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第五話






「――――何故、力を振るわない?」


 高くもなく低くもない、透明な声がわたしの耳を打つ。

 目の前には顔を上げるのも恐れ多いほどの御方。

 しかし、今はその闇より深く濃い漆黒の瞳から目を逸らせない。


「辛いのだろう苦しいのだろう? 馬鹿にされ蔑まれ、腸が煮えくりかえっているのだろう?

 ならば、一掃してしまえばいいではないか。お前を煩わせる者全て。

 骨の髄まで恐怖を味合わせ、馬鹿にしたことを後悔させればいい。

 お前にはその力がある。だというのに…………」


 ――――何故だ、と怒りも嘲りもない純粋な疑問をこの御方は投げかけてくる。

 背の低いわたしを、高みから見下ろして。

 他の魔族とは比べ物にならない陰気を身に纏いながら。

 全ての魔族の主である御方が、真っ直ぐにわたしを見つめている。

 わたしはそれに圧倒され怖じ気づきそうになるのを必死に堪えて、唾を飲んで自分の想いを正直に曝け出す。


「…………でも、それじゃあ意味がないです」


「意味がない? 何がだ?」


「ただ力を振るうだけじゃあ――――お友達にはなれませんから…………」


 この御方にとっては単なる戯言にすぎない…………そう、思っていたのだが、珍しいこともあったものだ。

 滅多に表情を顔に出さない御方が、ぽかんと口を開けて固まっている。

 そのまま数秒動かない様子を見て、わたしは内心で何か失礼を働いたのではと焦ったのだが、

 くくっと主が喉を震わせたのを聞き、それは霧散した。

 そして――――


「――――面白い奴だな、お前は」


 そう言って、笑った。

   

 









「……………………ぁ」


 小さな呻き声を聞き取り、俺はベッドの方へと顔を向ける。

 ……どうやらお目覚めらしい。

 まだ寝ぼけているのか半目になってはいるが、小さな身体をベッドから起こし、俺の姿を捉え始めている。


「ま、おう……様?」


「ああ、そうだ。それ以外の何かに見えるか?」


 ふるふると重たそうに頭を振って否定の意を示し、まだ自分が寝ぼけているのを自覚したのか何度か強く瞬きをして、ようやくロリ淫魔――――ネリィはシャンとし始めた。


「…………あれ? ここ、どこですか?」


 意識が冴えてきて現状認識ができるようにまではなったらしい。

 壁一面、白い石造りの、ベッド二つに隅に机があるだけで手狭になる程度の部屋。

 周りを見回して見慣れない場所にいることに、ネリィは疑問の声を上げている。


「ダンジョンの近くにある宿屋だ。……覚えていないかもしれないが、もう既に俺たちは町の中に入っている」


 部屋の隅にある机の椅子に腰掛けながら、ネリィの様子を注意深く見る。

 そして、理解したようでしていないような、ぼんやりと首を微かに傾げているネリィに俺は嘆息する。

 ……まあ、無理もないが。

 あれだけのことをしでかした後に、ぶっ倒れたんだから多少の記憶の混乱があっても仕方がない。


「……いいか? 黒竜に乗ってコルドフリーズを越えたのは覚えているよな?

 それで、この町に着く直前に黒竜が暴れ出して、それをお前が止めて――――」


「――――っ! そう、だ…………ジェノさんっ! ジェノさんはいったいどうなりましたか!?」


 俺の拙い説明でも思いだすきっかけになったらしく、ネリィは目を見開いて慌てるように黒竜の安否を気にする。


「大丈夫だ、何も問題ない。っていうか最初っからあいつは怪我一つなかっただろう。

 町にも被害は出てないし、そもそもそれを止めたのはお前だよ」


「……ほんとうですか?」


「ああ、ほんとうだ。そんなに信じられないなら外出て確認してくればいい」


 そう言ってやると、「よかった……」と胸を撫で下ろしてネリィは安堵した。

 だが、ふと何かに気がついたかのように顔を上げると、


「あの……そういえば、あれだけ目立ってしまって兵隊さんたちに目を付けられなかったのですか?」


「まあ、な。……それもとりあえずは問題はなさそうだ」


 そうなんですか? とネリィは少しの疑問を覚えながらも、一応の納得はしたみたいだ。

 追及はしてこない。

 実際はそんな一言で済む、軽い物ではなかったのだが。

 

