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第七話

今回は短めです。


……と言っても、5000字以上ありますが。




 朝。

 木窓から、目覚めに良い暖かな日差しと清涼な空気が部屋に流れ込んでくる。

 外から聞こえるのは人々の活動の音。

 そろそろ起きるには良い時間帯であるが……。

 

 木窓に近いベッドの上、そこに、一体の干からびた死体が横たわっていた。

 


 ――――というか、俺だった。


 

「あ……う…………」


 喉から漏れ出るは掠れた息だけ。

 体を動かそうとすればピクピクと痙攣するのみ。

 心なしか、体もずいぶんと細くなった気がする。

 肉が削ぎ落され、皮が骨にへばりついているだけのようだ。

 まるでその様は、体中の精気を全て吸い尽くされたかのよう。

 ……いや、実際そうなんだが。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」


 ベッドの脇には、壊れた機械のごとくぺこぺこ頭を下げ続けるロリ巨乳淫魔のネリィさん。

 うおっ、すっごい揺れてる。なにあれ、ちょっとは俺にその脂肪を分けろよ。

 体系的にはありえないほどの大きな二つのブツを上下運動させているネリィに、人体の神秘について思う俺だった。


 …………なんというか、ほんと、その容姿に惑わされていた感はある。

 俺の肩ほどもない身長である幼児体型に、すっかりとこいつが淫魔であることを忘れていた。

 いや、たとえ忘れてなかったとしても考慮しなかったに違いない。

 だが俺の予想を裏切り、結局のところどこまでもどうしようもなくこいつは淫魔であった。


 昨夜のことは…………うん、なにも思い出したくない。

 最初は攻めていたはずなのにいつの間にか攻められている回数が多くなっていたことなんか、

 予想外の超絶技法で驚くほど早く達してしまったことなんか、

 俺はまったく身に覚えはない。

 知らない。記憶にございません。 

 あー、あれだ。魔王であったときの肉体なら勝っていた。

 人族の体のスペックはほんと駄目だな。それを考慮したなら俺はかなり奮闘したのではないだろうか。


「ごめんなさいごめんなさい、次からは加減しますからぁっ!!」


 …………情けをかけられると余計に辛いわっ!



 

 







 ようやく起き上がれるようになった頃には、もうすでに昼過ぎになっていた。

 泊っている宿は、二階が貸部屋で一階は酒場を経営している冒険者御用向きのもの。

 昨日は夕食を取っておらず、今朝も朝食を逃してしまったので、一階でいくつか料理を頼んで、テーブルについた。

 空いた腹に物を詰め込みながら、申し訳なさそうにしながらちらちらとこちらを上目遣いで窺っているネリィと向かい合う。


「あの、魔王様……」


「何だ?」


「その、怒ってません?」


「別に怒ってなどいない。……そんな風に見えるか?」

 

「はい……いつもより食が進むのが速いですし声も一段と低くなっていますしただでさえ鋭い目がさらにきつくなっています」


 恐縮しながらも目に映る俺の挙動の変化をずらずら並べ立てるネリィに、俺は口元が引きつくのを自覚しながら否定する。


「……別に怒ってなどいない」


「嘘です」


「ほんとうだ」


「嘘です」


「…………」


 なんでこいつはここまで俺の言葉を否定したがるのだろうか。

 せっかく俺が寛容な態度をみせているのに。

 そんなに俺を怒らせたいのだろうか。


「……まあ、ダンジョンで疲れ果てていたにもかかわらずお前の容赦のない攻めで俺は精も根も尽き果てて今日とてもじゃないがダンジョンに行けそうになかったとしてもお前を責める理由にはならないな」


「ごめんなさいごめんなさい生まれてきてすみませんっ!!」

 

