第八話
休日を挟んで、ダンジョン通いも一週間近く。
もう今の体での戦い方にも慣れ、順調にレベルも上げていた。
そして今日も、怪我でついてこれないネリィを部屋に置いて行き、いつも通りにダンジョンに向かう。
と、その前にもう数日前からレベルの更新を忘れていたので、一応ギルドへ寄ることにした。
「れ、レベル178、ですか……」
眉間にしわを寄せ、何度も判定級の結果を見返しているのは、もう馴染みとなった受付の小娘。
名前は知らない。
「何か文句でもあるのか?」
「いえ、何も。ただ毎度のことながら、どんなトリックを使ったのかなぁと」
「詮索は止めろと何度言ったら理解するんだ受付嬢」
「その呼び方は止めてください。それに詮索はしていません。疑惑の目を向けているだけです」
白い目を向けられたまま差し出されたギルドカードを、少々乱暴にとる。
もうこのやり取りも何度交わしたものか。
最初の因縁があるのかどうかは知らないが、何故か受付のときはこいつの遭遇率が半端なく高い。
この冷めきった口の応酬も慣れたものだ。
どうやら互いに相手の印象は悪いらしい。
何か返してやろうかとも思ったが、後ろに列を作ってあるので早々に立ち去る。
「一応言っておきますが、幸運をお祈りしています…………一応」
「そりゃどうも」
義務になっているのか毎回言ってくる定型句に対しても、冷たく返してさっさと出口へ向かう。
が、それは横から投げかけられた声に遮られた。
「ちょっと、いいかな」
足を止め目を横に向ける。
視線の先に居たのは、長身の優男。若い、恐らく二十前後くらいの冒険者。
茶髪とそれと同色の目。
背中に細い体つきからは不釣り合いな大きさのバスタードソードを携えている。
人に極力警戒を抱かせないような、柔和な笑みを浮かべる優男の後ろには、男とほぼ同年齢であろう二人の女。
――――三人組。
そのことは前に出会った冒険者狩りを彷彿させ、僅かながらに警戒する。
「何だ?」
「少し君に話があるんだ。時間をとっても構わないかな」
「…………」
逡巡する。
無視してさっさとギルドを出ていってもいいかとは思うが、この三人にどうやら敵対の意思はなさそうだ。
今は早朝で時間もある。無理に急がなくても構わない。
「まあ、話を聞くくらいなら別にいいが」
「そうか、ありがとう! じゃあ、立ち話も何だしあっちで話をしよう」
気まぐれ。
付き合ったのはただそれだけの理由でしかない。
ここのところ単調になってきたダンジョン探索に飽きがきていたから、少し刺激を求めたいとそう思った。
ギルド内にある談笑スペースの木製テーブルに四人でつく。
「――――それで、話とは何だ?」
「ああ、うん。話というかお願いかな。一つ、君に頼みたい事があるんだ」
「頼み?」
「うん。今日僕たちはダンジョン二十階層のボスに挑戦するつもりなんだけど、戦力に若干不安があってね。それで君に協力して欲しいんだ」
「それはつまり、俺にお前のパーティーに加われと言ってるのか?」
「そう取ってもらっても構わない。あくまで今回限りの協力としてだけど」
どうかな、と優男は提案してくる。
……俺としては今まで一人でやってきたし、パーティを組むつもりは今後とも一切ない。
だが、こいつらが二十階層のボスに挑戦するとなると話は別だ。
ボスはこの町のダンジョンに二十、四十、そして最終階層である五十階層の三体であるが、どれも並みの強さではないと聞いた。
一階層ごとに適正レベルが十あがるような単調な物ではなく、
二十階層のボスはソロでとなると230はレベルが無いときついらしい。
つまりさっさと上の階層に行って、レベル上げの効率を測ろうとする俺にとっての大きな障害。
十九階層でちまちまレベルを上げてからの挑戦になってしまう。
ボスを一度倒した者ならば、後からまたボス部屋に訪れたとしてもボスと対峙することなく素通りできるようになるらしい。
ソロであれ、パーティで倒そうが関係はない。
ボスと戦わずして二十階層以上の階に行ける。
ならば一時的にだがパーティを組んでボスを倒すのは、俺にとっては渡りに船な話だ。
断る理由が無い、が。
「ちなみにお前らのレベルはいくつだ?」
「んー……全員、200は超えているよ」
少し言い辛そうにして、優男が答えた。
正確なレベルを言わないのは、まあ当然といったところか。
まだ協力すると決まったわけでもない男に、そう簡単に個人の情報を漏らすはずもない。
だが、レベル200超えが三人に俺が加わるとなれば、確かにボスを倒すのはそう難しいことではないはずだ。
レベルはあくまで目安にしかならないので、実際に戦うところを見てみないとどうとも言えないというのもあるが。
基本的には問題ない。マズイと思ったなら抜ければいいだけの話だ。
「報酬は出るのか?」
「もちろん。パーティに加わってもらう、それもボス戦に参加してくれるならそれ相応の物はあげないと。とりあえずは探索で収集する魔石の六割と、それにボスの魔石を君に譲ろうとは思っている」