 ――――ネリィが倒れて、場が騒然となったあと。

 驚きつつも動けていない兵たちの間を縫って、俺はネリィの元へと駆け付けて回収。

 そこには当然黒竜も居た。

 何か言いたそうな顔をしていたが、何も言わなかったのはネリィのことを気遣ってのことだろう。

 万が一、黒竜とネリィとの関係がバレたら厄介なことになりかねない。

 ……まあ、背に乗っていたことを兵隊たちに見られた可能性はなきにしもあらずだが。

 さて、ネリィを拾ったところで、そう簡単に即退散と言うわけにもいかない。

 兵たちが俺たちを逃してはくれないだろう。

 何せ黒竜襲撃の重要参考人。

 黒竜の怒りを静めさせた救世主であり感謝と称賛も向けられるが、それ以上の疑念が尽きないはずだ。

 何故、あんなところにいたのか。どうやって黒竜を静めさせたのか。

 それを問いただされ、ぼろを出して、魔族とバレたら洒落にならない。

 せっかくの苦労が水の泡と消え去る。

 …………ということで、どうやってこの兵たちの手から潜り抜けて、

 町まで行こうかと迷っていたが、そこは黒竜が手助けしてくれた。

 鋭い咆哮を鳴らし凶悪に口から炎をチラつかせ、兵隊たちの注意を引きつける…………その隙に俺たちは逃げさせてもらった。

 黒竜から離れてすぐに「済まない」と聞こえたのは、気のせいかどうかは知らない。

 本来なら町に入るためには一応の検問は受けないといけないみたいだが、黒竜が防壁の一部を破壊してくれたおかげで、その必要もなく恐らくは違法にだが町に侵入できた。

 ネリィの目立ちそうな容姿は俺の黒衣を頭に被せて、そこから迅速に身を隠せる所を探し、

 そこでこの宿に辿り着いたと言う次第だ。

 そこからはもう二日間、ネリィが寝ている間にちょいちょい外に様子を見に行ったが、

 憲兵たちが俺たちを探している様子はなかった。

 事後処理で忙しいのか本部であろう王都にでも使いを出しているのかは知らないが、こっちにとってみたら都合いいことだろう。

 

 ――――と、軽く物想いに耽っていると、ネリィが真面目な顔をしてこっちを見ているのに気づいた。

 俺は少し思いつめたようなネリィの顔に、身を固くする。


「――――魔王様」


「な、何だ……?」


「一つ気になったのですが……いったいどのようにして、宿をお取りになったのですか?」


 脱力する。いきなり真剣になったかと思ったら、これだ。


「……お前は俺を馬鹿にしてんのか? いくらなんでも貨幣のやり取りぐらいは俺でもできるぞ」


「す、すみませんっ! でも、魔王様あまり外に出られたのをお見かけした事がなかったものですから」


 ぺこぺこと謝りながらも的確な所をついてくるネリィに、口を引き攣らせながらも弁解する。


「確かにここ三百年ほどはずっと城に居たが、その前はそうでもなかったぞ。

 人族領にも何度か足を運んだことはあるし、そこそこの常識はあるつもりだ」


 ……と言ったところで、実際のところは店主に硬貨を渡す際は不安だらけだったのだが。

 城からいくらか金は必要になりそうだからとってきてはいたものの、今の貨幣価値はまったく知らなかったし、そもそも貨幣自体古すぎて使えない可能性もあった。

 幸いなことに多少全体的な市場価格がつり上がっている気はしたが、そこら辺は昔とあまり変わっておらず、すんなりと何の滞りもなく宿を取ることができたのだ。


「常識、ですか。魔王様からそんな言葉が出ること自体、不思議な感じがします」


「……お前な、悪意がないからって何でも許されると思うなよ?」


 何がですか? と心底不思議そうな顔を見せられ、怒る気すら失せる。

 ほんっとうに悪意がないから逆に困る。


「…………まあいい。それだけ元気があれば大丈夫だろう。俺は少し出かけるから休んでおけ」


「えっと、どちらにですか?」


「ギルドだ」


「そうですか…………って、ちょっと待ってください!」


 短く言って椅子から立ち、そのまま出ようとしたところで呼び止められる。


「……何だ?」

 

「わ、わたしも行きます! 魔王様だけに行かせるわけにはいきません!」


「別にガキの使いじゃないんだ。一人で外に出るくらいできる」


「でも、ギルドは冒険者たちが集まる場所ですよ! 柄の良い人ばかりじゃありません!

