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Momentaly*Beautiful  作者: Noah
3/5

II;レダ2


 どれほど森の中を歩いたのだろうか。

 森の奥に迷えば迷うほど木々はだんだんと生い茂る。空の太陽は黒雲の陰に姿を隠し、足下の雑草はその丈を増す。

 黄色のワンピースはところどころに汚れが付き、端を鋭い枝に引き裂かれ、あの妖精のような輝きは失われていた。レダの猫のようだった細い金色の巻髪も、枝にひっかかりもつれたままで、今では少し見苦しい。けれど、レダ本人は妖精の輝きや猫の巻髪よりも、自らの鼻をくすぐる美しい香りの方が気掛かりだった。


 だから、

歩いて

歩いて

ひたすら歩いて……。




 そしてやがて香りをたどり見つけ出したのが、この灰色の薔薇が咲く不思議な庭だったのだ。

『綺麗……』

 彼女は、この庭の放つ灰色で七色な空気に完全に魅せられてしまっていた。そしてどこか幻想的な気分のまま、いばらの間を縫うようにして、ついにその庭に足を踏み入れた。重い重い鉄の門を、ゆっくりと押し開いて。


『いぃ匂い……』

 まるで灰で作られたような不思議な薔薇は、普通の真紅や桃色のそれと同じように水みずしくていい香りだった。一輪だけその緑の茎から素敵な花を失敬する。可愛らしい、レダはその折った薔薇をそのまま己の髪に飾った。薄い金色に、物静かな灰色。そしてレダの澄んだ空色の瞳とピンク色の唇。いくつもの淡い色の組み合わせがとても綺麗で、周りの灰色に溶け込まない。

 その色は庭の中を歩き回り、不思議な灰色に心まで染めあげられて、気付かないでいた。


 この庭が、この薔薇が……今の彼女にとってとても大きな意味を持つ場所であったことに。



『……でも、何かおかしい』


 庭に咲き誇る薔薇は申し分なく素晴らしい。息づく命の響きが伝わるようで、不思議な灰色すらも美しく見える。けれど……


一体誰が……この薔薇達の面倒を見ているのかしら……?


 庭はひたすら広いけれども、その奥には大きな屋敷が見える。普通に考えれば、屋敷の住人がこの薔薇を育てていると思うのが普通だろう。……けれど。


『こんにちはぁ……。』


 レダは、やはりあの素敵な薔薇の持ち主が気になってしまって仕方がなく、その足を屋敷へと向けた。そして、錠もかかっていない大きな扉に手をかけた。

 扉は低く低く、軋みながらその両手を開いてレダを冷たい体内に迎え入れた。


悲鳴のような

唸りのような


低い低い声とともに。




 レダの高い声は扉の内側に吸い込まれ、しばらくの余韻を漂わせたあとで、静かに静かに消え去っていく。

 荒廃した屋敷の中はただ暗く、奥の方は闇に埋もれて黒以外何も見えない。ただ、部屋の隅々には蜘蛛の巣がはり、金属の装飾品は汚く錆びつき、割れた陶器のようなものが破片となって散らばっていた。床に敷かれた絨毯は誇りと汚れで黒ずんでいる。

 無論、人の住んでいる気配は全くない。


じゃあ誰があの薔薇を?


 膨らむ好奇と少しの不安。冷たい空気に背中から胸から抱き抱えられながら、レダは強い興味に負けて、その屋敷の中へと入って行った。




 暗闇だったから、レダは怖かった。周りに窓はあるものの、外の空気も暗く重たい。屋敷の中に差し込んで来てはいても、あまりこの雰囲気は晴れない。

 次々と扉に手をかけるうちに、目も暗闇に慣れてきた。

 金色の巻髪が、どこからともなく差し込むわずかな光の粒をとらえて、暗闇の中で静かに光る。揺れながら……。

 どの部屋もやはり荒れ果てていた。リビングと見える大きな部屋では、置かれたソファの布地が破け、暖炉の周りはただどす黒く、テーブルの横には椅子が転がっていた。もしこの部屋が荒廃していなければどれだけ素晴らしかっただろう。少し惜しい気持ちになる。

 暗い屋敷を逍遥しているレダを、窓の外から灰色の薔薇達が監視している。気付かぬレダは、黄色いワンピースをなびかせて、自由きままに歩き回る。


 ここに入ってから何分たったのだろう、レダはすっかり恐怖を忘れて冷たい屋敷の体内をかけまわった。そして、その中の一番奥ではないかと思われるそこに、大きな大きな扉を見つけた。

 屋敷内の他の場所と違い、どこかに違和感を覚える。あまり見ない柄の扉で……けれどどこかが上品で。

 ただ、不思議なことに、この扉だけ真新しいのだ。汚れなど皆無で、ノブや番には艶すら見受けられる。他の場所は全てが朽ち果てているのに、ここだけは違う。

 何故だろうか、レダはこの扉が自分を呼んでいるように思えた。胸が高鳴る。不信感を抱きつつも、レダはその扉を開いてしまった。

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