交渉事はさっぱりだし報酬の価値も良く分かりはしないが、そこまで不当なものではないことくらいは分かる。
「……悪くない話だ。受けてもかまわない。が、一つだけ訊くが何故俺を協力者として選んだ。
適当に選んだわけではないのだろう?」
「そうだね、その通り。こっちとしても初のボス戦に半端な冒険者に協力は要請しないよ」
「なら、何でだ?」
俺の情報をどこで得たという警戒で、視線を鋭くする。
少しは緊張を滲ませるかと思ったが、予想に反して優男はただ目を丸くして驚いていた。
「何だ、知らないのかい? 君、冒険者の間では有名になってるよ。
最近冒険者になったばかりだというのに、ソロでもう十八階層を突破したって。外見も目立つし」
「……そうなのか?」
全然知らなかった。
逆にこっちが驚かされたくらいだ。
「ああ、そこらに居る他の冒険者にでも訊いてみたらいい。不信は取り除かれるから」
「いや、いい。そこまでするつもりはない。そこは信用しよう。
だが、それでもまだ俺を選んだという理由が分からないな。
俺の他にはもっと適任のやつは居なかったのか?」
「そりゃね。めぼしい奴はみんなもう他のパーティに入ってるし、
逆にソロで高レベルの冒険者は我が強いから協調性に欠けるし報酬をふんだくろうとする。
……その点、君はそれなりに強いと言ってもまだ駆けだしの新人冒険者だから交渉がしやすい」
「……それを本人の目の前で言うやつがいるか」
「ははっ! でも、そこまで訊くからには乗り気なんだろ?」
「まあ、な」
話の承諾なら少し前にしたつもりだ。
その後にいくつか疑問を解いておきたかっただけ。
「よかった! そう言ってくれて助かるよ。僕はルドラ。見ての通り剣士をやってる。よろしく」
立ち上がり握手を求めてきたので、それに応じる。
間髪入れずに、今まで俺と優男とのやり取りを静観していた女二人が席を立つ。
「じゃっ、次はあたしらだねっ。あたしはディアナ。弓が得意だけど剣も使えるよっ。よろしく!」
快活に笑って手を差し出してきたのは肩口まで切り揃えた赤髪の女。
動きやすような軽装の鎧に身を包み、背に弓、腰にショートソードを装備。
大きく勝気そうな瞳を爛々と輝かせている。
……ネリィとは違うタイプだが、なんとなくうるさそうだ。
その握手に応えると最後に、
「わ、私は、アンナと言います。ま、魔法を少し使います。……よ、よろしくお願いします」
おっかなびっくりにと、全身ローブで顔以外ほとんど肌を見せない少女が握手ではなく頭を下げる。
腰にまで届く金髪に、蒼の瞳。
先に挨拶したディアナもそうだが、それよりも容姿が整っている。
それに加え、服の上からも分かる大変豊かな体つき。
見るからに気弱そうな雰囲気を纏っているのもみると、いつか誰かに攫われてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「――――エリクだ。剣が使えるから前衛はできる。今回だけということになるだろうが、よろしく頼む」
もう情報として知っていたのかもしれないが、一応名乗っておく。
名乗られたら名乗り返すのが礼儀、なんてことは知ったことじゃないがまあ一応。
「ねねっ、冒険者稼業始めてまだ一週間しか経ってないってほんと?」
紹介を一通り終えた直後。
今まで交渉と言うことであえて口を挟まなかったためか。
もう耐えきれないといった感じで、見た目口うるさそうな女――――ディアナが俺に訊いてきた。
「大体は、そうだな」
「すごっ! それなのにもうボス挑戦かー。冒険者やる前とか何かやってたの?」
「田舎の暮らしでな。隣接していた森に魔物が生息していたから、狩っていたりはしていた」
「へー、そっかー。だから強いんだー」
人に尋ねられそうなことは事前に用意してある答えがあるので、それを舌に乗せるだけで簡単に済む。
……とはいえ、この答えで不審に思われないか確証がなかったので、納得した顔を見せられるとこちらも内心ほっとする。
「じゃあさ――――」
「ディアナ。お喋りもいいが、とりあえずはここを出よう。時間がもったいない」
再び何かを尋ねようとしたディアナを、優男――――ルドラが遮る。
「えー、もう少しくらいいいじゃない」
「駄目だって。余裕があるうちに行動しておかないと」
「わ、私もそう思います」
「うー、アンナまで……」
反対票2となり形勢が悪くなったディアナが、俺に懇願の目を向けてくる。
図々しいことに新参の俺に援護射撃を頼みたいのだろうが。
「じゃあ、そろそろ行くか」
ダンジョン行きが3、お喋りが1となり趨勢は決した。
何故かディアナに恨みがましい目で見られた。
だから、出会って間もない俺に何を期待しているんだこいつは。
見た目通りに馴れ馴れしいやつだった。
「なあ、これはどうしたらいい」
「うーん、そうだなぁ……」
俺の問いかけに、先ほどパーティを組んだルドラが苦笑で返す。
ギルドを出た後、各自準備を整えすぐさまダンジョンに潜った。
