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第一話




 ウルザ歴2432年


 

 二百年前の戦争が嘘のように、人族は繁栄を極めていた。

 当時大陸の六割を魔族によって支配されていたが、戦争終了とともに奪われた領地を取り戻し再興、

 さらには危険指定区域さえも新たに開拓し、かつて以上に領土を広げていた。

 敗北した魔族らは、逃げ場を求めるようにまだ人の手が入っていない南へと引きさがる。

 だが、それでまったく闘争がなくなったわけではなかった。

 人族に敗北したことに憤慨する魔族の残党が攻めてきたこともあった。

 野生の魔物群が街を襲ったこともあった。

 まだ戦争の傷が完全に回復しきっていない人族にとって、それらが大きな痛手になったこともあった。


 だが、彼らは知っていた。

 人族が、魔族に戦闘能力で劣ると言われている種族が持ちうる力を。

 それはどんな困難さえも乗り越えられることも。


 アズリア・フォン・シュヴァルツブルク。


 彼の英雄の偉大さを。

 人族が魔族に対抗しえる可能性を示したことを。

 彼らは彼女に奮起させられ、虚しい希望を吐くことを止め、

 自ら手を取って栄光を掴むことを教えられた。


 彼女が灯した志が国を越え、人族全体に伝染し、

 その熱が高位の魔将も、海原のような魔物の大群も、ことごとく退けた。


 人間は諦めることを止めたのだ。

 その不屈の精神が強靭で平和な国を作り上げ、今日まで無事に何事もなく日々が続いていった。


 ――――そして、忘れていく。


 平和は怠惰を生み、緊張感を失わせ、偉大な伝説を霞ませる。


 彼らは忘れていた。


 かつて人族を滅ぼしかけた災厄が振りかかったことを。


 災厄とは、人々の記憶から薄れたときに現れることを。





 


 ――魔王城 大広間――



 静寂が満ちていた。

 割れた天井の隙間から、月の光が降り注ぎ、広間を青白く染めている。

 光の中心にあるのは、菱形の結晶。

 縦横高さ三メートル強はありそうなそれは、眩いばかりの黄金の色合い。

 その光景に、かつての場の陰鬱な空気を知る者がここに居たら、さぞや驚いた事だろう。

 神の祝福のように月に照らされ、結晶自らも薄く発光し、広間に神秘的な空気がもたらされている。

 魔境の森の中心。

 暗澹として残酷で救いの無い危険地域に、静粛で清らかな一つの光があった。

 静寂さはその空気に感化され全てのものが遠慮したようで。

 無音で、何一つ動かずに、ただ時を待っている。

 ………復活の時を。



 ――――ピシッ。


 

 静寂が破られる。

  

 結晶に、一筋の亀裂が入る。



 ――――ピシッ。



 空気が震える。


 弱々しく、ソレを恐れるように。



 ――――ピシ、ピシピシピシピシピシピシピシピシッ。

 


 亀裂は結晶全体にクモの巣状に広がり、仄かに灯っていた黄金の光も明滅する。


 かつて勇者が命を賭して施した術が。

 異形の王を封じ込めていた鎖が。


 今、破られる。



 ――――カシャン。



 呆気ないほどに小さな音を立てて、結晶は砕け散る。

 地に落ちる前に、空気中に解けて消え去る。


 そして、ソレは降り立った。


 実に二百年振りに。



 ――――魔王が蘇った。



 

 


 


 足が地に着いた感触。

 口腔から肺へと流れ込む魔素の濃い空気。

 それと久方ぶりの体の感覚を良く噛みしめてから、目を開く。


「…………………」

 

 目の前に広がる光景に、僅かに驚きを覚える。

 何も変わっていない。

 いや、さすがに何もかも同じというわけでもないが。

 そこらじゅうに散乱していた配下の魔将の肉片も、勇者の亡骸も綺麗さっぱりに無くなっている。

 だが、あの激戦が幻ではない証拠に、至る所で戦いの爪痕が残っている。

 床にも壁にも、この身に降り注いでいる月明かりだってそうだ。

 紛れもなく、あのときを静止させた光景が広がっていた。

 集中せずとも脳裏にあの戦いの映像が流れ込んでくる。

 

