第九話
急展開。
伏線? 何それ、そんな高等技術は知りませんよ。
ダンジョン二十四階層。
ボス攻略から三日後。
さらに上の階層を目指せるようになり、俺のレベルアップも順調に行えていた。
来る日も来る日も魔物を斬り捨て叩きつぶし、時には殴る蹴るなど原始的な行為に及んだりと、単調なサイクルにもめげずに奮闘していた。
それもこれも戦いを通して自分が強くなっていることを実感できているからだ。
「おりゃっ!」
変化の実感は、日々退屈と戦っている俺にとって新鮮で喜ばしいもの。
「てりゃっ!」
だが、その変化もただ突っ立っているだけで得られるものとなるなら、実感もなにもあったものじゃない。
「せいっ! …………ふぅ。終わりましたよ魔王さ、マっ!?」
「お前は何度同じこと言われたら分かるんだ」
俺に頭をこずかれて涙目になっているネリィを、しかし構わずに冷たく見下ろす。
「うぅ……で、ですが、魔王様をお守りすることがわたしの第一使命ですので」
「だから、あらかじめ言っておいたよな? 戦闘は俺が行うから手出しすんなって。
てめえが勝手に決めてる使命と俺が直々に出した命令と、どっちが優先すべき事なのか分かんねえのかああん?」
「う、うぅ…………すみませんでした」
怒りのあまりヘボイチンピラ台詞になってしまったが、それでもネリィは猛省していた。
そう、実際に反省はしているからこそ余計にたちが悪い。
もう何度このやりとりを繰り返したことか。
だが結果は、辺りに散らかっている原型を留めていない魔物たちをみれば虚しいものだ。
俺は一切手を出していない。
朝、今日も楽しくダンジョンで魔物を狩りますかと意気揚々に出かけようとしたときのこと。
『このわたくしめをダンジョンのお供につれていきませんかっ?』と、
怪我が快復しそのリハビリを兼ねてダンジョンに行きたいとネリィが申し出てきた。
俺はその健気な申し出を即答一秒で断ったが、泣くわ引っ張るわダダこねるわ締め殺されそうになるわでしつこいので、嫌々ながらに許可することに。
自分から申し出たこともあってか準備もよく、俺が知らない所でネリィはギルドで冒険者登録を済ませ検問の問題はクリアしていた。
許可はしたものの、俺としてはお供など邪魔の何者でもなく、一人で好き勝手探索をしていたかったのでこの時点で不満はあったと言えよう。
だからこそ、ダンジョンに入る前に、『戦闘は俺がやるからあくまで補助に徹していろ』と念を押しておいた。
もちろん、余計な真似はせずにこそこそと魔石を回収でもしていろという意味合いだったのだが。
一階層目でそれは華麗に無視された。
前方七メートル付近にてスライムが出現。確認。粉砕。
この三つの工程の間に流れた時間はわずか二秒。
気づいたときには後ろに控えていたはずのネリィが、その拳でもってスライムを撃破していた。
…………てめえ、さっき注意したばっかだろうがああん? あんま調子こいてるなら、いてこますぞワレェ!
と、このときの俺はネリィにチンピラ台詞を言わなかった。
むしろこのときは、雑魚を片付けてくれるのなら任せてもいいかな、と黙認。
あくまで俺は強い敵と戦いたいだけなので、弱い敵には興味がない。
敵を倒さなくとも近くにさえいれば自然と魔素は体内に吸収されるので、構わないだろうとそのまま進むことに。
二、三、四階層…………………。
順調順調っ♪
十、十一、十二階層目…………。
おっ、もうここまできたか、早いな。
十八、十九、二十…………。
さて、そろそろ俺の出番かな。
二十一、二十二、二十三……。
ん? いや、ちょっと待てっ!?
あまりに快調に探索が進むもので、ついついネリィに任せっきりにしていたら、
いつの間にか肩慣らしもせずに適正レベルの階層まで辿りついていた。
さすがにマズイと二十四階層ではネリィに自嘲するように言い付けたのだが、
一旦勢いに乗ったこいつの暴走は言葉で表面的に理解させようとしても無駄らしく、
ほぼ自動で敵を滅殺する殺戮機械へと変貌を遂げていた。
つまり、俺の言うことをきかないむかつくガキンチョだということだ。
「――――いいか。今度、勝手に手を出したらもう二度とここへは連れてこないからな」
「あぅ。それだけは勘弁してください〜」
「なら、分かっているだろ?」
「は、はいっ! 勝手に前に出るな、突っ走るな、黙って見てろ、そんなに物を殴りたければ自分の顔でも殴ってろ、ですねっ!」
「……そうだ」
必死にコクコクと首を縦にネリィは揺らしているが、果たしてどこまで信用できたものか。
既に見敵必殺モードに入っているから、抑制も微々たるものかもしれない。
「まあ、今さっき言ったばかりだから少しはもつ――――」