前衛に剣士であるルドラと俺。中衛に弓使いであるディアナ。後衛に魔法使いのアンナといった隊形で。基本的には現れた魔物に対して、前衛二人が後ろに流さないように足止めして、機をみて後ろからの援護射撃や魔法で仕留める形だ。
シンプルだが理にかなった戦法だ。
ソロと比べるまでもなく戦闘は楽に、道のりも順調に上へとあがれた。
そのおかげで大した問題もなく俺も目的地まであと一歩の十九階層まで辿りつけたはいいが。
「まさか団体さんのお出ましとはね」
目の前の光景を見て、ルドラがため息を吐くように呟いた。
いきなりだった。細長い通路を抜けて広間へと出たら、そこに魔物の団体がたむろしていた。
緑肌の小さい人型魔物である、ゴブリン。
その亜種である鎧、兜、剣と全身に兵士のような格好で装備したゴブリンソルジャー。
魔法が使えるゴブリンメイジ。
そして厄介なのが、流動的に形を変える影人間のシャドー。
こいつは物理攻撃が効きにくく、すばしっこいので仕留めにくい。
ゴブリンソルジャー、メイジ、シャドーとそれぞれ、12体、4体、4体の計20体のお出ましだ。
「あんな汚物どもはさっさと片付けるに限るでしょっ」
「わ、私も早く終わらせたいです……」
後ろの女子二人からの言葉を受け、
「そうだね。先もあるし、やってしまおうか」
ルドラが剣を構える。
敵も既に臨戦態勢だ。
目で合図を送る。敵が出てくる前に、俺たち前衛二人で飛び出した。
「ギュアッ!?」
ゴブリンソルジャーがそれに反応して前に出てくる。
前衛の役目は後ろに敵を流さないこと。無理に切り込まなくてもいい。
ルドラと一定のラインを保ちつつ、出てきたゴブリンソルジャーを迎え撃つ。
「――――ふっ!」
ある程度まで距離を詰めて、ルドラがバスタードソードで牽制を放つ。
リーチのある斬線は、見事に向かってきたゴブリンたちの足を止めた。
その僅かの間に、
「はいそこ! 立ち止まらな〜い!」
ディアナが放つ矢が、立ち止まったゴブリンソルジャーたちに降り注ぐ。
連射で命中率よりも数を重視したせいか、一撃で仕留めれたものはいない。
だが、何体かは足や肩を貫かれ、怯んでいた。
そいつらに狙いを定め、ルドラとともに剣を走らせる。
手負いだったこともあってか、大した苦もなくトドメを刺すことが出来た。
四体。まずは先制攻撃で大きく数を減らせた。
だが、まだ終わらない。
「ルドラさん、エリクさん! 離れてくださいっ!」
後ろからの声に弾かれたようにして、二人左右に跳び退く。
少しして、その開いたスペースにいくつもの火球が後ろから通っていく。
その行方はもちろん進行方向に居る魔物たち。
咄嗟に避けようにも固まっていたためか動けない。
そのまま火球が直撃する。
「ギュアアアアアアアアアッッ!!」
肌を焼かれ苦しみ出す魔物たちの叫び声が広間に響き渡る。
初級の火属性魔法だったためそこまでの大打撃ではないが、物理属性が強い反面魔法が弱いシャドーが二体消滅していった。
後ろで魔法を放つため詠唱していたゴブリンメイジたちも、いきなりのことに驚いたのか詠唱を中断してしまっている。
アンナが放った魔法は、想定以上の効力を発揮していた。
「よし、このまま畳みかけるぞっ!」
ルドラの気合いに引かれるようにして、俺も前へと出る。
火球の被害にあって動きが鈍っている魔物を優先し、狩っていく。
まずは近くにいるゴブリンソルジャーから。
近寄ってきた俺に対し、火傷の痛みに顔を歪ませながらも剣を振るってきた。
さすがにそのまま飛び込むわけにもいかず一旦足を止めさせられたが、伸ばしてきた腕に合わせて切り上げ。
長剣がゴブリンソルジャーの腕に食い込み、腕をそのまま宙に舞わす。
返す刀で振り下ろし、深々と体を斬り付け絶命させた。
次は、とこっちから詰め寄るまでもなく二体のソルジャーが襲いかかってきた。
敵の密集している場所に飛び込んだせいか、アプローチが早い。
先に飛び出してきたソルジャーの攻撃を剣で正面から受ける。
すかさずもう一体から繰り出される追撃。
手が塞がっているため、咄嗟に横に跳び退こうとしたが、
「目の前の敵に集中していてっ!」
張りのあるディアナの声とともに、追撃をかけようとしたソルジャーの額に拳大の穴が開いた。
ディアナの装備している弓。
魔法具であるそれが、持ち主の魔力を吸って生成した矢が、見事にソルジャーを一撃死させていた。
ディアナの援護により回避は中断し、剣を合わせていたソルジャーに集中する。
ゴブリンソルジャーはゴブリンよりは背は高いがそれでも俺の肩ほどしかない。
高さと力で勝っている、当然ながらに選択肢は力押し。
ぐっと前に剣を倒せば、あっさりとソルジャーのバランスは崩れた。
それを見逃さず一刀。腕ごと胸を切り裂き、絶命させた。
残りは、と周囲を見渡せば、
「はあああああぁっ!!」
「いきますっ!」
残りのソルジャー五体をルドラが引きつけ、それを後ろからアンナが魔法で援護していた。
一人で五体は多いが、ルドラは攻めより守りが上手い。
