんを好きにならない。絶対に。
***
放課後、わたしはある人物に呼び出されて選択室へ行った。なんで呼び出されたのかわからなくもないが、正直あの人とはあまり顔を合わせたくない。この前の出来事がフラッシュバックする。この場所で、あの人に会うのなら尚更。フラッシュバックしないわけがないの。あの出来事はわたしには衝撃が大きすぎたもの。
そんなことを考えながら選択室でその人物を待っているとドアの開く音がした。
「林原さん」
ドアの方を見るとそこにいたのはわたしを呼び出した張本人。
「坂井さん」
そう、わたしをここへ呼び出したのはあの日、圭介くんにキスをした坂井さん。
「遅れてごめんね」
「そんなに待ってないから大丈夫。それで、なんの用?どうしてわざわざ選択室に呼び出したの?教室でもよかったんじゃない?」
「教室でもよかったけどそしたら困るのは林原さんじゃない?」
「わたしが困る?なんで?」
この前の出来事の話だったら困るのはわたしではなく、むしろ坂井さんだ。先生とキスしたなんてバレたらどんなことになるか。すると坂井さんは怪し気な笑みを浮かべて言った。
「だって、林原さんと圭介先生ってただの先生と生徒の関係じゃないんでしょ?」
ドキッ。坂井さんに言われた時、思わず表情が固まってしまった。なんで?どうして坂井さんはわたしと圭介くんの関係を……。ただの先生と生徒の関係じゃないって知っているの?わたしは誰にも口外していないのに。
「その顔、図星ってことだよね?」
坂井さんの問いかけに一瞬言葉がつまる。
「……まさか。そんなわけないじゃない。どうしてそう思うの?」
「だってあの時、圭介先生が言ってたんだもん。林原さんのことを『紗弥』って。いつも苗字で読んでるのにあの時は名前だった」
よくもまぁそんな細かいところを……と内心呆れながらもわたしは焦っていた。冷静になって考えればわたしと圭介くんはただの幼なじみ。ただの先生と生徒の関係じゃないことは確かだ。だからと言ってなにも焦ることはない。恋人ではないのだから。
「だからもしかしたらただの先生と生徒の関係じゃないのかなって思ったんだけど、あたり?」
坂井さんはなにを考えているのかわからないような怪しい笑みを浮かべて言った。わざわざ遠回しに聞いてくるなんて面倒なことを……。わたしが答えないでいると坂井さんは言葉を続けた。
「正解なんだ?ねぇ、わたしがこのことをみんなに言ったらどうなるかな?」
坂井さんはクスッと笑いながら言ったけど、そんな脅しのようなことに動じるようなわたしじゃないの。この状況に耐え切れずわたしも思わずクスッと笑ってしまった。
「……なに?」
坂井さんは明らかに不機嫌そうな声で言った。
「残念。はずれ。坂井さんは変な勘違いをしているようね。わたしと圭介先生が付き合ってると」
「っ!」
やっぱりそうか。だからわざわざこんなところにわたしを呼び出したのね。
「確かにわたしと圭介先生はただの先生と生徒じゃない。でも恋人同士でもないの」
「恋人じゃないなら一体……?」
「幼なじみ。圭介先生とはそれ以上でもそれ以下でもないわ」
ただの幼なじみだなんて本当は思いたくもないこと。でも圭介くんを守るためなら何度だって言うわ。坂井さんみたいに勘違いしていろいろ脅迫する人がいるかもしれないのなら。
「周りに恋人同士だと疑われるのが面倒だからわたしと圭介先生が幼なじみだと言うことは誰にも言ってない。もちろん他の先生や乃愛達にも」
「でも紗弥って名前で呼んでたじゃない……!」
「そりゃ幼なじみだもん。名前で呼ぶのが当たり前でしょ?圭介先生の方がわたしより年上なんだし。まぁわたしも幼なじみとして圭介先生と接する時は圭介さんって呼ぶけどね」
さすがに圭介くんと呼んでいるのを知られたら誤解されかねない。“くん”より“さん”の方が距離があるように聞こえる。
「残念だけど、わたしと圭介先生は坂井さんが期待しているような関係じゃないの。だから脅しなんてきかないよ?まぁなにが目的で脅そうとしたのかはわたしにはどうでもいいことだけど」
「べ、別にわたしは脅しだなんて……!」
脅しをするつもりがなければわざわざここに呼び出さないと思うんだけど……。まぁ思うだけであえてツッコミはしない。
「まぁいいわ。脅したわけじゃないってとりあえず信じるわ。でも1つだけ言っておくから」
わたしは1回深呼吸をしてキッと坂井さんの目を見て言った。
「わたしの大事な幼なじみの昔からの夢を潰すようなことはしないで。絶対に。圭介先生は教師になりたくて必死だったの。だから、絶対に邪魔しないで」
圭介くんの夢を潰すような人がいるならわたしは絶対許さない。たとえそれがわたし自身であっても。
「……!」
坂井さんは悔しそうな表情をして選択室から出て行った。これで多分もう脅しはしてこないだろう……。まぁ報復されるかもしれないけど圭介くんの邪魔になるようなことが少しでもなくなるならそれでも構わない。これが、失恋したわたしでもできる圭介くんへの愛情表現だから。
そう、わたしは桐崎くんを好きにならない。好きなのは圭介くんだけだから。
恐らくこれからは1ヶ月毎の更新になると思います!
ご了承ください。
紗弥の恋はまだ続きます!