「うりゃっ!」
「……おいっ!」
駄目だった。
通路先の曲がり角から、にゅっと現れた魔物へ凄まじい勢いでネリィは駆けていき、回し蹴り。
鋭い弧を描いた蹴りは、相手の顎先をかちあげる形で直撃し…………首を飛ばした。
「…………」
…………なんつーパワーしてやがる。顎を蹴った衝撃だけで魔物の首を引き千切りやがったぞ。
何かもう色々と呆れてものも言えない俺とは対照的に、ネリィはご機嫌にぴょんぴょん跳ねてこっちに駆け寄ってきた。
褒めて欲しいんだろうなぁ、やっぱり。……やらないけど。
「魔王様〜!! 見ましたか、今の!」
「ああ、見てた見てた…………お前が学習しないってことはよく分かった」
「へ? …………あっ、す、すみませんっ!」
今ようやく失態に気づいたらしく、ネリィが頭を下げた。
もういい……なんかもう、諦めたから。
「……今日は早めに切り上げるかな」
「う……ほんとうにすみません。いつもはこうじゃないんです。なんだか今日は妙に高ぶってしまって……」
申し訳なさそうな表情を浮かべているネリィは、確かに普段の二割増しはしゃいでいる。
何かに目覚めたとかそういうのではなく、単に怪我の治り始めでテンションが上がっているだけだろう。
「あっ、そうだ。ならいっそのこと今日はわたしに任せてどんどん先の階層に進んでみたらどうでしょう?」
「……何がいっそのことなのかがまるで分からないんだが」
「いえ、真面目な話。戦闘はわたしに任せて先の階層へと上がった方がレベル上げの効率が良いと思いますよ?」
「いや、それは……」
確かにその通りなのだが。
戦闘に参加しなくとも一定の距離を保ってさえいれば、魔素は手に入る。
ムカつくことにギルドの判定球で出たネリィのレベルは352。
俺より遥かに上。この階層の魔物程度なら瞬殺できるレベル。
なら、ネリィの言った通りにどんどん先に進みネリィ主体で戦闘を、
俺は自分の身だけ守って強い敵と戦った方がレベルもすぐ上がるだろう。
だが。
「そうだな……例えば、めちゃくちゃ弱いくせに金だけはもっているぼっちゃんが、強い護衛を雇ったとする」
「……はい?」
「その後で護衛と一緒にダンジョンに入り、戦闘は全てその護衛に任せて自分はレベルだけを上げる。皆努力して強くなっていると言うのに、魔素だけ掠め取る小汚い泥棒のような真似をして楽をしているんだ」
「はぁ」
「そして、ある程度レベルが上がった後で『ふはは、俺はこんなにレベルが高いんだぞ。平伏しろ愚民どもがっ!』と、えばり散らす男のことをどう思う?」
「護衛がいたとはいえ、よく生還できたと思います」
「いや、違う。そこは無視しろ。
…………自分の力で強くなったわけでもないのに自慢しているその男は、陳腐な言い方をすればすごくかっこ悪いだろ?」
「ええ、まあ、確かに」
「そういうことだよ」
そこでネリィは得心がいったように、
「なるほど。つまりわたしが魔王様のレベル上げのために手を貸してしまえば、魔王様はわたしの魔素を掠め取る、犬畜生にも劣る糞虫にも等しい存在へと成り果ててしまうということですねっ!」
「ああ、うん、まあ、そういうことかな…………?」
無邪気な笑顔に、そこはかとなく悪意を感じてしまうのは何故だろう。
「う〜ん……でもそれはそのお金持ちのお坊っちゃんがレベルだけ高いだけで、
それに見合う実力は伴っていないという話ですよね。
なら、その真逆である魔王様が一時だけレベルを上げるのに楽をするのはかまわないのでは?」
「ふん。一時でも他人の力で強くなる真似なんかできるか」
「男の矜持ってやつですか?」
「……知るか」
実際のところ、もう矜持なんてやつは意味を成していないと思う。
他人の助けが借りられるかと言いながらも、すでにネリィには測り知れないほどの借りができてしまっている。
変な意地を張らずとも、素直に協力してもらえばという気持ちもなくはないが……。
やはり、全てこいつに頼るのは何だか癪に障るのだ。
「ほー、魔王様といえど、いえ魔王様だからこその拘りというものがあるんですねぇ……。
あのですね、魔王様」
「何だ」
おっ、と少し先の通路に広間への入口が見えたので、俺は気の抜けた相槌を打つ。
僅かに気が緩んで。
「魔王様は何で強くなりたいのですか?」
その隙間に入り込むようにしてネリィの言葉が突き刺さった。
少し遅れて言葉を返す。
「……決まっているだろう。強くないと生き残れないからだ」
「それは魔族領ではそうかもしれませんが、人族領では違いますよね。
魔王様は魔族領に御戻りになるつもりですか?」
「いや、それは分からんが……」
「なら、そこまで強くなる必要はないのでは?