 俺が封印されてから、いったいどれほど時が流れたのだろうか。

 数千年と生きてきた感覚からすれば、まだ数百ほどしか経っていないように思われる。

 人族からすれば何代も代替わりするほどのかなりの年月だろうが、魔族からすれば大したことない。

 それほどの時では、あの熱は忘れられそうもない。


「……未練か」


 無様な感傷が未だ自分の中にあったことに驚く。

 戦いが終わった後に、振りはらっていたと思っていたが。

 完全に失ってしまった、過去になってしまった光景を見て、虚しさが押し寄せてきたとでも言うのだろうか。

 

 勇者の封印は不完全だった。

 命懸けの禁呪だったが、まさしく命を懸けるからこそ、瀕死の状態にあった勇者が使うには無理があった。

 充分な生命力を持ってこそ、それは完全に成り得る。

 生命力が失われつつあった勇者が使うには、荷が重すぎた術だった。

 それでも弱っていたとはいえ、この俺を封印できたのはさすがとしか言いようがないが。

 結果として、俺は再びこの地を踏みしめている。

 それは勇者の命懸けの行為を打ち破ったことに他ならない。

 勝ったのだ、俺はあいつに。

 なのに、何で…………こんなにも空虚になる。

 

「…………これからどうするか」


 一切のやる気が起きない。

 せっかく、窮屈なあの箱(封印)から出られたというのに。

 何一つやりたいことが見つけられない。

 何の欲求も浮かんでこない。

 まるで勇者と戦う前に戻ったみたいだ。

 退屈で、何もない、生きて居ながら命を使っていない伽藍堂に。

 せっかくやつが、熱を灯してくれたというのに。

 …………いや、だからこそ燃え尽きてしまったのだろうか。 


 どん詰まりな思考を追い出すようにして、頭を振る。

 とりあえずは行動だ。動いてさえいれば考えずに済む。


「…………む」


 そう思って、足を一歩足を踏み出してバランスを崩す。

 ぐにゃりと、まるでタコみたいに足が曲がった。

 何とかコケないように踏みとどまったものの、まだ不安定さが残ったまま。

 まるで力が入らない。

 足だけじゃなく全身が、何だか頼りない感じがする。

 

 ……封印から解き放たれた直後だから、力が抜けきっているのか?


 両手を開いては握ってを繰り返して、力が戻るイメージを行う。

 手をポンプの代わりに見立てて、全身に力が巡るように。

 循環し循環し、徐々にだが安定感が戻ってくる。

 もう一度強く手を握って確かめる。


「こんなものか……」


 さっきよりはマシにはなったが、まるで力が戻っていない。

 やはり目覚めた直後で力が衰えているのかもしれない。

 時間が経てば徐々に回復するだろうが、今誰かに襲われでもしたらかなり深刻だ。

 これでは、そこらにいる魔物にも勝てない。

 早急に身の安全の確保と、力の回復を目処を立てねば。



 今度こそ歩き出す。

 名残惜しい感傷と、暗澹たる思いをごまかすようにして。

 とりあえず出来た目先の目標だけに向いて押し進む。

 


 ――――ちゃぷん。 

 


「…………?」



 気の抜けるような音と、足に伝わる妙な感覚にまたしても立ち止まる。

 原因と思われる足元を注視すると、薄暗く見えづらいが、黒い地面が揺ら揺らと波立っていた。

 顔を近づけて良く見れば、それはただの水溜り。

 昨日あたりに雨でも降ったのだろうか。

 天井の割れ目から零れ落ち、床が薄く砕かれたところに桶として溜まったのだろう。

 何とはなしに、さらに深く水溜りを覗き込む。

 無意識のうちに何かに誘われるように。


 

「――――なっ」


 そして、絶句する。

 そこにあったものに。

 月明かりに反射して水面に写しだされたその顔に。


「なんじゃこりゃああああああああああぁぁッ!!!????」


 