 ついつい本音を口走ってしまったら、またネリィがひたすら謝罪モードに戻ってしまった。

 うざいので放置して目の前の料理に手を伸ばす。


「うぅ……捨てないでくださいぃ……」


 放置した結果、泣きべそを掻き始めさらにうざいことになった。


「大丈夫だ。捨てはしない」


「ぐすっ……ほ、ほんとですか?」 


「……まだ」


「わーん!」


 大泣きになってしまった。

 まばらにいる客たちの視線が自然に集まる。どれもジト目だ。

 実にうざったことこの上ない。なんで俺が悪者扱いなんだろうか……。


「……冗談だ。冗談だから泣くのを止めろ」


「うっ、ぐすっ……は、はいっ…………」


 ずずっと鼻をすすり、目元を拭って、ほっとした笑みをネリィは浮かべる。

 ……この程度で本気で泣かれると対処に困る。俺が不機嫌だったことも要因にはあるのだろうが。


「ほら、メシでも食って元気出せ」


「え、でも……」


「遠慮することはない。ちゃんとお前の分まで頼んであるんだ」


 これはほんとうのことだ。

 事実、テーブルに並べられている皿の数は一人分を超えている。

 だというのにまだ躊躇っているのか、ネリィはなかなか皿に手を伸ばさない。


「どうした? 遠慮することはないと言っただろう?」


「いえ、その……」 


「さっきのことならもう気にするな。俺も非があったことは認める」


「いえ、そうではなくて…………わたし、もうお腹一杯なんです」


「はぁ? 何を言っている。お前、朝食すら食べてないだろう」


 というより、こいつ昨日の夕食すら食べたかどうかあやしいところだ。

 俺が食べていないというのに、先に食べるなんてことはネリィの態度からしてもありえない。


「…………昨夜、魔王様にたくさん注いでもらったので、お腹、一杯なんですっ!」


「……ああ、そう」


 そうだった。

 ついつい忘れがちになるが、こいつは淫魔だった。

『食事』は、そりゃあ普通とは違うものだ。


 変な空気が流れ、しばらくカチャカチャと食器を鳴らす音だけが響く。

 俺は一人分以上を食べなくてはいけないはめとなり、食に集中できるのならそれでよかったのだが、

 沈黙が落ち着かないネリィは、しばらくそわそわしたあとで口を開いた。


「と、ところで魔王様。今日はどのようにお過ごしになられますか?」


「……さあな、まだ決めていない」


 黙々と食べていた俺は、一旦手を休めてから答える。


「ダンジョンには行けないし、特にやることもないからな。

 適当に町を見ることくらいはするとは思うが……」


「で、でしたら、わたしもそれにお供させてもらってよろしいでしょうかっ!」


「何だ? なにか買いたいものでもあるのか?」


「いえ、ただ魔王様とご一緒したいだけです。だ、駄目でしょうか?」


 不安げに瞳を揺らしながら、ネリィは俯く。

 ここで断ったら、どうなるかは結果が目に見えていたので、


「別にいいが」


 と、了承した。












 太陽が天に高く居座っている頃合い。

 街路はにぎやかな空気に包まれていた。

 道の端には露店がずらっと並び、それに興味を引かれ覗いている人々。

 そこに俺たちも紛れていた。


 ダンジョンがある東とは反対の西側。

 そこには武骨な武器防具などの冒険者必須の道具は少なく、

 どちらかというと手作りの装飾品や食べ物などの一般客向けの店が多い。

 まあ、露店を見に来ている人族の中には冒険者もかなりいるとは思うが。

 何も冒険者は年がら年中ダンジョンに潜ったり、依頼を請け負ったりはしていない。

 時には気晴らしの一つとして、適当に出ている店を冷やかしもする。

 思い返せば復活してからほんの数日しか経っていないが、ずいぶん慌ただしい日々を送ってきた。

 そう考えれば、俺も骨休めの意味でこうしてぶらつくのもありかもしれない。


「魔王様〜! 見てくださいよこれ、すごいですよ〜!!」


 道行く先では、ネリィが一人で勝手にはしゃいでいた。

 あっちこっちで露店を見ていっては目を輝かせている。 

 呆れるほどの目立ちっぷりに俺としては衛兵の目が気になるが、

 フードで髪は隠しているから大丈夫だろうと自分で納得させておく。