冒険者としてなら、今のままでも充分に稼げていますし」
「……何だ急に。そもそもダンジョンに誘ったのはお前の方だろ」
さっきから、好奇心の範疇を超えて真剣な表情で尋ねてくるネリィを訝しげに見る。
「ええ、魔王様が強くなりたいとおっしゃったからです」
「なら、それでいいだろうが」
「いえ、そのときはそれでもいいと思っていました。
生き残るための強さを、あるいは他を圧倒するだけの力を魔王様が求めるのならそれでもいいと。
けど、違いますよね。
魔王様は何で強くなりたいのですか?」
「……何が言いたいんだお前は」
繰り返し同じ質問をするネリィを前に、俺の中の何かが軋む。
こいつはほんとに、なにがしたい。
「ここ数日の魔王様の様子を見た感じですが、魔王様は特に何の目的意識もなくダンジョンに居る気がします。
何一つ意味も意義もなく、ただなんとなくで目先の目標を追い越したというのに、その先が見当たらないからといって、既に追い越してしまったものを無理やり前に持っていっているような……」
「…………」
「魔王様の日々が充実しているのなら口出しすべきでないと思っていましたが、
果たして魔王様は、再び以前の力を取り戻したときにはどうなさるおつもりですか?」
「っ……それは」
考えなかったわけではない。
強くなるということは、再び並び立つ者が居ない力を手に入れる場合もあるのだと。
再び、城で過ごしていた何もない鬱屈とした日々を繰り返すはめになるのかもしれないと。
「一時の快楽に身を委ねて、先のことを見据えない時間を過ごすことも必要なのは分かります。
後ろ向きな逃げであれ、抱えきれぬ負担が軽くなるのならそれに越したことはないでしょう。
ですが、いずれは立ち直らないといけないときがくるのですよ。
逃げてばっかだとそれが癖になる。立ち直る機会をどんどん見失ってしまう。
魔王様は、特にその傾向が強い気がします。
今、自分を見つめ直さないと後悔しますよ」
「…………てめえは、いつから人に説教できるほど偉くなったんだ」
言葉に険が帯びるのを、自分でも感じている。
だが、抑えられない。
「たかが一配下の分際で、俺に意見するのか。それも俺自身のことで。
何だそれは。確かにお前には多くの借りがあるが、そこまで立ち入ることを許した覚えはない。
余計な口出しは控えろ」
「口を出さないことで魔王様の気が楽になるのならいくらでもそうします。でも、駄目ですよね。
結局それも逃げで、いつかは魔王様ご自身で向き合わなければならないときが来ますよ。
城を出て少しは変化が、少しは表情を見せてくれるようになったことにわたし自身、嬉しさを感じなかったと言えば嘘になります。
思えばわたしもそれまた満足して、ちゃんと見ようとせずに逃げようとしていました。
ですが、魔王様の根本のところは以前のまま…………相も変わらず空っぽです」
「――――知った風な口をきくな。てめえに何が分かるっ」
自分でも驚くほどに冷え切った、殺意すら籠った目でネリィを見下ろす。
言葉と視線の圧力に耐えかね、ネリィの手足が哀れなほどに震えているのが目に見えた。
だが、その目だけは俺を真っ直ぐ捉えて離さない。
「……分かりますよ」
「あぁ?」
「ずっと見てきましたから、魔王様のことは誰よりも分かっているつもりです。
…………だから、だからこそもう後悔はしたくありません。
今できるのに、また機会はあると先延ばしにして、
気付いた時にはもう手遅れなんてことには、絶対に…………」
顔を俯かせ、声を掠れさせた最後の方の呟きは、聞いてるこっちが耳を塞ぎたくなるほど悲痛なもので。
だから俺は、持て余した感情をどこにもぶつけられずにいた。
「…………ちっ」
舌打ちしてネリィから視線を外して、先へと進む。
結局こいつが何を言いたかったのか半分も理解できないまま、胸に根付いた煩わしい感情をそのままにして。
広間へとはすぐに出た。歩きながら話していたから、気付かずに辿りついていたらしい。
「ガウッ!?」
抜け出た広間に居たのは、一体のレッドリザード。
赤い体表面をした、一回りデカイリザードマンの亜種。
持っている武器は個体ごとにバラバラであるが、武器を扱う技量は達人並み。
俺の視線の先に居るレッドリザードは、槍を持っている。
「…………ユニークモンスター」
後ろで、少し息を呑むようにしてネリィが呟いた。
ユニークモンスター……確かに、この階層では通常レッドリザードは現れない。
だが、稀に階層に適していない強さを持つイレギュラーな魔物が現れることがある。
それがユニークモンスター。
適正レベルギリギリの階層に居る冒険者が遭遇したなら、まず迷わず回れ右して逃げることがギルドで推奨されている。
……命が欲しくば、俺もそうするべきなんだろうが。
「面白い。ちょうど手応えのある敵と戦いたかったところだ」
この胸の内にある激情を、遠慮なくぶつけられる相手が。
きっと今の俺は醜く凄惨に、口の端を歪めて笑っているだろう。
「下がっていろ。手を出すなよ」
「…………」
背後の気配が遠ざかる。大人しく言われたとおりにしたのだろう。
これで、ようやく心置きなく暴れられる。
「さあ、こいよトカゲ野郎。遊んでやる」
「ガアッ!!」
挑発に応えて、レッドリザードが咆える。
そのまま突っ込んでくるか、と思いきやその場で槍を構えたまま動かない。
じっと、こちらを見据えたまま静止している。
ただ無造作に突っ込むだけの獣じゃないことは上出来、型も意外なほどに綺麗に整っている。
しかし、厄介だ。
こうも隙もなく広い間合いを維持したまま構えられると、安易にこちらからは近付けない。
レベル差を考えれば、力も速さも圧倒的に相手が上。
さらには技量もいっぱしの武芸者クラスとなれば、慎重にならざるを得ない。
こちらから飛び込むことはせず、ここは相手の出方を見て、じっと待つのが吉か……。
…………なんて、そんな行儀よく戦うわけがねえだろがっ!