 そこに写しだされていたのは紛れもなく――――人間だった。 

 

 

 

 



「くっ、何故だ。どうしてこんなことになっている…………。

 弱体化による一時的な肉体の変化か?」



 俺は絶叫からしばらく呆然自失と化したあと、

 ようやく意識を取り戻し原因究明へ乗り出したのだが、あまり思案の結果は芳しくない。



 一番可能性のありそうな、弱体化が原因による人化。

 人化とは、ある程度魔力を持つ魔族ならば、誰にでもできる術だ。

 その名の通り、魔族特有の陰気を取り払い、限りなく人族の姿に近付ける術。

 魔族が魔族だとばれないように人里に下りる時は、この人化を掛けるのが常だ。

 魔族の中にも人型の形に近い者は多数いるが、陰気で一目で魔族だということがばれてしまう。

 おおよそ人化以外に人になりすます術などありはしない。

 だが、あくまで人化は術であり、魔力を微量ながらも常に消費する。

 今現在俺には魔力がほとんど残っていない。ということは、人化の術は行使するのは不可能だ。

 力の低下により魔王の破格の肉体を維持できないために、強制的に人化を行使したのかと推察したのだが。

 よく考えてみれば、そもそも強制的に人化が発動するわけないし、肉体の維持に力の低下など必要ない。

 二重どころか三重以上の否定要素が入る。

 と、すると――――



「やっぱり、あれか……?」



 今はもうない、俺を封じ込めた忌まわしき術を思いだす。

 あれは禁呪――――危険ゆえに封じられた太古の術であることは明白だ。

 俺を封じ込めるほどに強力…………何より俺が見たことないものだったし、勇者が作りだしたものではあるまい。

 命を賭すような、そんな後ろ向きな術をあの女が好むはずもない。

 最終的には俺に使ったわけだが、あれだってやむ負えなくそうしただけだろう、

 あいつは知識として禁呪を知っていたはずだ。

 その効果をやつは完全に把握していたのか?

 俺がこうなることを分かっていた上で使用したのか?

 いくら推察したところで判断材料が少なすぎて分かるわけもない。

 元々、頭を使うことは俺にとっては不向きでもある。

 それにもう、全てを知っていたであろう勇者は居ない。

 それでも答えを求めてしまうのは状況が状況だからだ。



 闇に溶け込むような黒い髪と瞳。

 細身でありながら頼りないわけではなく、引き締まった筋肉を纏った体。

 それだけ見れば、顔も肉体も基本のベースは以前と変わらない。

 だが、所々で異なる点が随所で存在する。

 体全体は一回り小さくなっているし、顔付きも若干幼くなっている。

 鋭く尖った牙も、身を包めるほどに大きな黒翼もなく、

 何より他者を平伏させるほどに圧倒的な陰気が感じられないのが一番の違和感だ。


 

 正直、ここまで俺が冷静さを失うことが一番の驚きだ。

 俺は魔族ではあるが、人族の体になったこと自体は別にどうとも思いはしない。

 生理的な嫌悪感もなにも、俺は元々変わり種でもあったからどうでもいいとさえ感じている。

 ただこの弱体化、それに伴う人化、それらの関連を結びつけていくと最悪の結論を思ってしまう。

 

 ――――俺はこのまま一生弱いままになってしまうのではないか。


 そんな疑念が頭から離れない。

 まだ確定したわけではないというのに、一時的に過ぎない可能性も十分にあるというのに、不安だけが膨れ上がっていく。

 あれほど疎んでいた、俺をどこまでも独りにする絶大な力の喪失に何故か恐怖している。

 分からない。何故これほどまでに足元が覚束ないような浮遊感に襲われるのか。

 こんなにも俺は、脆弱だったか? 