敵の引きつけ、牽制、盾役の仕事をうまくこなしている。
それにアンナもいるから大丈夫だと放置して、残る敵はシャドーとメイジだが、それはディアナが矢で牽制していた。
仕留めるまではいかないが、シャドーには後衛のアンナまで近寄らせないように、メイジには魔法を撃たせないように、タイミング良く矢を放ち膠着状態を生み出していた。
ならば、手の空いた俺がそれを崩せばいいだけのこと。
シャドーの目はディアナに向いている。
まずは後衛から仕留めようとする腹づもりだろうから俺に意識は向いていない。
それにシャドーは二体とも近いところで固まっている。
好都合と、気配を消し忍び寄り一閃。
シャドーはしぶといが、体内にある核を壊せば絶命する。
核の位置は固定されているから間違いはない、と確かな剣の感触の後に、同時に二体のシャドーが消滅した。
「……えっ?」
目を見開いて、こちらを見つめるディアナの顔が目に映る。
急に現れた俺に驚いたのか、または一撃で二体のシャドーの核を正確に捉えたことに驚いたのか。
後で追及を受けそうだが、今はそんな暇はない。
「メイジを狩る。援護しろ」
「あ……う、うんっ!」
ディアナに声をかけ、奥の方で必死に詠唱しているメイジたちに向かって駆け出す。
視線を横にやれば、ルドラが相対していたソルジャーの数は三体に数を減らしていた。
残る敵は七体。
この時点で、既に誰の目からも明らかに趨勢は決していた。
広間での魔物の群れを片づけた後も、何度か他の魔物とも戦闘になったが何の問題もなく突破した。
二十階層へと続く階段も見つけ、遂に目的まであと一歩というところだが、万全の態勢で挑むためにここで休憩を挟むことに。
階段付近では魔物は湧き出ず、襲っても来ないので安心して休める。
自然と皆緊張を解き、肩の力を抜いてリラックスしていた。
「……ボス目前、か。何だか、あっという間に辿りついちゃったな」
「は、はい。実際にいつもより探索のペースが早いと思います……」
「ねー! それもこれも誰かさんが頑張ってくれたおかげだねっ!」
「……は?」
俺を除く三人がそれぞれ口を開いたかと思えば、何故か揃って俺を見てきた。
「は? じゃないよっ。実際期待以上の働きをしてくれたんだから、もっと誇らしげにしなよっ」
「そうか?」
「そうだよっ。あたしらとしては壁役一枚補充くらいにしか思ってなかったんだけどさ、
予想外に攻撃力のあるアタッカーで驚いたよ。シャドー二体同時に倒す奴なんて初めて見ちゃったっ」
「…………」
「ディアナの言ったけど僕も驚いたよ。あれだけ突破力を持ってるなんて思わなかった。
君に依頼してほんとよかったよ」
「ボスを倒してないというのに、それを言うのは早いんじゃないのか……」
ディアナが称賛しルドラもそれに賛同してくるが、こっちとしてはそれほどすごいことをしたつもりはないから、どう返したらいいのか困りものだ。低レベルの冒険者からすれば驚くことに値するのかもしれないが、俺は戦闘技術に関しては上をいってる。
出来て当然で、出来なきゃ恥ぐらいのものだ。
だからむしろ、感心したのはこちらの方。
最初は大した期待はしていなかったが、戦闘を通じて見方を変えさせられた。
ルドラは攻め手には欠けるが守りが堅い。敵を複数体安心して預けることができる。
ディアナは俊敏性と判断力に優れている。常に誰がどこにいるのかを把握し、的確に援護を行ってくれる。小剣も前衛並みに使えるし、三人の中で一番センスがあるのは彼女だ。
アンナは魔法に関することは一人前……とまではいかないが、基本はしっかりとできている。
初級魔法は無詠唱で撃つことができるし、火属性魔法の威力は目を見張るものがある。
……と、個人で特色はあるが、全員が本来のレベル以上の技術を持っている。
それに互いの長所を組み合わせ、パーティとしての連携をしっかりと行えている。
冒険者狩りと比べたら天と地ほどの差だ。
あのときに受けた失望が救われたようだった。
だからだろうか、少し疑問に思った。
「なあ、今さらここまでついてきてなんだが、俺はほんとうに必要だったのか?」
「何を言ってるんだ。さっきも言ったけど充分なほどに働いてもらっているよ」
「そうだよっ。謙遜しすぎは逆に嫌味だよー?」
「……わ、わたしも、エリクさんが居てくれると心強いです」
「いや、そうじゃなくて」
他の皆が口々に俺を見当違いにも励まそうとするのを遮るようにして。
「俺が居なくても、三人で充分やれていたんじゃないのか」
正直に思ったことを口に出す。
冷静に、戦闘を共に体験したことを踏まえて言ったことだ。
こいつらの力と連携なら、これから立ち向かうボスでも倒せるはず。
楽勝とはいかないだろうが、ちゃんと戦略立ててその通り行動すれば問題ない。
「いや、それは……」
「…………」
「…………」
俺の疑問に対し、何故か三人は押し黙った。
張り詰めた空気でもないが、どこか気まずさが漂う。
世間離れしているとは自分でも思っているが、そんなにマズイことを口にしたか?