一切の躊躇なく、無造作に相手の間合いへと踏み込む。
そこに唸りを上げて襲ってくるのは、精密な槍の刺突。
愚かしくも何の策もなく、必殺の間合いへと飛び込んできた獲物に対する、容赦のない鋭い一撃。
それを俺は剣で受け止めず、腕で外に弾いた。
「ははっ!」
槍が後ろに流れたのをみて、さらに一歩俺は踏み込む。
さすがに使った左腕は衝撃で痺れたままだが、骨にまでは異常はない。
かまわずに、右腕一本で空いたレッドリザードの胸に剣を叩きこむ。
「ガッ!?」
咄嗟にレッドリザードが体を後ろに引いたため、皮鎧と一緒に浅く皮膚を裂くだけに留まった。
だが、それだけでは終わらせない。
槍を機能させないように可能な限り距離を詰め、追撃。
その一撃は、器用に手首を捻らせ、槍の柄でレッドリザードが受け止めた。
…………仕留めきれなかったか。さすがに冒険者狩りのように簡単にはいかないらしい。
膠着状態が生まれ力のせめぎ合いとなるが、ステータスで負けている俺は右に逸れて早々に離脱する。
距離が取れたのを良いことに、今度はレッドリザードから攻め込んできた。
先手を取られたというのに意外にも冷静に、レッドリザードは相手の反撃を許さない間合いから的確に刺突を繰り出してくる。
一手一手、丁寧に。相手の動きを爬虫類独特の目が冷静に見極めている。
無理に連撃を行わず淡々と、一突きに集中するのも悪くはないが。
「……それで俺を殺せると思っているのか?」
四度目の刺突。
それを剣で、下から掬うようにしてかちあげる。
キンッ、と大きく上に弾かれた槍に釣られ、強制的に腕を上げられたリザードマンに向かって再度距離を詰める。
今度は逃がすつもりはない。
長剣の振り下ろし。それに合わせてまた槍を回して受け止められるが、膠着状態にはさせない。
槍の柄に剣を滑らせ、レッドリザードの足を切り裂く。
「ガ、アアッ!!」
レッドリザードが槍の柄から手を離し、腕で俺を払い飛ばそうとする。
俺は低く身を沈めることでそれを避け、相手の開いた脇腹に一太刀入れた。
鮮血が舞う。
致命傷ではないが浅くもない。出血の量から見ても明らか。
レッドリザードの顔が痛みに歪んだ。
この時点で、勝負の天秤が傾いたのが分かった。
「ふ、ははっ」
レッドリザードが堪らず距離を取ろうとするが、俺は離さない。
執拗に今度は逆に相手に反撃させずにこちらが一方的に攻撃できる距離を維持する。
レッドリザードは巧みに槍を操り、俺を振り払おうとする。
だが、その全てが虚しく空を切るのみで、逆に反撃を食らわせてやる。
手、足、肩、腿、胸、腹、脇、背中、首、顔――――至るところを浅く斬り付ける。
レッドリザードの顔が徐々に苦悶と恐怖に彩られていく。
既にこれは戦いなどではなく、蹂躙へと移行していた。
「はははははははははははははははははははっ!!!!」
何だ、この程度か。
レベル差があるというのにこんなにも味気が無いとは。
くだらない。タフが取り柄だけの屑だな。
なら、せめて。
――――俺の憂さ晴らしにとことん付き合え。
「ガアアアアアアアアアッッ!!!!」
血と斬線と悲鳴だけが飛び交う。
レッドリザードは為す術もなく、その身を削られていく。
それでもなんとか致命傷だけは避けようと粘っているが…………それでいい。
俺を楽しませるつもりがないのなら、醜く生にしがみ付いてより多くの凶刃を与えさせろ。
貴様にはその程度の価値しかない。だから、俺が有効活用してやる。
幾度となく攻撃を浴びせ続けたためか、レッドリザードの悲鳴が次第に弱くなっていく。
声を出す気力すらなくなったのか、動きが鈍くなっていることからも、もうじきこいつの限界は訪れるだろう。
のろのろと、見るに堪えないほど鈍い突きを避け、俺はレッドリザードの厚い胸板を切り裂いた。
内側の肋骨まで断った感触とともに、レッドリザードは俺に頭を差し出すようにして倒れ込んだ。
…………思ったよりも早く限界が訪れたか。まあ、いいだろう。さすがにもういたぶるつもりもない。
楽にしてやろうと、無防備に晒した首に剣を走らせる。
終わった。完全に、そう確信していた。
そのせいか、少し気づくのが遅れた。
――――視界の端に何かが迫ってくるのを。
「ぐっ!」
咄嗟に横に跳び退いたが間に合わず、ハンマーで全身を殴られた衝撃とともに吹き飛ばされ、広間の壁に叩きつけられた。
「……かはっ……あ……」
全身を苛む痛みに、うまく呼吸ができない。喘ぐようにして空気を吸いこむ。
視界がチカチカと明滅を繰り返し、霞む。
……何が起こった。新手の魔物でも飛び込んできたのか。
いや、違うそうじゃない。確かあれは…………しっぽ?
おぼろげな思考で先ほどの不意打ちを理解した。
わざと体を捻らせ無防備に倒れ込むことで、俺の油断を誘いかつ、俺の死角からしっぽで鈍器を振りまわすようにして襲ってきた。
……くそっ、ふざけやがって。
状況を整理し終え、頭を揺さぶられ狭まった視界を持ち上げれば、既にレッドリザードはこちらに迫ってきていた。
それを確認した途端、怒りが沸き起こる。
…………ただの憂さ晴らしの肉塊の分際で、俺に傷を付けただとっ!!