 もし何らかの理由で目を付けられてしまったら、今の魔王様では――――ッ!?」


 続けて何かを言おうとしていたが、顔を歪めてネリィは口を閉ざす。

  

「だから言ったろ、休んでおけと。いくら魔族の快復力が高いとはいえ、傷は浅くない」


 ネリィの肩口。先日、黒竜を止める際に受けた傷の所に包帯が巻かれている。

 その肩口の包帯から、じんわりと小さな点の赤い染みを作っていた。  

 興奮したせいで傷口が少し開いた、そのおかげというべきだろうか、ようやくネリィは自分の状態に気がついたようだ。 


「ですが、それでは魔王様をお守りすることが…………」


「できないだろう? そんな体たらくでは十分にはな。

 それと、あんまり俺を低く見るな。

 そう易々と人間どもに遅れをとるほど俺は脆弱に見えるのか?」


「それは…………」


 ネリィは、なんとも言えないような顔をして口籠る。

 …………って、微妙なところなのかっ。そこは自信を持たせるように配慮しろよっ。


「……まあ、いい。それじゃあな」


「あっ! ま、魔王様っ!? せ、せめてこれを持っていって下さい!」


 焦ったようなネリィの声色に振り向いて見れば、小汚い巾着袋みたいなようなものを手に持って差し出していた。


「何だそれは……?」


「きっと、魔王様のお役に立つものです。開けてみればお分かりになるかと」


 訝りながらもそれを受け取り、言われたままに袋を開けて覗いて見れば――――


「何だ、これは……?」 


 袋の中は、宿屋の一室よりも広かった。

 意味の分からないことに、手持ちサイズの袋の中身は、広大な空間になっている矛盾。

 ドラゴン一頭ぎりぎり収まりそうなほどはある。 

 その空間の中には金貨やら魔法具やら貴重品から、服などの日用品まで乱雑に置かれている。


「『マジックポット』です。中は空間魔法で拡張されてまして、大抵の物なら重さも気にせずに持ち運びが可能です」


 ネリィの解説も手伝って、この道具の有用性が充分なほどに理解できた。

 冒険者なら必需品やら、逆に狩った魔物の素材やらで必然と荷物が多くなる。

 荷が多くなれば、その分背負うだけ戦闘の動きに支障が出る。

 だが、これはその問題を一気に解消する優れものだ。


「……っていうか、そんな便利な物があるのなら最初から説明しておけ」


「す、すみませんっ! 荷の運びは全てわたしがするつもりでしたから、魔王様には必要のない事かと…………」


「いらん気は回すな。重量を感じさせないのなら、俺が持っていたところで構わないだろうが」


 もう一度、すみませんと弱々しくネリィの声が響いて沈黙が訪れる。

 別に俺は怒ったわけではないのだが、こうも軽々しく何度も謝られるとなんだか面倒になる。


「…………じゃあ、今度こそ行く」

 

 その場に留まるのが気まずく感じ始め、俺は再び背を向けて外へ出ていく。


「――――お気を付けて」


 戸が締まる直前、するりとそんな言葉が耳に届いた。






 

 

 宿を出てすぐ、迎えるのは人々の喧騒。

 地元民であろう、かしましく喋る主婦たち。

 鎧を着、剣を佩いた冒険者の風貌をした者に、声をかける露天商の商人たち。

 日は高く上っており、それに応じるようにして町の賑わいも高まり、暑苦しいことこの上ない。

 辺境の町だというのに、ここまで活気があるのはひとえにダンジョンのおかげだろう。

 力を高めようとする冒険者たちにとって、ダンジョンは格好の修練場であり狩り場でもあるから、必然的に人が集まる。

 冒険者、それに釣られて武具屋、鍛冶屋、宿屋、その他雑多な店が繁盛するようになる。

 その結果がこの町の騒がしさにつながることになるのだろう。

 しかも、今は昼時。そのピークである。

 ……まあ、最初こそうんざりしたものの、今となっては多少の耳障り程度の不快しか感じない。

 二日も経てばさすがに慣れる。

 