「まだ、僕たちは本当に乗り越えられたわけじゃないから……」
「何の話だ?」
諦めたように沈黙を破ったルドラに、俺は追及する。
ルドラは、他の二人を見遣った後に、口を開いた。
「エリクは、『才能限界』って何か知ってるかい?」
「……知ってはいるが?」
――――『才能限界』
人も魔族も、成長スピードに差はあれど他の生物を殺せば、その生物が持っている魔素が外に流れ、それを吸収し、成長、レベルを上げることができる。
だが、そのレベルは他の生物を殺せば殺すほど、魔素を吸収すればするほど、それこそ無限に上がるわけではない。
個人によって、体内の魔素の蓄積量が違っている。
それ以上はどんなに魔素を吸収しようと、その分魔素が排出されるだけ。
人も魔族も成長することはできるが、どれだけ強くなれるかは生まれたときから決まっているのだ。
「……僕たち、元々四人のパーティだったんだよ。僕と同じ前衛を担当していた奴がもう一人居たんだ。
僕の同郷で、それで、僕たちのリーダーだった」
軽く息を吐き、そしてどこか懐かしむようにルドラは語る。
「陽気な奴だったよ。冒険者になろうって、半ば強引に僕を町から連れ出して。
一年前にこの町に来て、ディアナとアンナに出会って一緒にパーティ組んで。
あいつの破天荒な行動に振りまわされて辟易としたこともあったけど、認めていた。
あいつには人を引っ張る力がある。強引だけど、それに惹きつけられるようにして僕たちは集まったんだ。今思えばすごい楽しかったよ。ほんとにめちゃくちゃなやつだったけど」
苦笑して、だが次の瞬間にはルドラは影を落としていた。
「ちょうど、一か月前かな。いや、ほんとうはもっと前からだとは思うけど、はっきりと気付いたのはそのとき。
200レベル。それが、あいつの限界だった。
それ以降はいくら魔物を狩っていってもレベルは上がらない。僕たちは変わらずに上がるというのに。
冒険者にとって、レベルが上がらない事がどれほど致命的かは分かるだろう?
でも、僕たちはあいつの限界が分かっても、それでもあいつ以外にリーダーなんて考えられなかったから、引きとめようとしたけど駄目だった。あいつは、自分の限界に絶望して冒険者を辞めたよ」
また、沈黙が流れる。
当時を思い出しているのか、感傷に浸っている顔を誰もが浮かべている。
「…………僕らは途方に暮れてね。パーティを率いていたリーダーが抜けたから当然なんだろうけど、一時はパーティを解散しようとまで思ってた。でも、やっぱり何か寂しくてね。今まで一緒にやってきた仲間だし。あいつは居なくなったけど、あいつの分まで三人で頑張ろうって、またパーティを再結成したんだ」
「ま、再結成したとは言っても、すぐにはまとまらなかったけどね。
今まで四人でやってきたから、三人での戦闘は慣れるまで時間かかったよっ」
暗い空気を払拭しようと、黙っていたディアナ明るい口調で言った。
「…………それで、もう慣れたんじゃないのか?」
「いや、うん……僕もそう思うんだけど、ボス戦ともなると少し自信がなくてね。
それに、これは区切りにもなるし……」
「区切り?」
「この町ではボスを倒した時点で、いっぱしの冒険者と認められるようになるんだよっ。
だから、誰しもまずは最初のボスを倒すことを目標としているんだっ」
「……わ、私たちも、ボスを倒そうって、皆で頑張っていましたから…………」
「…………」
アンナの声には、寂しさが滲み出ていた。
皆、というのはもちろん、そのリーダーも含んでいるのだろう。
だからこその、区切り。
いっぱしの冒険者になるとかじゃなく、そのリーダーの想いを引き継ぐ、最初の指標がそれなのか。
だったら益々本人たちだけで、ボスを攻略した方がいいのではと思うが。
「…………まあ、俺には関係の無いことだ」
休憩を終え、二十階層へと上がる。
最初に迎えられたのは十メートル四方の四角い空間。
正面の奥に大きな両開きの門扉があり、右側の壁には対称的に小さな扉が備えられていた。
「多分、奥にあるのがボス部屋への入り口だね。右にあるのはそのまま上の階層に続くものだろう。
ボスを倒していない僕らでは、どうやっても開かないと思うけど」
……右の扉がどうなっているのか調べてみたいところだが、まあいいだろう。
それはボスを倒してからでも遅くはない。
「一応作戦は立てたけど、何があるか分からない。みんな、気を引き締めていこう」
ルドラが声を掛け、パーティに緊張感が湧き起こる。
肩肘張ったものではなく、戦闘を行う上での研ぎ澄まされたものだ。
ルドラと俺を先頭に大扉まで進み、その取っ手を掴み一気に開く。
開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは、広大な円形空間。
「……広い」
後ろでアンナがほぅと、息を吐く。
確かに、広い。
直径優に百メートルはありそうな円状に切り開かれた空間。
観客席はないが、その様は闘技場にも似たようなものだ。
そして――――
「あれが……ボスか」
広間の中央。
そこに、異様に大きいサソリがいた。
――――アイアンスコーピオン。通称、鉄サソリ。
全長五メートル強の巨大サソリ。その身を包む黒色の甲殻は、鉄以上の硬さを誇ると言う。
主な攻撃手段は前にある二本の鋏と、胴体部までそり曲がっている尾の毒針。
攻撃よりも脅威なのは耐久力。
鉄サソリの異名を持つ原因ともなる硬い甲殻は、そうそう打ち破られるものではないらしい。
「…………」
と、石像のように微動だにしなかったアイアンスコーピオン――――鉄サソリから、敵意が放たれる。
どうやら、後ろの扉が閉まると同時に、動きだす仕組みらしい。
「…………くるぞっ! 構えろ!」
その敵意を敏感に察し、ルドラが注意を促す。