屈辱。見下していた者から受けた手痛いしっぺ返し。
それが我慢ならず、まだ不安定なまま無理に身体を起してレッドリザードに斬りかかる。
だから、気付かない。考慮にも入れない。
それほどまでに頭に血が上っていた。
あまりにも無様に、らしくもなく隙を晒していたことに。
「…………あ?」
キンッ、と金属音を響かせ剣が手から離れていくのを眺めながら、俺は呆然と間抜けな声を出す。
単に怒りに捉われ振るわれた何の技もない一撃を、槍で打ち払われただけ。
それだけのことで、簡単に形勢が逆転していた。
否、終わっていた。
目の焦点を正面に合わせれば、レッドリザードが槍を少し引き、再び突き出そうとしている。
避けられない。受け止めることもできない。
剣はさっき、俺の失態で飛ばされてしまった。
――――死。
心臓が、ありえないほど速く脈を打つ。
大きな鼓動の音が。脳に直接響いてくる。
カウントダウン。
一拍鳴るごとに、槍が俺の心臓目掛けて迫ってくる。
だが、俺にはどうしようもない。
ただ槍が俺の心臓に吸い込まれるのを見つめるしか――――
「――――なっ」
「…………っ、だ、大丈夫ですか魔王様?」
俺に突き刺さるはずだった槍の先端は、代わりに横から入ってきた闖入者が受け止めていた。
武器ではなく、自らの肩で。
先日怪我が治ったばかりの箇所を盾に、ネリィは俺を守っていた。
「……こ、のトカゲふぜいがっ」
ぶしゅ、とネリィは豪快に手で肩から突き刺さった槍を引き抜き、そのまま手に持った槍を強く引いた。
「ガウッ!?」
槍を持っていたレッドリザードはその力に抗えず、ネリィに槍ごと引っ張り上げられる。
そして、
「はああああああああああああああああああっ!!!!」
ネリィの剛拳がレッドリザードの顔面を捕え、骨が折れる鈍い音を立てて顔面をひしゃげさせた。
ずるりとレッドリザードの体が地面に落ち、微かにピクピクと体を痙攣させていたが、それも次第に止む。
一撃死。あっさりと、ネリィはユニークモンスターを粉砕せしめた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
夥しいほどの量の血が、ネリィの肩から溢れ出ている。
前回の傷と合わせてのものだ。損傷は相当に酷い。
だが、俺は心配するよりも前に、どす黒い感情が胸の内に占めていた。
いっそ殺してしまいそうなほどに。
「…………手を出すなといったはずだろう」
「…………」
「勝手な真似はするなっ! 俺が助けて欲しいなんて言ったか! あぁ!?」
抑えきれない感情が、一気に言葉として吐き出される。
助けられた張本人に向かって、無様に怒りを爆発させる。
自分でも愚かなことだと理解している。
だが、止めることができない。
「お前の助けなんて求めていなかった! 助けなんかなくても俺はやれていた!
例え、死んだら死んだで、それでもよかったんだっ! 分かるか!?
お前はさぞ自分の行動が誇らしげなんだろうが、俺にとっては迷惑以外の何物でもねえんだよっ!」
今すぐにでも治療が必要なはずなのに、ネリィは黙って目を伏せて俺の言葉を受け止めていた。
怯えているわけでも悲しんでいるわけでもなく、いっそ不気味なほどの無表情でただ黙って突っ立っていた。
「いつもいつも、余計な真似ばかりしやがって。そんなことをして俺が喜ぶとでも思っているのか?
俺はな、お前をただ利用しているだけなんだぞ! 頭の悪いお前でもそれぐらい分かっているだろう!?
それなのに何故、お前は俺を助けようとする!?」
「そんなの、決まってますよ」
伏せていた目を持ち上げて、ネリィは俺を見据える。
淡々と、俺を悲しむように見つめて、
「――――魔王様が、弱いからです」
そう言った。
夕暮れ時。
鮮やかな陽に照らされた町並みは綺麗に、そしてどこか哀愁漂わせる風景へと様変わりする。
ダンジョン帰りの冒険者、仕事帰りの地域住民、店を畳み始める露天商。
疲れを背負って足を引きずるようにして帰途へとつく彼らが、それをさらに助長させているのか。
通りには人が溢れているが、昼間と違いやはりどこか活気を失っている。
…………夜になれば、また元気になる輩がいるというのはこうしてみると不思議なものだ。
今にも倒れて眠ってしまいそうなのに、酒が出ると子どものようにはしゃぎ、
女を抱くだけの余裕はあるというのは現金なのか人間の本能としての行為なのか。
いずれにせよ、今このときだけは皆が皆、東から西へ、一息つける場所を求めて行動をともにしていた。
だが、その流れを逆らうようにして男が一人、西から東、ダンジョン方向へと歩を進めていた。
多くの人が逆に流れているというのに、それをものともせずに悠々と男は歩いていた。
その男は一見して、目立つ姿をしていた。
上下、上流の貴族が着るような上等な絹の服で身を包み、耳には片眼鏡をかけている。
身の丈は二メートル近くあり、三十代後半だろうか……僅かに皺が刻まれた顔は特徴的なパーツを揃えている。糸のように細い目、高い鷲鼻、鋭く尖った顎の上にはうさんくさげな薄い笑みを口に終始貼り付けている。
顔も体格も服装も、一度会ったら忘れそうにもないほどに個が満ち溢れていた。
だからこそ、浮いていた。
集団の流れを逆らうという理由だけでなく、男自身が不気味な存在感をその場に示していた。
だというのに。
――――誰一人として、男を見ようとしない。
擦れ違ったら思わず顔を上げてしまいそうになるほどの容貌を男はしているというのに、誰もが彼を意識せず、まるで存在しないかのように素通りしていた。
疲れているから顔を上げない、というレベルではない。
男を除く全員が、男をまるで透明人間かのように扱っているようだった。
ただ、通りを歩く者はほんとうに男が見えていないわけではない。
その証拠に、向かいから歩いて男とぶつかりそうになると、人は脇に避けて道を譲っている。
見えていないわけではない。ただ、存在が希薄なだけ。