「あいつが聞いたらまた謝りそうだな……」


 そうなりそうだからあえて言わなかったのだが、どこでそれを知れるのかはわかったもんじゃない。

 二日間もただ寝ていただけなんて事実、あいつにとって不名誉極まりないことだろう。

 主に俺に対しての。

 俺を労り、俺に奉仕し、俺に尽くすのがやつの人生そのものみたいなものだから。

 

「…………」


 ため息が出る。

 聞けなかった。あいつの状態もあったが、それ以上にどう切り出していいのか自分でも分からなかった。


 ――――何故、黒竜を止めに行ったのか。


 なんで素直に逃げなかったのかが理解できない。

 黒竜を放っておいた所で死ぬのは人間だけで、黒竜自体は傷一つ負わない。

 既知の仲が傷づくのを厭うのはまだ分かる。だが、見知らぬ他人がどうなろうがいいではないか。

 それも魔族ではない人族ならばなおさらのこと。

 助けるメリットもないというのに何故自ら傷を負うような真似をするのだろうか。

 それとも何だ。黒竜に町を破壊されたら、俺がダンジョンに行けなくなるから止めたとでもいうのか。

 さすがにそれは馬鹿らしいと切り捨てようとするが、ネリィならありえそうな気がして否定できない。

 最初から理解し難いやつだったが、今回の事でさらにそれが増した。


 念願の地に着いて早々、俺は身内の問題で頭を悩まされることになった。


 


  

  



「……幸運をお祈りしています!」


 毎回冒険者たちを送り出す際の定型句を口に出して、イルカ・チェルミは内心で息を吐く。

 時刻はちょうど正午といったところか。

 町の賑わいも高まってはいるが、ここ、ギルドに訪れる冒険者の数も最高潮に達する時刻である。

 ギルドの受付を担っているイルカも、ついさっきまでかなりの数の冒険者たちの対処に追われて辟易としていた。

 それもようやく落ち着いてきたので、肩に張っていた力を抜いたのだ。

 ここに努めて早二年。

 もう新人の域は脱していると自負しているが、絶えず凡人とは違う、威圧感のある冒険者たちに、

 営業スマイルで接し続けるのは慣れない。……今も顔面の筋肉が少し痙攣している。

 荒くれ者の印象が強い冒険者たちの集う場所…………にしては、白を基調とした清潔感漂う建物。

 ギルドに入ってすぐ右手には依頼書が張り付けてあるコルクボードが立てかけられており、

 左手には談笑用、または情報交換の場としてテーブルがいくつか設置してある。

 ただし、酒は出ない。酔って暴れられても困るからだ。

 そんなギルド建物内を一通り見回して、今日もなんとかやっていけてることをイルカは実感していた。

 

 と、カランコロンとドアベルの小気味いい音が響き渡り、来客を告げる。

 それに引かれ、談笑していたいくつかの冒険者たちと、職員、それにイルカも目を向ける。

 そして、息を飲む。

 