と、同時に鉄サソリがこちらに向かって猛烈な勢いで突進してきた。
「――――っ!」
デカイ図体をしている割に速い。
だが幸い距離があるために、避けるのは難しくなかった。
俺は鉄サソリの進行方向から、左に逃れる。
ルドラも同様に。後ろの二人は、逆に右側に向かって避けていた。
「ギィイイイイイイイイ!!」
左右に分かれて開けたスペースを通り抜けて…………鉄サソリは壁に激突した。
その衝撃が地面を伝わってこちらまで届いてくる。
――――よし、予定通り。
鉄サソリが体勢を整える前に、ルドラと二人、鉄サソリの前に立ち塞がる。
後衛二人は俺たちの、かなり後方の位置につく。
ギルドの情報で、アイアンスコーピオンの行動パターンはあらかじめ把握してあった。
当たったら即死するほど強烈な突進も織り込み済み。
その突進の後に、しばらく身動きが取れないことも。
その隙に前衛組で近寄り、アンナの魔法の詠唱時間を稼ぐための足止めをする。
事前にボス部屋に入る前にした打ち合わせ通りだ。
高い防御力を打ち崩すには、魔法が一番手っとり早い。
弓では文字通り刃が立たないため、ディアナにはアンナの足となる役目を。
一番足の速い彼女が、身体能力のステータスが低い魔法使いの最終的な御守役となった。
「僕は右側を、君は左側を頼むっ!」
「分かった」
鉄サソリがこちらに向き直った瞬間に、俺たちは飛び出した。
後ろに流さないために、無理はせずに攻撃をいなしていけばいい。
「ギィイイイイイイイイイ!!!!」
出てきた俺たちに反応して、鉄サソリが左右の鋏を振りまわしてきた。
ルドラの指示通りに、俺は左側の鋏を相手する。
「ぐっ……」
振るわれた鋏を、後ろに引いて受け流したが……重い。
剣に伝わる衝撃が、腕を僅かに痺れさせる。
二人いるからたった一つの鋏だけを注意すればいいと、気楽に考えてはマズイ。
そもそもこの鉄サソリの巨大さを考えれば、攻撃部分である鋏も大きいに決まっている。
防御力の方が高いとはいえ、攻撃の方も油断はならない。
鋏だが、もはや巨大なハンマーのようなもの。
挟んで引き千切るのではなく、強烈な打撃に近い。
一撃で、それを理解して少し距離をとる。
あくまで後ろではなく俺に注意が向く程度の、つかず離れずの距離。
嵐のような乱撃を、馬鹿正直に一つ一つ剣で受けては体が持たない。
避けれるものは避ける。どうしても避けられないものだけ、剣で受け止める。
数合、それを意識しいなすことで、コツは掴めた。
攻撃に出ないでいい分、回避は容易い。
もう一つの攻撃手段である尾の毒針は、射程はともかく攻撃範囲は狭いので位置さえ注意すれば問題はない。
コツを掴んだことにより、鋏を避けた瞬間、その鋏に向かって斬撃を叩きむ余裕ができた。
評判通りに硬い手応えで、なんとか浅い傷を鋏に刻めた程度だ。
…………なるほど、確かに仕留めるのは骨が折れそうだ。
剣で斬り付けるだけでは大したダメージにはならない。
となれば――――
「二人ともっ! 準備できたよっ!」
ディアナの声に弾かれたようにして、二人左右に飛び退く。
待望していた瞬間が、どうやら来たようだ。
鉄サソリの視界、煩わしい人間二人が脇にどいたことにより開けた景色の先には、別の二人の少女の姿。
鉄サソリの行動に、距離に問わず前方方向にいる標的を優先して狙う傾向がある。
恐らく突進という、一番殺傷力のある攻撃を鉄サソリが理解してあるからだとギルド情報に載ってはいたが。
果たして予想通りに、後衛二人に向かって鉄サソリは猛進していった。
勢いに乗った巨大生物がその身に迫ってくる光景は、大の大人の男でも身が竦む。
だというのに、ディアナもアンナも、まったくと言っていいほど焦りを見せずにその場に佇んでいた。
そして、ある程度距離が縮まったところで、
「さて、そろそろスピードを緩めてもらおうかなっ」
ディアナが、矢筒から三本の矢を取り出し構える。
今まで魔法具である弓から生成した矢しか使っていなかったから、気にはなっていたが……。
ディアナは突進してくる鉄サソリを冷静に見据えながら、三本の矢を一度に弓につがえ、放った。
綺麗な弧を描いて、矢が鉄サソリに飛んでいく。
狙いも正確に、ちょうど鉄サソリの眉間辺りに着弾――――する寸前に、矢が弾けた。
「ギィッ!?」
強風が巻き起こる。
矢が弾けた瞬間に魔力の起こりとともに現れた風が、鉄サソリの突進を押し留める。
――――魔法付与。
自身が持つ魔力を直接外に出すのではなく、自分、もしくは物質に付与して一時的に特定の効果を与える魔法。
俺の服にも魔法付与が掛かっているが、こちらはほぼ永続的。
こちらは長い時間を掛けて魔素を自動で吸収するようにして効果が持続的になるように設定されているからだが、効果のほどはむしろ瞬間的な魔法付与の方が強力だ。
ディアナは放出系の魔法はどうやら使えないらしいが、内に溜める魔法付与は使えるらしい。
「いきます、『フレアランス』!!」
そして、強風に煽られ突進の勢いが欠片もなくなった無防備な鉄サソリに、アンナの強力な魔法が放たれる。
黒竜の時に兵たちが使っていた中級の火属性魔法。
ただ、威力は火属性が得意なだけあってアンナが放つ方が強い。
その強力な魔法が、外れることなく着弾した。
「ギィイイイイイイィ、アアアアアアアアアッッ!!!!」
業火に焼かれ、鉄サソリが苦しみ悲鳴を喚き散らす。
かなり効いている。防御の要である甲殻も少し熱で溶けていた。
……まだしぶとく生き残っているが、あと一発同じように喰らわせば、さすがに動かなくなるだろう。
痛みに鉄サソリが悶えている間に、俺たちは後衛組と合流する。
またさっきの繰り返しを演じるだけだ。
前衛が足止めで、後衛が攻撃。