矛盾。
そうと認識したら異様な存在感を放つその男は、影のように人の意識から外れていた。
あからさまに異様な光景だった。
だが、男自身それに頓着した様子はない。むしろ当たり前のこととして受け止めている。
誰一人として異常に気がつかないまま、異常を抱えたまま奇妙な男が歩いていた。
淡々と、何気なしにどこを見るでもなく、笑みは貼り付けたまま。
しばらくそれが続いていたが、やがて変化が訪れる。
ただし周囲の物ではなく、男の顔が僅かに、片方の眉だけを器用に歪めたのみだが。
「おやおや……」
遠く、通りの向こうに男は視線を定めた。
ひどく馴染みのある気配を感じて。
「…………」
とぼとぼと、背の低い少女が周囲の流れと同じくして歩いていた。
纏ったフードの隙間から零れる金のウェーブ、整っているが背と同程度に幼さが残る顔立ち、ただ一つアンバランスな胸の膨らみ。
男が少女に注目したのは、少女が見る者の同情を誘う悲痛な表情を浮かべていたからでも、男と同様に特徴的な姿をしている少女にシンパシーを感じたわけでもない。
本能的に、直感として異物を発見したからだ。
周囲の有象無象とは異なる、陰の気配を。
――――魔族。
種族までは判別できないが、まず間違いないだろうと鋭い感覚を持って男は確信した。
通常ならばここで、警戒して自分の身の安全を確保するなり駐屯している兵士団に駆け付けるなり考えるだろうが、どの行動も男は選択しない。
視線だけは離さずに、ただ黙して相手との距離を縮めるだけ。
少し先に魔族が居ると知りつつも動揺を見せずに平然としている様は、よほどの胆力を持っているのかと他者の感心を誘うものだが、実際のところはどうということでもない。
知ってさえいれば、恐れることなど何もないのだ。
実は魔族が、日常的にどの町にでも必ず潜んで生活していることが分かっていればもう慣れる。
周囲の凡俗どもにとっては馴染みのないことでも、男にとってしてみればそれこそ日に数回は魔族と擦れ違っている。
男からすれば、今回の遭遇もそうした日常の延長線上に過ぎないので、特に気にかけるべきものではないのだ。
だから。
男が本当に注目したのは少女ではなく、その少女の少し先を歩く青年だった。
暗く、どこか空虚で全身黒の衣装に包んだ男。
…………こいつは、何だ?
自らが優れていると誇れる数少ない技能の一つである気配の察知。
生まれついてから様々な気配を読みとってきたが、これほどまでに茫漠としたものを男は感じ取ったことがなかった。
魔族特有の陰気が感じられない……だというのに、人族としてはどこか違和感がある。
形容し難い未知の不自然さに、内心で男は困惑していた。
だからこそ、その不可解を解消しようと青年の顔を凝視し続けて。
「………………………………」
…………ふ、ははっ。
声には出さず、口の中だけで男は笑いを洩らす。
ありえないと、居るはずの無いものを見てしまったことに対する可笑しさで。
男にしては珍しく、貼り付いたうさんくさい笑み以外のもので口を歪ませていた。
その後は青年から視線を外して、また奇妙な影の薄さを宿して周囲に溶け込む。
青年と小さな少女の二人組に擦れ違う瞬間には、また可笑しさが腹の奥底から込み上げてきたがそれもなんとか耐えきった。
…………顔は覚えた。ならば、後は何とでもなるだろう。
頭の中でいったいどんなことを思い浮かべているのだろうか。
通りを歩き続ける男の顔には、笑みが貼りついていた。
ひどく不吉で、凄惨な笑みが。
奇妙な格好をした男は、そのままダンジョンに向かうわけではなく、途中で路地に入り南に向かって進んでいった。
奥へ進むたびに道は細く薄汚れて、据えた臭いまでしてきたが男に迷うそぶりは見えない。
やがて寂れた場末の酒場にまで辿り着くと、男は遂にその足を止めた。
「…………」
男は随所で文字が剥がれてある店の看板に目を通してから、酒場に躊躇なく入った。
キィキィと木扉が開閉する音に引かれ、中に居る者たちが男に目を向けるが、すぐに興味を失ったように目を逸らした。
カウンター席にテーブル席がいくつかあるだけだが、店の内装は荒れてなく思ったよりも外装と見比べて綺麗な方だ。
視線を巡らせ男はそう感想付けると、立ち止まった足を動かし奥へと進んでいく。
店内の隅の方、一席だけ特別席のように上等な革のソファーが置かれている場所まで辿り着くと、男は笑みを深くし口を開いた。
「お久しぶりです、ダグラス。景気はいかがですか?」
「おや? ……これはこれは伯爵じゃないですか。
珍しいですね、連絡もなしにこちらにやってくるなんて」
今気が付いたと言った風に男の言葉に応えたのは、左右に年若い女を二人侍らせ、ソファーに腰深くかけている壮年の男。
大柄で筋肉質で、こめかみから右目にかけての古傷が特徴的な男。
「いえ、近くで所用がありましたからそのついでにと。どうやらお変わりないようで」
「はははっ、そりゃそうですよ。なんせそれだけが取り柄なもんで…………と、伯爵様にいつまでも立たさせるのは悪いなぁ」
男――――ダグラスはやや乱暴に女たちを立たせ、会話を聞きとれない向こうへと追いやる。
立ち去る間際に、その追いやられた原因である男が女たちから恨みがましそうな目で見られるが、苦笑を一つ返すだけで空いたスペースに腰を落ち着かせた。
「どうも、彼女たちには悪いことをしてしまったようですね」
「いえ、気にせんでいいですよ。むしろ躾が行き届いてないようでお恥ずかしい」
確かに。
真偽は定かではないが、伯爵と呼ばれた男にああもあからさまな敵意を向けるのは、無知か愚鈍かよほどの度胸を持っているかだ。
それか。
考えもつかないことだが、よほどダグラスという男が想われているか。
「こっちにはどのくらい留まるつもりで?」
「さぁ、そんなには居られないでしょうから長くとも三日でしょうか。
またすぐに呼び出されるでしょうからね」
「相変わらずお忙しいようで。酒でも飲みますか?