 ――――黒。

 日中に、そこだけ切り取られたかのような漆黒があった。

 上から下まで全身。

 短く切りそろえた髪も鋭そうな目も、上質そうなベストもズボンも全てが黒で統一されていた。

 その奈落の底のような男は、左右を一瞥して、イルカに視線を定める。

 歩を進め向かってくる先は言わずもがな。

 空いている受付は、今のところイルカだけだったからだ。

 イルカは男をただ呆然と眺め見て、


「――――新規登録をしたいのだが」


「…………えっ? あっ、はいっ! 分かりました!」


 男の低い声に、ようやく我に返った。

 慌てて本来の職務を思い出し、手を動かす。


「…………っと、まずはこちらをご記入ください」


 一枚の用紙を男に差し出す。

 ギルドでの身分証明として活用される、ギルドカードに必要な書類だ。

 堅苦しい契約書などでなく、名前、出身地、年齢などの基本事項を書くだけのもの。


「……これは、全部書かなければならないものか?」


 一通り用紙に目を通した男が、冷たい印象を受ける声でイルカに訊く。


「いえ、他の人と区別するために名前は必ずご記入をお願いしますが、あとはご自身のご希望の通りに書けばよろしいかと」


「そうか」


 男は短く言って、淡々と渡されたペンを紙に走らせる。

 シャシャッ、と鳴ったと思ったら、既に終わっていた。十秒も掛かっていない。

 男が返してきた紙をイルカは受け取り、目を通す。

 欄はほとんどが空白になっていた。

 書かれていたのは名前と年齢のみ。

 年齢は二十で、名前は――――


「…………エリク様、ですか。ご記入はこれでよろしいですね?」


「ああ」


 相手の肯定を受け取って、イルカは落ち着きを取り戻したのかスムーズに手続きを進めていく。


「それでは次に、こちらに手を翳してください」


「何だ、それは?」


 イルカがカウンター側の棚から取り出した水晶のような、丸い球に男――――エリクが疑問の声を上げる。


「『判定球』です。これに手を翳すだけでその対象のレベルが自動的に算出されます。

 ……といっても、レベルが絶対的な強さを表しているとは限りませんけどね。

 これで計れるものは基本的な能力値……力だったり速さだったり、あとは魔力とかだけです。

 経験やその人独自の技量は反映されませんので」


 エリクが理解を示した顔を見て、説明を続ける。


「示されたレベルはそのままギルドランクにも影響があります。

 低レベルの人は最低ランクのEからとなりますが、高レベルの方だといきなりBランクから始めることも可能です。

 まあ、大抵の人はEランクからとなるんですけどね」


「ランク? ……ああ、高いものほど高難易度の依頼が受けれるというやつか。

 ――――で、レベルでそれは決まるのか?」


「はい、一定のレベルに達したらその適したランクに上がることができます。

 レベル以外にも依頼の達成数や試験なんかもありますけどね。

 ちなみにランクの適正レベルは………………いいですよね、はい」


 エリクが面倒くさそうに眉を歪めたのを見て、イルカは早々と説明を切り上げた。

 本当は、


 Eランク……0〜100までの間のレベル。初心者レベル。


 Dランク……100〜300までのレベル。100レベルまでなら大抵の人がなれる。(冒険で生き残っていたならば)