 それに黒竜の襲来時に兵たちが記憶しているのは黒竜を静めたあのときのネリィだ。

 厳かで神聖さを身に纏う、間違っても今のどこらにでもいる馬鹿そうな子どもではない。

 あそこまで雰囲気が違っていれば外見が一致していようが見逃してしまうに違いない。


「あー良い匂いですね。どれもこれもおいしそうです。ねえ、魔王様」


「知るか。というより、お前食欲なかったんじゃないのか?」


「甘い物は別ですよっ! わたしの活力の半分は甘い物でできているんですから!」


「……んなこと知るか」


 俺が賛同しないのが不満なのか、ネリィが頬を少し膨らましていた。

 知ってはいたが、なんとも喜怒哀楽の切り替わりの激しいやつだ。

 感情豊かと言うべきか情緒不安定と言うべきか、どちらにせよダイレクトに気持ちをぶつけられる。

 だから余計に、そういうのに慣れていない俺はこいつが苦手なんだろう。


「あっ、魔王様魔王様! あそこにあるクレープ買ってきていいですか?」


 ネリィが顔を輝かせて指をさすのは、一つの屋台。

 確かに台の上には紙で包まれたクレープが売られている。


「別に俺に許可をとらなくても勝手に買えば良いだろ」


「でも、わたしお金持っていないので……」


 そうだった。

 俺は城を出る前に用心としてベスト内側にあるポケットに多少の金を詰め込んであるが、

 ネリィは全ての荷物をマジックポットに入れている。

 そのマジックポットも今は俺が管理しているので、ネリィは一文無しとなっていた。

 仕方なしにマジックポットから数枚の銅貨を取り出してネリィに渡す。


「ほら、それで買ってこい。それと別にわざわざ物を買うのに俺の許可は必要ない。

 城の物であれ、お前が掻き集めてきたものだろ。好きに使えば良い」


「あ、ありがとうございますっ! 

 …………でも、好き勝手に物を買っていったら今後の生活に支障をきたしますよ?」


 ガキみたいにはしゃいでいるくせに変なとこで現実的だった。


「……いいから早く行ってこい」


「はいっ!」 


 嬉しそうに返事をして、ネリィはぱたぱたと駆けていく。

 俺は後ろの方でクレープ屋とネリィがやり取りしているの見ながら待つ。

 一分とかからずして、ネリィがまたぱたぱたと走りながら戻ってきた。


「買えたのか?」


「……子ども扱いしないでください。金銭のやり取りくらい、わたしにだってできますよ。ほら」


 ネリィは少しむくれて、その言葉を証明するように手に持った物を俺に見やすいように掲げる。

 確かにクレープはあった。

 左手と右手、一つずつ。計二つ。 


「……まあ、甘い物は別腹なんだろうし、好きに金を使えと言ったのは俺だからとやかくは言わないが」


「言っておきますが、二つともわたしが食べるんじゃありませんよ。一つは魔王様の物です」


「俺は頼んだ覚えはないが?」


「でもおいしいですよ?」


 会話が成立していない。何がなんでも俺に食べて欲しいようだ。

 まだ自分が食べてもいない物なのに。


「もしかして、甘いの苦手でしたか?」


「いや、別に嫌いと言うわけじゃないが……」


 まあ、いいか。

 押し付けられた形となったが特に断る理由もない。

 昼食を食べたばかりで少し胃がもたれ気味だが、このぐらいの量であれば大したことはないだろう。

 ネリィが差し出したクレープを、落とさないようにして受け取る。


「ささ、どうぞ食べてみてください」


「お前は食べないのか?」


「魔王様が食べたら、わたしも食べてみます!」


「……俺は毒味役か」


 何か釈然としないが、ネリィは譲る気もなさそうなので、先にクレープに齧り付く。

 途端、口の中で控えめな甘さが広がる。

 バターに軽くまぶした砂糖、それと柑橘系の香りを漂わせる蜜のようなソースが、

 互いの長所を損なわせずにうまい具合に合わさっていた。

 そのまま二口、三口と、クレープを咀嚼し飲み込む。


「ど、どうでしたか?」


 俺が食べたのを見計らって、ネリィが期待と不安を混ぜ合わせたような顔で訊いてきた。


「まあ、普通にうまかったが……」


「でしょう!」


 破顔する。 

 いや、だから何でお前が誇らしげなんだ。まだ食ってもないというのに。

 