伯爵がいつも飲んでるのほど上等なもんじゃないと思いますが」
「いえ、私はお酒を嗜みませんのでね。それより、仕事の調子はどうです?」
一周して、最初の質問が返ってきたことにダグラスは気がついたのかどうなのか。
「まあ、変わりませんわな。いつも通りということで。
最近少し調子に乗った若いもんのせいで目をつけられていますが、それ以外は順調といったところでしょう」
「そうですか」
聞いて、特にない意味の呟きを男は漏らす。
一見とりとめのない話。
旧知に久しぶりに会い、互いに近況報告をするといったありふれたものに見える。
だが王都に居住を構える伯爵の地位を持っている男と、
路地裏にある人目を避けるようにして建つ酒場にいる男の立場を考えればそれは普通ではありえない。
実際にこのダグラスという男は裏稼業に身を染めている。
いや、染めているどころの話ではない。この町にあるシンジケートのトップだ。
そんな男と伯爵との関係は明白。
違法薬物の横流し、この国では認められていない奴隷の売買、時には私兵団としても働き、殺人の依頼なども受け持つ、表では到底できないような違法取引を度々行っている。
金を払い依頼を受け持つ、簡単に言ってしまえばダグラスが店の店主で、伯爵がお客さまだと言うことだ。
そう珍しい事でもない。暇を持て余した貴族が手を伸ばす娯楽には、少々刺激が強いものも含まれているというだけだ。
ただ貴族を問わずそれなりに地位がある者同士の取引の場合には普通、繋がりがあるという証拠などは双方合意の上で極力失くしている。
だが、今この場にいる伯爵は少々常識を外していた。
取引相手とはいえ、直接品性の欠片も持ち合わしていない野卑な者たちの巣窟に直接足を運ばせるなど。
来る途中で襲われて身ぐるみを剥がされてもおかしくないのだが、不思議とこの男に限ってそのようなことは一度もなかった。
さらには往々にして貴族という人種は無駄にプライドが高いはずなのだが、男はダグラスを前にしても胸の内はどうあれ表面上は丁寧に接していた。
頭を疑うような行動をする男である。であるが、それだけだ。他には何もない。
ダグラスにとってはこの男もまた、金払いの良いお客さまでしかありえなかった。
「…………そういえば、南門の方が崩れているのを見たのですが、何かあったのですか?」
「ああ、あれですか。俺にもよく分からんのですがね、面白い噂があるんですよ」
「噂?」
興味深そうに男がダグラスを見る。
それに頷いてから、
「ええ、なんでも黒竜が出たとか。空から急に襲ってきて防壁を壊したらしいですよ。
実際に声を聞いたやつも、姿を見たやつもいるらしいんですけどね。まあ、怪しいもんですよ。
大方、大型の魔物に対処できなかった兵士団が、失態をごまかそうと誇張して噂を流しているんじゃないでしょうかね」
言って、クハハと笑い声を上げる。
彼らにとっての天敵の恥なのだ。笑いたくもなる話だった。
それで気分が良くなったのか、ダグラスが話を続ける。
「そういや、ちょうどそのときに面白い新顔が町に入ってきたっけなぁ。
二人組なんですけどね。何でもここで冒険者を始めたらしくて。
それでなんと、その内の一人がマジックポットを持っているんですよ」
「へぇ、それは……」
「どうです? 良いカモだと思うんですが。近い内に狩ろうと思いましてね」
悪辣な笑みを口に広げ、ダグラスが男を注視する。
マジックポットの売買は、法律で禁止されている。
だが、禁止されているからと言ってそれが無くなるわけではない。需要は大いにあるのだ。
個人で所有することはできないが、貴族連中の中には喉から手がでるほど欲しがる輩もいる。
そうした連中はそれこそ、どんなにふっかけようが喜んで金を出してくれる。
冒険者狩りは所詮、下っ端どもの小遣い稼ぎ程度のものだが、これだけは大きな収入と成りえる。
そして、直接出向いてくれた礼として先約はどうかとダグラスは話を持ちかけたのだが、
男はダグラスの期待とは離れたことを言った。
「その二人組、マジックポットを所有していた者はもしや全身黒づくめの男でしたか?」
「え、ええ……もしやお知り合いで?」
「まぁ、そういうことになりますかね」
男は何事もないように言ったが、ダグラスの内心は焦りで満たされていた。
何せ大事な取引相手の顔見知りを、知らなかったとはいえまさか本人の目の前で殺すと宣言してしまったのだ。
それに慌ててダグラスが弁解に走る。
「す、すみません、今の話はなかったことに――――」
「明日狩ってください」
「…………は?」
一瞬、言葉の意味が分からずダグラスが呆ける。
「明日、お願いしますよ。二人組……いえ、男の方だけで構いません。早急に始末してください」
「あの、お知り合いでは……?」
「だから? 遠慮する必要はどこにもないでしょう?」
淡々と言う男の表情は、変わらない一定の笑みが貼りついているだけで真意は読みとれない。
確かに知り合いとはいったが、どの類のものかは聞いていない。
詮索をするつもりはないが、よほどの恨みを抱いている人物なのかもしれないと、ダグラスは自分の中で納得させた。
「しかし、明日ですか。……早急に過ぎませんかね?