 Cランク……300〜450までのレベル。300レベルを超えたらイッパシの冒険者と見做される。


 Bランク……450〜600までのレベル。450を超えたら、国の騎士団長レベルに匹敵する。


 Aランク……600〜700までのレベル。ここまでになるとトップレベルの実力者。低位のドラゴンなら倒せる。


 Sランク……700〜900までのレベル。強者。人間レベルを軽く超えている。


 SSランク……900以上のレベル。一人で都市一つを壊滅できるほどの化け物クラス。世界で六人しかいない。


 ――――と、なっているんですよ〜と説明しようと思っていたのだが、

 成り立ての冒険者にとってしてみたらあまり関係の無い話だし、必ずしも聞いておかなければならないことでもないので、うん、それでいいよねと納得することにする。

 決して怖かったからではない。親切心からだ。 


 それでは、とイルカが差し出した判定球にエリクが手を翳す。

 すると、球が淡く白く発光した。

 時間にして十秒ほど。

 光が収まりだしたのを見て、大した感慨も見せずにエリクが判定球から手を引く。

 イルカはそのまま判定球の中から浮かび出た数値を読み上げた。


「…………66、ですか。そんなに若いのにすごいですね」


 冒険者ではない、成人男性の平均のレベルが20前後だ。

 それと比べたらエリクのレベルはかなり高い。

 本来なら驚くべきところのはずで、実際にも賞讃したのだが、言葉とは裏腹にイルカの表情には僅かな落胆が浮かんでいた。

 落胆と言うよりは拍子抜けか。

 何故か最初見たときの男の姿が強烈過ぎて、自然にもっと高レベル、それこそBランク以上の猛者であると思ってしまった。


「66、か……」


 判定結果を聞いて、エリクは鼻で笑う。

 それは喜ばしいと言うよりも、何故だか自嘲のようにイルカは見えた。


「――――それでは、ギルドカードを作成しますので少しお待ちください」


 そう言って少しカウンターを離れる。

 と言ってもイルカの本分は受付であり、その担当は別の者が行う。

 なので他の職員に書類を渡し本人のレベルを告げ、イルカがカウンターに戻ったのだが。


「もう出来たのか?」


 先ほどまでと変わらない位置に、エリクが立っていた。


「…………えっと、その、まだです……」


 ――――どうしよう。完全に勘違いしている。


 たまに新規登録してくる輩の中にいる。

 カード作成の際の『お待ちください』を少し時間をその辺りで潰しておいてください、ではなく、

 その場でお待ち下さいという意味で捉えてしまう人が。

 その辺のコルクボードにある依頼でも眺めておけばいいものを、次のお客様のことも考えるとカウンターの前に突っ立っていられるのはかなりの邪魔だ。いや、今はいないけど。

 …………そう言えばと、いつカードが作成完了になるかを伝えていなかったことに今さらながらイルカは気づく。

 疲れていたからか忘れていたのかもしれない、だがしかし、そうなるとこちらの落ち度であり、

 直接カウンターを離れろと言うのは少し憚れる。

 ――――カードの作成が完了するまではおよそ十分ほど。

 それならば、その時間までなんとか間を持たせなければならない。

 鬱だ。果てしなく。

 だがこちらに負い目があるため反論の余地はなく、義務と責任感からイルカは必死に話題を探し出す。


「あー……あっ! そ、そういえば、ギルドについて詳しくお知りでしょうか。

 もしよろしければ、待ち時間の間ご説明致しますが?」


「いや、いい」


「あ、そうですか……」


 はい、失敗。

 せっかく良い話題だと思ったのに……。

 説明だけならそこまで相手に気を遣うこともなかったのに……。

 確かに冒険者の大半が、「依頼を受けれて、報酬を貰えるところ」ぐらいの認識しかないけど。

 はぁ、と相手に聞こえないようにイルカはため息を漏らす。

 だが、これでも二年もギルドに務めてきたのだ。二年も冒険者の相手をしてきた。

 出鼻は挫かれたが、これで諦めるほど柔ではない。

 早々に切り替えて、次なる手を考える。

 まずは相手を観察。外見から何か話題はないかとエリクを注視する。

 その時点でかなり不躾になっていることをイルカは考慮していない。

 それだけ必死だった。  

 

「……ん?」


 それが功を成したというのか。

 エリクの腰辺りにぶら下がっている物に、目が止まった。

 ベルトに引っかけてぶら下がっている巾着袋。

 よれよれで小汚く、しかしどこか見覚えのあるそれは、


「…………ま、マジックポット!?」


 意識せず、イルカは大きな声を出してしまった。

 それを聞き、周りにいた者たちはイルカたちの方に注目する。

 だが、イルカはそれに気づかずに質問する。


「な、何でBランク以上の冒険者にしか与えられないそれを、あなたが持っているのですかっ!?」


 疑問はほとんど疑念だった。

 だが、それも仕方がない。

『マジックポット』は本来Bランク以上の冒険者に与えられる貴重品だ。

 そう何個もあるものではない。一年に、国が誇る宮廷魔術師達が魔力を込め続けて数個だけしか作れないもの。

 ゆえに低ランクの冒険者には回らない。

 高ランクの、魔物が強くなるほど得る素材も大きくなる冒険者のために優先的に回される。

 断じてEランクの冒険者、それも冒険者以前の男が持っていていいものではない。

 そう、非難の色を込めた言葉だったが。


「…………冒険者を辞めた知り合いから譲り受けたものだ。何か問題でもあるのか?」


 鋭く冷えた声に一蹴される。 

 