 力はともかく、記憶や精神までは失われていないはずだというのに。

 …………俺はしばらくの間、心の内のざわめきを静めることが出来なかった。




 

 




 カツーン、カツーン。


 広大な空間に硬質な床を叩く音が響き渡る。

 大型の魔物さえ優に通れるほどの、幅広で高さもある壮大な魔王城の廊下。

 誰も居ない静かな空間は、その大きさも相まって不気味さを際立たせている。

 そこを今、城の主である魔王が一人周囲を注意深く観察しながら歩いていた。

 まだ先ほどの失意が消え去ったわけではない。むしろ今もじくじくと胸の内を苛んでいる。

 だが、だからこそ思考のどつぼに嵌まらないように、行動していた。

 不安を押し隠し茫漠とした思いを抱えたまま、しかし今ははっきりとした目的意識を持って、魔王は城を探索していた。

 

「やはり、か……」


 広間でも感じていた些細な違和感が、ここに来て俺ははっきりと感じ取れるようになっていた。

 人が居ない。誰も、どこにも。

 欠片の気配すらも感じさせないほどまでに、静謐さを保ち過ぎている。

 ここまでくると配下の全員が出払っているというよりは、最初から誰も居ないと言う方がしっくりくる。

 広間でも分かっていたことだが、あまりにも変化が無さすぎるのだ。

 城全体の様相、それが俺が封印されてから時が止まったようになっている。

 廊下を渡るまでに覗いた部屋も、まったく手を加えられずに俺の記憶通りのままになっていた。

 つまりは俺が封印された直後、配下の魔族たちは俺への忠誠を忘れて、こぞって城から抜け出したという事実に他ならない。

 その間、城は誰の手も加えらずに放置されてしまったのだろう。

 まあ、俺も規格外だったとはいえ魔族だったから奴らの気持ちは分からないでもない。

 魔族の基本理念は力こそが正義であることだ。

 平たく言えば脳筋どもの集まり、純粋なまでの実力主義の世界。

 敗者は勝者の傘下に入るなど当たり前の話だが、逆に勇者と相打った主にいつまでも忠誠を誓う義理もない。

 俺は断じて負けてなどいないが、それこそ奴らにしてみれば知ったことではないのだろう。

 封印され、身動きできない魔王など不要。そんなものに付き従う必要はない。

 実にシンプルで魔族らしい行動基準だ。

 だから、それ自体は別に不思議でも何でもないのだが――――


「だったら、何でこんなに綺麗なんだ……」


 そう。まさに強く俺が感じていた違和感はそれ。

 広間からこの廊下に到るまでに細かく床を見ていたが、あるはずのものがまったくと言っていいほどなかった。

 数百年、膨大な年月で放っておいたら確実にあるはずのもの。

 塵埃。それこそ膨大な量が堆積しているはずだったのに、大体は綺麗に拭きとられている。

 さすがに部屋一つ一つ細かく丁寧にされているわけではなかったが。

 しかし、そのことから導き出せるものは至極単純…………誰かが、この城に居るということだ。

 もちろん俺の他という意味で。

 これはおかしなことだ。

 敗北した主には何の価値もないと、あっさりと手の平返すような残酷な世界。

 まちがいなくそれは配下全員の共通意識のはず。

 誰かが忠実に俺が復活するのを待つまで城に留まるなどありえない。

 むしろ復活したら邪魔になりそうな俺を谷底や大海に沈めておく方が自然というもの。

 だからこその違和感なのだが。物好きなやつでも城に住み始めたのか?

 魔王の城と分っていて住み込む、度胸のある輩が魔将以外に居るとは思えないが。

 

「――――っと」


 そうこう考え事をしている合間に目的の場所へと着いた。

 朧気な記憶を頼りに来たが、多分場所は間違っていないだろう。

 そう、俺は何も違和感の正体を明かすためだけに広間を抜けだしたわけではない。

 明確な目的があってここまでやってきた。 

 一見すれば廊下の両端に等間隔に並べられている部屋の一つに過ぎないが。

 俺の記憶が正しければ、俺の求めるものがここにあるはずなのだ。  


  

