プロローグ
黒くくぐもった空の下。
朽ち果て荒廃した屋敷。
死の季節をくぐったかのように荒れ果てる庭。
錆びて鈍い銅色に変色した鉄の門。
『あの頃は全部生きていたのに』
イオは雑草が茂り、まるで生気を無くしたかのような庭の真ん中に一人立って辺りを見回したのち、両手を広げつぶやいた。金色の髪の毛は力強く天に向かって立ち、濃い黒色のグラスをかけている。そのグラスの内側で、長いまつげが備えられた青色の瞳を軽く閉じ、鼻の高い顔を空へと向ける。漆黒の細いスーツに身を包み、瞳と同色の鮮やかな青のタイ。
この悲しくつらい空間はまるで何か物々しく行われる葬儀の様で、彼の正装はその葬儀にふさわしく拍車をかけるようだった。伸ばした白い腕が服の袖から姿を見せる。
彼の右手の細い手首から二の腕にかけて、藍色の刺青が怪しく施されていた。長い蛇がその身を伸ばしている姿……それはまるで彼の右腕を這い上がって行くかのようだ。
やがて彼は瞳をあけた。それに続いて、薄い唇から吐息に混じるようにその名前が吐き出された。
『……レダ……』
どこか遠くの空を見つめて。
今、彼の目には何が映っていて、彼の脳裏には一体何が浮かんでいるのか……?
『もぅすぐ……君に会えるかもしれない……』
言ったイオのその瞳は不安に揺らいでいるようでもあり、喜びと期待に満ちているようでもあった。
『君の為に―…花を植えよう』彼はまるで風のように儚く、でも意思の強くこもった声で、その言葉を庭に残し、屋敷に背を向け、錆びた門を重く重く押し開く。
『レダ……おいで。』
門を両手で背後に払いながら、イオはそう囁いて霧に包まれる森の中にその姿をくらませて行った。