「うっ……ご、ごめんなさい。何も問題ないです……」


 最後はほとんど消え入りそうな声だった。

 イルカの目も少し潤んでいる。

 冷えた声色もそうだが、相手の方が正当性を持っているのもまた原因だった。

 盗難と、疑ってかかるのは浅慮だった。疑わしいにしても、それを表面に出すのは不味かった。

 少なくともギルド職員の本分から外れている。

 気まずげに視線を外せば、ギルド内にいたほとんどの者がこちらに目を向けている。

 大声を出したのもそうだが、『マジックポット』の単語に耳を引かれたのだろう。


「……ギルド職員ってのは、わざわざ他の冒険者たちに新人の顔を覚えやすくしてくれるよう配慮でもしているのか?」


「うっ、す、すみませんでしたっ!!」


 あからさまな悪意を込めた皮肉に、苛立ちが湧き起こったが非はこちらにあるので、イルカは素直に頭を下げる。

 ちらっと下げた頭から視線をだけを上げ、エリクの顔を覗き込めば、不機嫌な様子を隠そうともせずに鋭い目を益々細くして、イルカを威圧的に見下ろしていた。

 それだけで大の大人になったイルカでも、ひっ、と悲鳴を上げて逃げ出してしまいたくなるほどの怖さ。

 特にもう何も言ってはこないが、頭を上げたあとでどうしたらいいのかイルカは困惑する。

 非常に気まずい。空気が重い。目に見えない圧力が身体を締めてくる。

 精神的な重圧が彼女の限界を越え始め、エリクの気を逸らすべく再び新たな話題を模索する。


「えーとですねー…………あっ、そうそう! 最近ですね、冒険者狩りが多発しているんですよ!」


「……冒険者狩り?」


 ……食い付いたっ!

 会心の手ごたえを感じ、勢いのままイルカは喋る。


「ええ。いわゆる、冒険者を狙った盗賊とでもいうのでしょうか。

 その日にダンジョンで収穫した物を狙って、冒険者を襲うんです。

 ただ気絶させられる場合もあるのですが、死者も少なからず出ています」


「そうか。だが、ダンジョンで採ったものを狙うというなら冒険者なりたての俺を襲うメリットが少ないと思うが。リスクを負うならもっと稼ぎのあるやつを狙うんじゃないのか?」


「ええ、普通ならそうですが、あなたは……」


「ああ、これがあるからか」


 イルカが答える前にエリクが、腰にあるマジックポットを手にとって見る。


「はい。それ一つで家が軽く建ちますからね。そこらの財宝よりよっぽど価値があります。

 それに……あまりリスクを負わずに」


「そう、誰かさんが宣伝してくれたから余計に襲われる確率が高くなるってか」


「うっ……」


 また何故か地雷が戻ってきた事に気づいた時にはもう手遅れ。


「成る程な。もし、仮に今ここに冒険者狩りをしているやつが居なくても、

 これだけの人数が聞いていればすぐに話は広まるし、そいつの耳に入るだろうなぁ」 


「あ、いえ、その……」


「後日、新人の冒険者が一名、その餌食となり死に絶えたとしてもギルドには何も関係ないからなぁ」


「うぅっ……!!」


 反論できず、申し訳なさで顔が上げられない。

 結局、カード作成が終わるまで終始そのままの調子でイルカは責められることになった。



  




 

 カランコロン、とドアベルの音が響き男が完全に去っていったのを確認して、イルカは悪態を吐いた。


「――――ったく! なんなのあの男! 何度も何度もネチネチネチネチ嫌味を言って! 人として恥ずかしくないの!!」


「まあまあ、あなたが余計なことを言わなければそうはならなかったのだし」


 横にいる、同じく受付の同僚に苦笑されながら宥められる。


「それはそうかもしれませんけど! でも、しまいにはやれ『はっきり喋れ』だの、

 『笑顔が嘘っぽい』だの関係ないことまでケチつけてきたんですよ!」


「それは、まあ……」


 関係ないことだけど、否定できないわねと言う小さな呟きはイルカには幸いなことに届かなかった。


「ずうっと私を冷めた目で見てきて、声まで蔑んだような感じで、何なのあれ? 

 世界全否定でもしているつもりなの?

 そうやっている自分がカッコいいとでも勘違いしてるんじゃないの? 

 あんな腐った魚のような目をして! 顔はカッコいいのに! 