 ギィと音を立てて扉を開く。

 目に飛び込んでくるのはに豪奢な調度品の数々。

 天井に吊下がる大きなシャンデリアに、天蓋付きのベッド。

 座ると深々と沈みそうなソファーに、質の良い色鮮やかな赤の絨毯。

 個人部屋なら部屋の内装はそれこそ様々だが、ここまで贅を凝らしたものは、持ち主の趣味を容易に想像させる。

 だが、それら豪華絢爛な品々も過ぎてきた年月を窺わせるように、風化してくたびれている。

 …………まあ、そんなものはどうだっていい。

 部屋に足を踏み入れ、奥へと進んでいく。

 


 ――――魔族の特徴は大きく知られて三つある。

 一つは魔族特有の陰気という直感的に感じ取れる気配を持つこと。

 二つ目は好戦的なこと。

 そして三つ目には自らの欲求に忠実なこと。快楽主義者と言ってもいい。

 これらは一つ目を除いて必ずしも当てはまることではないが、この部屋の主は少々特殊な欲求を自らの内に持っている。

 わざわざその欲求のために一部屋まるごと使うほどに。

 奥のクローゼットの横に隠されるようにしてぽつりとその扉はあった。

 一切の躊躇なく俺はそれを開く。


「……ったく、ヴィヴィのやつ。よくもまあこれだけ揃えたもんだ」


 先ほどのどこの王宮貴族の部屋だという風な豪奢な部屋にはさほど驚かなかったが、

 眼前に飛び込んできた光景にはさすがに呆れかえった。

 

 服。

 

 服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服服!!!!!! 


  と、目眩が起きそうなほど強く自己主張し、服の大群(?)が部屋を埋め尽くしていた。

 これだけでもう何の欲求かは丸分かりだ。

 そう、ここの主は服飾に異常なほどの熱意を注いでいる変態だ。

 変態すぎて、二百年前の戦争で魔王である俺と敵対するくらいに。

 何故かというと、そもそも魔族は服を作るなんて真似はしない。

 魔族は人族ほど手先が器用でないのもそうだし、人族から奪ってしまえば良いとほとんどの魔族連中は考えているからだ。

 だからこそ、人族しか作れない物なのに俺が人族滅殺宣言をしたから、やつは俺から離れて人族の側についた。

 人族ではなく、服を誰よりも愛しているから。

 それを穢す者は例え神であろうが魔王であろうが許さないと豪語していたが、まさか有言実行するとは思わなかった。

 ほんと呆れるくらい自分の欲求に忠実であるが、今は旧知でもある服飾魔神に感謝しておく。

 俺がここにきたのはこのためであるからな。

 何せ――――今の俺は状態は素っ裸に近い。

 正確には襤褸切れが体に何条か掛かっているが。

 一応、高魔力抵抗とオリハルコン級の硬度を持った最高級品だったのだが、勇者にしてみれば紙切れ同然だったらしい。

 戦闘開始数分で鎧なんざもう消し飛んだ。

 勇者の方も、まあ…………言わないでおこう。

 女の慎みというやつは最低限守れていたと思う。

 それにしてもと、やはり割合的にはドレスがほとんどを占めているな。

 あいつは無駄に装飾が凝っている物に目が無かったから、必然とも思えるが。

 だが、侮ることなかれ。あくまで好んでいるだけで、他のものがないというわけではない。

 あの服飾魔神の服にかける情熱はその程度のものじゃない。

 あいつは服ならば全てを愛してやまない変態だ。

 例え庶民が日常的に着る服だろうが給仕服だろうが、奴隷の襤褸切れから娼婦が着るような情欲を誘う衣装まで、

 雑食気味に取り揃えている。

 その中に男物がないはずがない。

 それもただの安物じゃない、最高級品、魔法付与が掛けられているものくらいあるはずだ。

 たかが服のためだけにこの部屋に貴重な魔法具で、固定化の魔法を半永続的に掛けているからな。

 おかげで風化もせずに新品同様だ。



 ――――そうして、いくらかあれでもないこれでもないと見て回って、ようやくソレを見つけた。

 