 そこからネリィも手元にあるクレープを食べ始め、「おいしいっ!」と感動していつも以上に顔を綻ばせていた。











 西通りの終点まで続く露店、構えている店(主に食べ物)などを見たり入ったり。

 長いこと骨休めにしては歩きっぱなしの気もしたが、一番はしゃいでいる当の本人は未だ元気なまま。

 その奔放さに引きずられるようにして俺はついていった。

 見る物全てが新鮮といった風で、些細なことにネリィは顔をほころばしていた。

 魔族領には確かにないものばかりだが、そこまで感激するほどのものではないと疑問に思うのだが、

 素直に楽しんでいるようなら口を挟むことはない。

 楽しんでいるところにわざわざ水を差すような野暮な真似をしないくらいには、俺にも良識はある。

 俺の方も無聊を慰める程度にはなっていたからな。

 冷やかし程度に店を見て回るだけでも。


 気がつけば、空は朱に染まっていた。

 ――――ちょうど、切り上げ時か。


「おい、そろそろ宿に戻るぞ」


「えっ? 何でですか?」


 次はどこへ行こうかと思案していたネリィが、足を止めこちらへと振り返る。


「もう良い時間だろう。店も畳んでいるところもあるし、あまり暗くならない前に帰るぞ」


「? まだまだ日が沈むには遠いですよ?」


「遠くない、すぐに暗くなる。ただでさえ西の端の方まで来てるんだ。

 宿に着くころには完全に夜になっているだろうよ」


 取っている宿は、ダンジョン近くの東通り。

 ちょうど今居る場所とは正反対の方向だ。

 長い距離を渡り歩かなければならない。そうしている内に日が沈む。

 この町は兵の数も多く比較的治安は良いが、荒くれ者といった野蛮な集団がいないとは限らない。

 大きな町には必ずいくつかそういうやつらが根を張っている。そうした連中が行動を起こしやすいのは人目に付きにくい時間帯。

 連中が狙うのは、必然的に金を持っていそうで弱そうな者。

 ネリィは、その典型と言える。幼いが見た目は良家のお嬢様に見えなくもない。

 ……実態はともかくとして。

 仮にネリィが襲われたとして、いくら怪我をしているからといってもただの夜盗に遅れを取ることはありえないが。

 面倒事は避けておくに越したことはないと、俺は配慮した。

 だというのに、ネリィは何故かふくれていた。


「むー」


「……何だ?」


「まだ、お店見たいです」


「そうか。なら、また今度行けばいい」


「魔王様と行きたいです」


「機会があればな」


「…………」


「…………だから、何なんだ?」


「別に、何でもないです」


 表情は見せずに背を向けたと思うと、意外にも素直にネリィは東方向へと足を進めていった。

 

「わけがわからん……」


 いつもは聞きわけが良いくらいに従順なのに、変なところでこだわりでもあるのだろうか。

 俺はネリィから一歩後方に離れて、その背についていく。

 沈黙。

 ネリィは背を向けたまま、俺は前をむいたまま一言も喋らない。

 騒がしかった淫魔は、原因不明の不機嫌によりなりを潜めていた。

 しばらく黙ったまま歩いていき、空は日が沈み藍に変わる頃。

 ぽつりと、呟くようにネリィは口を開いた。

 

「……クレープおいしかったですね」


「あ? ……ああ、悪くない味だったな」


「宝石を売ってる所もありましたね。すごい綺麗でした」


「いや、あれは偽物だろう。値段的にも」


「そんなことは分かってますよ。あくまで雰囲気が大事なんです、祭りの」


「祭りじゃなくて、ただの露店巡りだろ。

 こんなもの日常的にやってることで珍しがるようなものでもない」


「……じゃあ、魔王様は楽しくなかったですか?」


「暇つぶしには、なったと思うが……」


 ネリィが不意に立ち止まり、俺の方へと振り向く。


「――――なら、よかったです」


 硬直した。

 不意を突かれて、動揺した。

 言葉にではない。

 いつもとは違う、表情に。

 いつもの周囲を暖かくする無邪気な笑顔ではなく、見る者を包み込むようなやさしい微笑に。


「魔王様に有意義な時をともに過ごしていただけて、こんなに喜ばしいことはありません」


「……大袈裟だな。俺がいなくとも充分に楽しめていただろう」


 何度見返しても変わらぬ微笑みに、一瞬言葉を詰まりながらもなんとか返す。


「いいえ。いいえ、それでは意味がありません。

 たとえ、わたし一人の心が満たされようと、魔王様がそうでないのならわたしがここに居る意味がありません」


「意味?」


「はい」


 ネリィは頷いて、真っ直ぐ俺を見上げ、

 

「わたしの存在意義は、魔王様に笑ってもらえるように日々を過ごしていただくことですからっ!」


 笑顔がはじける。

 仄かな微笑は消え、代わりに辺りを漂う薄闇をかき消すような眩しい笑みとなった。


「……意味が分からん」


「それでいいですよ。これは、わたしだけの決意みたいなものですから」


 言って、ネリィはまた前を向いて歩く。

 

「今はまだ、それだけでも構いません…………」




   

ちょっと、筆休め的に書いたお話でした。

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