アンナが詠唱を始める。少しして、鉄サソリが体勢を整え始めた。
ルドラと目線を交わし、さっきと同じ要領で左右に分かれる。
憤懣やるかたないといった感じで、鉄サソリが薙ぎ払うように腕部分である鋏を先ほどと同じように振りまわしてきた。
怒りとダメージでしかし、攻撃は雑だ。
軽く避け、伸びきって停止した鋏に斬り付ける。
感触は、思っていたより柔らかい。熱で脆くなったのか、甲殻にさっきよりも深く傷をつけれた。
それを見たディアナが、弓も有効と判断し、次々と矢を鉄サソリに降らせる。
浅くだが、ちゃんと突き立っている。所詮は大したダメージにはならないだろうが、それでも注意は逸らすことができる。
視線を横にやれば、ルドラも堅実に守り、隙あらばバスタードソードを叩きつけている。
…………この分なら、大丈夫そうだな。
誰も何の問題もなく、思ったよりも呆気なく決着は着きそうだった。
「ギィ、ア…………ギィイイイィイイイイイイイ!!!!!!」
地味に傷をつけられ続け、無視できなくなったのか苛立ち交じりの奇声を鉄サソリが上げた。
体を揺らし、強引に俺たちを退けて押し進み、後衛に向かってまたも突進。
それを俺たちは何もせずに見送る。
なぜなら、もう終わっていたから。
ディアナは弓を構えず静観し、代わりにアンナが歩み出て、
「『フレアランス』!!」
トドメの一撃が、鉄サソリに豪快に直撃した。
猛る炎は外だけでなく、内側まで焼き尽くし焦がす。
それに耐えきれず、遂に鉄サソリが力尽き、倒れる。
そう、誰もが思った。
「…………ギィ、アアアアアアアアアアアアッ!!!!」
力尽きたように見えたのは一瞬だけで、すぐに鉄サソリは立ち直り、武器である鋏をアンナに突き刺すようにして振り下ろした。
捨て身の一撃。あえて魔法を受けることによって、一矢報いようとしたのか鋭さが違う。
「ひっ」
「――――アンナっ!?」
身動きとれないアンナに駆け寄り、ディアナが鋏が直撃する寸前にアンナを抱え込み跳ぶ。
間一髪直撃は免れた…………が、微かに掠ったようで衝撃を防ぎきれず二人吹き飛ばされる。
「――――マズイっ!!」
既にルドラと二人で救出に向かっていたが、一足遅い。
先の衝撃でアンナを庇うようにして地面に倒れたためか、ディアナが起き上がらない。
アンナはその状況に混乱して、ただ右往左往している。
その無防備な姿を鉄サソリが見逃すはずもなく、今まさに鋏を高く上げ、再びその身に突き立てんとしていた。
形勢逆転。全員にもう勝ったという思いがあったのか、油断していた。
その慢心を嘲笑うかのように、鉄サソリの執念と頑丈さは俺たちの意表を突いた。
見事だ、素直に称賛を贈ろう。
…………だが、その先をやらせるわけにはいかない。
走りながら、剣を持つ手を大きく後ろに引く。
弦を引くように持ち手は逆手で、走る勢いを乗せて長剣を投擲した。
「……ギィッ!?」
長剣が、鉄サソリの背に深く突き刺さる。
予想外の攻撃に鉄サソリは驚いたのか、自分の攻撃の動作を停止させた。
稼げた時間はほんの僅か。……だが、それで充分だ。
後ろから正面に回り込む、なんてことはせず、そのままこちらに背を向けた鉄サソリの背面に跳躍する。
俺は長剣が突き立った場所に着地すると、すぐさま引き抜き、もう一度深く剣を突き刺した。
「ギィイイイィイイイ!!?」
何度も何度も、背中に繰り返し突き刺す。
二度の魔法で甲殻に相当の損傷を与えているためか、すんなりと刃が通る。
鋏は背中に乗っかっているために届かない。
ゆえに、胴体の上に乗った俺を振り落とさんと、鉄サソリがやたらめちゃくちゃに動き回ってくる。
よし、これで標的が俺に移っただろう…………と、余裕ぶっている場合ではない。
胴体の上は攻撃はされないが、いざ振り落とされた瞬間は一巻の終わりだ。そのまま踏みつぶされてしまう。それに長く上にはいられない。激しい震動の連続で、そろそろバランスを崩しそうだ。
「そろそろ…………くたばれっ!!」
片足が浮いてしまい振り落とされる、その前に自分から残った足で軽く跳んで、
体重を乗せて最後の一撃と、鉄サソリに長剣を突き刺す。
ずぶり、とより深くまでめり込ませ、そのまま停止。
もう剣を引き抜く余裕もない。突き立てた剣を支えにして、振り落とされないようにしがみつく。
鉄サソリはまだ暴れていたものの、徐々にその活動を緩め、そして完全に停止させた。
…………死んだか、と恐る恐る確認しようとすれば、鉄サソリの体が光に包まれ粒子となって霧散していった。
コンッ、と大きな魔石が音を立てて地面に落ちる。
鉄サソリの背中に乗っていた俺も同様に地面に落とされ、その痛みに顔を顰めたが、他のやつらはどうなったと思い顔を上げる。
心配は無用で、少し離れたところに、三人一緒に固まっていた。
倒れていたディアナも、辛そうだが自力でその身を立たせていた。
…………なんとか、依頼は果たせたか。
色々と苦戦はしたが、初のボス戦を勝利で収めることができた。
その結果を噛みしめ、俺は疲れを吐き出すように息をついた。
――――ダンジョンを出ると、既に陽は暮れ、空は夕焼け色に染まっていた。
町も綺麗に色付いているが、もうすぐしたら夜になるだろう。
その前に宿に戻ろうとする冒険者の姿が目に付く。
俺たちもその一員だ。
ギルドで魔石の精算を終え、報酬を受け取り、用を完全に終えた俺は一時のパーティに別れを告げた。
「それじゃあ、世話になったな」
「ちょっ、ちょっと待ってくれっ」
立ち去ろうとする前に、何故だか少し慌てたようにしてルドラから呼び止められた。
「その、君はこれからもソロで活動するつもりなのかな?」
「……そのつもりだが」
こちらの様子を窺うように見てくるルドラに、俺は首を傾げる。
「そうか。でも、ソロだとキツくないかな?