「ほぅ」


 これはまた、何というか。

 なんともらしいものじゃないか。あいつの趣味と合致しているのは気に食わない所だが、一目見て気に入った。

 上下同様に黒のジャケットとそれに合わせた長ズボンがセットで一式。

 色合いは希少かもしれないが、質も良いし程良く飾った感じがないところがなお良い。

 それに、ちゃんと魔法付与も掛けられてある。

 効果は魔法抵抗と硬質化か。オーソドックスだが悪くない。

 剣を振るにも邪魔にならないし、下手な鎧よりはよっぽど頑強だ。

 俺が前使っていたほどのものではないが、魔法付与が掛けられているものは最高級品で、

 貴族でも一部の者しか手に入れることはできないほどと言われている。

 まあ、あくまで人族の基準だが魔族でも珍しいことには変わりない。

 何より黒ってところが素晴らしい。特に理由はないが。

 その下に着る物はこれを見つけるまでにいくらか見繕ってきたので、その場で着替える。

 魔族の王という立場からしたら嘆かわしいことなのかもしれないが、誰も居ないところで品がどうとかは関係ないだろう。

 そもそも、王であったときから品など欠片も持ち合わせていなかったからな。







「ふん、まあまあってところか……」


 着替えも終わり、コレクション部屋から元の部屋に戻り、姿見で出来あいを確認する。

 黒髪黒目上下全身黒。黒一色のその姿は多少目立つが様になっている。

 幸いなことにサイズも俺に合っていたようで動きを阻害するようなこともない。

 まさに俺のために用意されていたかのような衣装だった。

 だが、一つ気にかかるのは剣帯に吊ってある幅広のロングソード。

 なんだこりゃいつの間にと、着替えの時に腰にあったのに気が付いた。

 服同様に装飾は少なく、剣身は全体的に白く、少し透明になっている。

 剣も鞘も真っ白という以外何ら特徴の無い剣だが、何だかひどく手に馴染む。

 まるで俺の愛用していた魔剣のような、そんなしっくりとした感触が手に伝わってくる。

 色も形も大きさも何もかも違うのに不思議なことだ。


「まさか、魔剣も俺同様に変化したってか……」


 広間で一応、愛着深かったこともあり、魔剣を探したがなかった。

 そのときは誰かが持っていたんだろうと気にも留めていなかったが……。

 そういえば俺は勇者に封印された際に魔剣をどうしていたか。

 あのときは余裕が無かったから良く覚えていない。

 ……まあ、いいさ。

 何はともあれ防具も武器も一度に手に入ったんだ。

 探す手間が省けた分、得だと思っておけばいい。 


 即座に気持ちを切り替え、城の探索を再開することにする。

 とりあえずの疑問はひとまず棚に上げておく。

 大勢ではないだろうが誰かが居る形跡はあるし、まずはそいつを探し出して色々と聞きだすことが先決だ。

 気になることは一片に解消された方がすっきりするからな。

 そう勢い込んで出入り口である扉を開いて――――



「グルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!!!」

 

「……………………」


 バタンッ!

  

 …………ふぅ。どうやら少し疲れたようだ。 

 まあ、ここまでくるまでに色々驚くことがあったからな。

 多少幻覚を見たところでおかしいことでもなんでもない。

 

 俺は気を取り直して再度、閉めた戸を開く。

 


「グ、ルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!!!!!!!」


「……………………」

 

 バタ……ガシッ!!


 もう一度戸を閉めようとしたが、それは目の前に居た奴の手によって阻まれた。

 ああ、どうやらそろそろ現実を直視しなければならないらしい。


 全長十メートルはありそうな巨大な体躯。

 それに見合う大きく横に広がる両翼。

 でろでろになって腐りおちている全身の体皮と肉。

 どこを写しているのか分からない濁った目。

 絶えず涎を垂らし腐った臭いを放つ口。


 俺はあんぐりと口を開けて見上げる。



 ――――ドラゴンゾンビさんがそこに居た。




  

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