こっちにも一応の準備というものが必要でして。
確実に狩るのなら少なくとも一週間は時間を頂きたいのですが」
「いえ、明日でお願いします。……もちろん、相応の礼は尽くしますよ」
懐から男が何かを取り出す。
巾着袋だった。ただし、マジックポットではない。
それをテーブルの上に男は置いた。
「……これは?」
「開けてみてください」
男に言われるがままにダグラスが袋を手に取り、閉められた口を開く。
「……………………」
そして、絶句した。
中に入っていたのは半ば予想通りに硬貨であったのだが、あまりにも桁が違っていた。
純金貨。
金貨百枚に相当する最高単位の貨幣。それが二十も入っていた。
金貨一枚で、庶民が数年はまともに生活することができる。
それが二千枚と同数の価値が、今目の前にあるのだ。
「差し上げますよ。前金としては、その半分くらいでいいでしょうか?」
良いも何も、それだけでマジックポットを売りに出す金額以上はある。
ダグラスとしては断る理由など何もないのだが。
「…………その男、何かあるんですかい?」
慎重に、極力男の機嫌を損なわないようにしてダグラスは問うた。
仮にも裏組織を率いる身だ。金だけに目が眩むという愚かな真似はしない。
ただの新人冒険者一人を狩るだけでこれほどの大金が手に入るという、うまい話。
怪しむのは自然なことであった。
「何かあると言われれば、まあありますよ。
そうですねぇ…………個人的な恨み、ということにしておきましょうか。
ともかく、それだけの価値があるというわけです。
安心してください。貴方がたの手に負えないというほどの者ではありませんから」
それはそうだろう。
ただ意味の無い噛ませ犬を仕掛けるために、貴族とはいえこれほどの大金を簡単には出せまい。
問題は……その成功率がどれほどあるのか。
「何も心配する必要はありませんよ」
ダグラスの心情を見抜いたように、男が笑みを深め、目を細める。
「あなたはただ簡単な依頼を請け負うだけで良いんです。
元々、予定としてあの方を狩るつもりだったのでしょう?」
言葉はゆっくりと、悪魔のような囁きを持ってダグラスの心を浸食していく。
「ようは先行投資と思えばいいのです。それだけ私はあなたに期待しているのだと。
それで今後とも優遇してくれれば、私もありがたい」
理屈の伴わない理由は、何故か納得のいくものにダグラスの耳に聞こえる。
「ほら、あなたが首を縦に振るだけで、これだけの物が手に入るのですよ。惜しくはないのですか」
目の前に提示される欲望の引換券。
それを見た途端、ダグラスの胸にあったはずの躊躇いが音を立ててガラガラと崩れ落ちていく。
不思議と、不意に、不自然に、男に誘導されていく。
「さあ、話を受けてくださいますか?」
男の言葉に、どう答えたのかダグラスは覚えていない。
ただ、悪魔と取引を交わしたということだけは、強く深く実感していた。
キャラクターの心情を描こうとしましたが、駄目ですね。(魔王とネリィの会話部分)
自分でも何を言っているのか、全然分かりません。
なので、分かりやすく解説(?)したいと思います。
だけど、説明文は嫌いなので会話文のみで。
魔王は『将来どうするか何になりたいかが決まってなく不安だが、まだ先の事だからいいだろうと、遊び呆けている高校生』の役。
ネリィは『魔王の母親』役で話を進めたいと思います。
は~い、アクション!
ネリィ「ねぇ、あんた遊ぶのもいいけどそろそろ将来のこととか考えなさいよ?」
魔王「う、うるせえよっ! か、母ちゃんには関係ないだろっ!」
ネリィ「関係ないって……あんたの学費いったい誰が払ってると思ってるのよ」
魔王「だからうっせえよっ! そんなの誰も頼んでねえんだよっ!」
………………………
…………
……
と、こんな感じでしょうか。
あら不思議。たった四行だけなのにこっちの方が分かりやすい。