 いや、それはどうでもよくて…………」


 落ち着きのある同僚は、イルカの愚痴を微笑ましそうにただ聞いている。

 イルカは怒りが収まらず、絶えず長々と噛まずに不満を漏らし続けていたが、ようやくにしてその同僚の様子に気づいた。


「な、なんですか?」


「ん? いや、若いなぁって」


 あなたも充分若いじゃないですかと、イルカは呆れたように言う。


「……先輩は、さっきの人のことどう思いましたか?」


 イルカの言葉に否定も肯定もしない様子である、少し歳の離れた姉的存在である同僚がいったい内心でどう感じていたのか、

 なんとなく気になった。


「そうねぇ……最初見たときは、刺々しくて危なそうな感じはしたけど、結構素直なタイプだったわね。

 もっともなことしか言わなかったし」


「どこがですか!? 私には粘着質な嫌味にしか聞こえませんでしたよ!?」


 心底驚愕しているイルカに、同僚はあくまで落ち着いた声で諭すように言う。


「だって、結局彼が言いたかったのは『勝手に人の情報を他人に漏らすな』ということでしょう?」


「そ、それは……」


「わたしたちギルド職員は立場上、相手の情報を知る位置にはあるけど、それを明かす権利までは与えられていない。

 冒険者にとって情報が大事なのは分かるわよね。

 例えそれが、個人のステータスであれ何であれ、その人の命にまで左右しかねないことにもなりうるから。

 だから安易に情報を売り渡すことは禁じられているわ。

 冒険者でも情報屋にしても、ましてや冒険者を管理するギルドがそれを行うなんて以ての外ね」


「…………」


 言葉が胸を突き、イルカは押し黙る。

 禁忌を侵してしまったという、罪悪感。

 その罪を真っ向に突きつけられて、より一層その深さを理解した。

 同時に、さっきまで捌け口の対象であった男に対しての心配も。


「――――ま、一度や二度の失敗なんてよくあることだし、これを機に改善していこうと努力すればいいじゃない。……例え、結果として取り返しのつかないことになったとしても」


「……まるでフォローになってないんですが」


「冗談。……まあ、もしあなたが彼のことを気にかけているのならそれは杞憂になるんじゃないかしら」


「え、何でですか?」


 朗らかに笑う彼女の、どこに根拠があるのかがイルカには分からない。

 66というレベルは、なりたてにしたら大したものだがダンジョンに常に通う者にとっては大したことはない。

 死を孕む可能性は、充分にありえることなのだ。


「だって、彼言ってたじゃない。「冒険者が死んだとしてもギルドには関係のない」って。

 あれ、結構本気で言ってたと思うんだけどなぁ」


「…………どういうことです?」


「多分だけど、彼は自分の死を相手のせいにはしないと思う。

 例え冒険者狩りに襲われて死んだとしても、彼はあなたを責めたりしないんじゃないかしら。

 自分の命を自分で面倒見切れるくらいの度量はあったように思えるのよね」


 ……またしても根拠ではない。

 一方的な感想、無茶苦茶にもほどがある。

 だけど、それを否定できないのは、その力強さをイルカもまた感じたからであろうか。


「……でも、そうだとしても、それはあの人が死なない事とは関係はありません。

 それにもしあの男が死んだら、例え恨まれないとしても私は自分を責めてしまうと思います」


「それもきっと大丈夫よ」


 はっきりと言う同僚に、思わず目を見張る。

 

「どう、して?」


「女の勘」


 腰に手を当て、堂々と言い切った誇らしげな同僚の顔を、徐々に冷めた目でイルカは見ていく。  


「結局、根拠ゼロじゃないですか……」


「なによ、女の勘ほど信用できるものはないわよ」


 はいはいそうですねー、と乾いた声を上げて自分の職務に集中し始めたイルカを見て、同僚はほっとする。

 ――――なんだかんだで、少しは気も紛れたかな。

 先輩としての注意とアフターケア、両方を無事に終えた彼女は今は静かなギルド入口の扉を見やる。

 イルカは話しに夢中で気が付いていなかったようだが、エリクが出ていった後に、

 合わせたようにテーブル席に居た三人組も席を立っていた。

 狙いが何かは正確には分からない。だが、口元に浮かべていた歪んだ笑みがきな臭さを感じさせた。


「さて、いったいどうなることやら」


 同僚は、人知れず扉を見つめたまま薄く笑った。


  

初期タイトル『魔王な勇者』


我ながら良いタイトルセンスだと自画自賛していましたが、しばらく経ってから、


「これ、『まおゆう』のタイトルとほとんど一緒じゃんっ!?」


 ということに気がつきました。


 いや、気がついてほんとよかったです。

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