ダンジョンは上の階層に進めば進むほど敵も強くなるし、数も増えるし」
「それは最初から分かっていることだ。何の問題もない」
「いや、そうじゃなくて、だから…………」
「ルドラさ。ちゃんとはっきり言わなきゃ分かんないってっ」
いまいち要領を得ないルドラの言葉に、ディアナが呆れて言った。
その通り。俺も早く帰りたいので用があるならさっさと済ましてほしいところだ。
「そう、だね。ごめん」
ルドラは一度目を閉じ深呼吸したあと、真っ直ぐに俺を見て、
「エリク、僕たちのパーティに入ってくれないか?」
「……は?」
耳を疑う。
何と言った、こいつは。
「今日一緒に戦って、君の実力に何の問題もないことは分かっている。
それどころか技術に関しては君の方が僕らより上だ。正直、今日何度助けられたか分からない。
それなりに信用しているつもりだ。
……僕らは、三人でもやれると思っていたけど、今日のボス戦でその力不足は痛感したよ。
だから、君にそれを補ってほしい」
「あたしもっ。君が入ってくれるととても心強いよっ。……今日は助けられちゃったしね」
「わ、私もですっ。エリクさんに入っていただければ、安心して魔法が撃てます……」
「…………」
全員が俺の答えを待つように、見ている。
少しの不安と、大きな期待を添えて。
顔に笑顔を貼り付けて、俺を歓迎するように。
とても眩しそうに、どこか懇願するように。
――――縋りつくようにして、俺を見ていた。
「……悪いが、その話は受けられない」
「…………どうしても、かな」
一縷の望みをかけたルドラの言葉を、
「どうしてもだ」
躊躇いなく切り捨てた。
「そうか……」
期待から一転、隠すことなく落胆がその顔に彩られる。
もういいだろう。
早く去るべく、ルドラたちに背を向ける。
「あっ……」
何か言いだす、その前に立ち去ろうとしたのだが。
「パーティに入るのは無理でも、たまになら一緒に探索してくれ!」
背中越しに掛けられたその言葉は、縁を持った冒険者に対しての気軽な挨拶と同じようなものだったのかもしれない。
だけど、どうしてもその言葉には。
粘りつくような期待がこびりついていて。
……よせばいい。無視して去ればいい。
そう思うのに、気がつけば足を止め振り向いていた。
「……それも、お断りだ」
「えっ!?」
冷たく言った俺に、ルドラたちは全員同じような反応を返していた。
「な、なんで……」
「さっき俺を信用しているとか言っていたが、俺はお前らを信用していない。
それだけの話だ」
「……もしかして、あたしたちが油断したから?」
ボス戦のことを言っているのだろう。
ディアナが、不安そうに訊いてきた。
「実力云々とかじゃない。お前ら自身が信用ならないからだ。
自分たちの足場も固めていないのに、他のやつを引き入れようとする気がしれない」
「ど、どういうことだ……?」
…………本気で言ってんのか、こいつは?
もしくは薄々気づいていながら、意識しないようにしているのか。
「だから、俺をお前らが抜けたリーダーの代わりにするなと言っている。
たかが一日行動を共にしただけで、何が信用しただ。
そんなやつに、責任を押し付けるなよ」
今度こそ理解したのだろう。
驚き目を見開いた後で、全員どこか居心地悪そうに顔を俯かせた。
一緒に戦ってみて分かったが、こいつらには指揮を出すやつが存在しない。
最初っから決まったパターンをその型通りに動いているだけで、細かい指示は誰も行わない。
性格か実力の開きのなさが問題なのか、パーティとして統一させる存在が欠けている。
その役目は、抜けたやつが務めていたから当然のことなんだろうが。
だからといって、何故その役目を他に任す。
離散しようとするパーティを引きとどめて、抜けたリーダーの想いを引き継ぐのは良いとしよう。
だが、そいつの立っていた場所を簡単に他のやつに渡す神経が分からない。
散々、自分のパーティに想い入れがあるかのように語っておきながら、
あっさりとそれを蔑ろにするような行動の一貫性の無さが俺には気にくわなかった。
純粋に戦力増強のために仲間を引き入れるというのなら、ここまで言わなかったが。
こいつらの縋るような目を見れば、押し付けようとしている気は火を見るより明らかだった。
「…………」
何も言わないルドラたちを前に、今度こそ俺はその場を去った。
この話が一番描くの面倒でした。
中途半端な設定をしたキャラは動かしにくいですね。